第77話 エピローグ
無惨な姿に成り果てた白木の大舞台に霞がたゆたう。
大穴を跨ぐ様に白銀色の橋が掛かる。
フィアリスと別れの時間が来たのだ。
細く繊細な欄干には大地母神の蓮の花が咲き、月光を受けて七色に輝く橋はクリスタルの硬質さを醸し出す。
境には光と闇の大精霊が【向こう側】で控えている。
大物を迎えに寄越すなんて母様奮発したなぁ。お礼のつもりなのかも。
お伽噺に出てくる虹の橋。
小さな子供は悪さをすると親や大人に言われるのだ。『悪さをすると、大地母神様の虹の橋を渡れないよ』と。
生き人には視えぬ筈の、この橋が視えているのだろう、観覧席が俄にざわめく。
お伽噺の虹の橋が本当にあったとは、と誰かが言う。
その声は周りに興奮を伝播して、熱気を生む。
胸の前で祈りを捧げる者まで出てきた。
祈りーーーーああそうか、視えたのは神域の所為だ。
舞台のど真ん中にポッカリ空いた穴を隠すように掛かる橋は幻想的で美しい。
月光を受けて輝く光景に心が洗われる。
うん、さっき、フロースに蔓草を使って引き上げもらった時に、ヘドロ触手を思い出して、電信柱が必要になりそうだった事は、この景色で思い出の上書きをしよう。
「フィー•••••••」
フロースが私の頭を優しく撫でる。
その優しさで、別れを延ばす様に他所事を考えて、逃避していた私を窘める。
いつの間に戻ったのか、神座には着衣をやや乱したロウとラインハルト、カーク兄様と技芸神が居て、舞台上を静かに見ていた。
嗚咽を出すまいと深く深呼吸する。
「私の乙女。役目ーーーー大義であった」
私の言葉に、フィアリスがそっと手の内に花冠を出す。
胸の前に顕現させた花冠はーーーー瑞々しくあったそれは役目を終えたと、皆が見守る中で、みるみるうちに枯れていく。
「フィー、その冠かしてくれる?」
私の隣にいたフロースが、ホレホレと手を差し出す。
一体どうするのかと思いながらも、フロースに渡すと、枯れた花冠に口付ける。
生気に満ちた息吹が花冠に行き渡ると、綺羅と光った。
「枯れた花がーーーー!?」
たった今咲きました、って言うくらいに生命力に溢れて輝く冠。
あ、フロースってば花の神様だった。
「これをレイティティアに。俺は君が乙女に相応しいと思うから」
ティティはしなやかに両膝を付いて、祈りを結ぶ。
火の粉を散らして揺れる松明が照らす中、その頭上にフロースから神々しさを取り戻した花冠が贈られた。
ーーーーそれは静かに、厳かに。
私は、その静けさを白刃で切る様に意識して鋭く声を上げる。
「ジークムント。聖剣をアレクストへ」
私はなるべく威厳をだして、ジークムントに向き直った。うん、キリっと。
手渡された、王の証とも言うべき聖剣をアレクストは迷いの無い瞳で見つめている。
フィアリスとレイティティア。
ジークムントとアレクスト。
互いに言葉無く、瞳で何を交わしたのだろうか。
それは、アルディア王国の宿痾が解けて消えた瞬間。
一つ頷くと微笑みあうと、一組は橋へと向かう。
フィアリスとジークムントの身体が淡く透けて、色が抜けていく。
私の前を通る時は瞳の色もわからなくなっていた。
「フィアリス、またね」
ーーーー泣かない。こうなったら意地でも。
「私はフィア様を覚えていません。きっと」
対するフィアリスは泣きそうだ。と、いうか泣いている。
だからだと、言い訳を作って、消えゆく身体をギューッと抱き締めた。
「うん、そうだね。姿も人格も、ひょっとしたら性別も違うかも知れない。でも、私にはわかるよ。何もかもが違っても、好きになるよきっと。覚えなくてもいい。私が覚えているから。新しいあなたも、今のフィアリスごとまるっと好きになるから」
ーーーー女神様の愛情は深いのです。
そう言えばラインハルトも同じ事を言っていたっけ。
『俺が覚えているから、いい』
これって、これってーーーー。
あああ、カッと顔が熱くなる。どうしよう、今なら吐血できる!
「なんて気障な台詞!!」
「フィア様?」
慌てて何でもないよって手と顔を振るけどフィアリスにはお見通しだったようだ。
威厳の保てなかった私に、何も言わずにクスリと笑う。花の咲いた笑顔だ。
橋の境でもう一度止まる。
「メイフィア様、またね」
こっそりと、囁かれた真名に私は破顔した。
フィアリスとジークムントが手を取って橋を渡る。
この橋に足を踏み入れたなら、もう現世をーーーーこちらを振り返ってはいけないとされている。
消えていく橋に、滲む視界で友人の逝く姿に、零れそうになる涙を唇を噛んで堪える。
記憶がないままなら、悲しくは無かっただろうか。
ギューッと胸が引き絞られる感覚も。
でも、フィアリスの記憶を取り戻してーーーー送れて良かった。
そう思うから、きっとこの胸の痛みにも意味はある。
二人の後ろ姿が見えなくなると、白銀色の橋が、煙の様に儚く消えた。
静まり返った舞殿にディオンストムの声が朗々と響く。
「見届け人の方々!新たな乙女の誕生に祝福を!」
ディオンストムがティティの手を取り、神座の前へと誘う。
数え切れない光の玉が、視界の限りに飛び交ってはしゃいでいるので、燦然と輝く粒子で大穴が目立たなくなる。
きっと途方も無い数の精霊達。
舞台が金色に染まる。纏っているのは黒い衣だけど。
こうなるとわかっていたら、青色にしたのにと、しょうもない考えが過ぎった。
そんな私の思考を他所に、優雅に一礼するティティに観覧席から惜しみなく拍手が贈られる。
こうして波乱の舞台の幕は閉じた。
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読んでいただきありがとうございました!
小話と幕間はさんで二章に入ります。
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