第76話 華麗とスマートは家出しました

ガキーンと火花が、目の前で折れた鋭い爪と共に散る。

爪を飛ばしたのは虹色に輝く、つる薔薇の鞭だった。

馥郁たる薔薇の香りをはらんだ風が頬を撫でる。


「め、るーーーー?」


痛みに脂汗を流しながら、ようやく声を出せば、見た事が無いメルガルドの怒気を孕んだ表情に驚き息も止まる。

シュルッと音を立てて、鞭がメルガルドの手の内に戻った。

それを目で追えば、フロースが信じられない、と言うように驚愕している姿がチラと見える。


「俺の、力を弾いたーー?」


フロースの茫然とした声。


そして、この舞殿全体を包む悪意の意識。

無数の目が監視しているような、大きな目玉がギョロリと覗いているかのような。


そう、この場が画面の中で起きている映画か何かで、それを画面の向こうからーーースクリーンで見られているような奇妙な感覚がある。


悪意に満ちた嘲笑いをもって。


「お前、その力、どこで手に入れた?その力、どこぞの駄犬が馬鹿な事をしでかさねば見逃す所であった。聖剣クラウソラスでも切れぬとあっては、間違いあるまい」


「ーーーーぎ、げい?」


覇気を、神気を隠そうともせずに、技芸神が舞台を歩く。

威嚇をしているのか、魔女の髪ーーーー蛇が薄気味悪い音を立てて蠢いて、ゾッとする。



「なんの事よ?アタシが女神なんだから、当たり前でしょ」


覇気に慄き怯えんとする虚勢か、フィリアナの声は殊更に大きい。


「お前に聞いた我が馬鹿であった。その力ーーーーまだ若いフロースや姫様が知らぬも当然。のう、メルガルド。お主なら覚えがあろう?」


「是。神代にーーーー邪神に堕ちた、名を消された神。忌み地に封じられ、そのまま忘却の彼方、深淵の牢獄で無に帰す筈だった神。駄犬が藁を掴む想いで引っ掛けたのは人間の魔力を混ぜて縒って糸にした、かの神の気配。レイティティア嬢の中和を掻い潜ったはこの為ーーーー」


「偶然か、必然か。駄犬にも役割があったと言うことだな。部分的にではあるが、可視化したのだから」



技芸神が皮肉げに笑う。

そんな笑いからも、闘気が漂う。

武を極めれば舞に通ず。

舞踏は武闘に通じ、武闘の神でもある、その裏の顔をいかんなく発揮し、フィリアナを、厄災の魔女、エルフリンデを牽制する。


「いつの間にその糸を、姫様へ絡みつかせたものか。邪神に協力している人間側も、余程巧みに操りおる」


ーーーーああ、人間に邪神が力を貸しているのかもしれぬな?


「何が言いたいのよ。意味分かんない!」


「所詮はお前も、魔女も操り人形と言うことだ」


技芸神の言葉に、私の腕にいつの間にか絡まった糸を見る。


ーーーー操り人形。


私に痛みを与えているのは多分、この糸だ。

糸の先はフィリアナを通して影に消え、その先に誰がいるのかーーーー私には分からない。


けれど。


「操り人形なんて真っ平ごめんなんだから!」


落とした錫杖を無事な右手で拾い持つ。

フツフツと湧き出す怒りに、錫杖を大きく振り伸ばす。


ブオンと音をさせて、テニスのボールじゃないけど、フィリアナ達の脇腹目掛けて、錫杖を力いっぱいに振り切った。痛みの怨みも込めて。

今度から履歴書に、特技に錫杖を振り回す事も追加しておこうと思う。


ーーーーコンチクショウ!


鈍い音をさせた攻撃はそれなりに効果はあったらしく、魔女は叫びながら消えた。


だけど力を込めすぎた所為か、錫杖が留まっていられずに天へと還る。


同時に、施された彫刻が陰影を浮き彫りにし、黄昏に輝く神秘の門がその姿を消していく。荘厳だがどこか優美で圧倒的な威容が、煙のように。

最後には光の粒子が泡となって儚く舞い、閉ざされた門の跡に落ちて、白い床だけが残った。


気を失っているフィリアナは、残念な事に飲み込んだ花を吐き出すことは無かったが、このまま捕縛させてもらって、後で取り出そう。


問題はこの絡んだ糸だけど、ラインハルトの剣なら切れそうに思える。

そう言えば、ジークムントのクラウソラスとそっくりなので、兄弟剣なのかも知れない。


シュルリと頑丈そうな蔓草がフィリアナを拘束する。


「さっきは俺の力弾かれちゃったし、気休めだけどね。フィー、早く。ラインハルトの剣ならその糸切れると思う」


「あ、やっぱり?」


技芸神も可視化された部分の糸を踏みつけて、好きにはさせまいとしている。


「じゃぁ、呼ぶね。ライーーーーうわっ!?」


私は剣を借りる為に、ラインハルトを呼ぼうとして失敗した。

黒い触手が足首を掴み、すっ転んだ私を影の中へ引き込もうとしているのだ。


糸にばかり気を取られていたけど、影を操れるのはフィリアナだけじゃなかったようだ。

悪意に背を撫でられた感じがして、身の毛がゾワッと逆立つ。



「フィー?!」

「「姫様ッーーーー」」



フィリアナの姿は、この一瞬の隙を突いて既に肩まで影の中にあった。


フロースと技芸神、メルガルドが同時に叫んだ次の瞬間、カーク兄様が慌てふためいて、身振り手振り交りの大絶叫が舞台にこだました。



「アアーーーーッ!!だめだめ!ロウが押さえ込み突破された!皆、俺の所、ここに集まってー!舞台を覆うようにそれぞれ結界を張らないと!フィアちゃんなら絶対に大丈夫だから!あにーーーラインハルトが怪我させる訳ないからね!それよりも、この舞殿が崩壊するだけで済まさないとーーーー!ちょ、ちょっと待ってぇーー!?」


カーク兄様が言い終わるか否かの時間差で、触手に影の中へ引きずり込まれそうな私を眩しい閃光が襲った。

コレ、あの時の光だ。死の谷でラインハルトの放った剣のーーーー。



溢れ迸った光は死の谷で見た何倍もの濃厚さだったと思う。

凄まじい裂帛の塊が、怒りの程を思い知らせる。



咄嗟に頭を庇い暴風をやり過ごす。

砂塵が収まる気配を待って、目を恐る恐る開ければ、舞殿だった場所は私を中心に深く抉られ、すり鉢状態になっていた。


そこにはフィリアナの姿も、触手も糸も跡形も無い。

舐め回すような悪意の視線もすっかり消えている。


逃げられた、この取り敢えずの終わり。

だけど、堰き止められていた時が忍び足で動き出すような、漠然とした感覚と不安に逆らって私は上を向いた。



「ーーーー••••••」


自分を鼓舞する貯めの仕草だった、んだけど、上を向いた事をちょっと後悔する。


コレ、深さどれ位あるのかな。

取り敢えず、上を向いた首が痛い程度には深いかな。

立ち上がれば隣の神剣。

灼熱に焼けた輝きが、徐々に冷えて消えていく。


「あーーーー。華麗にスマートに、からは程遠い結果に」


色々と思う事はあれど、あり過ぎて頭痛が痛いレベルだけど。


ーーーー弁償の二文字が私の脳内に追加された。



 




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