第11話 夢幻の杜 訓練中


僕たちが初めて出会ったあの日から、約2ヶ月がたった。


 あの後、烈火さんの話が終わり、秀さんに話がバトンタッチされ、1日の簡単なスケジュールを教えられた。


 朝 起床

   朝食

   訓練

 昼 昼食

   休憩

   訓練

 夜 夕食

   勉強

   就寝


 だいたいこんな感じらしい。


 本当に何の仕事もなくただただ訓練ばかりだった。


 これでいいのかと思っていたがいいらしい。


 そして次の日からこのスケジュール通り進んで行った。



 地獄だった


 訓練は基地内にあるだいたい体育館一つ分の大きさの訓練場で行った。


 訓練では初め、体力や筋力を鍛える基礎訓練しか行わなかった。異能機関の学校でも行っていた事だが、ここでの基礎訓練はそんな比ではなかった。


 全力で動いてちょっと休む。


 それをずっと繰り返す。


 ずっと動くよりもしんどかった。


 夜が訓練でないことが幸いだった。


 というか訓練が厳しすぎて勉強中眠ることが多々あった。


 巧なんか毎日寝てた。


 先生役の烈火さんや秀さんに毎回叩き起こされていたが。


 勉強では烈火さんが初日に教えてもらった以外のことを色々と教えてくれた。


 夢幻ヴィジョンで物を創造するには、かなりはっきりとイメージしないといけないそうだ。


 そして、何でもかんでもイメージすれば夢幻ヴィジョンで創造できるわけではないらしい。


夢幻ヴィジョンで物を形成する時、現実に則しているものじゃないと夢幻ヴィジョンとして形成されないんだ。例えば炎なんかを物理的に持てるようにするなんて事はできない。あくまで現実にあるものしか形成できない」


 そう言いながら手のひらから小さな火を作り出す烈火。


「そして、一番注意が必要なのは自分で創造したものは自分にも影響があることだ。ここは超能力より不便な所だな。現に今も俺は自分で出した火を暑いと思っている」


 ついでに言っておくと、この時季節は初夏の頃合いで授業を行なっていた教室も暑かった。


 そんな場所で身近に火を出しているものなので、烈火は汗だくになっていたのだ。



 訓練を開始して少し経った頃、あまりにも厳しい訓練に学校ではこんなことしなかったとヒカリが言うと、指導してくれる烈火さん曰く


「学校の訓練は防衛を主軸に置いているからな。その場から動かずただ超能力を打ち続けることが多いから、身体能力を上げる超能力者以外はあんまり基礎訓練してないんだ。でも俺たちの部隊は遠征が基本。戦って移動してをずっと繰り返す。だから体力が必要だ。体力が尽きたものから死んでいくぞ」


 それを聞いたヒカリと紡志は顔を青くした。


 体力が少ない順に並べると、紡志、ヒカリ、刻、巧、凛の順番になる。


 だから、体力量ワースト2の二人は顔を青くしたのだ。


 烈火さんも外界の人たちと何回か外に出て寓話獣と戦闘したことがあるらしく、何度か死にかけたこともあるそうだ。


 意外だったのは凛が一番体力と筋力があったことである。


 かなり鍛えているあの巧でさえ腕相撲で負けるくらい強かった。


 聞いた話だと、彼女は虎の獣創者ビースなのだそうだ。


 獣創者ビースというのは、夢創者クレアの中でも体を獣や植物など生き物に変化させる夢幻ヴィジョンを扱う者の総称だと凛が言っていた。


 これを聞いた烈火はかなり驚いていた。


 体を動物や植物になることが出来るのは知っていたらしい。


 なんでも、外界にも動物に変化しようと試みた人がいたのだが、みんな自我が飲まれ尽く失敗したそうだ。


 そのため新宿の外界では動植物に変化させる夢幻ヴィジョンを扱う人はいないらしい。


 それなのに凛がそれが出来る人と分かったみたいでそれはもう驚いていた。


 凛曰く、どうやら動物をそのままイメージなんかすると、その動物の自我まで似ていくのだという


「私たちの手と動物の手が同じ機能なわけない。動物の手をそのままイメージするんじゃなく、自分の腕を動物の腕の性質に変化させるって意識すればいい」


 そう言いながら凛は腕を獣の腕に変化させていた。


 ちなみに夢創者クレアの中でも、烈火さんのように火や水などの自然物を創造する人を自創者ナレア、紡志の布のように人工物を創造する人は機創者マニュアと言うらしい。


 そして、秀さんも僕たちがしている訓練にたびたび参加している。


 初めの頃は政府との掛け合いで何度か出かける予定だったのだけどそれがなくなったそうだ。


 秀さんいわく


「なんか賢人さんが掛け合ってくれたみたいでねー。研究所にずっと籠っていた重要な人が抗議してきたものだから政治家の連中震え上がっていたよ!あー面白い!ざまぁみろ!」


 そう言いながら机をバンバン叩いていた。


 相当ストレスが溜まっていたらしい。


 賢人さんと言う共通の知り合いがいたことからその後何回か秀さんと話す機会があった。


 秀さんは第一異能機関の研究所の研究員の一人で、主に夢幻ヴィジョンの研究をしていたようだ。


 その後、烈火さんからの誘いを受けて政治家の息子であった彼は部隊設立のために動いていたらしい。


 今は研究に集中できると張り切っていた。



 訓練を始めて一ヶ月経つ頃には、午後に夢幻ヴィジョンの訓練を並行して行うようになった。


 この頃みんなとの交流も増え、名前で呼び合う仲になっていた。


 さらに半月後、みんな夢幻ヴィジョンを扱えるようになっており、烈火が行っていたように情報が頭の中に刻まれた。


 これはなんか不思議な感覚だった。


 まるで初めから知っているかのようにすんなりと頭の中に情報が入ってきた。


 そしてその時、夢幻ヴィジョンには存在力そんざいりょくと言うものがあるのを知った。


 これは烈火さんも知っていたが


「全て教えたらいつ情報が刻まれるか分からないだろ?」


 と言うことで黙っていたらしい。


 存在力そんざいりょくとはどれだけ現実に定着しているのかを表す指標らしい。


 これが高いものに低いものが攻撃しても効果が薄い。


 寓話獣に銃火器が効かず、超能力が有効だったのはこれが理由だろうと烈火さんは言っていた。


 一番初めに刻まれたのは紡志だった。


 なんと夢幻ヴィジョンの訓練を始めて3日で刻まれた。


 これは烈火さんも予想していたらしい


「紡志は布を創造していた時点である程度夢幻ヴィジョンが扱えていたからな」


 と言っていた。


 刻まれた情報には自分が夢幻ヴィジョンで創造しやすいもの、いわゆる夢幻ヴィジョンの適性もある程度理解でき、紡志は以前から創造していた【布】であった。


 僕も以前から使っていた【鉄】に適性があった。


 その後、巧、ヒカリの順番で情報が刻まれた。


 二人はそれぞれ【毒】と【雪】に適性があり、超能力とは一切関係のないものが適性であった。


 情報が刻まれた時


「これで効率よく訓練が出来る!俺の念力モドキと組み合わせれば面白そうだな!」


 と巧は張り切っていた。


 ちなみに巧は超能力〈念力〉ではないが似たようなことが出来る。


 他の人と比べてほんの少ししか動かすことができなかったため烈火さんも秀さんも超能力者ではないって判断したようだが、巧以外夢幻ヴィジョンでも念力と同じようなことはできないので二人の頭を悩ませていた。


 当の本人は


「まぁなんか出来るんだしいいじゃん!」


 と特に気にしていなかった。


 一番気の毒だったのはヒカリだ。


 彼女は一番刻まれるのが遅かった。


 それに、刻まれる前までは光の夢幻ヴィジョンを重点的に訓練していたのにいざ情報が刻まれると適性が【光】ではなく【雪】である分かった。


 これが分かった時、ヒカリの瞳には光がなかった。

 数分間立ち尽くした後膝から崩れ落ち


「学校にいた三年間他の人に馬鹿にされながらもずっと頑張ってきたのに、ここに来てもずっと光の夢幻ヴィジョンに適性があると思って重点的に訓練したのに、…どーーして光が適性じゃないのよー!」


 嘆いていた。


 盛大に。


 そのまま数分くらい動かなかった。


 流石に心配だったので様子を伺っていると


「ふーざけるなー!!」


 そう言いながらあたり一面に雪をばら撒いた。


 訓練場全体を覆うほどの量の雪を創造したのだ。


 夏真っ盛りなのにめっちゃ寒かった。


 それを見てヒカリはさらに瞳から光がなくなった。


 流石にこれには烈火さんも怒っていたが一緒にいた秀さんは興奮していた。


 秀さんはいま『感情の起伏による存在力の変動』の研究をしていて、感情が昂ると夢幻ヴィジョンの存在力も上がるのではと言うものである。


 今回、ヒカリの感情が昂ったためこんな大規模な創造ができたのだと思っているのだ。


 ちなみに後日、ヒカリに同じ事をやってもらい、前よりも少し規模が小さかったため秀は喜びながら研究にふけっていた。


 ヒカリの瞳にまた光が消えたのは見えなかったらしい。


 ちなみに秀さんは【雷】に適性があるそうだ。




「どうしたんだ刻。食事の途中でぼーっとして」


 そんな生活もはや2ヶ月が経ち、色々あったなぁと思い出していた刻にそう声をかけたのは巧である。


「いやなんでもないよ巧。ちょっと今までのこと思い出していただけだから」


 刻は巧にそう言った。


「色々あったもんなー。ま!これ食った後勉強があるんだから遅れないようになー」


 そう言った巧は立ち上がり、食べ終わった食器を戻しに行った。

 そんな時、入り口から烈火が入ってきた。


「おっ。全員いるな。よし注目!」


 その言葉にみんなが烈火を見る。


「北方基地から援護の要請があった。いきなりで悪いが明日の朝一からそこに行く!『夢幻の杜』の初仕事だ!」

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