1-8 よろしくお願いします
野沢
「ビジンちゃんだー! 同じクラスになれて嬉しいな。ねえねえ、こっち来て!」
「お、お、俺、高校生活の運を全部使っちゃったかもしれん。彼女候補一位と二位が同じクラスなんて!」
遠藤の鼻息が荒くなる。やはり彼の彼女候補一位は野沢心だったようだ。
「ビジンちゃん、今ね、このクラス全員のグループと女子だけのグループ作ってるんだ。だからビジンちゃんの連絡先も教えて!」
「連絡先は教えるわ。でも木戸さん、その呼び方はやめてと言ったはずよね?」
口だけを動かして彼女は言い返した。
「ごめーん。でも、他に考えつかなくて」
「けどよお、ビジンちゃんってしっくりくるぜ! だって本当に美人だもん」
話し掛けるチャンスとばかりに遠藤も加わる。
「なあなあ、ビジンちゃんは名前、何て言うの?」
「……不愉快だわ」
彼女は吐き捨てるように呟くと、取り巻く生徒たちをじろりと睨みまわした。
「どうして見た目をいじられなくちゃいけないの?」
「え? べつにいじってるわけじゃ……」
「あなたたちどんなつもりであろうと、やめてと言ったらやめてちょうだい。私、見せ物じゃないわ」
教室の中がしんと静まり返った。
「おはよう! みんな席について」
始業のチャイムが鳴り、担任と思しき女性が入ってくる。みな無言のまま着席した。野沢も澄ました顔で着席している。
彼女の席は廊下側の一番手前。
「ソーくん、よろしくね」
振り返ると、一番後ろの席には木戸愛華が座っていた。
一年四組の担任、中松から今日一日の流れを説明された後で、定番の自己紹介タイムとなった。廊下側の一番手前に座る野沢心と、窓際の最後尾に座る木戸愛華がジャンケンをさせられる。
勝者は愛華だった。
「じゃあ、木戸さんから順番に自己紹介してもらおうかな」
担任から促され、トップバッターが立ち上がる。
「木戸愛華です。気軽に愛華って呼んでください! 金髪だけど、べつに怖い人とかじゃないので安心してくださいっ。占いとか、ハンドメイドとか、料理とか大好きです!」
満点の自己紹介に対し、惜しみない拍手が贈られる。
彼女の次に立ち上がってみるが、いざ自分の番になると何を言えばいいのかわからなくなった。
「……佐藤
野沢の自己紹介の練習を笑っておきながら、こんなありきたりで退屈な挨拶をするのにも緊張してしまう自分が情けない。
昨日、愛華に質問攻めにされて己の趣味嗜好を見つめ直していなかったら、何も喋れていなかったかもしれない。
他のクラスメイトたちも名前や趣味や特技を発表していく。
遠藤は「彼女が欲しい」と連呼し女子から白い目で見られ、大隅は今食べたいものを発表し「カワイ~」とウケていた。
「では最後に、野沢
教室のみな一同、彼女に視線を送った。
どのような人物なのかを知りたがっているのだ。理由は
「……野沢心です」
抑揚の無い声で彼女はまず名前を告げ、
「よろしくお願いします」
ぶっきらぼうにそう言って締めくくった。
そして用は済んだとばかりに椅子に座ろうとしてしまう。
「短っ!」
遠藤がすかさず突っ込むと、教室中にどっと笑いが起きた。教壇に立つ中松も「もう少しなにかあるかな?」と苦笑いを浮かべる。
「……」
俺は、少しも笑えなかった。
一体、昨日の練習は何のためだったのだろう。
野沢がちらりとこちらを見る。目が合ってしまった。自己紹介の練習を盗み聞きしていたことがばれていたのだろうか。
しかし目線はすぐに逸らされた。
「では、もう少し」
彼女はこほんと咳払いをする。
「あだ名はつけてもらっても構いませんが、見た目をどうこう言われるのは不愉快です。あだ名をつけたいなら、容姿以外の事柄から考えてください。よろしくお願いします」
自己紹介というより、忠告だ。
クラスメイトたちは呆気に取られながら、着席する彼女を眺めていた。遠藤がほぐした場の空気を、野沢は再び凍らせてしまった。
「えっとー、……みんなと何かあったのかな?」
中松が訊くが、当の本人は「いえ、別に。揉めたわけではないです」と涼し気に返す。
「そうねえ。本人が気に入らないニックネームはいけませんよ」
と、担任はのんきだ。
「よし、自己紹介も終わったところで、この席順について説明しておこうかな」
中松が教室を見回す。
名前順ではない座席の並びには、何か意味があるらしい。
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