第78話 後日談 頭痛の種

 舞台の幕は閉じても後始末は残る訳で。


 約百年ぶりの花冠の乙女に、世界はーーーー民衆は熱狂を持って迎えるだろうけど、上層部は喜んでばかりはいられない。

 私に報告をくれる二人ーーーーディオンストムもロウも、些か疲労が滲んでいる。


「それで、各国の代表達には?」


 そう聞いてから、ベッドの上でラインハルト製キンニクッションに凭れながら、カリンが入れてくれた薬湯を一口飲む。うん、最強クラスに苦いし不味い。


 何故ベッドで薬湯なのかと言うと、私があの後、室に戻るなりぶっ倒れたからだ。

 神力が体内で暴走しっぱなしだったらしい。

 道理で身体が熱いと思ったよ!

 直ぐにラインハルト救急隊員が処置を施してくれたけど、疲労もあって熱が出てしまったのだ。

人として生きた記憶に、身体が引きずられる事は今までも間々あったらしい。

 そうした私は二日と半分寝込み、今朝方下がった所、こうして報告を受けている。


「民衆に言える事では無い為、一部に関しては、神殿、国々の双方、上層部だけの極秘扱いになります」


 そりゃあそうだよね。

 魔女だの邪神だの、フィリアナの事にしたって言える事では無い。


 ーーーーただ問題は。


 一体、いつ、どこから邪神が干渉していたのかーーーー。



ポポが取り戻してくれた記憶を探る。

タイムリーな事に、丁度この事件に関する部分がその記憶の中にあった。

ポポは何気に凄い子だよね。


脳裏を記憶が走馬灯のようにかけ巡る。


 ジークムント王が若くして死んで尚、愛しい妻に逢いたいと彷徨い、願うその一途な想いに魔女エルフリンデが引き寄せられ、惹かれて、彼に取り憑いてしまった。

 取り憑いただけで済んだのは、聖剣のおかげだろう。

 魔女の自我もこの時点であやふやになっていて、全盛期の凄まじい程の力は無かった。


 そして、フィアリスーーーー亡くなった後も、数百年ずっと死の谷を広げまいと浄化の力を使い続け、魂の消滅寸前になって、ようやく私を呼んだ、忘れ去られた王妃。

 

ジークムントに逢いたいと願ったフィアリス。

魔女に憑かれ、死の谷で彷徨い、愛しい唯一に逢いたい、ただそれだけで存在していたジークムント。


 そこで私はジークムントと魔女を切り離し、魂が消滅しないようにちょっと力を分けて、二人を一緒に冥界へ送ろうとしたんだよね。

 そこで二人が再会したのも束の間、魔女から思わぬ反撃にあってーーーー。


あの長い爪を脇腹に刺された。

何かを抜き取られる感覚に、奪われてたまるもんかって、抵抗したら記憶と力が分離してしまって。


 結果フィアリスがそれらを守る為に、一緒に魔女の中へ飛び込んで、ジークムントが私を連れて飛んだ。


そしてジークムントが、力尽きて落ちた場所がカタルだったのだ。


 私を落としてしまったジークムントは、暫くはカタルでフラフラとしていたらしいけど、この辺りの記憶はあやふやだそう。


 だけど、偶然、カタルの海に流れ着く川の河口付近で、自分の血筋を見つけた事は、ハッキリと覚えていた。

 その血筋とは、背中を切られて息も絶え絶えだったアレクストで、血筋だけに相性が良かったのも幸いして、ジークムントはアレクストの中に入ったんだって。


 結果、ジークムントもアレクストの中で消滅は免れ、アレクストも、ジークムントの治癒ーーーー使ったのはアレクストの魔力だそうだけど、兎に角、助かった。


 フィアリスの方と言えば、魔女が私の欠片を盗んだ後、暫くは死の谷を彷徨っていたけれど、やがて魔女は自分の牙城のある忌み地へ戻った。


忌み地•••••邪神が封じられた大地。

 

この時、魔女が邪神に取り込まれた可能性が高いとディオンストムとロウが言う。

 と、言う事は、この時点で邪神に協力している人間がいるのだとも。


「魔女が盗んだ女神の力で、消滅を免れる為に、同調性の高い件の村娘に潜り込んだのだろうと推測してましたがーーー堕ちた神、邪神が関わっていたとは」


 底の知れない、読めない表情でロウが呟く。

 それはとてもーーーーいくら伸ばしても届かない、それ程に冷たくて深い場所にロウがいる気がして。

 私は咄嗟にロウの手を取った。

 いつも暖かな手が氷のように冷たい。少しでも熱が伝わればいいと思って、強く握る。

 じんわりとロウに体温が戻っていくのを感じて、もう一度視線を合わせれば、そこにはいつもの微笑をたたえた麗人がいた。


「••••貴女はいつでも私を引き上げる」


溜息のように囁かれた言葉がよく聞こえなくて首を傾げる。


「ん?なぁに、もう一回言って?良く聞こえなかった」


「いいえ、何でもありませんよ」


静かな声からも、微笑む表情からも、何一つ読める事は無かったけれど、冷たさは消えていた。

宝物を見るような眼差しが擽ったくて、私はロウに説明を促す。



 通常、人の精神や意識に干渉する力は、夢視ゆめみと言って干渉する側も意識を眠りの状態に置くか、深く沈ませる。要は意識VS意識になると言う。


 邪神はこの夢視で、人の精神へ悪意を囁き、惑わせ狂わす事が出来ても、現世を彷徨う魔女そのものを取り込む事は、出来ないらしい。


つまり、邪神が魔女に干渉出来るのは、意識にだけで、現世を彷徨う魂を邪神が飲み込む事は出来ないのだ。


 だが、『夢渡り』の術者がいれば、それを可能にすると言う。

 夢視と同じ夢から夢へはもちろん、現から夢へ、夢から現へ渡る事も可能にする。


実体の無い魂なら難しくはないだろう。

あの時、魔女の幻影が現れたのは、この術の所為だ。


 そして、夢渡りの能力は夢視と同じ、精神感応系の力で、空間系と同じ、素質が物を言うのだとか。


「えーと、夢視のパワーアップバージョンが夢渡りって事?」


そう考えて頂いても宜しいかとーーーーと、ディオンストムが憂いの篭った表情で睫毛を伏せる。

そんな仕草さえゾッとする美しさを醸し出す老エルフは艶のある低音を私に聞かせた。


「この能力ーーー術は、夢渡りと呼んでいますが、ここ、大神殿で、精神感応系の使い方を研究している時の偶然の産物で、未だ解らない事が多く、今回の事で、影を操る闇属性と相性が良い事が新たに判った位なのです」


 つまるところ、研究中に事故って、なんか凄い事が出来ちゃったんですけどもー!?って感じで、どうして出来てしまったのか、因果関係も、ハッキリしていないと言うことですかね?



「姫様、精神感応系は、危険性を鑑みて転移系魔術と同じく神殿管理ですがーーーー神殿サイドからはその研究が外部に漏れた形跡は、ありません」


「だから別のどこかで、その『夢渡り』を開発?出来たって事?」



ディオンストムが『夢渡り』だと判断したものが神殿由来では無くーーーー。


それは、未知の術者が邪神と手を組んでいると言う事を示していた。








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