第12話 冷たい夜
国外追放なんてお話の中だけだと思ってました。
皆さん顔が引き攣っておりますね。おそらく私の顔もそうなのでしょう、きっと。
「流石に側近達は止めていてよ。でも、あの王子の様子からだとーーーどうなるかしら?」
「どうしたもんだか。婚約破棄云々は言ってしまえば当人同士、王家と公爵家の話だ。しかしーーー公爵令嬢は、聖霊が選び、王都の神殿が王城に上がるを認めた候補者でもあるんだ。それを勝手に国外追放だと?」
「もしも、側近達が止められなかったら、どうするんですか?王子が独断で動いてしまったら••••」
うう、頭が痛い気がする。
「今から神殿ヘ行ってくる。神殿から公爵家にも話す必要がある。今日は、あの娘が踊っていないなら、軽く様子を見るだけで良いだろう。いつもの怪異達に頼めばいい。最近は聞き分けが良いからな、フィアはーーー留守番でも大丈夫だろう。保護が必要な妖精がいたら、ここまで連れて帰って来れば、明日にでも儂が帰す」
「念の為、我が怪異共を見張っておこう」
ランジ様は重く頷くと、足早に出掛けてしまった。
私も怪異達に様子を見てくるように頼まないと。
「アレが次代の王なんて。この国大丈夫なのかしら?フィア、イザとなったら、わたくしを持ってお逃げなさい!」
ーーーえ、普通に無理です。
「へぇ~ガレール公爵家って王家と並ぶ歴史を持ってるんだ」
「そうじゃ。一説によれば、王家よりも旧いとも云われておる」
ランジ様がお出かけになった後、私が余りにも貴族に対して興味が無い為、お勉強会を開かれました。
いや、だってね?下々も下で木っ端女官ですよ?貴族なんて皆一緒の括りです。
それに、お貴族様なんて文字通り雲上人、一々家名とか覚えてられないよ。
国王と宰相位知っていれば良くない?
「知らな過ぎて問題じゃ!」
すいません、チュウ吉先生、キチンと聞きますので、前髪を引っ張らないで下さい。
ああ、蒲公英ちゃんがほっぺにスリスリしてくれてるよ。癒やされる。
「そうじゃ、その直系の姫が、レイティティア•ジ•ガレール公爵令嬢じゃ。今の所の第一王子の婚約者だが。いっそ破棄された方が良いかもしれんのぅ」
レイティティア様は有名人だ。
王子の婚約者としてよりも、舞姫として。
「フィリアナ•シャルーマ子爵令嬢が王子の恋人で、そのシャルーマ子爵家って現当主で三代目なのね。で、一人娘と」
あの子爵令嬢ってフィリアナって名前だったのね。
ハルナイト•ラ•アルディア第一王子殿下はわかりますがな。
美形王子として有名だし、絵姿が街中で売っている。結構売れるらしく、美術学生の小遣い稼ぎになるらしい。
絵姿では中身なんて分からないしね!
エドアルド•ラ•アルディア国王陛下は知らないとは言えないよね。
アダルベルト•ラ•コトクール侯爵は宰相だし、トリスタン•ラ•コトクール侯爵令息はアhーーー第一王子の側近だ。
流石にこの辺はよく耳にする名前なので、興味が無くても脳内に無理やり入って来るのだ。
「あれ、王家と主要貴族達は【ラ】って入ってるのに、ガレール公爵家だけ【ジ】なんだ」
紙に書き出すと目立つな。
お貴族様特有の、色々有りそうなあるある理由なんだろうな。
「知っていて?ここの王家の人間はーーー宝物庫に入れるのって王太后様だけなのよ。王太后様は、ジンライ帝国の皇女様だったのだけれど、ガレール公爵家の血を持っていてよ」
あああああ、聞こえなーいってしたい情報が!
闇を感じる情報は、木っ端が知らなくてもいいんですよ!下手すると生命に関わるから!
成人したらお城出るしね!
どうかそれまで無事でいられますように。
「そ、それよりチュウ吉先生、そろそろ行かなくていいの?行くなら宝物庫の結界内から怪異達を出すけど」
リンファ様は宝物庫でも、結界内にいる訳では無いので基本自由に行動している。霊格が高いって自由ですね。
「ん?おお、頃合いじゃな。フィア、怪異共を出してくれい」
部屋の扉を開けた瞬間、ヒューッと一陣の風が肌を撫た。
ツキン、と頭に響く。
部屋の外は冷たい夜風が吹いていて肌寒い。直ぐそこだから、と外套を羽織らずに来たのは失敗だったかも。
宝物庫に足を踏み入った瞬間、大きなクシャミが出た。
《おお、フィア殿!お風邪ですかな?今日は花冷えの風故、お気を付け下され》
《雑巾か?雑巾になればよいか?》
《今夜も闇夜の散歩と行きますかな》
「ーーー••••今日はチュウ吉先生と様子を見るだけで。保護が必要な妖精がいたらここへ連れて来てね。後、チュウ吉先生の言う事をきいて、お行儀よく!」
なんか一匹変な事言ってるのがいたような気がするけど。
そして、何故かキリッとした表情で皆整列している•••
「フィアよ、気の所為だ」
疲れているのかな。そうだよね、きっと。
「ね、私本当に留守番してていいの?」
「構わん。ゆっくりと湯を使って休めば良い。其方、先程から少し顔色が良くないしの」
頭が痛いのは気のせいじゃなかった!?
でも、休めって言われても、怪異達を宝物庫へ戻す時に困らないかな?
「ランジが戻るまでは、わたくしが見張っているわ。怪異もこの程度なら抑えられてよ」
リンファ様までがそう仰るならと、私は有難く休ませてもらうことにした。
チュウ吉先生達を見送った後、部屋に戻ると、驚いた事に湯殿の用意が整っていると謎の美女が仰るではありませんか。
凄くいい香り。これは梔子かな。
「ガーデニアに来て頂いてよ。お湯を使って温もっていらっしゃいな」
あ、夏の香油瓶の美女様でしたか。
清楚な雰囲気で、銀の髪に薔薇に似た、八重咲きの白い梔子を飾っている。
私は梔子の美女ーーーガーデニア様に言われるまま、湯殿へ誘われて湯船で寛ぐ。
落ち着く香りに、そういえばリラックス効果があると聞いたっけ。
その実は薬効効果も高く、解熱や様々な効能ーーーそう誰かに教えもらった。
誰だったっけ?孤児院の尼僧?カリン?
ああ、前世の記憶かも知れない。
「いけませんわ。湯船で転寝などしては。さぁ、お身体を清めましょう。御髪は、そうね、一重咲きのこの子がいいですわね」
ツン、と額に冷たい指先が当り自分がウトウトしていた事に気が付く。
さぁ、身体を楽にして下さいませ、なんて私のお世話しようとするガーデニア様を何とか説得し、さっさと洗う。
悲しい顔をされてしまったので、湯上がりのお世話はお願いする事になりました。
リラックス効果とは!?
下級女官の待遇じゃないよね、なんて思ったけど、寝間着に着替えた後に出された薬湯を飲んだら、おやすみ三秒で布団へ撃沈してしまった。
緩やかな巻毛のストロベリーブロンドが風に揺れる。
顔は逆光で良くわからないけど、ああ、梔子の薬効性に付いて話してる。
懐かしい、それに友人の様な気安さを感じる。
形の良い唇がフィア、と呼んだ。
《ーーーーーー•••••ぬな》
《ーーーーー•••いか!》
《ーーーだから、静かにしろというておろうに》
耳元でうるさいな。誰よ?
もう少し寝かせて欲しいのだけれど。
一旦意識が浮上を始めると、緩やかな香気に引上げられた。
「ああ、フィアが起きてしまったわ。仕方のない子達ね」
幾分スッキリした頭で声の主を探せば、ガーデニア様が、私の枕元にいる怪異達を嗜めていた。
しかも全員畏まって正座してる。怪異もは清楚な美女に弱いのか。
起き上がると身体が軽い。
やっぱり疲れていたのかな。風邪気味だったのかも。薬湯の効き目凄い。怪異的な力が働いていそうだけど、怖いので聞くのはやめよう。
時計を見たら夜中の一時半をさしている。
どうやら二時間程寝ていたらしい。
「様子見は終わったのね?大丈夫だった?チュウ吉先生は?」
《そ、それはなーーーー》
「そこの翡翠の酒盃、お黙りなさいな。あのネズミは少し用があってよ」
あのヤモリって翡翠の酒盃だったんだ。
「そうなんですね。他はーーー保護した妖精はいない?」
《そ、それは、だなーーー》
ヤモリがチラチラとリンファ様を伺っている。
私も釣られてリンファ様を見てしまう。
珍しく困ったお顔をされてるので、少し驚いてしまった。
どうしたのだろう?
「隠しても仕方がないから言うわね?」
「ガーデニア様」
「怪異達が戻って来たのは少し前ですわ。そこの妖精を抱えて。どんな力が働いたのかはわかりません。ただ、そこの妖精は娘の身体から出て来たと」
蟲になってしまった妖精を喰らったのは最初だけで、次から捕まった妖精は、琵琶の葉で酔いを払って庭に戻してたし、契約妖精は
「じゃ、今日捕まったのかしら」
《解らぬ!》
《解せぬのぅ》
《雑巾か?》
「もしかたら、あの娘は妖精を喰らっているのかもしれなくてよ」
これまで難しい、困った顔をして黙っていたリンファ様が、睫毛を伏せてとてもいい難そうに、小さく仰った。
《ありえるの》
《そうじゃ、きっとそうじゃ》
《雑巾ーーーブギャ》
人間が、妖精を喰らう?蟲に堕ちた妖精を?
冷たい夜の風が背中に降りて来る。
私は衝撃のあまり、再び枕に沈んだ。
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