第21話 幻庭園の雪化粧


 ヒカリには迫り来る剣がゆっくりに見えた。


(あぁ、私はここで死ぬのかな)



 〜〜〜〜〜



『やれー!』


『ヒカリはヒーローものが好きなのね』


『ヒーロー?』


『ほら、ヒカリが今読んでいる漫画の人たちのことよ』


『そんなんだ!私もヒーローになりたい!』


『ヒカリならなれるわ!立派なヒーローに』


『うん!!』


 これは私がまだ小さい時にヒーローを志したきっかけだ


 そうだ、お母さんの言葉がきっかけだったんだ


 今まで忘れていた昔の記憶


 走馬灯なのだろうか


 とても鮮明に思い浮かぶ


 あぁそうだ、私はそんなふうにヒーローを志すようになったんだ


『あら、ヒカリ。あなたの好きなヒーローと同じ色のものもあるわよ?』


『や!これがいい!』


 お母さんが指差した赤色の小物


 私のお気に入りの漫画の主人公のカラーだ


 そういえば私はずっと白を好んで使っていた


 なんでだろう?


『いいの?それ主人公のカラーじゃないけど』


『これが私のヒーローの色!』


 あれ?なんで白色が良かったんだろう


『おがあざ〜ん!』


『ほら、泣かないの』


 あぁ、お母さんが病気で亡くなった時だ


 この時はめちゃくちゃ泣いたっけな


『天国でヒカリのことずっーと見てるから、ヒーローになって私の元に会いにきておくれ』


『ゔん!』


 数日後お母さんが亡くなった。


『おめでとう!君のその力、フォトンキネシスの力は私たちの希望だ』


 お母さんが亡くなってすぐだったな、私が超能力に目覚めたのは


 私は思った


 この超能力の力はお母さんからのプレゼントなんだって


『私はなるんだ。お母さんが言っていたヒーローに、あの主人公みたいなヒーローに』


 あぁ、何を勘違いしていたんだ私は


 私が本当に憧れていたヒーローは主人公なんかじゃない


『ねぇヒカリ』


『ん?』


『なんでそのキャラクターが好きなの?戦わないキャラクターじゃない』


『でもみんなのサポートをしてるよ!この人がいなかったら主人公はラスボスにも勝てなかったもん!』


 私が憧れていたのはみんなを支えるヒーロー


 辛い時、苦しい時に寄り添う、そんなヒーローだ



 〜〜〜〜〜



 気がつくと寓話獣が振り下ろした剣はもうすぐそばまで近づいていた。


(っ!なに!?頭にまた何か刻まれた)


 突然刻まれた情報に混乱するが、なぜか先ほどまでの危機感は無くなっていた。


 あるのはただ強い想いのみである。




 〈みんなを支えるヒーローになる〉




 それはただの情報ではない


 それは強い想いを持つ者たちに神から与えられたギフトであり




 ヒカリの雪の夢幻ヴィジョン、そのものの名である




夢想アーツ〈幻庭園の雪化粧〉」


 さぁ、私の領域にわよ、雪化粧わたしいろに染まれ



 あたり一体が白く染まった。




 〜〜〜〜〜



「少し強かったけど、私の敵ではない」


 時は少し遡り、凛のところにも刻たちのところに現れた個体と同じ個体が襲ってきていた。


 その数4体。


 そして、彼女はそれを簡単にあしらった。


 あたりには身体中に引っかき傷がついている寓話獣の残骸が転がっている。


(刻たちだとちょっと苦戦するかな)


「少し数を減らしておこう?」


 凛はヒカリたちの方にもいる可能性が高いため、他の寓話獣を出来る限り早めに排除することにした。


「《二獣変形・虎豹》」


 凛の上半身は以前と変わりなく虎を元にした獣人形態だが、下半身は黄色に黒の縞々模様ではなく斑ら模様になり、その形も人というよりも獣に近い形になった。


 凛が変形したのはチーターの足である。


 先ほどとは比にならないくらい素早い動きで移動しながら、すれ違いざまに寓話獣たちを屠っていった。


 そんな時、基地にある方角で存在力が増えたのを知覚したため、凛は思わず停止する。


「…存在力が増えた。あの感じ…誰かが夢想アーツを会得した?」


 凛がそちらの方を見てみると空が白く染まっており、よく目を凝らしてみるとそれが雪だと分かる。


「雪…ってことはヒカリか。…なら、もう少しで終わりかな」


 凛はもう向こうは心配ないと思い、最後の一踏ん張りとばかりにまた移動しながら寓話獣たちを屠っていった。



 〜〜〜〜〜



 ヒカリの周辺にだけ雪が降り、地面には雪が積もっていた。


 そして地面から雪が伸び、先ほどヒカリに向かって剣を振り下ろしていた個体が捕まえられている。


 捕まえられた寓話獣は必死に逃げ出そうと暴れるが、雪は微動だにしなかった。


 そのまま寓話獣を雪で押し潰した。


 刻が相手にしていた寓話獣たちに向かって雪が伸びていくが、寓話獣たちは危険だと判断してかそれを下がって回避した。


「刻、紡志、もう下がっててもいいよ」


「ヒカリ」


「どうしたのそれ?」


「うーん、取り敢えずこの戦いが終わってから説明するよ」


 突然の変化に刻と紡志はヒカリに問いただすが、ヒカリは彼らに顔を向けながら少し困ったような笑みを浮かべる。


「ま、まさか!死んじゃうの!?最後の力を振り絞って力を出した的な!」


「そうなの?」


「そうなのかヒカリ!」


 紡志の発言に刻と巧は慌ててヒカリに確認する。


「違うから!こら紡志、早とちりしない!別にこれは命削ってるわけじゃないからね」


「あ、ごごごごめんね」


 ヒカリも紡志の言葉を慌てて否定し、紡志に苦情を言う。


 紡志もヒカリに謝るとともに命を削っていないと分かり安堵した。


 そんな時、今までのやり取りを隙と見たのか二体の寓話獣がヒカリの背後から襲いかかってくる。


 しかし、


「残念、分かってるよ」


 ヒカリは背後からの攻撃を見ることもなく先ほどと同じように地面から雪を隆起されて壁を作り攻撃を防ぎ、そのまま壁を操作して寓話獣を捕らえて押し潰した。


「さて、後二体かな」


 ヒカリは振り返って残りの二体を見た。


 寓話獣たちも流石に危険だと感じたのかすぐさま撤退をしようとするが


「逃がさないよ。《降雪散弾こうせつさんだん》」


 周囲に降っていた雪が小さく固められ、それが散弾のように二体だけでなく周りにいた寓話獣たちも貫いていく。


「さて、あとはいつも通りの個体だけだね」


 だが次の瞬間、未だ動いていた他の寓話獣が急に自壊し始めた。


『寓話獣たちが自壊したんだけどそっちは?』


「私たちのところもそうよ」


 その少し後に来た凛からの報告にヒカリも返事をする。


 そこで全ての寓話獣が自壊したことが分かった。


「……烈火さんがやったのかな?」


 初めは警戒していたが、全く動きがないことから烈火が群れのリーダーを殺したんだと分かったヒカリは夢想アーツを解き、その場に座り込む。


「はあーー!!死ぬかと思った!」


「ヒカリー!」


「わ!ちょっと紡志!急に抱き付かないでよ!」


「よかったー!ヒカリが死んじゃうと思ったよー」


 紡志は少し泣きながら勢いよくヒカリに抱きついた。


「ヒカリ大丈夫?」


「なんだったんださっきの夢幻ヴィジョン!」


「巧。大丈夫なの動いて」


「大丈夫大丈夫!激しく動かなければ問題ないよ」


 紡志に続いて刻と巧もヒカリのそばにやってくる。


 巧はお腹を斬られて出血していたのでヒカリは心配していたが巧はサムズアップしながら問題ないとアピールした。


「それでさっきの夢想ヴィジョンってなんだったの?」


「ああそうだ、なんだったんだ?」


「僕も気になる」


「ああ、あれはね……あれ?ごめんちょっと限界みたい」


 ヒカリは3人に説明しようとするが、想力オドを使い切った疲れがきたのか急にふらつき地面に手をついた。

 流石に限界だ思ったヒカリは三人に謝りそのまま寝てしまった。


「まぁしょうがねぇわな。今回ヒカリが一番頑張ってたんだし。俺たちも戻るか!ヒカリは俺が担いでいくよ」


「いやいや、巧は怪我してるでしょ。僕が運ぶよ」


 そのまま刻がヒカリをお姫様抱っこで持ち上げた。


「よし、戻ろうか」


「おう!」


「うん!」


 そして三人は基地の人たちに祝福されながら戻っていった。



 〜〜〜〜〜



「ちっ!きりがない!」


 時間は戻り、烈火が寓話獣の群れのリーダーに夢幻ヴィジョンを放った後、岩人と鈴は周りにいる雑魚を、烈火が寓話獣〈ビルダーベア〉と近衛二体を相手にしていた。


 というのも、ビルダーベアの近くにいる近衛は防御に特化しているのか二体とも巨大なタワーシールドを両手に持っており、常に本体を守っているため、そして本体が際限なく自分と同じ姿をした寓話獣を作り続けるため鈴だけでは手が回らなくなったため元々近衛を相手にする予定だった岩人も鈴と同じく雑魚の掃討を手伝っていたのだ。


「硬いな。俺の炎でも燃えないとは、他の個体を比較しても存在力が高いな」


 烈火はこれまで何度も攻撃してきた。


 炎だけでなく、土の槍や鉄の塊などを当てても倒れることなく本体を守り抜いた。


 ならばと接近しようにも周りにいる寓話獣が邪魔であり、すぐさま距離を取らされるためジリ貧になっていた。


「さっさと終わらせないとあいつらに迷惑が掛かっちまう」


 今までの攻撃で近衛にもダメージは蓄積されているため、このままでも勝てるは勝てるが、時間が掛かってしまう。


 そうなると基地前線で戦っている仲間に迷惑がかかる。


 最悪、ここにいる近衛と同じ個体が向こうに現れたら、刻たちでは勝てないだろう。


 一応保険は用意しているので死にはしないだろうが、心配なのは変わらない。


「ちょっと烈火!いくら雑魚だと言ってもここまで数が多いと流石にきついんだけど!まだ終わらない?」


「すまない!すぐに終わらせる!」


 雑魚を相手にしていた鈴が烈火に文句を言う。


 戦闘員ではない鈴にとっていくら相手が弱いからと言ってもここまでの数を相手にするときついのだ。


 まぁ、文句を言えるくらいにはまだ余裕があるだろう。


 それでも時間をかけないに越したことはないので烈火は本気を出すことにした。


夢想アーツ悪戯を燃やす白火フレイム・ライト〉」


『『『ッ!!』』』


 ビルダーベアとその近衛は急に上がった烈火の存在力にさらに距離をとる。


 先ほどまでとはまるで存在感が違うのだ。


 ビルダーベアと近衛は烈火への警戒を最大限高めた。


「《尽喰らう白火エキシポフラム》」


 烈火は手のひらサイズの白みがかった炎を二つ手のひらに形成、それを近衛に向けて放つ。


 避けられないと悟った近衛は先ほどのように本体のビルダーベアを守るようにタワーシールドで受けようとした。


「それは悪手だよ」


『『ッ!ガ、ガアァァァ!!』』


 耐えられていたはずの攻撃が効いている。


 それだけではなく、炎が消えないのだ。


 途轍もなく熱い炎が消えることなく燃やし続けている。


 これにはビルダーベアもどうすればいいのか分からず慌てていた。


「〈灼熱の針スピアフラム〉」


 烈火はビルダーベアに向けて炎の針を突き刺した。


『ッ!?ッ?』


 先ほどの夢幻ヴィジョンと同じくビルダーベアに刺さった火の針はビルダーベアを燃やし尽くした。


 そしてそのまま灰になって消えていった。


「お。リーダーが死ぬと他の寓話獣たちも動かなくなるみたいだ」


「そのようだな」


 岩人と鈴が戦っていた寓話獣たちも本体が死んだため、形を維持することができずただの土塊や木の棒の集まりに戻っていく。


「これで終わりかな」


「そのようだな」


「この後どうする?」


 烈火の元にきた岩人と鈴が今後の動きについて話し合っていた。


「まずは硯のところへ行こう」


「その必要はない」


 聞こえた声の方向を向くと、硯がこちらにきていた。


 見たところ全く怪我はない。


「大丈夫だったのか」


「当たり前だ。あんなやつに怪我を負うはずないだろ」


 硯は心外だと言いたげであった。


「はは、すまない。墨の夢幻ヴィジョンでどう戦うか知らないからな」


「まあいい。烈火、仲間のところに行ってこい」


「…いいのか?」


 確かに彼らのことは心配だが、彼女がいる限り最悪なことになることはない。


 それに協力してもらったのに礼もしないというのは気が引けた。


「そもそもお前のことを信用してるからうちのリーダーはこうやって協力しているんだ。たかが礼に来ないだけで怒るほど浩志はバカじゃない」


「すまないな。また後で礼をしにいくよ。今回の事は貸しにしといてくれ」


 そう言って烈火はその場を後にした。


「よし!俺たちも帰るか」


「りょーかいです!」


「分かりました!」


 烏の饗祭のアジトへと戻っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る