3.VS.いじめっ子

 中央塔の食堂は今朝もにぎやかだった。


 生徒たちの話題はもっぱら、早朝何があったか、ということだ。

 結界が反応したことや、朝早くから教師たちが騒いでいたことについて、さまざまな憶測が飛び交っていた。


 ユディは何も知らない顔で、独り黙って配膳の列にならぶ。


「やっぱり髪型気に入らなーい」


 高めの声はミゼルカのものだ。

 ゆるく巻いた金髪をしきりにいじりながら食堂にやってきて、ユディに気づく。

 即座に命じた。


「ね、あんた。あたしたちの分も料理と席、取っといてよ」

「え?」

「四人分ね。――でなきゃ、あんたの部屋にイタズラするわよ」


 ユディはぎくりとした。

 イタズラも嫌だが、変わり果てた部屋を見られるのは何より困る。


「みんな、髪を巻き直すの手伝ってよ。代わりに髪、かわいく編んであげるから」


 友人たちを引き連れて、ミゼルカは去っていった。

 ユディは泣く泣く両手にトレイを持って、二度も列に並ぶ。


(朝から災難つづきだなあ)


 三度目、最後は自分のトレイを持って席に戻り、ユディは愕然とした。

 ミゼルカたちの分の朝食がきれいさっぱり消えている。

 空になった食器とトレイだけが席に残されていた。


「ご苦労。五人前用意するとは。さすが分かってるな、俺のしもべは」


 犯人はオセロだった。

 姿を消した後は食堂に来ていたらしい。

 ユディの手から五つ目の朝食を取って、さっそく食べ出す。


「それ、あなたの分じゃないんだけど……」

「は? おまえが俺以外だれのために用意するんだ?」


 ユディの控えめな主張はオセロに一蹴された。

 他を世話する暇があるなら俺に尽くせという態度だった。


「あーっ、ちょっと、あたしたちの朝食!」


 戻ってきたミゼルカが、空のトレイを見て叫ぶ。

 オセロが犯人であることを知ると、ユディをきつくにらんだ。


「なんであんたの召喚獣にやってるのよ!」

「あげたわけじゃなくて、勝手に」

「うるさいアリンコ。黙れミジンコ。人の召使を勝手に使うな。またやったら百日間人間イスの刑に処すからな」


 怒るミゼルカに、オセロが猛然と反撃する。


 ユディは味方がいることを心強く思ったが、オセロの論点が自分の使用権についてなので、嬉しくはない。

 一ミリのためらいもなく主人の人権を侵害してくる契約獣に遠い目をした。


「あんたね、呼んだ幻獣はちゃんと制御しなさいよ!」

「う――」


 オセロを制御するなんて無理。

 と、言えるものなら言いたい。

 だが、自分が召喚した幻獣がオセロだということは、秘密にしなければいけないことだ。


「まぐれで竜を召喚できても、結局それだけよね。

 ちゃんと扱えないんじゃ召喚士失格よ。

 早く魔導士に転向したら?

 あんた、根本的に才能がないのよ」


 ちゃんと扱えていない、の言葉はユディの胸に刺さった。

 どんな難物でもうまく付き合えることが召喚士の理想形だ。

 ユディは口をつぐんだが、暴竜の方は黙っていなかった。


「おい、そこのダニ。いつまでもぎゃあぎゃあうるさいな。

 そんなに朝食を恵んで欲しいのか? さもしいな」


「だれがさもしいよ!」

「喜べ。俺の気が向いた。恵んでやる」


 オセロの金の目が笑う。意地悪く。

 どこからともなく朝食の載ったトレイが飛んできて、ミゼルカたちの手に納まった。


「オセロ、それ、どこから?」


 ユディは嫌な予感を覚えて小声で尋ねたが、すぐに分かった。

 トレイを追って女子生徒たちがやってきたからだ。


 襟元のリボンは青い。三年生だ。

 ミゼルカたちの手にトレイがあるのを見て、眉を逆立てる。


「あんたたち、なに人の朝食を横取りしてるのよ。ちゃんと並びなさいよ」

「ちがうわ! こいつが勝手に」

「ウソつき。下級生の評判通りね。嫌なことや自分に都合の悪いことは人に押し付けるって」


 上級生たちは聞く耳を持たず朝食を取り返したが、それでも腹の虫が収まらないらしい。

 この機にと、溜まりに溜まっていた怒りを吐き出す。


「前から一言言おうと思ってたんだけど。

 あなた、寮長も寮監もなにもいわないからって、好き放題にやりすぎじゃない?

 寮の部屋割りは勝手に変えるし、それで空いた部屋は勝手に自分の部屋として使うし。


 門限破って彼氏と夜間外出してるのも、ちゃんと知ってるんだからね?

 朝は洗面所を長々と独占するし、使い方は汚いし。

 談話室では自分達しかいないみたいに大声で話して。うるさいったら。おばさんみたい」


 ミゼルカの頬に朱が差した。


「ダイア家のお嬢様だか何だか知らないけど、ここはあなたの家じゃないのよ。

 ちゃんとルールを守って暮らしなさいよ。お家の程度が知れるわよ」


 上級生たちがトレイを持って去っていくと、ミゼルカは憤然ときびすを返した。

 朝食はもうどうでもよくなったらしい、配膳カウンターの方は見向きもしない。

 友人たちの腕を引いて出口の方へ向かう。

 無言だ。悪態の一つも吐かない。完封だ。


 ユディはぽかんとしてそれを見送り、オセロの方は手を叩いて大笑いした。


「人望ないな」


 わざわざ聞こえるように大声でいう。

 ユディは肩をつかんだが、オセロが反省する訳もない。


「溺れる犬には石を投げてやるのが俺の礼儀だが?」

「礼儀の定義まちがってない?」


 暴竜様は知らん顔で食後のコーヒーをすすり、空になったカップをユディに渡した。


「おかわり」


 正直、ミゼルカが完敗して去っていく姿にはちょっと胸がすいたのだが。

 ユディは使われる対象がミゼルカからオセロに変わっただけ、という現実を知った。


 とにもかくにも朝食である。

 コーヒーのおかわりを取りに行った後、ユディはもう一度ならんで自分の朝食を手に入れた。


 オセロはまだ食堂に留まっていた。

 食事が済んだらまたどこかに行くと思っていたが、黙って座っている。

 あくびを噛み殺しながら行き交う生徒をながめていた。


 少し迷って、ユディは向かいに腰を下ろした。

 緊張しながらパンをちぎり、スープをすする。

 何も話さないのも気づまりなので、一回話を振ってみることにした。


「……あの」


 オセロはすぐにこっちを向いた。


「私、呼応の呪文ってちゃんと使えてた? 朝にあなたを呼んだんだけど」


 オセロは、ああ、と目線を上にやって、コーヒーをすすった。


「なんか呼ばれてるのは分かっていたけど、無視した。

 あの部屋にいて危険なんてあるわけないし」


 契約獣は、危険があるかどうかに関わらず主人に呼ばれたら来るものだが。

 オセロの場合は行く行かないの判断も彼自身に委ねられるらしい。

 どこまでも自由だった。


「もう一つ聞いていい?」

「俺はおまえに話すなと言った覚えはないぞ」


「オセロは実際、どのくらい強いの?」

「幻界最強」


 ユディは口に入れたスープをゆっくり飲みこんだ。

 たぶん自分の質問の仕方が悪かったのだと反省し、具体例を交える。


「幻獣には下位、中位、上位、王獣、神獣ってクラスが五つあってね。

 オセロは炎竜だから上位であることは確実なんだけど、竜族最強なら王獣になるんだ。

 竜族の中で強い個体っていうと、ニーズヘッグとかリヴァイアサンとかヒュドラなんだけど、それより強いの?」


「幻界最強」


 さっきと同じ答えが返ってきた。

 ユディは辛抱強く質問を重ねる。


「王獣クラスには、天使セラフィムとか悪魔ルシフェルとか巨狼フェンリルとかがいるんだけど、そういうのとも互角に戦えるの?」


「だから、幻界最強だっつってんだろ」


 オセロは苛々とコーヒースプーンを噛んだ。


「一応聞くけど。おまえらが神獣っていってるやつらって、どいつだよ」


「魔神アシュラムとか、聖樹ゼフィーロとか、虚鯨きょげいモーヴとか、空中要塞ル・ラドラとか、妖虫壺蟲こちゅうとか――」


「やっぱ俺が最強で間違いねえわ」


 ユディは断言するオセロの正気を疑った。


 神獣クラスは歴史書に登場するような伝説的な存在である。

 国の命運をも左右するな強大な力を持ち合わせた幻獣たちだ。

 それよりも強いといったら途方もない強さになる。


(竜はみんな強気でうぬぼれ屋って聞くけど、本当なんだなあ)


 ユディは祖父の使っていた翼竜のことを思い出した。


 翼竜は俊敏だが攻撃力が低く、中位クラスに分類されている。

 だが、それを本人の聞えるところで言ったり、侮った態度を取ることは厳禁だった。

 翼竜自身は、自分は上位の炎竜や水竜に引けを取らないと思っているからだ。

 機嫌を損ねると背から振り落とされるぞ、と祖父に脅された覚えがある。


 同じく中位クラスの地竜のワームでも似たような話を聞いたので、竜族の自己評価というのは差し引いて聞いておくのが吉だ。


「おまえ、信じてないだろ」


「そ、そんなことないよ。びっくりしてただけ。

 すごいんだね。さっきの魔法もすごかったし」


 ご機嫌ナナメになられると大変なので、ユディはオセロを持ち上げた。

 予鈴を聞いて、急いで残りの朝食を平らげる。

 話しているうちに思ったより時間が経っていた。


 トレイを返却口に返しながら、こんなにゆっくり食事をしたのは久しぶりだと気付く。

 いつも一人だったので食事が味気なく、すぐに終わらせていたのだ。


「じゃーな、ひよっこ。

 呼ばれたら、危なそうなときと、おもしろそうなときはちゃんと行ってやるから安心しろ」


「後者の時は絶対呼ばない」


 オセロはまたどこかに去って行った。

 あくびをしていたので二度寝かもしれない。

 竜は良く寝ると『月刊・召喚ライフ』の竜使いインタビューに書いてあった。


(……ひょっとして食べ終わるの待っててくれたのかな)


 思えば、ユディが席に着く前もあくびを噛み殺していた。


 心がほんのり温まったが、ユディは即座に首を左右に振った。


 契約しなければ殺すと脅してくるような幻獣だ。

 自分を召使か奴隷と思っている輩だ。

 そんな甘くぬるい発想をしてはいけない。


 ユディは気を引き締めると、自分のロッカーから教本と筆記具を取り出し、教室へ急いだ。

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