第16話 夢幻の杜 始動


「うわぁー何この場所」


「すごいな」


 秀からの命令によってヒカリと巧は基地から外界側に出ていた。


 初めて内界から外に出るため少し緊張していたが、外を幻想的な風景に緊張など吹き飛び見惚れてしまっていた。


 建物にも蔦や草木が絡まり、建物の間を樹々が生い茂っている。


 それだけならまだ人類が放置した都市に自然が侵食しただけである。


 しかしここはそうではない。


 樹々が生い茂っているがその一部は30年で育ったとは到底言えないほど成長して青々と葉がついていたり、花が満開になっていたり、逆に枯れていたりと一本の木に四季の様相が同時に存在している。


 また、建物も一部放置されて30年経ったとは思えないほどヒビがなく綺麗なところがあった。


「…まるでユートピアね」


「言い得て妙だな」


 そこは外界の中でも住民がその場から逃げ出し、今は誰も暮らしていない場所。


 約一年前に『時狂じぐるい』が起きた場所である。


「これじゃあ見えづらくて寓話獣が来ているのかさえ分からないな」


「これ足止めだけじゃなくて探知も必要になるわね」


「探知もとなるとヒカリの夢幻ヴィジョンがピッタリだな」


「そうね。ちょっと外に出てみよう」


 そう言ってヒカリと巧が動こうとした時


「あら、委員長もどきじゃない」


 誰かの声が聞こえた


 ヒカリが肩をビクッとさせて恐る恐る後ろを振り返ると、予想していた人物たちがいた。


「なんでハズレのあんたがここにいるのよ。まさか外に出て寓話獣と戦おうとしているわけではないでしょうね」


「すぐに殺されるのがオチよ」


「目障りだからさっさとここから帰れば?」


 彼女たちは学生時代ヒカリをいじめていた主犯格とその取り巻き二人である。


 直接的ないじめはなかったものの、わざと本人に聞こえるように陰口叩いたり無視したりと精神的にいじめていたのだ。


「あ、えっと…」


 以前なら問題なかったがトラウマとなっている今、過去に彼女にされたことを思い出して体が震えまともに受け答えできなくなっていた。


 ヒカリの予想外の反応を見て彼女たちは笑みを浮かべ、あからさまにヒカリを見下してきた。


「まぁいいわ。せっかくいるんだし雑用やっといてよ。先輩から押し付けられたんだけど私昨日の襲撃でくたくたなの。ねぇ、一応委員長だったんでしょ?なら困ってる人がいたら助けてくれるよね。よかったね、ハズレでもできる仕事が…」


「悪いが俺たちは別の仕事があるんだ。ここでぐだぐだする暇があるなら自分でやってくれ。ヒカリ行くぞ」


 そう言い残すと巧はヒカリの手を取りそのまま歩いて行った。


「な!ねぇ今私が話してるんだけど。部外者が入らないでくれる?」


「部外者じゃない。ヒカリは俺たちの仲間だ」


「…プッ、アハハハハ!」


 巧がヒカリを仲間だと言うと彼女たちは一斉に笑い出した。


 それを聞き巧は歩みを止めた。


「仲間?こいつはまともな超能力も扱えないハズレよ?それなのに上から目線でものを言ってくるから早く離れた方がいいよ?」


「それともあんたもこいつと同じハズレなのかな?そうだとしたらとってもお似合いよ!」


 そう言いながら彼女たちは笑っていた。


 それを聞いた巧は彼女たちへと振り返る。


「なぁあんたら。なんでここにいるんだ。さっきくたくたって言ってる割にはそうは見えないし、ヒカリと同級生ってことは最近ここに配属されたんだろう?ならすぐに前線で戦うなんてことはないから、お前たちは今雑用の仕事しかないはずだろ。ならサボらずにちゃんと働けよ。ヒカリに散々文句言ってるってことは優秀なんだろ?」


「なっ!」


 巧の言葉に彼女たち三人は怒っているのか顔を真っ赤にしていた。


「馬鹿にするんじゃないわよ!私たちがサボってるですって!?行くよ二人とも!」


 そう言って彼女たちは巧とヒカリのもとから去って行った。


 プライドの高い彼女にとって仕事ができない、無能の烙印を押されることが何よりも嫌なのである。


「あ、ありがとう」


「気にすんな。ほら、行くぞ」


 巧はヒカリと共に歩いて行った。


 その腕はまだ繋いだままだった。


 ヒカリはその事実に外界へで後に気がついた。


「…あ、ちょっと!うう腕掴んだままよ!」


「おっと悪いな」


 慌ててヒカリは巧に告げ、それを聞いた巧も素直に手を離した。


 そのまま二人は何を話せば良いのか分からずに無言のまま歩いていた。


「やっぱりお前も俺と同じだったんだな」


「やっぱり?」


「ハズレの人たちの待遇は分かってるよ。俺も同じハズレだったし」


「そういえば、なんで巧はハズレなんて呼ばれていたの?訓練の時、普通に念力で物持ててたじゃない」


 巧は訓練中に念力を使っていたおり、その時に物を持ち上げたり動かしたりしていたのだ。


 なのでなんでハズレと言われていたのか気になっていたが、自分と同じく暗い過去があると思ったため聞くに聞けなかったのだ。


「ああ、俺の念力は他の人と比べて軽いものしか持てないんだ。夢幻ヴィジョンについて学んだあとも試したんだが、変化がなかった」


「…そうなんだ」


 その後、会話が続かずまた無言のまま外界へと出る出口の近くに着いた。


「ヒカリは周りの評価を気にしすぎているんだと思う。周りの評価なんか所詮相手の一面を見ているだけで、自分の意思が一番大事なんだと俺は思う。それに、ヒカリは決してもどきなんかじゃない。ちゃんと夢幻ヴィジョンを使えているし、立派に俺たちのまとめ役だよ。みんなもそう思ってるはずだ。だからもう少し自信を持っても良いんじゃないかな?」


 出口の前で頭をガシガシとかきながら、恥ずかしいのかヒカリの方を見ずそのまま出ていってしまった。


 ヒカリにとってその言葉は心に沁みた。


 刻に自分の過去を話した時に刻は自分のことを認めてくれた。


 他の人もそうだと刻は言っていたけど、正直まだ不安だった。


 でも、巧も自分を認めてくれた。


 自分と同じ境遇だと言っていたが、彼には何か確固たる意思があるように思えた。


 眩しかった

 羨ましかった


 それ以上に自分のことを認めてくれたことが嬉しかった。


「……ありがとう」


 扉の向こうにいる巧には届かないだろう。


 恥ずかしくて彼には伝えられない。


 でも感謝の言葉を言いたかった。


 ヒカリは目の端に溜まっていた涙を拭い、巧に続いて扉の向こうにいく。


 ヒカリの瞳にはもう不安はなかった。


 あるのはただ覚悟を決めた瞳だった。



 〜〜〜〜〜



 夕食後


 夢幻の杜のみんなは情報共有のため集まっていた。


 また新しく得た情報を共有して作戦を練り直すためだ。


 そのため秀はここ二、三日の襲撃の情報を収集していた。


「じゃあ始めるぞ。ここ最近の寓話獣の襲撃なんだが、基地まで到達するようになったそうだ。すでに基地内でも何人も死人が出ている。気になるのは奴ら自分の仲間の死体だけじゃなくて人間の死体も持ち帰っているところだ。と言うか被害状況を見る限り死体を持ち帰ることが目的みたいだな」


「なんで死体を持ち帰るんですか?食糧にするため?」


「分からない。それが分ればある程度行動が読めるんだがな」


 巧の質問に秀は持っていた紙を見ながら思案していた。


 秀以外の人たちも何が理由なのかを考えていたが誰も分からなかった。


「…なんか働き蟻みたい」


 不意に凛がそう言った。


 彼女がこのような場で話すことはほとんどなかったためか周りは凛が喋ったことに少し驚いていた。


「…え?」


「っ!ああ!そう言うことか!」


 凛の言葉に刻たちは疑問を浮かべるが、秀は理解したのか声を上げる。


 そして、まだ分かっていない刻たちのために説明を始めた。


「今回の寓話獣は統一した動きをしていることから、群れの長がいることは間違いないと思う。そして襲撃してきた寓話獣が働き蟻なんだとしたら、長が女王蟻という事になる。働き蟻の役割は餌を女王蟻に持っていくことで、女王蟻は子供を産むことが役割だ。そしてその餌としておそらく」


「人間が選ばれた」


 凛の言葉にみんな黙ってしまった。


 寓話獣にとって人間は脅威ではないのかもしれない。

 潰そうと思えば潰せる存在。


 刻たちはそれを安全で危険のない内界で暮らしていたため理解していなかっただけなのかもしれない。


「…なんで私たち人間を執拗に狙っているんですか?外には他の寓話獣がたくさんいるはず」


「弱くて一箇所に集まっていて集めやすいから?」


「「「「「……」」」」」


 もはや人間は生態系の頂点から崩れ落ち、底辺にいる存在。


 寓話獣たちにとって人間など弱者である。


 彼らはその事実をまざまざと突きつけられたのであった。


 パンッ!!


 そんな時、秀が手を叩いたことで暗い顔をしていた刻たちは秀に顔を向ける。


「そんな悲観することはない。俺たちは確かに弱者だ。だがそれも“今はまだ”だ。これから君たちが活躍することで君たちの、その超能力じゃない力を知らしめるんだ。そして、みんなの希望となるんだ。大丈夫。烈火も言ってただろ。君たちの力はもう十分寓話獣と戦えるだけの力を有しているって。あとは気持ちだけだ」


「大丈夫。みんなは十分勝てる」


 秀と凛の激励に刻たちは暗い顔から一転し徐々にやる気に満ちた顔立ちになっていく。


「はは。ずっと外で暮らしていた凛に言われるとなんだかやる気が出るね」


「ああ、そうだな」


 ヒカリの言葉に巧が同意するように頷いた。

 巧だけじゃない。刻と紡志も彼女の言葉に同意するように頷いていた。


「あれ?俺の激励は響いてなかった?」


 一方自分の言葉がみんなに響いてなかったと思った秀は自身たっぷりな態度から一転、ちょっとしょげた。


「…フフッ。いえ、ちゃんと響いてますよ秀さん」


「そうか。よかった」


 その態度に少し笑いながらヒカリが否定し、それを聞いた秀は安堵の表情を見せる。


「…そう言えば。秀さん。俺たち一回外界は出ようとしたんだがそこでここの人たちとトラブってなんか邪魔してきそうな感じだったんだけど、本当に問題ないですよね」


 巧はさっきのことであのまま素直に引き下がるとは思えなかったため念を押すように秀に聞いた。


「ああ、あの後司令官ともう一度会っておど…ゔゔん!話し合いをして手出しさせないように通達させたから問題ないよ。もし手出しして誤射で当たってもお咎めなしだ」


(((((今脅してって言おうとしたよな)))))


 結構強引なやり方にみんなちょっと引いていた。

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