1-9 シンパシー
「まず、一年生は芸術科目別にクラス分けされています。この四組は音楽と美術の生徒が半々ね。で、席順だけど、これは入試の成績順。……つまり、この席に座っているということは、このクラスの一位だということです」
彼女はよく通る声でそう説明し、無表情の野沢
「定期テストの順位でまた席替えをするから、みんなこの席を目指してね。それじゃあ、そろそろ入学式が始まるから廊下に並ぼうか」
「思ってたより良い順位だったわ」
「トップ目指すとかムリだろー」
周りの雑談を聞きながら、俺はその場から動けずにいた。中松の言ったことを受け止められなかったからだ。
「……じゃあ、私はビリってことかあ」
けろりとした様子の
席順は成績順。
つまり、野沢心から一番離れた席の木戸愛華がビリ。
そして、ビリの前に座る自分が下から二番目ということだ。
*
厚いシートの敷かれた体育館の中で、入学式は
中松から順位の話を聞いたせいで、落ち着かなかった。単語帳でも眺めて気を逸らしたかったのに、教室に忘れてきてしまった。
「ソーくん。
隣に座っていた
「どこへって?」
「心ちゃんだけ入場してないの、気付かなかった?」
「いや……」
自分の順位のことばかり考えていたから、彼女のことなんて気にも留めていなかった。
「心ちゃんの新しいあだ名、なにがいいと思う?」
……この期に及んで、『あだ名』かよ。
彼女に聞こえないように、小さなため息をついた。
「ふつうに、名前で呼べばいいと思うけど」
「あだ名で呼ぶほうが友達同士って感じがするでしょ?」
「野沢は気難しいそうだから、あんまり構わないほうがいいんじゃないか。触らぬ神に
愛華はうーんと首をひねる。俺の意見には納得いかないようだ。
野沢心はちょっとしたことですぐ突っかかってきて、きっとプライドが高いのだろう。なるべく関わりたくないタイプだ。愛華がなぜ彼女と仲良くしたいのかも理解に苦しむ。
「せっかく同じクラスになったんだもん。だから、四組のみんなと仲良くなりたいんだよね。とくに心ちゃんからはシンパシーを感じるというか……」
「シンパシー?」
野沢と愛華に共通点などあるだろうか。二人は真逆のタイプの人間のように思える。
『歓迎の言葉。在校生代表、野沢
「はい」
凛と返事を響かせた男子生徒が壇上へ進む。
彼は背筋をピンと伸ばし、自信に満ち溢れた微笑をマイク前で見せた。数百人の生徒や教員や
『新入生の皆さん、この度はご入学おめでとうございます。在校生を代表し、歓迎のご挨拶を申し上げます』
彼は堂々とスピーチを読み上げていく。
「会長……」
愛華がぽつりと呟く。
振り向くと、怯えたように目を見開いていた。
「どうかしたか?」
「え? あ、ううん。あの人って、きっと生徒会長だよね?」
彼女ははっと我に返り、またニコニコとしてみせる。
「まあ、代表ってことは、生徒会長なんだろうな」
「うん……」
彼女はふうとため息をつく。恐らく生徒会長であろう野沢
「あれっ? でも野沢って……? もしかして、心ちゃんのお兄さんだったり?」
「そういえば苗字が同じだな。有り得なくはないな」
壇上に目を凝らす。
野沢優丞は眼鏡を掛けているうえに席から距離があるため、顔がはっきりと見えない。しかし言われてみれば、野沢心とそう雰囲気はかけ離れてはいないのかな、という気がしてくる。
『
全て読み上げ一礼し、拍手を浴びながらステージから降りていく。新入生の誰かが「イケメン」と声を漏らしたのが聞こえた。
『新入生代表挨拶、野沢心』
「「……!!」」
つい愛華と顔を見合わせた。
「え、野沢さんじゃん!」
「やべー」
四組の他の生徒たちも、マイク前に立つ彼女に驚いていた。
野沢優丞と同様、彼女も緊張している様子は無い。しかし彼女はマイク前で、抑揚の無い声で字面を読み上げ始めたのだ。「私はこの場に全く関心がありません」という意思表示に思えるほどだった。
「心ちゃん、すごおい」
無邪気に目を輝かせる愛華の横で、つい壇上のクラスメイトを凝視してしまう。
尊敬の念から――、ではなかった。
膝の上の拳に力が入る。
中学卒業前の約一年間は、ほとんど不登校だったのだ。家にいる分、勉強だけは必死にしてきたつもりだった。
野沢心が新入生代表になったということは、彼女は一年四組だけでなく、この学年のトップでもあるということ。彼女は頭が良く、容姿にまで恵まれている。
一方で、クラスで下から二番目の自分。
父親が知ったら、なんと言うだろう。
文面を全て読み終えた野沢心への拍手で我に返り、一度大きく深呼吸した。
父親のことはもう考える必要は無い。ここは全寮制で、当分は顔を合わさずに済むのだから。
しかし考えないようにしようと思えば思うほど、奥歯を噛みしめる力が強まっていく。
「……そういうことか」
隣で愛華が
目が合うと、彼女は「なんでもないよ」と言って微笑んだ。
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