第11話 あと一週間

王城に春風が到来する。

春を司る精霊が花々を優しく揺り起こし、木々の葉擦から暖かな光を零す。


蕾が柔らかく色付く。

慌て者の花が咲いて仕舞わぬように、まだ眠いと硬く閉じ込もる花々の目覚めを促すように、庭師達はその土まみれの硬い手で、優しく撫でるのだ。

美しい現実をこの王城へ齎す為に。

王城中の庭師達が慎重に開花の時期をみまもる。

一つひとつ丁寧に丹精を込めて、妖精を宿す花々を七日後一斉に咲かせる為に。






「フィア、そっちの虫篭取って。こっちはもう一杯」


選定の儀を七日後に控えたこの日、私は草むしりに勤しんでいる。青々とした空が眩しい麗らかなお昼前。


いつもの保護活動を終えて朝寝を貪っていた私だが、果敢にも宝物庫へ叩き起こしに来た猛者がいらっしゃったのである。

そう、カリン様でございました。


『人手が足りないのよ!鼠の手でも借りたい位よ!』


先日彼女に説教を食らった私は、イチモニも無く頷くしかなかったのである。

手紙一枚で済まそうとしたのが不味かった。

なんせ怪異のいる宝物庫、だもんね。顔を見せるべきだったわ。

あの時のカリンは、恐ろしかった。オレンジ掛かった金髪が逆立ってみえたよ。赤味の強いオレンジ色の瞳も、怒りで眦の釣り上がった表情からギラギラしてたし。

美人が怒ると大変な迫力である。

某野菜の王子が重なって視えたもん。


そんな剣幕を知っているランジ様も、快く私を差し出したのである。




お腹空いたなー。花に付いた虫も取るけど、腹の虫は悲しいかな、取れない。


「こっちも一杯だから、庭師さんに渡して来ようよ」


虫喰の葉や雑草、虫で一杯の篭を持って行くと、庭師が篭を受け取り、持っている麻袋の中に放り込む。

宮廷で囀る貴婦人が見たら卒倒するに違いない。

いつも庭師は高貴な方々の目に触れないように作業をするが、この数日ーーー儀式の前日までは許されている。

何せ、王城中の庭を花を、春に咲く花に植え替えるのだ。

気難しい薔薇や木花はこの時の為に温室で管理され、頃合いを見計らって庭に植えられる。

土の魔法を扱うのに長けた庭師は王都中からかき集められ、その質が良ければ妖精が宿り易いので、問答無用で王城へしょっぴかれるのだ。

まぁ、いい短期アルバイトの様なもので、臨時収入に喜ぶ人も多いらしいけどね。

引退したお爺ちゃん庭師も孫にお菓子を買って上げたくて参加しているって言うし。


あ、花屋のおっちゃん発見。


儀式も間近に迫ると、ここまで人を集めて間に合わせないといけないから、運営って大変だよね。


麻袋に詰められた葉や虫が王城の森へ運ばれて行く。

腐葉土に混ぜて還してやるのだ。


「これだけの花が一斉に咲いたら宿る妖精も凄い数になりそうよね」


私は整備された庭をボケーっと見渡す。

忙しく動く庭師達があちらこちらで奮闘中だ。


「それも、目的の一つなんでしょうよ」


はぇーーー。あ、なる程、舞姫達に聖霊が集まりやすい状況を調えるって事ですな。


あれ、ちょっと待ってーーーそれって。

芽生えた嫌な思考に、眉を顰めてしまう。


「ほら、生まれたての妖精が庭師にまとわり付いているわ。彼には視えていないみたいだけど」


カリンの言葉にそうだね、と頷く。

が、そんな和む風景も、たった今、脳裏を駆けた思い付きに、私は肌寒くなった。











夕方、日が落ち掛けて漸く開放された私は帰る足取りも重く、腰も痛い。

女官の宿舎前で別れたカリンに言われた言葉で頭も痛い。

変なモノ、ホイホイ寄せ付けるなって、思わず自分の周りを見渡してしまったわ。

何も居なかったけど。頭をスパンと叩かれました。


「なんじゃ、婆さんの様だの、フィア」


チュウ吉先生!都合良く庭仕事から逃げた恨み、はらさずおくべきか!!!


「ーーーウキュッ」


大福のモチモチボディーをギュムリと掴む。


「何処で何してたのよ!?こちとらネズミの手も借りたい位に忙しいのに!」


「ま、待て待てぃ、我は、お茶会のーーーウギュッ」


お茶会!?ハッ、チュウ吉先生の口の端っこにクッキーのカスが付いてる!


「情報収集をしていた、のは知っていてよ。テーブルの茶菓子を摘んだのはお行儀がお留守番でもしていたのかしら?」


しっとりとした艶のある声に、チュウ吉先生を握っていた手が緩んだ。


あ、逃げたわね。


「ーーーリンファ様」


「ああ、こんな場所で立ち話なんて、嫌だわ。無粋ではなくて?もてなせとまでは言わないわ。さぁ、遠慮はいらなくてよ」


ええと、招けと仰っしゃるのですね?ランジ様のお部屋で宜しいでしょうか。多分月餅ならあると思います。







月餅はありませんでした。

でも代わりに大福があったので許そうと思います。


これには緑茶でしょう。

この茶葉は日本の玉露と淹れ方は同じだが、魔素があるせいか、浸出の時間と温度がやや異なる。

香りや味は同じに思えるのに。


「それで、どちらからの報告を先に聞けばいいんだ?」


お茶が全員に行き渡ってからランジ様が切り出した。

さてはその様子だと粗方の事情は知っていますね?


「我からじゃ。今日から四日間、国王と王妃が揃って不在じゃろう?大神殿よりの使者を迎えに行くのだったな。その間は第一王子が留守を預かると」


大福でほっぺが粉だらけです、チュウ吉先生。フキフキ。


「ぬぬ、かたじけないの。ああ、それでーーー」



チュウ吉先生の言う事には、親の居ぬ間になんとやらだったらしく、お気に入りの子爵令嬢と楽しくイチャイ•••いえ、お茶会を楽しんでいたそうな。

今日は練習なかったんだ?え、あったの?

構わないって?ふーん。


「そこで子爵令嬢がどれ程酷い目にあっているのか訴えておったわ。そこで、王子がな、公爵令嬢とは婚約破棄すると。噂が本当になるのぅ」


それ位なら予想の範囲内じゃないかな。


「明後日に親睦を深める為のパーティを開くらしい。そこで宣言すると言っておったわ」


この忙しい時に!?

親睦会なら登城した当初、西宮殿で内輪の小さなパーティーをしたよね。

平民もいるし、堅苦しくなくて済む立食で、こじんまりとした昼食会だ。


「学園の級友も呼ぶとか言っていたぞ」


場所は真逆の王宮じゃありませんよね?え、そうなの!?

ちょっと何考えてるのかしら!?この国の王子は。


「平民の子達はどうするのかしら?着ていくドレスなんてないでしょう?」


「知らぬ。あの馬鹿は、そこまで考えてはおらんだろう」


ーーー••••親睦会として王子の名前でって、断れないよねぇ。

ドレスは後宮にあるのを貸し出すと思うけど、サイズ直しとか大変だろうな。舞の衣装だって仕上げないといけないのに。


王城へと上がる舞姫達は、神殿から白絹を貰える。しかも、極上の一級品だ。

その絹で作られた、揃いの衣装で舞うのだ。

平民は当然侍女など連れていないし、型紙から裁断、縫製まで全て自分でやる。

世話役の下級女官も手伝うが、舞姫達は大神殿に招かれた時の為、礼儀作法も学ばなければないので、時間はいくらあっても足りないだろうに。


「わたくしが聞いたのは、その婚約破棄後の計画でしてよ。とても驚いたわ。わたくし、耳が飾りになったのかと思ってよ」


ああ、聴こえない振りをしたかったのですね。

でも、そこまで酷い事って何だろう?


リンファ様は典雅に開いていた扇をパンっと閉じると、信じられない事を仰られた。


「ーーーーーー国外追放ですってよ」


僅かに焦らされた後に、リンファ様の紅唇から齎された言葉は、衝撃的なものだった。





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