4.VS.取り巻きズ

 オセロとの契約から数日後。

 今日のオセロは学園見学を決め込んでいるらしく、朝からユディの後をついてくる。


 おかげでユディは視線が痛い。

 竜が召喚されたという話は学内の隅々にまで伝わっており、教室移動のたびに注目を浴びる。

 分相応なものを連れている負い目から、ユディは身を縮めた。


「ひよっこ。なんかうるさいが、なんの音だ?」

「工作室の音じゃないかな。道具士の人たちが魔道具を作っているんだと思う」


 ちょうど工作室から製作物を持って、生徒が二人出てきた。

 オセロは二人の持っている手甲型の魔道具を問答無用で取り上げる。


「何に使うんだ?」

「だめだよ、勝手に」


 ユディはあわてたが、道具士二人は親切だった。

 どうぞどうぞとオセロを歓迎する。


「詠唱なしで風の圧縮弾を放てるようにする魔道具です」

「これから隣の実技室で試技するところなんですよ」


 女子生徒二人はとても愛想が良かった。

 説明しながら、視線をチラチラとオセロに向ける。


 ユディは二人が親切なわけを了解した。

 今まで他の衝撃が強すぎて意識していなかったが、ヒト型のオセロは大変見目が良い。

 鋭く光る金の目が野性的な美形だ。

 立ち居振る舞いは堂々として、同年代にはない存在感を放っている。


 実技室からやってきた別の女子生徒がオセロを二度見し、浮わついた声でユディに尋ねてきた。


「あれってあなたの幻獣? すっごくかっこいいね! 元は何?」

「りゅ、竜です」

「すごい。一年生で竜なんて。もうプロじゃない」


 褒め言葉には少しも悪意がなかった。

 道具士なので、一年生で竜を召喚するのはおかしいと気づかないらしい。

 ユディは純粋な称賛をありがたく思ったが、同時に恐縮した。


「召喚しただけで、ちゃんと扱えてはないので。全然ですよ」

「謙遜しちゃって。召喚士の子から聞いたことあるけど、幻獣がヒト型取ってくれるのって、仲良しの証拠でしょ? すごく仲いいんだね」


「必ずしもそうではないです」

「まさかひょっとして、彼氏?」


 ユディは目が虚無になった。

 恐ろしすぎる発想だ。


「竜と結ばれた召喚士の人の話を読んだことあるけどさー。

 竜って他には態度でかくて乱暴だけど、好きな人には激甘でめちゃ一途で尽くすタイプなんだってね。

 読んでてギャップにキュンキュンしちゃった。超うらやましい。

 えへへー、がんばってねー! お幸せに」


 ユディは何一つ誤解を正せないまま、女子生徒を見送った。

 女子生徒の推測と実態がかけ離れ過ぎていて、どこから誤解を解けばいいか分からなかった。


(契約っていっても、奴隷契約を結んだようなものだしなあ)


 ユディの口からは幸せとは程遠いため息が出た。

 そろそろ次の授業の教室に行きたいのだが、オセロは魔道具に夢中だ。工作室にまで入り込んでいる。


(あ――天使様だ)


 ユディはきょろきょろと廊下を見回している守護幻獣を見つけた。

 声をかけることは遠慮したのだが、向こうがユディに気づくなり寄ってきた。


「こんにちは、ユディ」

「こんにちは。今日もお探しなんですか?」

「うん、その通り。こっちにルジェがいるって聞いてきたんだけど、見当たらなくて」


 今日も相変わらず天使様は麗しかった。困って浮かべる微苦笑すら美しい。

 オセロに見惚れる女子生徒をとやかくいえないな、と思う。


「学園の結界にヒビが入ったってきいたから。

 完璧に直るまではルジェのそばにいようと思っているんだけど、やっぱり嫌がられてね」


「あはは……心配ですよね、あんな丈夫な結界が壊れかけたなんて」


 壊れた一因を担っているユディは、乾いた笑いをもらした。


「そういえば、ルジェから学園に竜を召喚した子がいるって聞いたんだけど。

 ひょっとしてユディ?」


「どうして分かったんですか?」


「なんとなく。よかったね。召喚成功おめでとう。

 これで幻界も平和になるよ。ありがとう」


「はい?」


 どうしてお礼をいわれているのか分からないが、とりあえず天使様はまぶしかった。

 ユディが目を奪われていると、そばを風がかすめた。

 ただの風でない。魔法で作られた風の刃だ。

 天使様の横髪が切れ、美しい金髪が床の上に散る。


「手元を誤った」


 全然悪く思ってない態度でオセロがいう。

 左腕には例の手甲型の魔道具を装着されていた。


「人に向けて撃っちゃダメだよ!」

「威力がしょぼいな」


 風刃は壁も破壊しているのだが、オセロは物足りなさそうだ。

 契約獣に反省の色がまったくないので、ユディは代わりに謝罪した。


「すいません、天使様」

「いいよ、ユディ。僕が悪かったし」

「いえ何も悪くないですよ。本当にすみません」


 ユディが必死に詫びていると、近くの教室から銀髪の少年が出てきた。

 天使の守護対象のルジェだ。

 自分の守護幻獣のいつもと違う髪型に驚く。


「ナイト、どうしたその髪」

「うん、ちょっとね。イメチェン?」

「ごまかし方が雑すぎるだろ」


 ルジェは魔道具をつけたオセロで原因を知り、おろおろしているユディで元凶を知った。


「おまえがウワサの竜を召喚した生徒か。

 ――制御できもしないのに、まあ」


 睨んでくる青い瞳が寒々しい。

 学園一の魔導士を前に、ユディは縮こまった。


「ルジェ。髪が切れたのは僕の不注意だよ。

 竜がいたのに気付かなかったんだ。彼女を睨まないで」


「いえ、私の責任です。本当に本当にごめんなさい」


 天使は治癒魔法が得意なので髪はすぐ元通りになったが、ユディはしょんぼりうなだれた。


 悪いことは重なるもので、事件は天使様ファンクラブの皆様――ミゼルカの友人たちに目撃されていた。

 ファンクラブの人々に近づかれると、ユディは身構えた。


「ハートマンさん、今日の魔道具の授業は外なんだって。裏門に集合」

「そう、なんだ」

「先生に皆に知らせるよう頼まれたから、教室の黒板に書いといてくれる?」


 ユディは教室の変更をわざわざ教えてくれることを警戒したが、さすがにクラス全員巻き込んで嘘はつかないだろう。

 頼まれた通り黒板にメモを残す。


 オセロの所に戻ると、なにやら工作室がざわめいていた。


「回路が焼き切れてる!?」

「たった一回で!?」

「どんな魔力量!?」


 道具士たちが先ほどオセロが使った魔道具を囲んで盛り上がっていた。


「竜ってこんな魔力量あるの!?」


「さ、さあ? 私もよく分からないです。

 すいません、もう授業なので。失礼します!」


 正体を深堀りされると困るので、ユディはオセロの手を引いて裏門へ急いだ。


「皆も知っている通り、魔獣というのは魔力の溜まり場に発生する」


 魔道具の授業はヤース先生の担当だ。

 背が低くずんぐりむっくりしているので『コビト先生』の愛称で親しまれている先生だ。


「濃すぎる魔力は瘴気しょうきとなり、瘴気は動植物を変質させる。

 時には無機物に命に似た物すら与え、危険な魔獣へと変化させる。


 本来、魔力の溜まり場というのは自然に発生するもんだ。

 魔力は空気と同じようにワシらの周りにいつもあるもんだが、どこでも同じ濃さじゃあねえ。

 空気が低地ではよどむように、潮の満ち引きが月に左右されるように。

 魔力の濃度は地形や月齢なんかで変化して、自然に溜まり場を作る。


 だが、この魔力溜まりは人為的に発生させることもできる。

 方法が分かるやつはいるか?」


 生徒たちの中にオセロの姿を見つけ、ヤース先生の顔が強張った。

 見ないフリを貫き通して、杖代わりにしているレンチで挙手している一人を指す。


「魔力を溜めた魔石をたくさん集め、放置しておくことです」


「正解。そしてこっからが今日の本題だ。

 裏山にこの人工的な魔力溜まりができていたことが分かった」


 クラスがざわめいた。


「裏山を調べたところ、魔道具が大量に発見された。

 昔この山に反乱軍が立てこもった時、横穴を掘って隠しておいていたものらしい。

 魔力溜まりにならないよう対策はされていたが、経年劣化でおじゃんだ」


 ヤース先生の横には腐りかけた木箱がいくつもあった。

 魔石のついた剣やナイフ、槍、軽量鎧や盾、弓矢などが入っている。


「素材もかけられている魔法も時代遅れだから処分だが、ただ捨てるんじゃあもったいねえ。一部は授業に使うことにした。


 今日は魔道具の解体と、魔石の魔力抜きの実習を行う。

 一人五個。魔力を抜いて魔石を外し、素体と共にワシに提出。

 革手袋と工具はここに用意してある。さあ始めな!」


 生徒たちがわらわらと木箱や工具箱に群がる。


「ていのいい作業要員だよな。業者に頼むと金かかるから」


 どこからかそんなぼやきが聞こえてくる。ユディは手袋をはめながら苦笑した。

 取りに行ったのが最後の方だったので、木箱にほとんど武器がない。

 それどころか足りなかった。


「足りないねー」

「足りない人はあっちから取ってくるんだって」


 隣のクラスメイトが少し離れた木立の奥を指す。


 そちらにも木箱が積まれていて、周囲には縄がめぐらされていた。

 ユディは立て板に書かれた『危険!』の二文字に足が止まったが、中にオセロが入りこんでいるのを発見して縄を超えた。

 そばにいないと思ったら、いつの間にかこっちに来ていたらしい。


「オセロ、またさっきみたいに勝手に使わないでね」


 魔道具たちをしげしげ眺めているオセロに釘を刺し、ユディは箱を漁った。

 通信機器や望遠鏡と思しきものもあれば、砲弾や爆弾と思しきものもある。

 物騒さに手を引きかけたが、一つだけ見慣れた魔道具を見つけた。


(実家でも使ってたやつだ)


 ユディが手に取ったのは円盤型の魔道具だ。

 直径は肩幅ほど。真ん中に赤い魔石がでかでかとはめ込まれている。

 オセロが寄ってきた。


「おまえはこっちで何してんだ?」

「解体する魔道具が足りないからこっちに取りに来たの」


「それは?」

「罠猟に使う魔道具だよ。

 魔獣の通りそうなところにおいておくと、魔獣が踏んだ時に作動して爆発するの」


 ユディは魔石に魔力を留めている魔法を解除した。

 石の色がやや褪せたら魔力抜きは完了だ。

 石を外しにかかる。


「魔力さえ抜いてしまえば発動しないから――」

「おい、それ捨てろ! 爆発すっぞ!」

「え!?」


 ユディがヤース先生の叫びに固まると、代わりにオセロが魔道具を木立に向かって勢いよく投げた。


 爆音と爆風が起こった。砂と土と小枝が飛び散る。


「……魔力さえ抜いてしまえば、安全だって聞いてたんですけど」


 ユディは呆然とつぶやいた。

 地面に伏せていたヤース先生がゆっくりと身を起こす。


「現在、魔獣退治用に使われているものならな。

 あれは昔、対人用に使われていたものだから意地が悪ィんだよ。

 敵に罠を発見されることも想定して、魔力抜きしても発動する仕様になってる。

 実は裏面にもう一つ魔石が仕込まれてるから、それから処理しないといけねえ」


 棒立ちしているユディに、ヤース先生は苦笑いした。


「一応聞くけどよ、ケガは?」

「まったく」

「だろうな」


 オセロの腕の中で、ユディは首を左右に振った。

 木箱は土をかぶったり小石が飛んだりしていたが、二人だけは何事もない。

 オセロはきっちり防護結界も展開していた。


「ありがとう」

「次これやろうぜ」


 別の魔道具に手を出そうとするオセロを、ユディは全力で止めた。

 ヤース先生はもじゃもじゃの頭をかく。


「にしても、なんでこっちにあるのを解体してんだ? 危ないって書いてあるだろ」

「足りない分はこっちからって聞いたので」

「そんなこといってねえぞ?

 解体用の魔道具はちゃんと数個余裕を持たせて人数分用意してたし」


 そういえば、とユディは縄の中を見回した。

 自分と同じように解体用の魔道具が足りないといっていた女子生徒の姿がない。


 周りを見回すと、ミゼルカの友人たちが木陰から現れた。

 ユディは事情を理解した。

 天使様の事件が気に食わなかったので共犯を作り、ユディのそばで嘘の証言をさせたらしい。


「おまえらも足りない分を取りに来てたのか! ケガは!?」

「う、腕と足が」


 ユディたちより、ミゼルカの友人たちの方が爆心地に近い。

 頭から土ぼこりをかぶり、腕や足から血を流していた。


「骨折はしてねえみたいだな。木陰にいたおかげか。

 その程度なら、自分で保健室まで歩いて行けるな。

 課題は数が足りないなら、もういいから。

 だれか間違えて五個以上持って行ったんだろ。

 やった分だけ提出しな」


「はい……」


 ユディが立入禁止の所に入って怒られればいい、という程度の気持だったのだろう。

 ところがそれが爆発騒ぎになり、しかも爆弾は自分たちの近くに落ちてきた。

 彼女たちの蒼白な顔色に、ユディは騙されたことも忘れて同情した。


「よかったな。俺の手元が誤らなくて」


 ユディは勢いよく背後を振り返った。

 オセロが口角を吊り上げて、ニヤニヤ楽しそうに笑っている。

 魔道具は適当でなく狙って投げていたらしい。


「今度はもうちょっとうまく隠れろよ?

 ヘタクソだったらペナルティで当てるからな?」


 ミゼルカの友人たちはへたり込んで「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」とうわごとのように繰り返す。


(て……敵に回したくない……)


 助けられた側なのだが、ユディは心の中でべそをかいた。

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