第32話 招き猫


「どうも初めまして。雷華の友人の堀塚純です。どうぞよろしく」


 場所は外界東部の外縁。


 刻たちの前でそう挨拶を行うのは雷華の友達であり、招き猫の幹部である堀塚純。


 なぜこんなことになっているかと言うと遡ること数日前。


 ある日、いつものように訓練場に現れた雷華は開口一言目でこう言った。


「お前たちには近いうちに外で寓話獣の討伐してもらう。あぁ、ちゃんと実力者も同伴するから心配するな」



 と言うわけで今日、夢幻の杜として初となる外での活動となった訳である。


 ちなみに烈火と雷華も一緒に来ているが、秀は来ていない。


 まだ夢幻ヴィジョンが扱いきれていないと言うのもあるが、彼は元々戦闘員ではなく事務員として入っていたからだ。


 そして今回、純からの提案により招き猫から彼女とあと二人が助っ人として来ていた。


水瀬みなせ七菜香ななかだよー。よろしくね」


水瀬みなせ風間かずまだよー。よろしく」


 七菜香と名乗った女性は黒髪を短く切り揃えた活発そうな雰囲気で、風間と名乗った青年は七菜香と同じく黒髪を短く切り揃えた大人しそうな雰囲気だった。


 そして、二人はとてもよく似た顔立ちだった。


「……なんか似てるな」


「「そりゃそうだよ。私(僕)たち双子だからね!」」


「わー。ハモってる」


 思わずそう呟いた巧に七菜香と風間の二人はハマりながら答えていた。


「そっちも自己紹介して」


 自分たちの自己紹介が終わったからなのか、純に催促され刻たちも各々自己紹介をしていく。


 刻、巧、紡志、ヒカリ、凛は問題なく済ませる。


 しかし、烈火が自己紹介するとなぜか純が敵意を向けてきた。


「あんたは知ってる。私の敵」


「いやなんで?」


「雷華の敵だから」


 唐突に告げられた敵発言に思わず『なんで』と言ってしまった烈火は勢いよく雷華の方へと顔を向ける。


「橘さん何言ってるの?」


「いや、嫌いとは言ったが敵対しているとは言ってねぇぞ」


「初対面の人に嫌われるのはちょっと傷つくんだけど」


 どうやら純は雷華が嫌いイコール自分の敵と認識きていたようである。


 烈火も初対面の人に嫌われて傷ついたのか落ち込んでいた。


「それじゃあー早速行こー」


「「おー」」


「どうしたんだお前ら。早くいくぞ」


 そんなことなどつゆ知らず挨拶が終わったからすぐに行こうと純と水瀬姉弟は先へと進んでいった。


 雷華も烈火が落ち込んでいるのも気にせず純たちについていった。


 刻たちはどうしようかなその場で立ちすくんでいたが、凛だけは何食わぬ顔で彼女たちについていっていた。


「…はぁ。はぐれたら困るから急ごうか」


 落ち込んでいた烈火も流石に置いていかれるのはまずいと言うことで刻たちを促して彼女たちについていった。


 外界の外に出て見るとそこには完全に崩れ去ったビル群があった。


 よく見て見ると100メートルくらい先は老朽化してボロボロだが普通にビルが建っていた。


「……ここが外界の外」


「ここはまだ外じゃないよ」


「外界と外の間」


「寓話獣を早く見つけるためにここら一帯は取り壊しているんだ」


 刻の言葉に水瀬姉弟と雷華が答える。


 ここは外界と外の間にある緩衝地帯。


 内界と外界にある緩衝地帯とは異なり建物が全て壊され、見晴らしを良くしている。


 こうすることで寓話獣の早期発見と周辺被害を軽減させている。


 彼らは今外へと行くためその緩衝地帯を通っていった。


「ここに寓話獣が出ることは滅多にないから大丈夫」


「ああでもクロは結構放置しているから気をつけてねー」


 そんな純と七菜香が話しているちょうどその時、彼らの前に人形の黒いモヤみたいなものが現れた。


「お!噂をすればなんとやらってね」


「…どうする?私が倒しとく?」


「だとよ烈火。あいつらにやらせるか?」


「……そうだな。紡志、君が倒すんだ」


「え、えええええ!ぼぼぼ僕攻撃系の夢幻ヴィジョン苦手なんですけど」


 突然指名された紡志は驚いていた。


 まさか自分が選ばれるとは思っても見ていなかったからだ。


クロ夢幻ヴィジョンに触れるだけで消滅する。君の夢幻ヴィジョンでも倒せるよ」


「え、ぼぼ僕でもですか?」


「試しにやってみろ」


 そう言われた紡志は布の夢幻ヴィジョンを形成して目の前にいるクロを締め上げようとする。


 クロは逃げるそぶりも見せずそのまま紡志の夢幻ヴィジョンに触れるとクロはなんの抵抗もなくそのまま消えていく。


「あ、本当だ」


 実際に倒した紡志も、まさかこんな簡単に倒せるとは思ってなかったようでびっくりしていた。


「こんな風にクロは外じゃそこらじゅうにいるがかなり弱い。だからそこまで気を張らなくていい」


 そのままクロに会うこともなく彼らは建物が崩れずに建っている場所まで辿り着いた。


「ここからが外界の外。気を引き締めてないと普通に死ぬから」


 外に入る前に気を引き締めた純たちを見て、刻たちもまた再度気を引き締めた。


 そして、夢幻の杜の初となる外へと踏み出した。


 何年も人がいないことがわかるくらいボロボロの建物や道路に散乱した瓦礫たち、外界と似ているようで全く異なる外の世界。


「なんか、外界の北にある場所と同じなのかと思ったが違うんだな」


「あれは別物」


「「突然出来たらしいよ」」


 巧はこの前ビルダーベアと戦ったあの場所と同じようなのが外の世界に広がっていると思っていたが、あそこだけが別であったようだ。


 外に来て数分後


 ズシンッ!ズシンッ!と前方のビルの向こうから大きな足音がこっちに向かって来た。


「お!この音は」


「〈ゴーレム〉だな」


 その音から雷華と烈火はすぐにその正体を掴んでいた。


 その後ビルの向こう側から現れたのは高さ3メートルの全身がゴツゴツした岩でできている人型の寓話獣であった。


 その寓話獣の名は〈ゴーレム〉。


 新宿付近の外で最もポピュラーな寓話獣である。


「君たち全員であいつを倒そうか。動きは緩慢だけど一撃は重い。注意しろよ」


 烈火がそう言うと彼はその場から退いた。


 純たちもそれに倣い後ろへ退く。


「紡志。あいつを転がすことってできる?」


「ちょ、ちょっと厳しいかも」


「そう、なら紡志と私であいつを転がす。その後、巧は立てないように拘束。刻は倒れたあいつの首を落として欲しい。凛はもしもの時に動いて」


 烈火たちがその場から退いた後ヒカリは他のメンバーへと指示を出していく。

 彼らもそれに異議はないのか了承し、すぐに戦闘体勢に移行する。


 彼らを見つけたゴーレムは敵と認識しているのか、こちらの方へゆっくりと歩を進めていく。


「紡志。私がスリーカウントしたら夢幻ヴィジョンを使うよ。…3……2……今!」


「《束縛帯》!」


「《深雪のかいな》」


 紡志の布とヒカリの雪に足を取られたゴーレムはそのまま前に倒れこむ。


「《どろしばり》」


 すかさず巧が泥の夢幻ヴィジョンでゴーレムが起き上がれないように固定する。


 そして、刻がゴーレムの首の上に大きな刃のないギロチンのような鉄塊を形成して落とし、首を叩き切った。


 しかし、頭のなくなったゴーレムはそれでも動きが止まらず起きあがろうともがいていた。


「私はこのまま手足を壊す。紡志と巧はそのまま拘束してて。刻は今度は胴体を破壊して」


 ヒカリは慌てることなく次の指示を出し、自身はゴーレムの手足へと雪を絡めていき


「《圧雪・迅》」


 それを破壊した。


 刻もヒカリの指示通り上からの鉄塊と下からの鉄柱で挟み込むような形で胴体を破壊した。


 胴体を破壊されたゴーレムはそのまま動かなくなった。


「よくやったぞ。ゴーレムは胴体にあるコアを壊すと動かなくなる。全員がしっかりと自分の役目を果たせていたな。ヒカリの指示もうまかった」


 後ろは下がっていた烈火が彼女らを褒めながらこちらへと戻って来た。

 雷華も同様今の動きに問題はなかったようだ。


 その後もヒカリたちは何度かゴーレムに出会いそれを始めと同じように倒していった。


 そして、ある場所へと辿り着いた。


 目の前には鬱蒼と茂った森があり、その中には長らく整備されていない道が続いていた。


「ここは?」


「元公園。ここにいる寓話獣を倒すことが今日の目標」


 ここは空想侵略前大きな公園のあった場所である。


 今となっては人の管理がなくなったため自然が広がっていた。


 そして今ここにはある寓話獣の群れがいる。


「いた」


 元公園に入って数分。


 純は指し示す先にその寓話獣はいた。


 獣のような顔立ちの緑色の体表を持つ小学生ほどの背丈をした寓話獣〈ゴブリン〉である。


 それが5匹集まって木の木陰で休んでいた。


「あれを自分の手で殺す」


「え?自分の手で?」


「そう。夢幻ヴィジョンで殺してもいいけどトドメは全員にさしてもらう」


 それを聞き、紡志は顔を青ざめながら動悸を発していた。


 紡志ほどではないが巧とヒカリも少し顔を青ざめさせている。


 対して刻と凛はいつもと変わらぬ表情だった。


 純が今回ここへ連れてきた目的は殺しへの耐性をつけること。


 招き猫が新人を外へと連れていく際に必ず行うことであり、危険な外の世界で殺すのを躊躇うと言うことはイコール死と言っても過言ではないため真っ先に行っているのだ。


「君は夢想アーツを会得しているから問題ないけど。あなたたちも問題ないみたい」


 ヒカリ以外ある程度嫌悪感を抱くと思っていたがあまりいないことに純は驚いていた。


「大丈夫ー?怖くない?」


「大丈夫?怖くない?」


「何をそんなに怖がっているんですか?」


「私は経験してる」


「……君が」


 あまりにも変化がなかった刻と凛に本当に大丈夫なのかと水瀬姉弟が聞くと強がりではなく大丈夫そうであった。


 凛の経験していると言う発言に純は彼女が以前Iアイが言っていた子だと気づく。


(あの子が。さっきから戦いに参加していないのは彼女があの子たちより頭一つ抜けて強いから。あいつの話だと私たちより強いって言ってたけど……。まぁ、招き猫うちに被害はなさそうだし今はいいか)


「あの、なんで夢想アーツを会得していたら問題ないんですか?」


 ヒカリはさっきの夢想アーツを会得している人は問題ないと言う言葉がひっかかっていたのだ。


夢想アーツを会得したらそれ以外に対する感情が少し希薄になるんだ。その代わり夢想アーツの原動力となる想いには執着するようになる。だから、殺しに対する嫌悪が薄いんだ」


「…そういえば」


 ヒカリの質問に烈火が答える。


 ヒカリも烈火の答えに身に覚えがあったのか納得していた。


 ヒカリの想いは〈みんなを支えるヒーローになる〉


 その想いに引き寄せられてなのかヒカリは夢想アーツを会得してから自然と指揮のポジションにつくようになっていた。


 後方にいることでいつでも味方をバックアップできるようになのだろう。

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