1-5 友達になろうとしてる?
「初めましてだね! 私は木戸
木戸愛華と名乗った女生徒は黒い眉の下の目を細める。絵本に出てくるクマみたいな喋り方と、
慌てて口の中の豆腐を飲み込み、自分の名を告げる。
「
「挨拶って?」
「これから一緒にこのA棟で暮らす仲間たちでしょ? だから、よろしくね~って全員に挨拶しておきたくて!」
「……メンタル強すぎだろ」
まだ会ったこともない人間の部屋を一つ一つ訪ねていくなんて、自分にはとても真似できない。
俺が目を丸くしている横で、彼女は「いただきます!」と手を合わせた。
「それにしても、変わってるよねー、この学校は。週一で青魚が出てくるなんて」
今日のメインディッシュのサバの味噌煮を、彼女はじいっと
「そうなのか?」
「さっき、オリエンテーションで
そういえば、スタッフの一人がフワフワした声で青魚のDHAがどうのこうのと説明していたかもしれない。
「……あっ、ご、ごめんね?」
急に深刻そうな顔で彼女がこっちをのぞいてくる。
「え? なにが?」
「『他人の話聞かない』なんて言っちゃったから……。気に
「いや、べつに。それ事実だから。去年の説明会もオリエンテーションもちゃんと聞いてなかったし」
こちらが笑うと、彼女もつられて少し笑った。
「……ところで、蒼紀くんってお魚は好き? 私はあんまり好きじゃないんだよねえ」
彼女は黒い眉をひそめた。明るい髪の色なので、眉の濃さがやたらと目立つ。
流行に
「蒼紀くん、よかったら食べてくれない?」
「いいよ」
快諾し、皿を受け取った。
「ねえねえ。蒼紀くんのことあだ名で呼んでもいいかな? 蒼紀だから、ソーキソバとか」
「却下。それ、小学生のときのあだ名だ」
ソーキソバは美味いが、そんなあだ名を付けられてもいい気はしない。
ソーキソバとかゾーキンとか呼んでくる同級生を無視していたら、被害者であるはずの自分のほうが先生に怒られてしまった。
「ごめんごめん。他の女の子にも怒られちゃったんだった。とーっても美人な子だから『ビジンちゃん』って呼んだら、『見た目であだ名をつけないで。迷惑だわ』って」
ネーミングセンスはさておき、話題に上ったストレートな物言いをする美人には覚えがあった。
「それ、髪が長くて、なぜか制服を着ていた生徒か?」
名前はなんと言ったか。
すっかり忘れてしまった。
「そう! B棟413号室の野沢
「いや、たまたま会ってちょっと話しただけだよ」
校舎の前で会った同級生、野沢心は木戸愛華のような朗らかな人間に対してまで
友達を作りたいのならば、彼女ならすぐにでも友達になってくれるだろうに。
そんなことより、いつの間にかあだ名を「ソーくん」に決められてしまったらしい。子どもっぽくて気恥ずかしいが、ソーキソバ、ゾーキン以外ならなんでもよかった。
「木戸は、」
「愛華でいいってば」
「愛華はすごいな。名前を覚えるのが早くて。それに他人の部屋の番号まで覚えているのか」
感心して言うと、彼女の顔が少しだけ曇ったように見えた。なにか気に障ることでも言ってしまったのだろうかと思ったが、彼女はまたすぐににこっと笑ってみせる。
「うんっ、まあね。みんなと早く仲良くなりたいから!」
「みんなと仲良く」。
彼女も野沢心も同じことを言う。野沢はともかく、愛華はあっという間に友達が増えそうだ。
「ねえ、ソーくんは好きな食べ物ってなに?」
「好きな食べ物?」
出し抜けな質問だった。
食べ物の好き嫌いはないけれど、とくに好きなものも思いつかない。
「焼肉、かな」
好物の代わりに、今食べたいものを挙げる。
「焼肉ね! 私も好きだよ。そうだなあ、夏休みに寮のみんなでバーベキューするのはどう? あ、あと嫌いなものは?」
「とくに無いかな」
「無いの? 羨ましい。好きなスポーツは?」
「昔から運動音痴なんだ。校舎前の坂道で息が上がるくらい体力も無いし」
「習い事はしてなかったの?」
「スポーツ系はやらなかったな。ピアノは習っていたけど、中一のときにやめた」
「あっ、これ一番大事な質問! ソーくんの好きな色は?」
「色? えっと、青とか寒色系? ……そんなこと聞いてどうするんだ?」
彼女は「内緒!」と微笑むと、好きな歌手は誰だとか初恋はいつだとか、引き続き質問攻めにしてくる。
「……まさか、挨拶したやつら全員に質問したのか?」
「そうだよ!」
彼女は当たり前だというように答えた。
「友達作りのために?」
「うんっ! 時間が足りなくてちゃんと質問できてない人もまだ何人かいるけどね。ええと、あとは何を質問しようかなあ」
「……」
すさまじい執着心だ。おののきながら茶碗に口をつける。
インタビューに答えているうちに、わかめと豆腐の味噌汁はすっかり冷めてしまっていた。
「……もしかして」
豆腐を飲み込みながら、ある可能性が頭に浮かんだ。
「俺とも、友達になろうとしてる?」
疑問を口にすると、愛華は
「当たり前でしょ?」
どうしてそのような質問をするのかわからない、というふうだった。
「悪いけど」
「え?」
「……友達を増やしたいのなら、他を当たったほうがいいと思う。俺、友達作る気無いから」
愛華が息をのんだ音が聞こえた。
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