第15話 異能大隊北方基地


 その後、先ほどまで烈火たちがいた部屋には浩志と硯だけが残っていた。


 浩志が硯に部屋に残るように言ったのだ。


 烈火は今、別の部屋に移動して協力者たちを待っているためここにはいない。


「硯。さっき入口の方で騒いでた奴ら、誰だったんだ?」


「烈火曰く防衛長官だと」


「防衛長官ってことはかなり上の人間か。北方基地の方が思ったより結構やばいのかもな」


「ついでに言うと過激派の一人だそうだ」


「……過激派か。ここ最近、過激派の力が増えてきていると聞いているが…また争うことになる可能性もあるな」


「まあ負けることはないだろ」


 また内界と争うことを危惧している二人であったが、そこには一切の危機感はなかった。


 彼らにとって内界の人間に負けることなどないと思っているのだ。


 実際、去年に起きた内界と外界との争いも意外と苦戦はしたものの想定外の事態が起きなければ外界が勝てていたのかもしれないからだ。


 それに去年と比べて戦力は増えているため以前みたいに苦戦することもないだろうというのが外界の中でも上の立場にいるものたちの考えであった。



「……烈火にあの件は言わなくてよかったのか?」


 不意に言われた硯の言葉に浩志は少し眉を動かす。


「…刻のことか」


「あの子が烈火が設立した部隊に入ったって報告は聞いている。ならあの子の事もある程度伝えた方が良かったのでは?」


「……言えるわけねぇだろ。正直言って烈火のことは信用はしているが信頼はしていない。あいつはお人好しが過ぎる。清濁併せ持ってはいるが人の善性を信じてるんだ。あの件を伝えたら絶対に首を突っ込む。周りを巻き込んでな。そうなると外界は大きな被害を受ける。…それにあいつとの約束を守れない」


 真剣な眼差しでそう言った浩志はあることを思い出していた。



『お前はこいつの味方か?』


『なあこいつを見守っていてくれねぇか?お前たちにとってもこいつの力をまた暴発させたくないだろ』


『ああ護衛をつけるとかそういうのはいい。こいつの心が強くなるまでの時間が必要なんだ』


『こいつ自身は俺が守る。だからあんたには外部の理不尽をできる限り排除してほしい』



「またいつか刻があの事件を起こすかもしれねぇんだぞ。あの事件でどれだけの被害が出たと思ってる。俺たちがここに縄張りを移動せざるを得なかったんだぞ」


 硯が厳しい目線でそう言った。


 硯の言葉に浩志は意識を現実に戻した。


「俺たちが守るべきものは烏の饗祭の仲間たちだ。それだけは忘れないでくれ」


「それを疎かににするつもりは毛頭ない。だが、あいつの約束を守ることは俺たちを守ることにも繋がる」


「…ならいい」


「…あの事件、今はたしか『時狂じぐるい』なんて呼ばれてるんだったな」


 浩志は机の中からある報告書を取り出した。


「烈火はなんて思うだろうな。…だと聞いて」


 浩志の持っている報告書にはこう書かれていた。


『鉄やコンクリートが一つの塊の中でボロボロになっていたり新品ように綺麗だったり、劣化の状態があまりにもバラバラになっています。草木も似たようなもので一本の樹木で枯れている枝と葉が生い茂っている枝があり、まるでここら一帯の時間の流れがぐちゃぐちゃになっているようです。原因は一切わかりません。おそらく夢幻ヴィジョンの影響だと思われるのですが、そんなこと私たちの夢幻ヴィジョンでは到底再現不可能です。もしまた同じようなことが起きても対処できません』


「刻くん、薫のためにも君の未来に希望があらんことを」



 〜〜〜〜〜



 烈火は協力者を待つため別の部屋に移動してから少し時間が経っていた。


 ドアがノックされて烈火が返事をすると硯と後に続いて二人の男女が入ってきた。


「すまない。待たせたな」


 女性の方は肩甲骨あたりまで伸びたベージュの髪を高めのポニーテールで結び、軽く化粧をした明るい雰囲気の子であり、服装も少しぶかっとしたシャツとパンツを着ている。


 男性の方は坊主頭に筋肉質な体をしており、背筋を伸ばして姿勢の良い佇まいで、服が体に張り付いているぴちぴちのものを着ていた。


「この二人が?」


「そうだ。俺を含めたこの三人が今回お前に協力する。鈴、岩人、烈火に自己紹介をしてくれ」


 その言葉に女性の方が一歩前に出てきた。


「じゃまずは私から!私の名前は綾目あやめすず。眼の獣創者ビースだよ。よろしくね!」


 そう言いながら鈴は目元でピースをする。


 だが、烈火はそれを見る余裕はなかった。


「っ!おい硯、どう言うことだ!?」


 烈火は硯に顔を向け、非難の目を向ける。


 彼女は先ほど獣創者ビースと言っていた。


 以前、烈火は動物の夢幻ヴィジョンを使って自我が呑まれて尽く失敗して今はいないと聞いていたのだ。


 なのに今、彼女が目の前にいると言うことは嘘をつかれたと言うことなのだ。


「動物の夢幻ヴィジョンを使う人はいないって言ってたじゃないか」


「確かに獣の夢幻ヴィジョンを使って自我が呑まれた奴はいる。だが、動物の夢幻ヴィジョンの適性の種類や想力オドの扱いの上手い人は自我を飲まれずに済むんだよ。鈴も数少ないその一人だ」


「えっへん!」


 そんな目で見られている硯はいつもの変わらない様子で返事をし、その後ろで鈴は褒められて嬉しかったのか偉そうに胸を張っていた。


「俺たちとお前じゃ立場が全然違うんだ。隠したいことの一つや二つある。お前だって政府に関することほとんど俺たちに喋らねぇだろ?」


 それを言われると烈火は何も言えなかった。


 確かに烈火は彼らに内界の内情に関する情報をあまり喋ることはなかったからだ。


 その後、もう一人の自己紹介が進んでいく


高野たかの岩人いわとと言います!岩の自創者です!よろしくお願いします!!」


 岩人は深々と頭を下げた。


「俺は自己紹介いいよな。烈火もこの二人に自己紹介してくれ」


「ああ、俺の名前は北条ほうじょう烈火れっか。炎の自創者ナレアだ。今回は俺の要請に協力してくれてありがとう」


「お互いの紹介も終わったことだし早速討伐に行くぞ」


 その提案に誰も否定の意見は出なかった。


 そして四人は寓話獣討伐へ向けて動き出した。



 〜〜〜〜〜



 烈火が烏の饗祭のリーダーの浩志に会いに行っている時から少し時間を遡る。


 烈火を除いた夢幻の杜のメンバーは車で北方基地まで移動していた。


 そして基地に着いたあと、夢幻の杜のメンバー全員でこの基地の司令官に会いに行った。


「夢幻の杜の皆様が到着なされました」


「入れ」


 ここまで案内してくれた案内人が扉をノックして確認をとったあと扉を開けて中に入っていく。


 秀さんに続いて刻たちも中に入っていく。


 部屋の中には一人の男がいた。

 見た目は30代くらい。

 まともに鍛えていないのか太ってはいないが少しお腹が出ていた。

 そして僕たちを舐めたような目で見ていた。


「よう来てくれたね。早速で悪いけど君たちには昨日寓話獣の襲撃で崩れた所の補修をやってもらう」


「そうですか。ならここの基地の地図と被害状況のわかるものを見せてくれませんか?」


「はぁ?なんでそんなもの見せないといけないんだ?私は基地の補修を頼んだんだ。さっさとやってくれ。こちらは毎日の襲撃に疲弊しているんだ」


 秀の言葉に落胆した表情を浮かべてため息をついたあと司令官はそう言った。

 疲れていると言っていたが、彼からは一切そのような様子には見えなかった。

 秀はまるで自分たちが指揮下に入っているような言動に少しイラっとしたが表情には出さなかった。


「あのですね。私たち夢幻の杜は異能大隊の中でも独立した部隊です。独自で判断して動く権利を有しています。そのため、あなたからの命令を聞く必要はありません。ほらさっさと見せてください。そうしないと勝手に動きますが、いいですね?」


 いや、ちょっとイラついてるのが表に出ているかもしれない。


「な、なんだと!私はここの司令官だぞ!お前たちのことは聞いている!ハズレの分際で何ができる!」


 司令官は机を勢いよく叩き立ち上がるとそう言った。


 その言葉を聞き、ヒカリの方がビクッと動いた。


 過去のことを思い出していたのだろう、表情も少し暗い。


「私が使ってやると言っているのだ。役割があるだけありがたいとおも…」


「分かりました。じゃあ勝手に動きますね。出て行っていいと先程おってしゃていましたし失礼します」


 そう言って秀さんは出て行った。


 あまりのことにポカンとしていた僕たちは秀さんが部屋の扉を開ける音を聞いて慌てて彼に着いて聞くように部屋を出て行った。


 夢幻の杜が全員出て行ったのを司令官と案内人は呆然としたまま見ていることしかできなかった。



「なぁ秀さん。あんな対応して大丈夫なのか?」


 秀を追いかけるようにして出ていったあと、巧が秀にそう尋ねた。


「問題ないよ。ああいう対応してくるって予想していたし。まぁ、いざされるとムカついたけど。学校の対応を見るにまさかとは思っていたけど、ハズレの烙印を押された人たちに対する差別がひどいな。あいつら自分たちの命が危険だって自覚してないのか」


「いや、あの人めちゃくちゃ怒ってたじゃないですか。俺たちの足引っ張ろうとすると思うんですけど」


 巧が懸念していたのは司令官に対する態度ではなく司令官による妨害である。


 ここの司令官は間違いなくプライドが高い人物だろう。


 そんな人が自分の思い通りにならない者がいたら何をするかは明白である。


 だが、秀にとってそれはあまり大きな問題ではなかった。


「もし、何かしてきても各自で対応してもらって大丈夫だ。相手を負傷させたとしても問題ない」


「え?大丈夫なんですか?」


「ああ。夢幻の杜設立時におれたちに対して一切の手出しをさせないようにしたからな」


「…よく夢幻の杜設立できましたね」


「一切の手出しをさせないのならこちらも一切の援助はしないって言われたけどね。だから元々うちは異能大隊の隊員ではなかったんだ」


「…元々?」


 巧は秀の言葉に少し引っ掛かりを覚えた。


 先の話し方だと、今は異能大隊の一員ということになるのだ。

 だがそれだと先程の会話に矛盾が生まれてしまう。


「寓話獣研究の第一人者である賢人さんが政府に口出しをしてくれてね。『若者が挑戦しようとしているのにそれを邪魔するとは何事だ。お金なら懐に溜め込むだけなのだからそこから使えばいいではないか』って言う感じでね。だからうちにも政府から費用が出るんだ。それで今は一応ではあるけど異能大隊の一員ってことなんだ」


「そうだったんですね」


 …巧以外の人たちも自分たちが訓練している裏では色々な人が頑張ってくれていたのだと感じた。


「早速分担して作業に入ろうか!ヒカリと巧、凛は先に戦場を下見して来きてくれ。地形を把握しておくのは大事だ。刻と紡志は念の為戦場側の壁を重点的に補強して行ってくれ。それじゃあ解散!」


「「「「「はい!」」」」」

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