第5話 鉄の心

 

『そんなんじゃすぐに死ぬぞ』


『っ!誰!?』


 剛士に殴られている時に聞こえたあの声だった。


『そんな事は今どうでもいい。奴をどうにかする事に集中しろ』


『でもどうすればいいんだ!?あいつの攻撃を僕は完全に防げない!動くこともままならないし、死ぬのは時間の問題だよ!』


『もっと明確に想像しろ』


『何を!?』


『自分が硬くなった姿をもっと明確にイメージしろ』


『そんなこと言われても!?』


『お前にとって硬いものって何だ?それをイメージしろ。自分の体がそれで出来ていると想像しろ。急げ、時間がないぞ』


 気付いた時にはインヴィンシブルが背後から刻に向かって手を振り下ろそうとしていた。


 もう硬化する時間がない。


 このままじゃ腕で防いでも腕が切断されるかも知れない。


 このままじゃ危険だと感じた刻は、聞こえてくる声に従って硬いものをイメージした。


 刻が真っ先に思いついたのそれは【鉄】であった。


 すぐに想像した。自分がそれで出来ていると。


 そして


 カンッ!


『ッ!?』


 インヴィジブルの攻撃を弾いた。


 これにはインヴィジブルも驚きを隠せなかったのか、その場で固まっていた。


 それを好機と見た刻はそのままインヴィジブルに向かって殴ろうとした。


 しかし体が全く動かなかった。


『一旦元の状態に戻れ』


『元に戻ったら危なくない?』


『二度とその状態から戻れなくなるぞ。いいのか?』


『っ!!どうすればいい?』


『元の体をイメージすればいい』


 言われるがまま刻は元の体を想像した。


 すると体が元の状態に戻った。


『でもどうするの?このままじゃまた攻撃が来たら危ないよ?さっきの体が硬くなるのもあいつの攻撃を防ぐ事はできても動けないんじゃどうする事も出来ないよ?』


『それは体が鉄で出来ていると想像したからだ。次のステップにいく。その前にまずは立て。


『え?本当だ。何で?』


 刻は気がつくと自身の体の怪我が治っていることが分かり立ち上がる。


『それは後だ。さっきは体を鉄にしていただろ?今度は何か武器になるものをイメーして作れ。一回やったし鉄を使ったものの方がイメージし易いだろう』


『え?でも僕の超能力は体を硬くするだけの〈硬化〉だよ』


『そんなのお前たちが勝手に決めつけて視野を狭めているだけだ。本来はもっと自由なんだよ。超能力なんてその一部にすぎねぇ。さっさと作らねぇと攻撃喰らうぞ』


 刻にとっては寝耳に水であった。


 ずっと超能力だと思われていたものが本来の力の一部であったと聞かされたからだ。


 しかし、呆けてなどいられなかった。


 インヴィジブルはすでに立ち直っており、再び透明化していたからだ。


 刻は急いでイメージした。


 一回想像していたからか、さっきよりも鮮明にはっきりとイメージできた。


 そして手の中に一つの武器を作り出した。


 それは刀であった。


 全て鉄で出来ているからなのか全身が灰色で少し重量があるが、何故か刻の手に馴染んでいた。


『ゲ!?』


 急に現れた武器にインヴィジブルも驚いた。


 そのせいで少し透明化が解けたのか、景色の一部がのを刻は見た。


 それを見た刻はガムシャラに刀を振るった。


「はああああああ!!」


 自分の居場所がばれて驚いていたインヴィジブルであったが、それでも刻の振るった刀を避けることくらい造作もなかった。


 それにもし喰らってもほとんど傷つけられないと分かっていたため、カウンターを決めようと身構えていた。


 しかし、そんな思いは一瞬で消え失せる。


 刻の刀が突然、力が増したようにインヴィジブルは感じたからだ。


 刻は気付いてないようだったがそれは十分に自身を消滅させうるものであった。


 カウンターを諦め、全力で避けようとするが何故か体が動かなかった。


 それはほんの一瞬であったが、その効果は絶大であった。


 刻の振り下ろした刀がインヴィジブルの体を肩から袈裟斬りに、何の抵抗もなく切り裂いた。


 インヴィジブルの半身はそのままずり落ち、塵となって消滅していった。


 それを見ていた刻は安心したのか。


 一気に脱力しその場に倒れた。


 刀はいつの間にか消えており、刻は意識を手放そうとしていた。


 その直前


『刻。お前は望まれて生まれてきた。それは忘れるな』


『え?』


 刻はその言葉を問いただしたかったが、だんだんと意識が消えていきそんな余裕はなかった。


 直前に誰かがこっちに急いで駆けつけているのが見えたが、刻はそのまま意識を失ってしまった。



 〜〜〜〜〜



 そこは何もない空間だった。


 壁もなく天井もなく床もない。


 全てが黒い世界だった。




 そんな場所にある男性が座っていた。


 床がないはずなのにまるで地面があるかのように座っているその男の髪は白髪で短くボサボサであり、顔は暗くてよく見えない。


「クウ。お前も手伝うとはな」


 その声は刻に頭の中で喋っていた声と同じである。


「それが本来の私の役割であるからな。まぁカイ、お前のせいでほとんど意味がないが」


 その呼びかけにクウと呼ばれた青年が座っている青年、カイの後ろから現れて応えた。


 彼もまたカイと同様顔がよく見えない。


「せいじゃなくておかげだろ?でも、お前の力を使うまでも無かったんじゃないか?」


「君が先に使ったからだろう」


 その声には少し呆れが含まれていた。


 彼にとってある程度の助力はするだろうと思っていたが、まさかあの力を使うとは思ってもみなかったのだ。


「ちょっとだけじゃん。それに俺が治してなきゃ戦えなかっただろ?」


「…それで彼が記憶を取り戻したらどうするんだ」


「そん時はお前が助けてくれるんだろう?」


「…はぁ」


 その言葉を聞いてクウはため息を吐いた。


「君の天則てんそくが他の奴にバレたら面倒なんだよ。まぁ、やっと先に進んだからいいとしよう」


「他のやつは全員まだ完全に覚醒していないんだろ?」


「いや、一人だけ完全に覚醒している。どうやら目覚めてすぐに使いこなせるようになっているようだ」


「……まじか。一番初めに目覚めた俺でさえまだおぼつかないのに」


「君たちの場合は特殊だ。私も初めてのことだからな。あの時の私の気持ちが分かるか」


「まぁ死ななかったからいいじゃん」


「…君という奴は」


 少し楽観的な態度のカイにクウは頭を抱えてしまう。


「私は彼が夢幻ヴィジョンを使うのは反対だ」


「何でだ?」


「彼がそのまま夢幻ヴィジョンを鍛えたとして、君の力が彼に帰った時、拒絶反応が起きる可能性がある」


「起きない可能性もあるじゃん」


「君という奴は!」


 自分は色々と考えているのに、彼があまりにも楽観的なことにクウは再び頭を抱える。


 一発殴ろうかなとさえクウは思ってしまった。


「それに、あいつが【夢幻極致プライマルアーツ】か【異則付与リーフェン】を会得するくらい精神こころを鍛えないと記憶戻せないだろ?」


「…それもそうだが」


「そもそも、俺はまだ全貌を知らないが、。ならこれくらいのリスクは許容しないと」


「……」


 クウはカイの言葉に黙ってしまった。


 その言葉をクウは否定することができなかったのだ。


「すぐにあいつはメキメキと実力を上げていくだろうぜ。何てったって【幻珠げんじゅいと】だからな」


 カイは不敵に笑った。


 そのような会話があったことなど、刻はまだ知らない。



 〜〜〜〜〜



 さらに場所が変わりある場所




 そこはカイ達がいた黒い空間とは真逆で全てが白い空間であった。


 そんな場所で一人の男性が宙に浮かんだ半透明のディスプレイを見ていた。


 その男性は美しい銀髪を腰まで伸ばし、それを雑に一本に束ねているだけであった。


 それでも彼は美しかった。


 そんな彼が見ているディスプレイには刻がインヴィジブルと戦っている様子が写っている。


「ようやくか」


 ディスプレイを見ていた男性はそう言いながら安堵していたが、またすぐに気を引き締める。


「よし!俺たちは何も出来ないが、せめて【アレ】に邪魔させないようにしないと、エデンの二の舞にならない様に」


「問題ないか?」


 彼が張り切っているともう一人、別の男性が現れた。


 その男性は少しくすんだ金髪をオールバックで後ろに流している。


 銀髪の男性とは逆に男らしくかっこいいと言われる部類の男性であった。


「あぁ、やっと一人目も動き出した」


「他に人たちは?」


「二人目は少し裏技を使っているけど完全に覚醒している。三人目は目覚めてはいるんだけど、まだ天則てんそくに振り回されているね。四人目に関してはまだ目覚めてもいない。もうそろそろだと思うんだけど」


「…そうか。まだ失敗はしていないんだな」


「まぁ、分からないことだらけだから失敗もクソもないんだけどね。でも何があっても成し遂げるよ。たとえ彼らの人生を踏みにじっても」


 そう言いながら初めは苦笑していた銀髪の男性も、最後には覚悟を決めた目でディスプレイに写る四人を眺めていた。


 そして、後ろを振り返った。


「君を解放するためならね」


 そこには宙に浮かんでいる女性がいた。

 お尻まで伸びた少しウェーブのかかったキラキラと光っている金髪、まるで人形のように整った顔、そして彼女を着ている服は、とても神聖さを醸し出していた。


 しかし、彼女は目を閉じたまま微動だにしていない。


 まるで本当に人形であるかのように。


 そんな彼女を彼らは慈しむような目で眺めていた。

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