2.VS.教師
「敵を探して!」
カラハ先生は外に契約獣である金鵄を放った。
続いて壁の大鏡に向かって、呪文と共に杖を振る。
金鵄の見ている景色なのだろう、学園の景色が映し出される。
映像は六つの小塔を一巡りした後、中央塔の上部へと移った。
黒髪の少年が胸壁に囲まれた屋上で、学園をフタする薄い膜――結界を見上げている。
足元には魔法陣が展開され、犯人がだれかを端的に示していた。
「俺のために強化しているみたいだから、期待に応えて壊してやらないとな」
「やーめーてーえーっ!」
ユディは鏡に貼りつき、物騒なことをつぶやくオセロをバンバンと叩いた。
映像なので意味はないが。
「ミス=ハートマン。あなたはこの部屋から出ないようにね」
「先生、気を付けてください。あの竜は」
オセロです、と伝えるより前に、カラハ先生は宙に飛び立ってしまった。
他の部屋からも先生たちが魔法を使って次々と外へ飛び出していく。
鏡にオセロを取り囲む教師たちの姿が映った。
カラハ先生がオセロに杖を突きつける。
「そこの竜。よくもうちの生徒を脅してくれましたね。
契約しなければ、幻界で悪評を広めるですって?
バカを言っていないで、契約を解除して幻界へお帰りなさい。
さもなくば召喚士の間にあなたの悪評を広めて、二度と召喚されないようにしますよ」
実力行使に出る前に、カラハ先生はまずは説得を試みた。
オセロは鼻で笑う。
「どうぞご自由に。すでにさんざん悪評が立っているからな。今さら痛くもかゆくもない」
「いうことを聞かないのなら、手荒な方法で帰って頂きます」
カラハ先生が身構える。
他の教師たちもカラハ先生の言葉によって現状を把握し、すでに臨戦態勢だった。
総勢約十五名。
回復士や道具士といった戦闘向きでない教師もいるが、上位幻獣でもあっという間に決着がつくだろうという状況だ。
しかし、オセロは意に介さない。
「背中を攻撃してくれ。ちょうどかゆいんだ」
背中を指して余裕ある態度を取る。
舐め腐った態度に、カラハ先生の額に青筋が立った。他の教師たちにも。
「はったりはおよしなさい。
あなたには私たち全員を相手にする力なんて残っていない。
さっき、この学園の結界を破ろうとしたときに大量に魔力を消費しているでしょうからね」
オセロの足元にある魔法陣が力強く光った。
目線は結界に向いている。
もう一度攻撃する気だと知って、カラハ先生の表情が一瞬険しくなった。
「なるほど。さっきのは本気でなかったのですね」
「今度は一・五割増しで試していいか?」
「ぜひ。全力でどうぞ」
魔力を出し切ってもらえた方がカラハ先生たちにとっては有利だ。
魔法陣が輝きを増すほどに、教師たちは余裕の構えになった。
ユディは鏡の前でハラハラと成り行きを見守る。
オセロの能力は上位クラスであることは確実と言われているが、正確なところは不明だ。
もし王獣クラスならばこの結界を一人で破れるかもしれない。
オセロの魔法が発動する。
赤を通り越した白い火柱が上がり、結界が削れる。
ビシ、と小塔から不穏な音がして、教師たちの顔に緊張が走った。
「気は済みましたか?」
結界が壊れる前に火柱は消えた。
カラハ先生は戦闘用の幻獣を呼び出した。
魔剣士は武器を構え、魔導士は魔法陣を展開し、回復士は全員に防護魔法をかけ、道具士は試作の兵器を取り出す。
「まだだな。次は二倍を試す」
「次の機会にどうぞ」
カラハ先生はたわごとと決めつけたが、ユディは本気と取った。
オセロの足元で魔法陣がさっきよりも強く光っている。
こけおどしなどではなくオセロは本当にまだ余力があるのだ。
魔法陣の輝きは、術に使われる魔力量と威力に比例する。
学園の結界を揺るがすほどの魔法を三度も使えることは尋常でない。
暴竜の能力は上位クラスでなく、どうやら王獣以上らしい。
「先生、戦うのは止めてください! それはただの竜じゃないんです!」
ユディは窓から顔を出し、大声で叫んだ。
「オセロです! 名前はオセロ! 暴竜オセロです!」
カラハ先生の表情が一変した。
やっとオセロの足元にある魔法陣の輝きが目に入る。
「ミス=ハートマン。もう一度聞きますが、本当に? あのオセロ?」
「そのオセロです」
「彼はだれとも契約しないはずでは?」
「私もそう聞いていました」
包囲網が一歩分ゆるんだが、退くには遅かった。
ユディ以外の全員が中央塔周りの小塔や棟に張りつけられる。
オセロのしわざだ。手足をバタつかせて騒ぐ教師たちに言い聞かせる。
「小うるさいやつらだな。俺の気が済むまでそうしてろ」
飛翔の魔法が使えないユディは、廊下に飛び出した。
役に立たないことは分かっているが、オセロの召喚主である以上、何もしないではいられない。
全速力で階段を駆け上がる。
最上階で内階段は途切れ、屋上へは外階段かハシゴを使うようになっていた。
迷わず最短距離のハシゴを選ぶ。
高さに足がすくみそうなので、ひたすら上だけを見た。
「さーて、邪魔者もいなくなったし。思う存分、やるか」
「ダメ―――――ッ!」
屋上が見えると、ユディは大声で叫んだ。
胸壁を乗り越えようとして、思わず手を放す。
さっきのオセロの魔法のせいで、胸壁が熱された鉄板のように熱い。
予想しなかった痛みに足が滑った。
「きゃああああああ――っ!」
みるみる空が遠ざかる。
動けない教師たちからも悲鳴が上がった。
近づいてくる地面に恐怖した瞬間、腕をつかまれた。
「スカイダイビングもいいよな」
のんきにいうのはオセロだ。
ユディを捕まえると背に羽を生やし、落下の速度を和らげる。
「もう一回やるか?」
「……結構です」
五体満足で校庭に降り立ったユディは、青い顔で断固拒否した。
オセロははるか遠くになった結界を仰ぐ。
頭のうしろに手をやり、軽く息を吐いた。
「ま、今日のお遊びはこのくらいにしとくか」
オセロは指を一つ鳴らした。
教師たちの身が一斉に自由になった。
地面に降り立ったカラハ先生が、ユディへ駆け寄った。
「ケガはありませんか!?」
「大丈夫です」
オセロの姿はすでにその場にない。
カラハ先生に続いて駆け寄ってきた教師たちが、同情からユディの肩や背を叩く。
「死ぬなよ」
「あいつに逆らうんじゃないぞ」
「とにかく生き延びなさいね」
とても心のこもった、とても元気の出る励ましに、ユディは泣きたくなった。
平和なはずの学園生活がサバイバル生活に早変わりしている。
「カラハ先生、私、一生このままなんですか……?」
「まさか。私たちも諦めたわけではありませんよ。
召喚士協会に報告して対策を練ります。
暴竜と契約を解除する方法を探しますから、気を確かにね」
見捨てられたわけではないと知って、ユディの顔色が少し回復した。
カラハ先生は口の前に人差し指を立てる。
「あれが暴竜だということは秘密に。
あくまでただの竜だということにしてください。
生徒たちに知られると、学園中が大騒ぎになりますから」
空はすっかり明るくなり、寮生たちが起き出していた。
異変を察知し、寮の窓から外の様子をうかがっている。
「今朝のことは結界の誤作動か何か、適当な理由をつけて片づけます。
あなたもそのつもりで」
「分かりました」
「まさか暴竜オセロだったなんて。
……我が校はじまって以来の珍事、いえ、世間にとっても前代未聞の大事です」
カラハ先生だけでなく教師全員が頭を抱えた。
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*2023/10/30 改稿。
中央塔の屋根を失くしました。
主人公が空飛ぶ魔法を使える設定を失くしました。
話の流れはおおむねそのままです。
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