第6話 昔の夢


 刻は夢を見ていた。


 いや夢にしては鮮明であり、懐かしくもあった。


 そこはある一室。


 リビングなのだろう、小さな部屋の端にはキッチンがあり、真ん中には大きなテーブルが置いてあった。


 キッチン横には玄関があり、その反対には隣の部屋へ行く扉がついている。


 全体的に古く補修された跡が目立つ部屋であった。


 そしてそんな部屋には二人の女性と一人の男性がいた。


 どうやら男女のペアがもう一人の女性に何か問い詰めているようだ。


「なんであいつらの提案に乗ったんだ!内界の連中は俺たちが守っているのに、感謝もせず外界の俺たちを下に見ているんだぞ!」


「そうよ!薫のことだってあいつら使い潰すつもりよ!そんなクソみたいな提案なんか蹴ってこのまま私たちと一緒に暮らそうよ!」


 そう言っている二人は緩めのシャツとズボンと動きやすい格好をしていた。


 なぜだろう、刻は彼ら二人を見ていると無性にイライラした。


「…すまない。君たちの提案は嬉しいが、もう決めたことなんだ。刻は危険だ。このままだと周りを巻き込んで自滅する可能性がある。だから、内界にいる夢幻ヴィジョンの研究をしている橘秀という男に刻を見てもらいたいんだ」


 そう応えたもう一人の薫と呼ばれていた女性は黒髪を肩までで切り揃えた、どこか自分と似ている人であった。


「そんなの、内界の移住権何てなくてもそのまま聞きに行けばいいだろ!」


 それでも男性は引き止めようとするが。


「いや。一度行ったんだが無理だった。彼は内界でもかなり上の立場にいるらしくて会えなかったんだよ。だから内界の住民として会いに行こうと思う」


 彼女の答えはそれでも変わらなかった。


「…そう!子供を言い訳にしなくてもそんなに内界に行きたかったんなら行けばいいわ!仲間だと思っていたのは私たちだけのようね!この裏切り者!もう私たちの前に姿を表さないで!行こっ、コウ」


「…ああ」


 それを聞いた二人は説得は無理だと思ったのか、態度を変え、玄関から外へ出ていった。


 出ていく寸前、彼らは薫を睨みつけていたが、それでも薫は表情を崩さなかった。


 二人が出ていった後、薫は奥の部屋へ向かった。


 そこには二つのベットがあり、そのうちの一つに少年が寝ていた。


 よく見てみると自分を若くしたような姿をしている。


『これは忘れていた僕の過去なのか?』


 その寝ている少年を見て、刻はそう感じた。


 薫は少年の頭を優しく撫で、頬を綻ばした。


 だがすぐに表情を引き締める。


「裏切り者、ね。初めから私はあなた達の仲間になったつもりはないのだけれどね。あなた達だって内界の人間を見下しているのに。私が〈テレパス〉の超能力者って知ってるのにあんなに感情を垂れ流して、隠せているとでも思っているのかしら」


 その表情は彼ら対する呆れがあった。


「何で人は自分の下を作りたがるんだろうねぇ。まだ、北条さんの方が信用出来るわ。彼の作ろうとしている部隊にも誘われているけど…ゴホッ!ゴホッ!」


 薫は急に咳き込んだ。


 咳が治まり、手のひらを見てみるとベッタリと血がついていた。


「…はぁ。この体じゃ無理でしょうね。この子の成長した姿も見れないでしょう」


 薫はその血のついた手を握り締め、そう言った。


 そして、もう一度少年の頭を撫でながら


「刻、あなたのその想い、はたから見たら狂気のような、悪と断じられるような想いは、今の世界にとってあまりにも危険だわ。でも、私はあなたの想いを否定したくない。だから、あなたのその想いと共に、私の願いも守ってくれるといいんだけど」


 そう言った。


 その目は慈愛と悲しみに満ちていた。


 そこで夢は途切れた。



 〜〜〜〜〜



「ん!んん…」


 刻はゆっくりと瞼を開けると知らない天井だった。

 周りを見てみると小さな部屋で今自分の寝ているベットしかない簡素な部屋だった。


「さっきまでなにか夢を見ていた気がするんだけど…何だったっけ」


 刻は夢の内容をほとんど覚えてなかった。


 思い出そうとしても何も思い出せない。


「どこだここは?…っつ!」


 刻は起きようとするが、片腕が包帯を巻かれて固定されているため無理だった。


 そこで刻は寓話獣に襲われて倒れたことを思い出した。


「ここは病院なのか?」


 刻がそう考えている時


「お!起きたか!」


 刻は声のする方へと顔を向けると知らない男がいた。


 彼はスーツ姿で黒髪をオールバックにしメガネをかけた、出来る人みたいな見た目をしている。


 そんな彼が刻はへと近づいてきて話しかけてきた。


「大丈夫か!?怪我はなかったかい!?」


「あ、はい。大丈夫です」


「そうかそうか!あっ君の名前を伺っていいかな。私はたちばなしゅうっていうんだけど」


「僕は黒鉄刻です」


「黒鉄…。やはり君が黒鉄刻君なんだね!探してたんだよ!君にいくつか聞きたいことがあるんだけどいいかな!?」


「は、はぁ」


 刻は秀の勢いに押されていた。


 起きた直後、見ず知らずの人に問い詰められ、どのように対処すればいいのか刻には分からず混乱していたのだ。


 そんな時


「こらこら秀君。刻君はさっき起きたばっかだよ。まだ安静にしとかないと」


「あ、賢人さん」


 そう言いながら賢人が部屋に入ってきた。


 知り合いが来たことに少し安堵する刻。


 賢人は起きている刻を見て安堵して頬を綻ばせた。


「おはよう刻君。君、1日半寝てたんだよ」


「えっ!?」


 刻はそんなに長い時間寝ていたことを聞き驚いた。


 よく見てみると賢人がかなり心配そうに自分を見ていることが刻にはわかった。


「ここに来る前の事は覚えているかい?」


「えっーと。…あ!教育棟の前で寓話獣と遭遇しました!急いで知らさないと!それと僕の他にもう一人怪我をした子がいるはずです。彼は大丈夫なんですか?」


「刻君。寓話獣に関しては問題ないよ、君が倒したじゃないか」


「え?……あ!」


 秀の言葉に刻は自分がインヴィジブルを倒したところを思い出していた。


 今でも夢だよ言われても信じるほど現実味のない事だ。


「それと、もう一人の子に関しては残念ながら…」


「あっ、そうなんですね」


「…大丈夫なのかい?友達ではなかったのかい?」


「…?いえ大丈夫です。知り合いってだけで別に友達ではないですし」


「「っ!!」」


 その解答に秀も賢人も驚く。


 自分の目の前で腹を貫かれた人が死んだと聞かされたら、ほとんどの人は気分が悪くなるか悲しむだろう。


 なのに彼は何一つ変わりがなかった。


 自分から聞いているのにまるで興味がないと言いたげに。


 それに賢人は相手が最近刻を虐めている奴だと知っていたため、悲しみを浮かべるか多少嬉しさがあるのではないかと考えていたが、刻は彼に対してただの知り合いと言っていた。


 つまり、刻にとって今まで罵ったり殴ったりしてきた剛士の態度をなんとも思ってなかったと言えるのだ。


(記憶をなくしていると聞いている時からもしやとは思っていたが、おそらく精神に欠落がある。過去に何かトラウマがあるのだろう)


 彼の記憶を戻すのは本当にいい事なのか、いっそ忘れたままでもいいのではないかと賢人は考えていた。


(いや、これは刻君自身の問題だ、私たちがとやかくいう資格はない)


 それでも刻自身の判断に任せようと決めた。


 賢人がそうなことを考えていた時


「ところで刻君、聞きたいことが幾つがあるんだけど良いかな?」


「えーっと…」


「あぁ、彼は大丈夫だよ。僕が保証する」


「賢人さんがそういうなら良いですよ」


 初対面の人いきなり質問があると言われてどうしようか迷っていた所、賢人が保証してくれたことで『まぁ賢人さんがそういうから大丈夫だろう』と思い許可した。


「そうかい!ありがとう!それじゃあ早速。君のお母さんの事なんだけど覚えているかな?」


「確か……かおるって名だったと思います」


 刻は記憶喪失で覚えていなかったが、母親の名前を瑠璃から教えてもらっていた。


 今まではそれが本当なのか分からなかったが、なぜか今はそれが正しいのだと思えた。


 刻の回答に秀は歓喜の表情を浮かべる。


「お母さんは今どこにいるのかな?」


「いえ、一年前に亡くなったと聞いています」


「っ!…そうか。…ごめんね変なこと聞いて」


 秀は刻に辛いことを思い出させた申し訳なさと唯一の手がかりが無くなってしまったことに少し肩を落としてしまった。


「そういえば、君はどうやってあの寓話獣を倒したのかい?私も君が刀で倒す所は見ているのだけど、駆け寄ってみたら刀が消えていたし、賢人さんから君が硬化の超能力者と聞いて少し疑問に思ったんだよ」


 秀の声は若干高くなっているのかもしれない。


 それも仕方ないだろう。


 何故なら自分の思っている通りなら、刻も自分と同じ力を使っている可能性があったからだ。


「あれは…なんか頭の中で声がしたんです。その人から教わりました。なんか超能力は本来の力の一部って言ってましたね」


その言葉に秀の疑念はより確信へと近づいていく。


「他に何か喋ってないかな!?もしかして君も夢幻ヴィジョンを使えるのかい!?」


「っ!秀君。ちょっとこっちへ。ごめんね刻君。少し彼と話してくるよ」


「あ!ちょっと賢人さん!」


「…?分かりました。またあとで」


 賢人はそう言ったあと秀の腕を掴みそのまま出ていった。



〜〜〜〜〜



 秀を連れて出ていった賢人は刻のある部屋を出た後も歩き続けた。


「ちょっと待ってください!賢人さん!」


 そう言われて賢人は立ち止まらなかった。


 そのままどこかの空き部屋に入り、そこでようやく賢人は秀の腕から手を離す。


「どうしたんですか急に!」


「刻君はさっきなんて言っていたかな?」


 賢人は秀にそう問いただした。


「えっ?確か…頭の中で声がしてその人から教えてもらったって」


「そうだ」


「それがどうしたんですか?」


 秀には何で賢人そんなことを聞いたのか理解できなかった。


「言ってなかったけど、刻君は記憶喪失なんだ。一年より前の記憶がない。そんな子が頭の中で声がしたなんて、僕は一つの可能性しか思いつかない」


「…すいません。まだ理解できないのですが」


 秀はまだ理解できなかったが、次の言葉でそれを理解する。


「彼の中にもう一つの人格があるのかもしれない。……秀君、人がもう一つの人格をつくるという事はどういうことかな?」


「…?……っ!!」


「理解できたかな?人はね、心に大きな傷を負った時、現実から逃げるようにしてもう一つの人格を作るんだ。もちろんそれ以外の可能性もある。でもね、記憶喪失、精神の欠落、そしてもう一つの人格。それほどまでにピースが揃っているって事は過去に何か大きく心に傷をおった何かがあったはずなんだ」


「…でも、刻君の口から話していましたし、さっきだって大丈夫だったのですからそこまで慎重にならなくても…」


「君は一人の子のトラウマを呼び起こすリスクを背負ってまでその研究を成し遂げたいのかい?ちょっと浮き足だっているのではないかな?」


「っ!!」


 図星だった。


 これまでの秀はちょっと暴走気味であった事を彼は自覚した。


 今回、賢人に諭されたことで秀はようやく冷静になれた。


 その様子を見て賢人も安堵の表情を浮かべる。


「すみません。少し冷静を欠いてました」


「もう大丈夫そうだね。確かに私も敏感になりすぎているのかも知れない。でもね、彼とはもう一年以上の付き合いなんだ。僕も僕の研究所の研究員たちも彼を孫のように可愛がっているからね。刻君には出来る限り安寧に生きて欲しいんだよ」


 そう言っている賢人は彼との思い出を振り返っていたのだろう、その顔はとても穏やかだった。





 しかし、彼の願いは叶わない。


 刻が安寧に暮らすことなど不可能である。


 何故なら彼は神に愛された【いと】なのだから。


 彼は神に魅入られたのだから。


 神に力を与えられたのだから。


 そして神は彼の絶望を願っている。

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