第30話 雷華vs.


 そこからは一進一退の攻防が続いた。


 目にも止まらぬ動きで翻弄しながら攻撃する雷華。


 それを躱し、時には防御しながらカウンターを仕掛ける凛。


 一見互角の戦いのように見えるそれは、当事者からしたら雷華が有利な戦いになっていた。


 生物の夢幻ヴィジョンを適正とする獣創者ビース


 そんな彼らが得意とする生物の夢幻ヴィジョンは他の夢幻ヴィジョンとは少し異なっていた。


 獣への変身、これは自らの体に獣の夢幻ヴィジョンを纏う、もしくは被せているわけではない。


 体そのものを夢幻ヴィジョンによって変形させているのである。


 つまり、体そのものが夢幻ヴィジョンになっているのだ。


 そのため自創者ナレア機創者マニュアとは異なり、体の存在力を上昇させているため生半可な夢幻ヴィジョンは効かない。


 この特性を模倣してできたのが剛身化である。


 だから、凛は初めから体の存在力を上げることが可能であったため雷華の雷にも耐えることができたのである。


 しかし、そんな生物の夢幻ヴィジョンにもデメリットはある。


 それは獣へと堕ちると言うリスクがあることだ。


 体を生物に変形させていくとその自我に引っ張られてしまう。


 そして、その自我に負けると姿が完全に獣へと堕ち、人を襲うようになる。


 そのため獣の自我に飲まれないように強い意志を持たなければならない。


 外界でも生物の夢幻ヴィジョンに適性があってもリスクを恐れてその夢幻ヴィジョンを使わない人もいる。


 そのリスクをものともせず己の中にある獣の自我を律することができるのなら人並外れた身体能力、そして夢幻ヴィジョンに耐性をもつ体を手に入れることができる。


 凛もその1人である。


 しかし、今回は相手が悪かった。


「防戦一方じゃ俺には勝てないぞ!」


 獣化した凛を持ってしても追いつかないほど速いスピード、そして防御してても体に響くほどの攻撃力。


 凛は獣化することで存在力を上げていたが、雷華も雷の夢幻ヴィジョンの存在力を引き上げていたため少なくないダメージが体に蓄積していた。


(このままじゃまずい)


 このまま負ける事ですぐにこの面倒な戦いを終わらすこともできただろう。

 でも凛はそんなことはしなかった。


(一旦距離を取らないと。…でも、そんな隙がない。なら)


「っ!」


 凛に攻撃しようとしていた雷華であったが、何かに気付いたのか急停止してその場から後退する。


 その直後、凛の周囲3メートルの地面から10センチほどの土の杭が無数に出てきた。


 雷華がそのまま突っ込んでいればその杭に足が足し刺しになっていただろう。


 よくよく見てみると土の杭の下には何やら紋様みたいなものがあった。


 凛が使ったのは白夜の夢デイドリーマーのヘイルムが使っていた陣による夢幻ヴィジョンの形成だ。


「なんだそれは」


「………」


 雷華にとって初めてみる陣による夢幻ヴィジョンに思わず凛に尋ねるが、彼女は無言のままだった。


 言外に教える気はないと言っているようなものだ。


「ハハハ!教えてくれないか!だがそれでもいい!俺はこの戦いが楽しいよ!」


 そんな凛に雷華は一層楽しそうに笑みを浮かべた。


 彼女の求めていた未知の力を使う人と戦っているのだ。


 楽しくないわけはない。


 そんな雷華の様子に凛はうんざりしていた。


「私は楽しくない。…でも《獣虎武装・樹脂双爪》」


 凛の変身している虎の腕に乳白色の何かがまるで籠手のように形成された。


「新しい夢幻ヴィジョンの試運転にはいいかもしれない」


 凛は何も雷華の頼みをただ聞いただけではない。


 ここ数ヶ月の間、凛は適性以外の夢幻ヴィジョンの訓練をしていた。


 そしてそれを自分の適性〈虎〉と合わせるための訓練もしていた。


 凛にとって今回、それを実践で試すために戦うことを了承と言っても過言ではない。


「なら、その夢幻ヴィジョンを俺が正面から叩きのめしてやろう!」


 雷華は意図的に下げていた雷の存在力を最大まで引き上げる。


 もう雷華の頭の中には手加減という考えはない。


 またもや凄まじい速さで凛に近づく雷華。


「《轟豪雷蕾ごうごうらいらい》!」


 雷華の右手に纏っている雷が一際大きくなり、それを凛に向けて真正面から殴り、凛はそれを腕を顔の前で構えることで防御しようとする。


 雷華の右手が凛の籠手に当たるとまるで爆発したかのように雷が炸裂する。


 しかし、凛はそれを平然と受けた。


「やっぱり絶縁体か!」


(ゴムか?いや弾力がないしこの色は…プラスチックに近いな。それになんで武装しているのが腕だけなんだ?想力オドの関係か?……時間制限があるこの戦いだとその線は薄いか。…おそらくまだ一部分しか武装が出来ないのだろう)


(まだ腕だけしか武装出来ないけど制限解釈リミテッドで体の周囲に夢幻ヴィジョンを範囲指定していると思っていたからいけると思ったけど、これだとちょっときついかも)


 ここ数ヶ月間訓練していたとはいえ、凛ひは適性がない夢幻ヴィジョンであったためまだ腕を武装する程度しか出来なかった。


 雷華と戦った感じ体に雷を纏いつつステゴロで戦うことが分かったので通用すると思っていたが、雷華の一撃でその目論見は潰えてしまった。


 もちろん雷華はそんなことは知らない。


 ただただ勘で《轟豪雷蕾》を使っただけである。


 夢想アーツを会得するほどの想いを持っている雷華の戦いの感性は伊達ではなかったようだ。


(どうする。このまま戦うか?……でも、


「《白爪蓮華びゃくそうれんげ》」


 凛は腕を縦横無尽に動かし、爪の連撃を雷華に叩き込んだ。


 雷華はそれを真正面から相対した。


「くっ!」


 雷華の攻撃の圧に思わず下がった凛。


 雷華がそれを見逃すはずもなく、すぐに彼女に詰め寄り中段に蹴りを放とうとして


「それまで!」


 雷華は止まった。


 ヒカリが声を上げたからだ。


 戦い始めてから5分が経っていた。


「もう五分経ったのか」


 雷華はまだまだ戦い足りないと言った様子であったが5分だけと言う約束だったため戦いを終わらせた。


「お疲れ様、凛。まさかここまで戦えるとは思わなかったよ」


 雷華は凛に向かって右手を差し出した。


 それを見て凛も右手を差し出し、お互い握手をした。


「よし、次は刻、巧、紡志の3人でかかってこい。凛は休んでていいぞ」


「え?体力とか大丈夫なんですか?」


 ヒカリが雷華を心配して声をかけた。


 たった五分とは言え、ヒカリたちから見れば目に追えないくらいの速度で動き回っていた雷華。


 その後休むことなくすぐに3人と戦おうとしているのだ。


 ヒカリが心配するのも無理はないだろう。


「大丈夫だ。この程度でバテるほど柔な体はしていない。それにさっきと違って次はあまり動く気がないからな」


 ヒカリは凛と戦う前と同じく全く息を切らしていない雷華を見て本当に大丈夫なのだろうと心配するのをやめた。


「俺たちは凛みたいに戦えないぞ」


「そこまで求めていない。今はお前たちがどれくらい戦えるのかをみたい」


 雷華に指名され前に出ていく3人。


 その中で巧が雷華に凛のような戦いを期待されても困ると言わんばかりにそう言った。


 雷華も流石にそこまで求めていなかったのか問題なかったようだ。


「……私の時とは全然違う」


 そんな中、凛は不貞腐れたように雷華に苦言を呈した。


 自分の時だけ本気で戦わせようとしたことを不満に思っていたのだ。


「私が戦いたいのは“未知の強者”だけだ。ヒカリたちは“未知”の相手ではあるが今のところ“強者”ではないからな。その点、凛は十分に強者だからいつでも戦いたいんだぞ」


「いや」


「あらら、振られちゃったか」


 凛にそっけなく振られた雷華は残念そうな顔をしたがすぐに切り替えた。


「ヒカリ。もう一度審判を頼む。さっきと同じ5分の制限時間をつけようか」


「……準備はいい?…それじゃあ、始め!」


「《不可視の痺手ひしゅ》」


「《螺鉄散針らてつさんしん》」


「《避雷幕ひらいまく》」


 開始と同時に巧が夢幻ヴィジョンで神経毒を形成し、念力に混ぜ込んで雷華に向けて差し伸ばし、刻が雷華の前方の地面から鉄の針山を突き出し、紡志が自分たちの前に雷華の電の対策として幕を形成した。


 雷華に気づかせないため刻と紡志の陰で夢幻ヴィジョンを形成、そして目眩しのための刻の攻撃によって、彼女は巧の夢幻ヴィジョンに全く反応できていないように見えた。


 だが、雷華から大量の雷が溢れ出し、その余波で巧の夢幻ヴィジョンが消し飛んだ。


 刻たち3人は雷の光に思わず目をつぶってしまう。


 そして、目を開けると雷華は始めの場所から数歩分の距離後退しており、刻の形成した針山を避けていた。


「俺は先の戦いを見てたんだ。当然お前たちの夢幻ヴィジョンの使い方もある程度は知っている。巧、お前の夢幻ヴィジョンもな」


 どうやら先ほどの攻撃の意図は雷華にはバレていたらしい。


「さあ、まだ時間はあるんだ。次はどうする」


 雷華はとても楽しそうに笑いながら刻たちを待ち構えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る