第29話 宿痾

今、ロウがねじ伏せてって言った気がするけど、ーーーうん、気の所為では無さそうだ。


うっそりと笑うロウは、その美々しさもあって、凄絶なーーーそう、腹黒いラスボス感がある。


ロウは腹黒疑惑が今、ここに誕生した。


「運命は回る糸車、とはよく言ったものです」


ティティの喉がコクンと動く。強張った顔をしてそれでも瞳は真っ直ぐにロウへ向いている。


「それがーーーあの影の中に居た二人に、フィア様の為になるのですね?」


「ええ。それに最終的にはきっとーーーいえ、今はまだ、言うべきでは無いでしょう」


一度目を伏せ、再びティティに向いたロウの瞳はティティを通して、他の誰かを見ているようだった。


ラインハルトはこの時、私を見ても表情一つ動かさず、何も言わなかった。


不思議に思って、でも聞くことも出来ずーーー聞いても答えてはくれないだろう予感に不安を覚えた。



ーーーそんな時、誰かに肩をガッシリと掴まれた。


「ヒョエー?!」


誰だって、いきなり肩を掴んだ手があったら悲鳴を上げしまっても仕方がないと思う。


「何て不細工な声を出してるのさ。フィーはフィーでやる事があるからね。まずはそのへっぽこな力を少しでも使える様にしないと」


肩を掴んだのはフロースだ。私の肩に手を置いてそのままに、超絶にいい笑顔で、宣言したのは、スパルタ宣言だった。


「みっちり、しっかり、しごくから!」


顔はとても麗しいのですが、背後に『根性出せや、おるラァ!今のお前に出せるのはそれだけだろう!』って見えます。


ロウによると、あの影の中の二人は囚われているらしい。これは何となく解る。好き好んであんなに禍々しい所に居たいとは思わないよねぇ。


そして、静かな表情のまま、ラインハルトが口を開いた。


「あの小さな子供がーーーあれはフィアだ。失った記憶を持つお前自身。フィアリスの花に見えたモノは、あれがお前の力の欠片だ。女神たる証の、その一部分。それを取り戻せなければ、天界に戻る事が出来ない」


今の私は不完全な女神であって、天界に入る為のーーー例えるなら、鍵が欠けている、と。

失った記憶の化身、あの小さな私がグッタリしてたのは、恐らくフィリアナと繋がっているだけでなく、乗っ取られかけているからだ、と。


••••今の私は埴輪顔になってると思う。こう、「ホッ!?」って顔。


こうも難問が続くと笑うしかないけど笑えないもん。


「それで、あのレイティティア嬢にそっくりな女性は初代の花冠の乙女、フィアリス。レイティティア、君のご先祖様だよ。君と出会ったあの死の谷で気がつくべきだった。いや、フィアリスの顔を思い出すべきだった、かな」


フロースが苦い顔で首を横にふる。

その苦さが何故か先程の、表情の無いラインハルトと重なってみえた。


「必ず取り戻さなくてはならない。あの娘の命を断ってしまえば楽だけど、それでは【線】を越えてしまう。【線】を越えずに事を為そうとするならば、俺達に出来る介入は思った以上に少ない」


ーーーピンピンしてそうだし、自然死は期待できそうもないしね。

フロース、何て物騒な。


「ですから、その為の作戦なんですよ、フロース。回りくどくて面倒でしょうが、仕方のない事です」


ロウに作戦をザッと説明してもらう。舞踊の神様に降臨をお願いして、ティティを舞競いに参加させる。

舞競いになれば必ず心身を極限まで高める事になるので、フィリアナは『力』を今迄とは桁違いに、使わずにはいられなくなる。その様に仕向けるのがティティの役目だ。

そうやって幾重もある皮を剥いでいき、フィリアナの奥に囚われた、奪われたものが剥き出しになった時、私が取り戻す、と。


私のやる事は、直接介入にならないのかなって聞いたら、奪われた本人だからギリギリセーフ、たぶん。との事。


「今夜のアルディアでの儀式には準備が間に合いませんが、夏の終わりを告げる野分が萩を倒す前にーーー大神殿での儀式には何としても間に合わせます。特にフィア様、よろしいですね?」


暮れた日を背にニッコリ微笑むロウに私は穏やかで優しい、冷静で思慮深さの裏に隠れたものを垣間見た気がした。












「やれやれ、神なんてやっていると、記憶が疎くなっていけない。この国にフィア様がいると気付いた時点で予測できた筈ーーー」


ロウは、フィアたちのいなくなったサロンで片眼鏡を外すと、疲れた様に目頭を押さえた。


「俺も、あの影を見るまで思い出さなかったもん。フィアリスの顔をさ」


初代の花冠の乙女。それにメイフィアが関わっていたのは十分過ぎくらいに知っていたのに。


アルディア王国の王太子と結ばれ、末永く幸せに、と物語は美しく完結をみせる予定だった。


確かに結ばれはした。子を成し、メイフィアも【友達】の幸せをとても喜んで、翡翠城にも幾度か遊びに行っていた。


当時、今は死の谷と呼ばれる谷には、良質の翡翠が採掘され、アルディア王国は繁栄の途にあった。


それが頓挫し、遷都をする切っ掛けとなった、なってしまったのは。


「第二王子による無理な採掘が原因の谷のーーー崩落。山脈の合間、谷の向こう側『神に見棄てられた地』とを隔てる岩盤が崩れた所為で、瘴気がアルディア側に流れて来る様になってしまった。フィアリスはそれを塞ぐ為の人柱になったんだもんね。翡翠城に最後まで残って」


封じる為に谷を森で囲い、十重二十重に浄化の基盤を敷き。

たった一人で、若くして死んでいったフィアリス。死してなお魂だけになっても続けた浄化の礎。


「最後は夫に看取らて、大地母神様の元へ還る筈だったんだよね。でも、皮肉にも先に亡くなったのは夫の方だった」


フィアリスの最後の願いは何であったのか。



「魂だけになって漸く助けられると、地上に縛られない魂だから介入出来ると言ってたよ。別れる前、最後に名前を【教えた】んだ、フィーは」


「中々名を呼ばないって、スネ出して。あれから七百年位でしょうか」


長年の浄化で、フィアリスの消耗は激しかったに違いない。見たところ、女神の欠片で漸く現状を保ってる感じだ。


「いきなり居なくなったと思ったらーーー名前を呼ばれたんだね、きっと。魂の消滅する寸前で、漸く。」


メイフィアなら、絶対に行くだろう。

そして、呼ばれた先で、その願いを叶える為に。


「【そこで】何かがあったーーー記憶と力を奪われる何かが」


だからフィアリスが記憶の化身と女神の欠片と共に一緒に囚われた。駆けつけてくれた友人を守るために。


「消滅寸前のフィアリスの魂があり続けていられるのが、奪われた欠片のお陰だとはな」


「それでフィア様が守られてもいます。ところで、ラインハルト、フロース、この絵姿が誰か分かりますか?」


ロウがスッと袖から出したのは葉書大の絵だ。


「んー?ああ、ジークムントじゃないかフィアリスの旦那さんの」


「そうだな、ジークムントに見えるが?」


「レイティティアがフィアリスにあれ程似ているのです、ジークムントにもいると思いませんか?」


ラインハルトとフロースはハッとする。

レイティティアが第二王子の瞳の色は何と言っていた?確か、


「「スフェーンのような」」


そうだ、ジークムントもスフェーンのような瞳を持っていた。

ラインハルトもフロースも、一国の王になど興味は無かったが、何処かの女神に散々聞かされたし、絵姿も見せられた記憶がある。


「この絵姿はレイティティア嬢がアレクストが大人になった所を想像して描かせたものです」


ジークムント•ジ•アルディアとアレクスト•ラ•アルディア。

フィアリスとレイティティア。


ロウは知り得た情報を淡々と話し続ける。自らの情報の整理も含めて。


アルディア王国の歴代の王と王妃の中にジークムントとフィアリスの名は無い。


今の王家はジークムントの弟の血筋だと。ジークムント亡き後の王位を継いだのが時の第二王子だった。ジークムントの嫡子はまだ幼いという理由で。子はガレール公爵家に預けられた。


ガレール公爵家はジークムントとフィアリスの血を脈々と受け継ぎ、今の王家はその血を貰い受けて血統を戻す事が叶う筈だったのだろう。

王家と極僅かな者しか知らない事だ。


『ラ』と付くのは分家に与えられていた称号なのだから。






「何があったのかはフィア様が記憶を取り戻せばわかるでしょう」


「もしかして、アレクスト第二王子が生きてるって事かい?どうせ神眼でも視たんだろう?」


「まだ恐らくは、としか言わずに置きましょう。神眼は人に対してーーーあまり、使いたいものではありませんので。これでもギリギリだったんですよ。それにいくら視えても、何が起きるのか分からないのが地上です。ジークムントの今にしても。人の織り成す運命とはーーーこの糸を紡いでいるのは一体、誰なんでしょうか?」


ーーーーーーチッ。


静かに思案に耽るロウを横にラインハルトが突然舌打ちをした。


ラインハルトはサロンの窓から外を見た。公爵家の庭園は視界に収まらない程に広いが、日が落ちた今時間は各所にランプが灯り、夕闇に人肌を想わせる。


そこに天上から虹が架かったのだ。

薄闇にも関わらず、はっきりと見えるその虹にフロースとロウも顔を引きつらせた。


「ああ、ラインハルトが偽装しなかったから•••」


「気配を消して降りた。何故場所が解る?」


「それこそ野生の勘じゃない?」


「ラインハルト、雷を呼んで落としたでしょう。恐らくそれです」


ロウは今から起こるであろう事態に痛そうに額を押さえる。


そして聞こえて来た大きな声。


「姫様ーーーー!メルガルドでございますよーーー!今すぐ、今すぐに参りますからね!」


ズゥンと地響きの音が辺りに響く。


そこには大声と共に、虹の上を波乗の如く滑って降りてきた、執事服姿の聖霊王メルガルドが離れの庭先に立っていた。


それは、奇しくもラインハルトが雷を落とした場所と同じだった。






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