第13話 何者か
フィリアナ嬢の目的は何だろう。
妖精を沢山集めるのは、選ばれる為だよね?
でも、集めた妖精は蟲に堕ちかけていた。
昼間は妖精でも夜には蟲になってしまう。そしてやがては完全に蟲になる。
あのままだったら、選定の儀の時には折角集めた妖精は蟲になっていただろうし、新たに集めて来た妖精がいても、蟲を飼っていたら舞どころじゃない。
ーーー蟲を喰らう。
なんの為にだろう。
通常、食べる、という行為は、生きる為であり、身体に必要な栄養素を取り込む為であり、楽しむものであり。
生きる為に?人間には蟲になった妖精食べるとか必要ないよね。フィリアナ嬢が人間じゃないとか?
身体に必要な栄養素?例えば、何かの魔術的な代償とか?
妖精を集める為に怪しい魔術を使ってるならありえるかな。
楽しむーーーそもそも人間に蟲を喰らうことが出来るの?如何やってーーーは考えたくないなぁ。
と、ここまで考えた時に突然ガーデニア様が小さく悲鳴を上げた。
「嗚呼、大変!この子が、消えそうよ」
視れば妖精は、うっすらと透けている。
寝ている場合じゃない。急がないと。
下級女官の得意技、瞬間身支度だ。パパっと着替えると、髪を上げて頭上にポニーテールを作る。それからクルリと輪っかを二つ。今は夜、多少の雑さは気にしない。
「ちょっと行ってきます!翡翠の酒盃の怪異、連れて行きますね!」
返事を聞く間も無く、私は妖精を袖に入れ、ヤモリをワシっとつかむと部屋を飛び出した。
糸も薄くなっている。
後宮にいる女官なら良いのだけれど。
文官だと帰宅してしまっている可能性が高いので、最悪の状況を想定しなくてはならない。
王城にいてくれさえすれば!
途中見回りの衛兵に会うが、少し乱れた服装を直す振りをして袖口で顔半分を隠す。俯きがちに楚々と足を進めれば、衛兵は見ないフリをしてくれた。
ナイス誤解、『逢引後の女官よ!大作戦』が成功してくれた。
後宮を抜け、恐る恐る王宮のエリアに入る。
糸はどうやら王城の外へは伸びていない。
ホッとするも束の間、王宮が矢鱈と騒がしい。
何かあったのだろう事が一目瞭然だ。
侍従達がオタオタワタワタしていて、いつもなら光量を落としている筈の廊下まで明るい。
糸の方向が動いている。丁度王宮と西宮殿を繋ぐ渡り廊下の辺りだ。
もしかたら、今動き回っている侍従達の中にいるのかも知れない。
王宮側の低木が重なる茂みに隠れて潜む。
目を凝らし、行き来する影に注意を払う。
「この子の契約者がここを通ってくれればいいのに」
そうしたらヤモリの怪異にちょちょっと走ってもらって、妖精を目の前に落とせばいい。
そう思ってヤモリに支持を出そうとしたら、細く震えて袖口に入ってしまった。
「え、ちょっと、どうしたの?」
《おお、恐ろしい、恐ろしい気配が近づいておる》
消えたくない、消えたくないと更に袖深く隠れしまう。
訳を聞こうとしたその時、近衛を先頭にきらびやかな一団が渡り廊下を進んで来た。
糸が真っ直ぐにその一団へ向って伸びている。
待って、まさかあの集団の中にいるの!?
せめてーーーあと五人位は減ってくれてもいいのよ?!
近衛が周りを警戒しながら進む集団の中に妖精を帰すなんて、ハードル高過ぎるよ。
頼みの怪異さんはガクブルしていて反応が無いし。
ど、どうすれば!?
って、あの明るい茶髪って第一王子じゃない!?
近衛がいる時点で気が付くべきだった!
あれ、でもその斜め後ろのーーーストロベリーブロンドの背の高い美女は誰だろう?
王子の謙った様子から、かなり地位の高い御方に思えるけど。
でも、王子よりも上って誰だろう?
なんて考えてる時じゃなかったよ、どうしよう?どうしたら?
糸を確認すれば、王子の三歩真後をーーー真後!?
•••それはヤベー案件で御座いました。
後ろに控えているはあの服装からして侍従だよね。
王子の方が背が高いので見えにくい。斜め後ろの美女も王子と同じ位の背丈なので妖精を滑り込ませるポイントが狭い。狭すぎる。壁だ、壁があるよ。
心臓が口から出そうだよ。出てない?もう出ちゃってる気がするんだけど。
このしゃがみ潜んだ態勢で、低木の上を越えて侍従の前に妖精を落下させる。
難易度高い演技を要求されてない?
何とかスペシャルのレベルだよね。フリースタイルで良いですか?
靴音が近づいてくる。近衛のブーツが床を鳴らす。柔らかい衣擦れの音はきっと美女。
深呼吸して振り被る。自分の心臓の音で靴音も聴こえない。
今だ!ーーーたぶん。
弧を描くイメージでーーー妖精を放り投げた。
どうか、上手く届きますように!
サワっと茂みが微かに揺れたが、風が吹いてくれたお陰で気が付かれないだろう。
妖精は王子の頭上を越え、侍従の視界にはいる筈。
侍従の肩が動いた?!気が付いてくれた!?
ーーーーーーーーーーーーあれ。
やった、成功だよねーーーと思ったのは早計でした。
ぽすん、と妖精が着地した場所はストロベリーブロンドの頭上で。
「ーーーッタタル!!」
タタルってあの妖精の事だよね?あやっぱ成功?良かった、帰せて。
後はこのまま通り過ぎてくれることを祈る。
さぁ、さっさと通り過ぎやがれ下さいまし。
そう祈りながら、そろっと気配を伺うと、侍従らしき人の声がタタルを労っていて、美女にきっと平身低頭であろうーーー謝罪を述べている。
「ご、ご容赦を!この者には罰をーーー」
この台詞は王子だろう。
だけど、罰って言いかけたそれを遮り、落ち着いた、しかし従うを疑わない声がここまで届いた。
「ーーー出て来なさい。そこにいるのでしょう」
ーーーーーー何ですと!?
どちらへ、と慌てる王子の言葉をまるっと無視して、サクリ、と芝生を踏み込む音が近付いてきる。
続く足音達は重いので近衛のものだろう。
ーーーど、どうしよう。身体が細かく震えはじめる。
剣を抜く音がするも、美女はそれを手で制すると、茂みの向こうから私に声を掛け
た。
「君が妖精を投げたのかな。ーーーッ!?」
観念して立ち上がる。足が震えてガクガクしてる。座り込まないのは奇跡だと思う。
恐る恐る顔を上げ、事情を何とか説明しようと頭をフル回転させるが、背の高い美女は美少女かも知れないとーーー明後日の思考が飛び出す。
求めているのはこのピンチを乗り越える名案だが、私の脳味噌はスイッチがオフになってしまったらしく、ボケーっと魂が抜けた様に、見上げた美女に見惚れるだけだった。
神懸かった美しさ。
そんな美女が目を剥いて驚いている。
え?ーーー私を見てる?んだよね?私の格好が驚くほど酷いとか?
美女はガサガサっと些か乱暴に低木を除けると、いきなり私の肩を掴んだ。
「フィー!!!何でこんな所にいるの?何をしているの!?その格好、何!?」
何って何ですか?何で私の肩を掴んでいるのでしょう?
突然の事過ぎて、何をして良いのか分からなくなる。
「え、え、え。院長先生、の、紹介で?ここ?に?妖精を契約者に帰す、為?え、と、女官、なので」
混乱しながらも答える。
が、何か変だ。何が変なのかわからないまま、一歩後ろへ下がろうとしたが、肩に置かれた手の力が意外に強くて下れない。
物凄い剣幕で言い募られる。
「はぁ!?何言ってるのさ!院長先生って誰?女官!?どういう事?」
激しい動揺と困惑に、話の噛み合わなさ。
私に一体何の回答を求めているのだろうか。
ーーーあ。
私をフィーって呼んだ。私を知っている人?
でも、私の記憶には無い。こんな美人見たら忘れないよね。忘れる事の方が困難だと思う。それ位に、美しいと思う。
リンファ様よりもガーデニア様よりも。
存在そのものが華。
でもこの人は私を知っている、のだと思う。
もしかしたら、記憶が無い子供時分の?
女の子って成長すると顔って変わるし、雰囲気変わっただけで、別人みたいに分からなくなるよね。
はっ!?私ってもしかして全然変わってないとか?
イヤイヤ、多少は変わっている。ハズ。
わかる人なんているのかな。
「あの、何処かでお会いしましたか?人違い、ではーーーないでしょうか」
人違い、と言った時、怒った顔が驚愕に変わった。
「フィー?」
確かに名前がフィアだから、フィーって呼ばれる事もあったけど。
「あの、どちら様でしょうか?」
ビクン、と一瞬揺れて肩の手が外れ、美女が一歩下がった。
ふわり、と大振りの袖から花が薫る。
美女は驚いた顔のまま、私から目を逸さずに、そんな、とか、真逆とか?呟いてから、はっと何かを思い付いたのか、私を指差してこう言った。
「いい!?ここにいなさい!そこから動かずに!今呼んで来るから!逃げないでよね!」
茫然とする私をよそに、クルッと振り返った美女は王子に何事か話を付けるとフッと一瞬で消えてしまった。
あの美女って一体何者!?
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