第28話 名前とは
どうして蒲公英ちゃんがあんな所にいるのーーー!?
チラチラと視界に入る場所には居たと思ってたのに。黄色いから、目立つんだよね。
なのに、今まで気が付かなかったなんて、どれだけ自分の事で一杯だったの私。何という不覚!
「蒲公英ちゃん、あんな危ない所にどうして」
黒い霧が蒲公英ちゃんを覆う毎に黒ずんできてる気がする。
綺麗な黄色なのに、汚れてしまう。
モリヤ、チュウ吉先生、早く蒲公英ちゃんを回収して下さいー!
そう願っていたのに、白くて華奢な手が蒲公英ちゃんを掴んだ。
その手はフィリアナだった。
何を言ってるのか分からなけど、優しげに微笑んだ顔に、笑ってない目が怖い。綺麗な顔立ちなのに、清潔な印象が持てない、そんな表情で。
そのくせに、蒲公英ちゃんに頬ずりしている。
なんか、モフ毛を掴んでる手に力入ってない?蒲公英ちゃん禿げたらどうするの!?やめて下さい!
黄色い毛が黒い色でくすんでいく。それは、みるみる真っ黒になっていくのだから、背筋が寒くなる。
ポポちゃんが黒くなっている事が見えていないのか、驚きが、フィリアナの表情には無い。
「彼女の魔力を吸い込んでいるようですね」
「え、それって、危ないんじゃーーー蒲公英ちゃん、ポポちゃん、今すぐペッてしなさい、ぺッて!お腹壊したらどうするの、拾い食いはいけませんよ!!」
私の声が届いた訳じゃ無いんだろうけど、燃え広がるように色を黒く変えたポポちゃんは、ふよふよ浮いて鏡の方へ来ると鏡面から消える。
「視覚的に、モリヤの所に戻ったみたい?」
あの子の所に捕まってしまったらどうしようかと思ったよ。捕まったら蟲になってしまうから。
ここで一度映像が切れたので、皆でお茶を飲む。緊張していたらしく、喉に癒やしが欲しかったからありがたい。
執事のセバスチャンが私に温かいココアを入れ直してくれた。
ありがとう、生セバスチャン!
「ポポ、とはーーーいつ、名付けを?」
ロウが呆れたようなほっとしたような顔で鏡面から視線を私に向けた。
「え?今、だけど•••咄嗟に、ついつい。ちゃんと考えて名前付けようと思ってたのに、さっきは名前呼ばないといけない気がして、咄嗟にポポって。タンポポだから」
「ああ、道理で。名は存在を縛るといいます。普通の人間でも名を呼ばれれば、意識までは無視は出来ません。そしてフィア様は記憶がなくても神なのです。人のそれよりもずっと強い」
それは諭すように聞こえた。だけど紡がれる声の優しさに、私が大事に思われている事が分かる。
それからロウは名前に対して、今迄とは同じようには呼んではいけない、と言った。
「フィア様はお力を私達のようにーーー息をするように制御出来ません。何時、何処で発露するか解らない状況で、ご自分よりも上の存在を認めてはなりません。名を呼ぶ事を許す事も最小限にお留め下さい」
そう言えば、メイフィアって呼ばれないな。
そうロウに言えば、特に地上では真名を呼ぶ事を控えるのだそうだ。
ああ、だからフィアとかフィーなんだ。
「それは親愛からそう呼んでいるだけ。俺も、ロウも。【上】では姫とも呼ばれてたけど」
「地上では名前をーーー例え愛称でも、許した者以外には姫呼びをさせた方がいいかもな」
湯気の立つカップを優雅に持って、立ちのぼる香りを楽しんでいるのか、伏せ目がちにそんな事を言うラインハルトは、どこぞのCMみたいですね。
違いのワカルオトコなのでしょうか?
その姫呼びは置いとくとして、下手に許してしまうとその人に名を呼ばれた時に、声が届いて聞こえてしまう事があるらしい。
なにそれ怖いんだけど。うっかり自己紹介されたら名前を教えてしまいそうだ。
「だからこその対策なんだよ。フィーはその辺を器用に出来ないだろうし。それにしても、あのタンポポ、根性あるね。フィーの役に立ちたかったんだよ、きっと」
フロースの言葉に今度はカリンが笑う。
カリン、器用に出来ない私と、ド根性を見せたポポちゃんと、どっちを笑ったの?
「えーと、何だっけ、魔力のないフィアと契約する為に、一緒にいる為ならどんな場所にも根付いてみせるって、豪語したんだっけ?あのタンポポは」
まぁ、とティティが朗らかに笑う。
私にはそれがどこか懐かしく思えて、遠い空に架かる虹を見るように少し眩しく感じた。
ロウが私達を穏やかに見守っている。
「サンプルが増えましたね。ーーーポポの中の魔力はこちらに帰って来さえすれば、取り出せますから」
「儀式は夜だな?モリヤ達がそれまでにあの娘が転生者か、ゲームの内容を知っているかを探れればいいが」
ラインハルトが長い足を余る様に組み替えて肘掛けを指先でコンコンと叩く。難しい顔で考え込んでいた表情が私と目があった瞬間、それがフッと、とけて甘く笑む。
目を合わせていられなくて、ドギマギしながら私はふいっと顔を反らした。
「ええ、松明の灯の中で行われます。大神殿での儀式もそうですが、ほんわりと光るフィアリスの花々、聖霊達。乙女の純白の衣装も軽やかに、優雅に領布を一縷の風に乗せて一斉に舞う姿はとても幻想的で、美しいですよ」
ーーー此度のアルディア王国での儀式でも、【見かけは】そうでしょうね。
ロウは、ほぼ私とティティへの説明の最後に、含みのある言い方でそんな事を言った。
「ねぇロウ、これ、何とか音声を拾えないの?」
私が鏡を指差ししながら、ロウにそういった時、いきなり鏡の中から甲高い声が聞こえた。
《なによ、これ!月餅じゃないの!餡子が嫌いな私への嫌がらせ?あの小汚いネズミを肩に乗せた執事!契約妖精が失礼を働いたお詫びとか言ってたくせに、コレのどこがお詫びな訳ぇ!?》
「ああ、ポポが吸ったあの娘の魔力に酒盃が反応したんですね、察するにここはあの娘の部屋の前、でしょうか」
鏡面を見れば、映ってるのは確かに西宮殿の廊下だ。ベシャって箱が潰れる音が扉から聞こえた。
お詫びと称してあの子の偵察ですな。モリヤ、お主中々やるな。
でも月餅美味しいのにな。今、絶対に叩きつけたよね、扉に。どれだけ豪速球で投げたの?厚い扉なのに、外まで音が響くなんてさ。月餅、勿体無いな。
《まぁいいわ。あの花守神官の印象は良いはずよ。これで大神殿へ行くのは決まったも同然だし。トリスタンとアルブレフトの好感度が気になるけど、王子は攻略済みだし何とかなるわ。シナリオ通りって訳じゃ無いけど、レイティティアは断罪出来たし、攻略法を知ってるんだから、きっと時空神様ルートに入れるわーーー》
サロンに痛いくらいの沈黙が流れる。耳がキーンと痛い。怖いくらいの緊張が酸素を薄く感じさせる。
胸元で手を握ってるティティが震えている。寒い訳じゃ無いのに、歯がカチカチ鳴っている。
震えるティティの手をそっとその上から包む。私も人のこと言えないけど、二人なら、不安も怖さも半分になるよ。きっと。
《メイフィアだった時の記憶はあるんだし、後は私の本当の身体もーーーーーー》
急に廊下の視点がクルリと回る。
階段の方から賑やかしくも、華やかな喧騒がやってくる。色取りの花たち。そちらの音が聞こえない事から、フィリアナの取り込んだ魔力が関係しているのかもしれない。
フィリアナの言葉を最後まで聞けなかったのは残念だけど、安全第一ですから!
重要な事は分かった訳だし。
ブオン、と音がして鏡面の映像が切れた。
ーーーメイフィアだった時の記憶はあるんだから
ーーー私の本当の身体もーーー
確かにそう聞こえた。
ーーーーーーそれって。
あの影の中に視えた二人の事も。
私の不安を見透かしたのか、フロースが頭を撫でてくる。
「フィーは月餅好きだったよ」
フィリアナは餡子が嫌いって言ってたんだっけ。
「記憶はなくても、味覚は変わってないって事?」
ティティが今度は私の手を包む。
そうだ、あのティティに良く似た女性も、きっとティティに無関係じゃない。
小さい姿の私も、だ。
挫けている場合じゃ無いよね!
「俺がフィアを間違える筈が無いだろう?」
その自信は一体どこからやってくるのでしょうか。ラインハルトさん。
でも、それで私は疑わずに済むから。
ーーー素直に頷いた。
「後はモリヤ達が戻って来るのを待ちましょう。あの影の中に視えた二人と青いフィアリスの花の事もーーーレイティティア嬢、公爵家の王都邸に連絡は行ってますね?」
あ、そうか。用が住んだらトンズラでいいもんね。王都邸には転移の魔法陣がある事だし。
「はい。滞り無く。セバスチャン?」
セバスチャンは本館に向かうのだろう。深く礼をすると、足音もさせずに素早くこの場を辞した。
「さて、レイティティア嬢。貴女にやって欲しい事があります」
「私に出来る事でしたら何なりと」
「恐らくは貴女にしか出来ないでしょうね。レイティティア嬢には、大神殿の儀式に出ていただきます」
ーーー舞踊の神、伎芸神が降臨した際には神が選んだ娘との舞競いが認められます。
真っ直ぐにティティを見ながら、ロウは言った。
「貴女の実力で、あの娘の舞をねじ伏せていただきます」
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