第22話 橘雷華

 

「へぇー、やるじゃんあいつら。あの烈火バカが育てているだけあるな」


 北方基地の上に立ちながら眼下の基地に戻ってきている夢幻の杜のメンバーを眺めている人がいた。


 胸当てや手甲足甲を身につけた軽装を身につけ、適当に切り揃えられているが腰まで伸びた黒髪を後ろで一本に纏めており、顔は整っており美しい顔立ちだが、どちらかと言うと野性味のある印象が強い女性であった。


「あいつが珍しく来たかと思えば、もし仲間ががピンチになったら助けてくれだなんて。…まぁ、あいつの頼みを聞くのは癪だったけど、貸しひとつもらえただけいいか」


 少し苦虫を噛んだような表情をしていたが、すぐにその顔には笑みが浮かぶ。


「にしても、みんなある程度夢幻ヴィジョンを使えているが、あの様子じゃあ制限解釈リミテッド拡大解釈エクステンドもまだ教えてねぇだろ。過保護なあいつにしては鬼畜なことさせているな。いや、俺という保険を置いてるのなら十分過保護か」


 彼女から見たら刻たちはまだまだ夢幻ヴィジョンを使い慣れていない。


 おそらく烈火を同じ意見だろう。


 それなのに、烈火は自分を嫌っているはずの人にもしもの時に助けてくれるように頼んでまでここに連れてきた。


「戦いに慣れさせるためかな」


 彼女はその理由をそう結論付けていた。


 いくら訓練で夢幻ヴィジョンを磨いたとしても、命の奪い合いの場である場所に身を置くとその空気に当てられまともに夢幻ヴィジョンが使えなくなることがある。


 実際外界の人にも空気に当てられて夢幻ヴィジョンが発動せず寓話獣に殺されてしまったり、生き残ったとしても夢幻ヴィジョンを使えなくなったてしまったりする人が少なからずいるのだ。


 今回、戦いを経験するいい機会だと思った烈火が訓練がまだ終わっていないにも関わらず戦わせたのには慣れさせることを優先したから。


 基地を襲ってきた寓話獣たちは烈火や彼女にとって雑魚同然であったため、もしもの時対処できると思ったのだろう。


 だが、


「あいつは例外だろうな」


 凛だけは例外であった。


 彼女は外界の方、凛がいるであろう方向を見ていた。


 彼女から見ても、凛は外界民を含めても強者の類である。


「間違いなく俺に気づいていたな。鼻が良いのか?あそこまで獣の夢幻ヴィジョンを使いこなすなんて何者だ?純といい勝負しそうだな。……そんな奴が襲われて怪我をしたねぇ」


 そのため、烈火から聞いた白夜の夢デイドリーマーに襲われていたところを保護したと言う話がどうも信憑性がなかった。


 何か彼女に裏があるのではないか、それとも


「あの子でも逃げなければいけないほどの強者が白夜の夢デイドリーマーにいる」


 おそらくその可能性が高いだろう。


 なにせ今回襲ってきた寓話獣なんて比にならないくらい強い奴らが犇めいている魔境を通って新宿ここにきたのだから。


「俺も戦ってみたいな」


 まだ見ぬ強者のことを考えている今の彼女は子供が見たら泣き出すほど獰猛な顔で笑っていた。


「できればあの子とも戦いたいが…まぁそんなことしたらあの烈火バカが邪魔してきそうだから面倒なんだよなー」


 彼女は凛とも戦いたいと思っていたが、烈火が全力で拒否することが目に見えていたので面倒だとげんなりとした。


「……それより…あの子か、夢想アーツに目覚めたのは。内界では俺と烈火に続いて三人目だな」


 凛から刻たち、特にヒカリへと視線を変える。


 彼女の興味は凛からヒカリに移っていた。


「いいなー。俺が育てたいなー。………そうだ。今回の貸しを使ったらいいのか」


 彼女は名案が浮かんだとばかりに嬉しそうな表情をする。


「いしし、なら早速行動開始だー」


 彼女は基地の屋上から移動し、ある人物の元へと向かった。


 ここにいることは知っていたので探すこと数分、お目当ての人物を見かけたので彼女は声をかける。


「よう!バカ弟」


「げっ!姉さん!?なんでここに」


 声をかけられた秀は、あり得ないものを見たという表情で彼女を見た。


 彼女の名前はたちばな雷華らいか


 橘秀の姉にして内界の出身でありながら、内界と外界の緩衝地帯に勝手に居住場を用意して住みつき、外に出ては寓話獣を叩きのめしている戦闘狂バトルジャンキーである。


 その強さは烈火をも凌ぐ


 ちなみに秀は小さい頃、雷華にボコボコにされたことがあるため姉のことが苦手だ。


「あぁ聞いてないのか?あいつに頼まれたんだよ。念の為俺の仲間を見守ってくれって」


「…聞いてないんですけど」


 秀は姉がここにいることを知らされていなかった。


 というのも秀が姉のことが苦手だと知っている烈火が気を利かせて伝えなかったと言う理由もあるが、刻たちに秀経由で自分たちが死なないように保険が用意されていると知らせないためである。


 もし知られてしまうと自分たちは大丈夫だと思い戦いの場に連れてきた意味が薄れるからだ。


「ならあの時、助けてくれてもよかったんじゃないですか?」


「え?いや」


「……え?」


 それを聞いた秀は、ヒカリが殺されそうだったあの時助けてくれても良かったんじゃないかと苦言を言うが即否定されてしまう。


 あまりにもすぐに否定されてしまい秀は少し呆然としてしまった。


「俺はあいつほど過保護じゃねぇ。それにな、夢幻ヴィジョンってのは死ぬ間際に一番存在力が上がるんだ。一度それを経験したなら夢幻ヴィジョンも格段に強くなる。それをわざわざ邪魔するわけないだろ。それに俺が邪魔しなかったからこそ夢想アーツを会得した子だっているんだしな」


「……いつか戦いたいだけでしょ」


 秀は姉に対して呆れた目で見ていた。


 確かに姉が言ったことも理由になっていると思うが、一番の目的は強くなったヒカリたちと戦いたいと言うことだろうと秀は思っている。


 事実、雷華は以前に異能大隊の一部隊に勝手に喧嘩を吹っかけボコボコにした過去があるのだ。


 それを聞いた雷華の父は頭を抱えていたものだ。


 その後も色んな人に喧嘩を吹っかけてはボコボコにしていたため、後始末に追われた父は胃薬を常備し始めのを知ってちょっと可哀想だと思っていた。


「何を当たり前なことを。あ、そうだ。あの夢想アーツ会得した雪の夢創者クレアの子、俺の弟子にするから」


「……ちょちょちょ待ってください!何勝手に決めてるんですか!ヒカリは夢幻の杜うちのメンバーですよ!それに夢想アーツってなんですか!俺知りませんよ!?」


「知らん。決定事項だ」


 雷華はもうヒカリを弟子にしたと言いたげな表情をしているし、夢想アーツなんて知らない言葉が出てくるしで秀の頭は混乱していた。


「烈火が怒りますよ!」


「今回の貸しを返せって言うから問題ない」


「いや問題ありますって!…せめて本人に了承を得てください!」


「むっ。……分かった」


「そうして下さい。…あ、今はやめてくださいね。彼女疲れて眠っているので」


 なんとか姉を宥めて落ち着かせることができて安堵のため息を吐く秀。


「それくらい分かってるよ。お前は俺をなんだと思ってるんだ」


「え?戦闘狂」


 ゴンッ!!


「いっっってーー!!」


 少し気が緩んでいたため雷華の質問に反射で答えてしまい、しまったと思うが時すでに遅し。


 秀の頭に雷華が強烈な拳骨を落とし、堪らず秀も痛みでうずくまる。


「お前が俺のことをどう思ってるかはよーーく分かったよ。そこまで思ってるならちょっと俺に付き合え。お前も夢創者になったんだろ?」


「え?いや、あの、ちょっと待ってさっきのは言葉の綾でそんな意図じゃぁぁぁぁぁぁ〜」


 そのまま基地内にある訓練者で秀はボコボコにされた。


 余談だが、基地内にいた何人かは雷華を見た瞬間顔を青ざめながら脱兎の如く逃げていった。


 間違いなく過去に雷華にボコされたのだろう。



 〜〜〜〜〜



「……なんで橘さんがここにいるんだ?」


 寓話獣〈ビルダーベア〉を殺し、硯たちと別れた後、夢幻の杜の仲間が心配だったためすぐに北方基地に向かった。


 夢幻の杜のメンバーがいる部屋に入ると、刻、ヒカリ、巧、紡志、凛、そして、すでに帰っている思っていた雷華とその横にあるベットで寝ている秀がいた。


 ベットで寝ているヒカリ以外の4人は困惑した表情で雷華と先ほど入ってきた烈火を交互に見ていた。


「あぁ?お前の頼みでここにいるんだが」


「いや…確かに頼んだけど…終わったらさっさと帰ると思ってたんだよ。て言うかなんで秀がベットで寝てるんだ?そんなにここでの戦闘は苛烈だったのか?」


「いや、暇だったから秀の夢幻ヴィジョンの確認がてらボコった」


 秀が姉の雷華に対して苦手意識を持っていることを烈火は知っていたため、それを聞いて秀に同情した。


「あの、烈火さん」


「あぁ、すまん。大丈夫だったか?」


「大丈夫です。……その人は誰なんですか?烈火さんが来る直前に秀さんを担いでこの部屋に来たんですけど」


 その言葉に烈火は呆れた表情で雷華を見る。


 自己紹介をしていないとは思っていなかったのだ。


「…言ってなかったのか」


「そう言えば言ってなかったな」


「はぁ、この人は橘雷華。秀のお姉さんであり、秀と同じ雷の自創者ナレアだ」


「よろしくなガキども」


「秀さんにお姉さんなんていたんですね」


「まぁ姉と言っても俺は家を出ていってるからな」


 刻たちは秀の姉という情報に驚きながら雷華を見つめる。


 一切そんなことを言っていなかったからだ。



「…できれば怪我する前に助けて欲しかったんだがな」


「俺はお前ほど過保護じゃない。戦いの空気に触れさせるためにこいつらだけで戦わせたんだろ。俺がほいほい助けたら意味ねぇじゃん」


 烈火は包帯が巻かれている巧と、未だベットで寝て起きないヒカリを見て苦言を呈するか雷華はそれを一蹴する。


 烈火もそれを理解できるし最終的には無事であったため言い返せなかった。


「それもそうだが…」


「…あの、雷華さんってずっとここにいたんですか?」


「おう。こいつに頼まれてな。もしもお前らに何かあったら助けてくれって」


「そういうことだ」


 話の内容的に自分たちが戦っている様子を見ている感じだったので尋ねてみれば見守っていたと聞かされて


「お前は気づいてただろ」


「えっ!?気づいてたのか凛?」


「うん。なんか一人だけ視線がおかしかったから」


 凛がそれに気づいていたことに刻、巧、紡志の3人は二重で驚かされた。


「そうだ。烈火」


「なんだ」


「あの今眠ってる子、俺の弟子にするから」


「………へ?」

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