第17話 夢幻の杜 戦闘開始
その日、異能大隊北拠点基地の人たちは困惑していた。
連日の寓話獣の襲撃。
いつも深夜に襲撃され、今となってはほぼ敗北と言ってもいい結果だ。
それに仲間が死に、その死体すらも目の前で奪われていく様子を見せられ続けているため、基地内には暗く澱んだ空気が漂っていた。
そんな時、援軍が来ると言う連絡に期待しなかった人はいないだろう。
だが蓋を開けてみれば来たのは六人だけ。
さらにハズレの人もいると言うではないか。
基地の人たちは絶望した。
ようやく来た援軍は期待外れであることからこの基地は見捨てられたのではないか、そう思う人も少なくなかっただろう。
しかし、そんな思いもお昼までであった。
「おい聞いたから?今朝来た援軍のこと」
「ん?…ああ、夢幻の杜つーんだっけ。俺さっき起きたばっかだからあんまりよく分かってねぇんだけど。人数少ない上にハズレなんだろ。さっきそこで大声で叫んでるやつがいたけど」
「いや、そうなんだけどな。なんか凄いらしいんだよ」
「どういうことだ?」
「俺も又聞きだから詳しくは分からないんだが、俺たちが見たこともないような超能力を使うんだとよ。それも複数」
「は?俺たち超能力者は一人一つの能力しか使えないんじゃなかったのか」
「ああ、だから夢幻の杜は天才超能力者が集められて作られた隊なんじゃないかって噂されてるんだ」
「でもハズレもいるんだろ?」
「どうせ雑用係なんじゃないのか?荷物持ちとか」
似たような会話が基地内では頻繁に話されていた。
そして夕方には今日の襲撃は夢幻の杜だけで対処するため、外壁にくるまで手出ししないようにと言う通達を受け、周りを巻き込む超能力なのか、政府が秘匿しておりあまり一目につけたくないからなのか、実は人間じゃないのかもしれないなど様々な尾鰭がついていった。
襲撃開始の約10分前、基地の人たちは戦場が見える位置に集まり、不安と恐怖、そして希望を胸に前線にいる夢幻の杜のメンバーを眺めていた。
しかし、それはすぐに希望一色となる。
〜〜〜〜〜
基地前線
「ふーーー」
「なんだ、緊張しているのか?」
緊張を和らげるため深呼吸していたヒカリを揶揄うように巧がそう言った。
「何よ。悪い?」
基地から大勢の人が自分を見ている。
いつならトラウマが蘇り頭が真っ白になるのだが、なぜか今は大丈夫だった。
それは自分だけじゃない、共に歩いていく仲間も一緒にいるから。
そしてあの時の巧の言葉がヒカリの心を落ち着かせていた。
「あんまり考えすぎるなよ。
「僕が壁で遮るし、多少失敗したところで問題ないよ」
「そうなると刻に負担が掛かるってことじゃないのよ。それじゃあ年上として不甲斐ないわ」
いつもと変わらない二人に毒気が抜かれたようにヒカリも多少緊張は残っているものの自然体に戻ることができた。
襲撃開始10分前
「…ヒカリ、巧…時間だよ」
「…そう、なら始めましょうか」
「よし!やるか!」
彼らは戦いの舞台を整えるために準備を始めた。
刻は地面に両手を置き、ヒカリは両手を前に伸ばす。
巧だけは何も動いていないように見えるが念力を発動していた。
「《
ヒカリの前方の地面に雪が広がっていく。
正面は障害物があってよく見えないが、見えている範囲の地面は全て雪で覆われており、左右にもかなりの範囲に雪が積もっていた。
「《不可視の
巧が
巧はヒカリほど広範囲に
「《鉄壁》」
そして刻は雪原の手前、自分達と隔てるようにして鉄の壁をつくる。
回り込んで基地に行かれないようにカーブさせて、その両端は基地と接するようにして壁を形成した。
そして中央、自分たちの正面にだけ人一人分通れるだけの隙間を開けている。
刻はメンバーの中でも
そして鉄なので耐久力と高い。
そのため、今回の作戦では前線のさらに前方に壁を設け、さらに一部分だけを開けることにより相手をこの場に誘導することにより少人数でも対応できるようにしているのだ。
「《
凛は腕と脚が黒と黄色の縞模様の毛に覆われ、手は獣のように鋭い爪と肉球のある手に変化、そして頭に丸い耳が生え、髪色も黒から黄色に黒の縞模様に変色する。
よく見ると瞳孔が細長く、牙も生えていた。
見た目は完全に獣人と言った容貌になっていた。
「私はもういく」
「分かった。無理しないようにね」
刻の返事に無言で頷いた後、凛は刻の作った壁の向こうへと消えていった。
凛は外での戦いの経験と獣の俊敏性を生かすために遊撃に選ばれていた。
そして、そこから誰も喋ることなく時間が過ぎていった。
そして、襲撃の時間
「っ!!来た!前方に寓話獣多数!秀さんが言ってたように小さめだけど少し重い!注意して!」
ヒカリのその言葉に刻たちは気を引き締めながらも返事をする。
そして
ヒカリの
雪は物に当たるだけで簡単に溶ける。
ヒカリが初めに使用した《残雪平原》は何かがその雪を踏むことでヒカリに居場所を教える探知の
そして、雪の沈み具合や大きさによって大体の大きさと重さが分かる。
だが、数が多すぎるとヒカリの許容を超えてしまい脳に負担がかかってしまう。
「《
そのため寓話獣が来る方向を把握するとすぐに次の
ヒカリはこれを巧が毒を撒いていない範囲の《残雪平原》を《深雪大地》に、撒いている範囲の《残雪平原》を《積雪高原》に変えていく。
「どう?上手くいってる?」
『うん。上手くいってる。寓話獣たちみんな滑って前に進めてない』
《深雪大地》は圧縮した雪で地面を覆う
圧縮された雪は変化しないため《残雪平原》みたいに探知はできないが、とにかくよく滑る。
そのため今回のような遅延作戦にはとても役に立つのだ。
ここからは刻が作った壁もあり奥が見えないため、それぞれ配布されている耳につけるタイプの通信機で、ヒカリは凛に寓話獣たちに効果があるかを確かめた。
「よし!」
ヒカリも初手がうまくいったことで嬉しくなり、頬を少し綻ばせる。
「気を抜かない方がいい。まだ始まったばかりなんだから」
「わ、分かってるわよ」
その様子を見た刻から注意され、ちょっと恥ずかしかったのか少し照れながら返事をする。
『寓話獣たち何匹かが下敷きとなってその上を進んで突破した。もうすぐ、毒エリアに到達する』
「了解、向こうも少しは賢いみたいだな」
「面倒くさいな」
「そうね」
凛からの報告に思ったよりも早く攻略されたことに三人は寓話獣の危険度をあげさらに集中し始めた。
「っ!来たよ!どう!?毒は効いてる!?」
「……いや!効いてないっぽい!って事はあいつら神経がないのか!」
巧は毒の
今回もばら撒いた毒は神経毒。
皮膚から体内に侵入して身体を蝕む毒である。
うまくいけば触れただけで相手の自由を奪うことができるのだ。
だが、今回の相手には効果はなかったようだ。
「そう、なら次のプランに行きましょう。巧、出来次第すぐに撒いていいよ。その後刻と同じくここで対応。刻も予定よりここに来る数が多くなるから気をつけてね」
ヒカリの指令に二人は返事をしてすぐに準備に取り掛かる。
次に巧が生成するのは壊死毒。
細胞や組織の壊死を引き起こす毒である。
今の巧は、この毒を神経毒の半分程度しか一度に生成できず、念力で操作しにくい。
そのため初手で使わなかったのである。
「よし、…紡志生きてる!?さっきからずっと無言だけど!」
「ははははい!生きてます!」
「寓話獣思ったよりも知性あるみたい。投擲とかしてくるかもしれないから注意してね!」
「りょ了解です!」
さっきのヒカリ以上に緊張していた紡志は、急に声をかけられびっくりしていた。
「紡志。落ち着きなさい。私たちは一緒に頑張ってきたでしょ?もし失敗しても私がフォローするから」
ヒカリは刻に自分がしてもらったように紡志に激励の言葉を言った。
「い、いえ!ヒカリはただでさえ負担が大きいのに僕のフォローもなんて倒れてしまいますよ。ぼ僕は完璧に自分の役割を果たすので安心してください!」
まだ緊張が残っているのか足はガタガタと震えているが、ヒカリの足を引っ張りるまい紡志は虚勢を張った。
「ふふ、そう、なら問題ないわね」
ヒカリは虚勢を張っている事は分かっていたが、少しは大丈夫になったかなと思った。
「撒けたぞ!この毒はあいつらにも有効そうだ」
「よし。もうそこまできてるし、結構な数入ったかな?」
巧が毒を撒けたことを報告した後、ヒカリは《積雪高原》にたくさんの寓話獣が侵入したことを確認した。
そしてヒカリは次の
「《圧雪》」
《積雪高原》は《残雪平原》よりも高く積み上がった雪で地面を覆う
《残雪平原》と同じく探知もできるが、この
《圧雪》は相手を雪で覆い、それを圧縮することで相手を攻撃する
《積雪高原》と組み合わせれば多数の相手に一気に攻撃することができるのだ。
今回もこの攻撃によって、相手の寓話獣を千匹近く捕らえ、拘束した。
だが、この
そして、途轍もなく
「《
そのインターバルを埋めるのが刻たちの役割だ。
刻は
この刀は以前刻が寓話〈インヴィジブル〉と戦った時に出した刀と同じものだ。
そしてこれまでの訓練で硬く鋭くなっている。
「《
「ありがたいが
「それくらいなら問題ないよ」
「そうか。無理すんなよ」
刻は続いて巧が使う武器も形成して貸した後、目の前に聳える壁で唯一開いている場所へと向かっていく。
〈インヴィジブル〉以来となる戦い
以前は
しかし、今回は
もうあの時のような事にはならない
不思議と刻には恐怖や不安はなかった
「来た」
襲撃開始から30分
ようやく刻たちの前に寓話獣が姿を現す。
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