第7話 夢幻の杜

 刻は一人部屋で待っていた。


 少ししてから賢人と秀が部屋に戻ってきた。


「待たせたね」


「刻君。さっきはすまないね。変なことを聞いて。もう忘れてくれて構わないよ」


 賢人に続くように部屋に入ってきた秀はそう言いながら刻に謝る。


「…?いえ大丈夫です」


 刻は秀がなぜ謝ったのか分からず困惑しながらも返事をした。


「ありがとう……あ、そうだ。刻君、君に提案があるんだけど」


「提案ですか?」


「ああ、君が寓話獣を倒した時に使っていた力、今使えるかい?」


 そう言われた刻は片手を突き出して手元に先程寓話獣を倒す時に生み出した刀を生み出すように想像した。


 するとその手にあの時と同じ刀が収まっていた。


「使えるようです」


 それを見て賢人は驚きを、秀は感嘆の表情を浮かべていた。


「そんなにスムーズに夢幻ヴィジョンの形成ができるとはね」


 秀はこれを見てあの提案を彼にする事を決めた。


「…刻君、今私は仲間と合同で独自の部隊を設立しようとしているんだ。君もその部隊に入らないか?」


「……え?」


 突然のことで言葉を失う刻。


「秀君?」


「大丈夫ですよ賢人さん」


 賢人は先ほどの話を聞いて居ながらさっきの提案をした秀を非難するような目で見ていたが、返事をした秀の目から強い意志が感じ取れた。


「…なら良いよ」


 決して先ほどの話を無視しているわけではないと分かった賢人は秀の話を止めることをやめる。


 賢人からの許しを得た秀は再び刻へと振り向く。


「もう少し詳しく説明しようか。僕たちが設立しようとしている部隊、『夢幻むげんもり』って名前なんだけど、超能力と呼ばれる力の解明と僕たちが今暮らしている都市の外での調査を主にしているんだ」


「あの、何で僕なんですか?この前寓話獣を倒したのだって偶然かなしれないですし。それに僕は元外界民ですよ?」


 刻は寓話獣を倒したから勧誘されたと思っている。


 それは事実なのだが彼にとって先の戦いは完全にまぐれで勝っていると思っており、それと同じようなパフォーマンスを期待されても期待に添えない。


 それに自分は元外界の人間だ。

 そんなことを知った他のメンバーが納得するはずがない。


 そう思っていた。


「それもあるが、勧誘した理由としては別にある。賢人さんから話は聞いているが君の超能力〈硬化〉は他の人と少し違うらしいね。だからこそ君を勧誘したんだ。それと俺たちが集めたメンバーに元外界の人間だからって差別する人はいないよ。いられると困るしね」


 そんな事は杞憂であった。


 しかし、一つだけ疑問があった。


「何で少し違うことが勧誘される理由なんですか?確かに僕の超能力は他の人とは違います。でもそれは劣っているという意味です」


 自分は確かに他の硬化の超能力者とは違う。


 でもそれは他の人と違って優れているのではなく、劣っているのである。


 優れているわけではないのだ。


「大丈夫。他と違っていることが重要なんだ」


「違っていることが重要?」


「それはまた別の機会にしよう。もし迷っているのなら仮入隊ってのもありだよ」


 刻は迷った。


 入るべきなのかどうか。


 完全に未知の領域の話であるため自分の意思のみで決めなければならない。


 迷いに迷った刻は、意見を聞こうと賢人を見た。


「君のやりたいようにやりなさい。どちらを選んでも私は君を支持するよ」


「返事は今じゃなくて良い。また会いにくるよ」


「……いえ、秀さんの設立する部隊『夢幻むげんもり』に入らせて下さい」


 秀が帰ろうとしている直前、刻は返事をした。


 刻には一つだけどうしても確かめたいことがあった。


 それはインヴィジブルと戦って居た時に頭な中で聞こえた声の正体である。


 刻は先の戦いで聞こえたこの声を知らないといけない、そんな気がしていた。


 それに『お前は望まれて生まれてきた』という言葉の真意を問いただしたかったのだ。


 今になって刻は過去の黒鉄刻という人物について殆ど知らないことを自覚した。


 もっと自分の過去を知らないといけない。


 そのためにも彼が教えてくれたこの力を高めていけばその真相に辿り着くのではないか。


 そう思った刻は、今回『夢幻の杜』に入ることを決意したのだった。


「そうかそうか!分かった。歓迎するよ。とりあえず今は体を休ませることに専念してくれ。それじゃあまた。長々とすまなかったね」


「それじゃあ私もお暇するよ。じゃあ、ゆっくり休むんだよ」


 そう言いながら二人は部屋を出ていった。


 再び一人になった刻は、体を休ませるために体を横にした。

 頭の中ではこれから変わるであろう生活に不安を感じながらも期待していた。


 そしてそのまま目を閉じ眠りについた。



 〜〜〜〜〜



「秀君」


 刻がいた部屋から出たあと賢人は秀に声をかけていた。


「以前言っていた独立部隊の設立が承認されたんだね」


 賢人のその言葉は夢幻の杜のことを指していた。


 以前賢人は秀から部隊設立を申請しているが難航していると聞いたことがあったのだ。


「……ええ。ようやくですよ。何もしないで日和見ばっかの政治家たちが『そんなものを設立する費用はない』だの『それで寓話獣を刺激してここに攻めてきたらどうする』だのグチグチグチグチ文句を言いながらのらりくらりと先延ばしにされて、あいつらを納得させるためにやらなくていいことを何度も何度も馬鹿馬鹿しくなりましたよ。あー思い出しただけでイライラしてきた。承認しないと今後烈火が協力しないと伝えてようやく承認されました。まあ、お金は出さないって言われましたけどね」


「……それはまた…大変だったね」


 だんだんとヒートアップして話していく秀に賢人は苦笑いするしかなかった。


「は!す、すみません。ちょっと感情的になってました」


 自身がヒートアップしていたことに気づいてすこし恥ずかしそうにする秀。


「研究室に引きこもっているジジイでよければ何か手伝えることがあるなら手伝うよ」


「いえ!賢人さんの手を煩わせるのは……」


 寓話獣研究の第一人者後藤賢人。


 自身を下卑している賢人であるが、彼は空想侵略以前、次元門が開いてからずっと寓話獣に関しての研究を行い、その功績から空想侵略への徴兵を免除された人であり、その影響力は今の政治家たちも無視できないほどである。


「それはそうと刻君のこと頼んだよ。彼に何かあったら首を突っ込むからね」


「それはもちろん。ちゃんとした待遇で迎え入れますよ。賢人さんと対立したくないですし」


「本当で気をつけてね。刻君には怖い保護者がいるから」


「……保護者?賢人ではなく?」


「ああ」


 賢人は思い出していた。


 あの日のことを。


 黒鉄刻と交流するようになった時期、散歩がてら久しぶりに外出していた時であった。


『あなたが後藤賢人さん?』


『そうだよ。君は?』


『どうも初めまして。西園寺瑠璃と申します』


『ああ、西園寺さんの所の娘さんか。どうしたんだい?』


『刻君とはどういう関係なのですか?』


『…刻君か。可愛い孫みたいなものだよ』


『……そうですか……これだけは覚えておいてください。寓話獣研究の第一人者だろうがなんだろうが、刻君に危害を加える奴は………殺す』


 そう言い残して瑠璃はその場を去っていった。


 その時の彼女の目は目線だけで人を殺せそうなほど殺気に満ちていた。



 〜〜〜〜〜



 秀は賢人とも別れたあと、とある場所に向かっていた。


 空想侵略後、超能力の台頭によって自衛隊を大元として組織された部隊であり、第一異能機関に通っている学生は卒業後大半がここに入る。


 そして、『新宿』の内界の外縁部、内界と外界の間にある緩衝地帯と外界の外のそれぞれ東西南北に基地が建っている。


 内界と外界の間にある緩衝地帯と外界の外にある基地は外界との争いの後放置されて久しい。


 秀が来たのはその内の一つである西方基地である。


 そしてその基地内にある夢幻の杜の設立を許可されてから与えられた部屋の一つである会議室へと入る。


 まだ設立されたばかりであり、他のメンバーも今声をかけている所なので、無駄に広いこの部屋には今、ほとんど荷物はなく人もいない寂しい状態であった。


 そんな部屋に置かれている机に秀は座る。


「はぁー」


 設立の許可を得てからも色々と雑務があり、ようやく一区切りついたから研究所に行ってみれば刻が寓話獣に襲われる事件がありと慌ただしく動いていたため、椅子に座った秀は大きな溜め息を吐いた。


 秀は少し休もうとしていた時


 バンッ!!


「秀!いるか!?」


 一人の男性が勢い良く入ってきた。


 彼の名前は北条ほうじょう烈火れっか


 燃えるような赤髪を逆立たせ、大きな体からは服の上からも分かるくらいに筋肉が鍛えられており、勝ち気な顔立ちをしている男であり、秀と共に夢幻の杜設立を立案した一人である。


「何だよ烈火、さっき帰ってきてちょうど今休もうとしてた所なんだけど」


「おっと、それはすまんな」


「いや、良いよ。誰かさんの大きな声のせいで目が覚めてもう休める状態じゃないし」


「む…。すまない」


 やっと休めると思った矢先に烈火が大きな声を出して部屋に入ってきたため、秀は疲れている状態だが目が覚めてしまった。


 その事に対して秀は批難の目を烈火に向ける。


 烈火も流石に申し訳ないと思ったのか謝り、秀の対面の椅子に座った。


「まぁ良いよ。ただタイミングが悪かっただけだし。それに、こっちも烈火に伝えたいことあったんだよ」


「ん?何だ?伝えたいことって」


「お前が探している人に関する手がかりを見つけたぞ」


「ん?……あっ!薫さんのことか!どこだ!?彼女どこにいたんだ!?」


 そう言いながら烈火は慌てた様子で秀に詰め寄った。


「その前に一つ聞きたいことがあるんだが。その薫さんって子供いたか?今ちょうど16歳になる」


「うーん…。あぁ!確かに子供がいるって言ってたよ。年齢も秀の言う通り今頃16歳になってるはずだ」

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