第2話

○7月18日金曜日 17:40

原宿竹下通り


神太郎

「──んだよ」

「チーズドック売ってねぇじゃねぇか」

「原宿といえばチーズドックって」

「東京の観光ガイドに書いてたのに」

「あれはペテンか?」


月夜

「……チーズドック食べたいなら」

「新大久保だよ」


神太郎

「なに?」

「どこだそれは」


月夜

「いやさっき山手線で通り過ぎた駅で……」

「って」

「違うでしょ!」


通行人がざつく声


月夜

「…あ」

「すみません」


神太郎

「あのさぁー」

「おめーよぉ」

「道のど真ん中で」

「叫ぶなよ」

「田舎者か?」


月夜

「ちょっと」

「触らないで」

「さっきから馴れ馴れしいんだけど」

「マジで誰なの」


神太郎

「美奈子から聞いただろ」

「お前の親戚だよ」

「俺のお袋はおめぇの親父の妹なんだ」

「つまりいとこってことだ」


月夜

「お父さんに妹はいないよ」


神太郎

「……じゃ姉貴だ」

「姉貴の方だ」


月夜

「お父さん一人っ子だよ」


神太郎

「うるせぇーなぁー」

「なんでもいいだろ」

「そんなに気になるなら辰彦に電話で確認しろよ」


月夜

「……人の父親を呼び捨てにしないでくれる?」

「言われなくても電話するよ」


コール音


月夜

「もしもしお父さん?」

「変なこと聞くんだけど」

「学校に黒翼って男子がいてうちの親戚だって……」

「うん」

「──うん」

「え?」

「妹?」

「お父さん一人っ子じゃなかったけ?」

「は?」

「隠してたって……」

「嘘でしょ」

「あたし初めて知ったんだけど……」

「隠し子?」

「おじいちゃんの?」

「え?」

「マジ?」

「でもたしかおじいちゃんってお父さんが生まれてすぐに病気で死んだんじゃ……」

「……うん」

「わかった……」

「うん」

「それじゃ」


通話が切れる音


神太郎

「どうだった?」


月夜

「……色々納得いかないけど」

「あんたが親戚だってことは言ってた」


神太郎

「ったく疑り深いな月夜は」

「遠い親戚頼って東京に出たんだ」

「もう少し身内に対して優しくしてもらいたいもんだぜ」


月夜

「……馴れ馴れしく名前で呼ばないで」


月夜

「……」

「ううう」


神太郎

「お?」

「どうした?」


月夜

「頭が混乱して……」

「きつい」

「なんだろう」

「昨日と今日の感じが違いすぎるっていうか」

「タイムスリップしたみたいっていうか」


神太郎

「何言ってんだお前」


月夜

「こんな柄の悪い親戚がいるって知らなかったし」

「正直」

「悪い夢見てる気分」


神太郎

「……お前」

「割とはっきり悪口言うタイプなんだな」

「ちょっと傷ついたぞ」


月夜

「ごめん」

「今日はもう家に帰りたい」


神太郎

「おいおい」

「マジか」

「楽しみにしてたんだがなぁ」

「でもしゃーないか」

「チーズドックはまた今度だな」


月夜

「あの」

「ついてこないで」


神太郎

「あん?」


月夜

「一人で帰れるから」

「キツくあたってごめんだけど」

「あたし今すごく混乱してて」

「余裕ないの」

「だから」

「ちょっと一人にしてほしいの」

「ごめん」


神太郎

「……そうか」

「そいつは悪かったな」

「落ち着いたら連絡くれ」


月夜

「……」


竹下通りガヤの声


月夜

(なんなの)

(マジで怖すぎるよ)

(親戚だっていってたけど)

(全然それっぽくないし)

(なにより)

(先週の記憶がほとんど覚えてないのが怖すぎる)

(土日にあたし何したのか)

(全然思い出せない…)


月夜

(……)

(あたし)

(全く覚えのないLINEのやりとりをしてる……)

(普通にスタンプとか押してる)


月夜

(記憶喪失とかアニメとか映画でよく見るけど)

(こんな一部分だけ記憶がごっそりなくなることってあるの?)

(まるで誰かに無理やり記憶を消されたみたいっていうか…)


ナンパ男

「こんちわー」


月夜

「⁉︎」

「びっくりした」


ナンパ男

「ごめんごめん」

「驚かしちゃったね」

「なんか困ってる?」


月夜

「はい?」


ナンパ男

「いやさぁー」

「なんか怖い顏で俯いて歩いてるしさ」

「どうしたんだろうって思ってさ」

「声かけちゃったんだよね」

「もしかして一人?」


月夜

「……すみません」

「急いでるんで」


ナンパ男

「待って待って」

「ナンパとかじゃないから」

「実は俺も困ってるんだよ」


月夜

「え?」


ナンパ男

「スマホの電源が切れちゃってさ」

「充電したくても今手持ちがなくてさ」

「俺現金持たない主義でさ」

「コンビニで充電もできないのよ」

「今何時かもわからないしさ」

「店に友達と約束してるんだけど場所が分からなくてさ」

「困ってるんだよね」


月夜

「あ」

「そうだったんですね」

「わかりました」

「なんてお店ですか?」


ナンパ男

「助かるー!」

「名前はアルファベットでラパッソっていうんだけどさ」


月夜

「ラパッソ……」

「ここから近いですね」

「そこまっすぐ行って右行けば」


ナンパ男

「いやー俺方向音痴だからさ」

「案内してくれる?」

「道順言われても覚えてられないんだよね」


月夜

「え?」

「あ……わかりました」

「いいですよ」


ナンパ男

「助かるー!」

「ありがとうね」

「っ⁉︎」

「なんだ⁉︎」


神太郎

「よぉ月夜」


月夜

「え」

「どうして?」


神太郎

「そういや俺」

「このあたりの土地勘全然なかったこと思い出してよ」

「お前探したんだ」

「──なぁあんた」

「ぶつかって悪かったな」

「なんかこいつに用か?」


ナンパ男

「──っち」

「なんだよ」

「男連れかよ」


月夜

「あれ?」

「どこ行くんですか?」


神太郎

「ったくお前さー」

「案外抜けてるんだな」


月夜

「え?」


神太郎

「学校の先生に教えてもらっただろ?」

「知らない人にはついていくなって」


月夜

「いや」

「さっきの人困ってるって」


神太郎

「……」

「まぁいいか」

「帰るぞ」


月夜

「いや」

「だからいいって」

「一人で帰るから──」


神太郎

「……あ?」

「なんだ」

「お前」

「まだなんか用か?」


ナンパ男

「……気に入らねぇな」

「お前」


神太郎

「俺のことか?」


ナンパ男

「そこの女の子は」

「今日会った女の子の中で一番グレードが高かったんだ」

「それなのに」

「なんで彼氏持ちなんだ?」


神太郎

「なんだお前」

「喧嘩売ってるのか?」


ナンパ男

「ああ」

「見ればわかるだろ」

「喧嘩売ってるんだよ」

「さっさと諦めて別の女の子ナンパしようと思ったが」

「テメェみたいなムカつく奴に負けたと思うと」

「無性に腹が立って仕方がない」


月夜

「ちょっ!」

「ちょっと!」


神太郎

「……月夜」

「東京って面白いな」

「道歩いてるだけで」

「この俺に喧嘩ふっかけてくる命知らずに出会うとはな」


ナンパ男

「余裕こいてんじゃねぇぞ」

「クソガキ」

「やるかやらねぇか」

「どっちだ」


神太郎

「ククク」

「そりゃーもちろん♡」


月夜の体を抱える音


月夜

「きゃ!」

「は?」


神太郎

「逃げるに決まってるだろ!」


地面を蹴って走る音


○7月18日金曜日 18:20

代々木公園某所


神太郎

「はぁはぁはぁ……」

「疲れたぁー」

「さすがに追ってきてないよな?」


月夜

「……」

「おろして」


神太郎

「なに?」


月夜

「いつまでお姫様抱っこするつもり⁉︎」

「めちゃくちゃ恥ずかしいから‼︎」


神太郎

「んだよ」

「怒鳴ることないだろ」


月夜を地面に下ろす音


月夜

「本当‼︎」

「あんたなんか大嫌い‼︎」

「きもい‼︎」

「こっちに来ないで‼︎」


神太郎

「おいおい」

「そんなキレるなよ」

「揉め事は避けたんだからいいだろ?」


月夜

「他にも方法はあったはずだよ!」

「なんなのもぉ!」

「なんなのあんた!」

「ああああ!」


神太郎

「……」

「気が済んだか?」


月夜

「はぁはぁはぁ」

「はぁはぁストレスで」

「マジで禿げそう……」


神太郎

「そうだな」

「同感だ」

「俺も禿げそうだぜ」


月夜

「はぁ?」

「何言ってるのあんた」

「元はと言えばあんたさえいなければ……」


神太郎

「よぉお前」

「随分としつこいじゃないか」

「え?」

「俺はお前と殴り合う気はねぇーぞ」


ナンパ男

「……」


月夜

「え?」

「うそ?」

「ずっとついてきていた?」


神太郎

「ああ」

「みたいだな」


ナンパ男

「ぐるるるる」


神太郎

「おまけに様子もおかしいときたもんだ」

「なぁ月夜」

「東京の人間は」

「ブチギレたらバケモノに『変身』する癖があるのか?」


ナンパ男

「がああああああ!!」


服が破れる音


月夜

「きゃあ⁉︎」

「何⁉︎」

「何なの⁉︎」


神太郎

「デケェな」

「2メートル…いや、3メートルあるな」

「灰色の体毛にでかい牙……」

「ライカンか」


月夜

「ライカン?」


神太郎

「『人狼』だ」

「狼男といえばわかるか?」

「悪魔の使いっ走りだよ」


ナンパ男(人狼)

「ごぉおおおおお!」


爪で地面を削る音


神太郎

「く!」


月夜

「きゃ!」


月夜を抱いて跳躍する音

地面に着地する音


神太郎

「よっと」

「大丈夫か」


月夜

「──け」

「警察に電話しなくちゃ⁉︎」


神太郎

「おう」

「そうだな」

「だが警察が来るまでに」

「あのバケモノなんとかしなくちゃな」

「あいつ」

「すげぇ俺のこと殺そうとしてるみたいだからな」

「どうにかしねぇとな」


月夜を地面に下ろす音


月夜

「ちょっと⁉︎」

「何するつもり⁉︎」


神太郎

「喧嘩売られたからよ」

「決着つけねぇと」

「男が廃るってもんだ」


地面を蹴る音


神太郎

「おらぁ⁉︎」


ナンパ男(人狼)

「ふぐっ!」


神太郎

「どうした?」

「ボディに一発喰らったところで」

「へたばるタマじゃねぇよな?」


ナンパ男(人狼)

「ぐぉおおおお!」


空中を噛みつく音


月夜

「危ない‼︎」


神太郎

「っと⁉︎」


空中を噛む音

空中を噛む音

空中を噛む音


神太郎

「わっと⁉︎」

「おっと⁉︎」

「くっ⁉︎」

「速いな」

「けど」

「ワンパターンだな!」

「うるぁ!」


足の骨が折れる音


ナンパ男(人狼)

「ぎゃ‼︎」


巨大が地面に膝を落とす音


月夜

(嘘でしょ……)

(キック一発でバケモノの足を折った…⁉︎)

(何者なの)

(あいつ……)

(本当に人間?)


神太郎

「人狼っていう生き物は」

「魔力で狼化することで常人の何倍もの怪力と凶暴性を発揮することができるが」

「急激に人間体から巨大化する反動で」

「肉体の『骨密度』が小さくなる弱点を持っているんだ」

「今度から変身する時は」

「牛乳がぶ飲みしておくんだな」


ナンパ男(人狼)

「………」

「くくくくく」

「なるほど」

「少しは俺たちのことを知ってるようだな」

「俺の勘は当たったな」

「やはりお前」

「『悪魔殺し』の一族か」


神太郎

「いいや」

「俺はただチーズドックを食いにきた」

「ただの田舎者だ」


ナンパ男(人狼)

「テメェが講釈垂れた弱点だがな」

「半分正解で」

「半分不正解だ」


神太郎

「あ?」


ナンパ男(人狼)

「たしかに」

「俺たち人狼は」

「変身したばかりは肉体が固定してないから」

「骨密度や筋肉量は足りてない事実はある」

「──だが」


骨が噛み合う音


ナンパ男(人狼)

「人狼の回復能力は」

「人間の1000倍だ」

「骨が折れてもすぐに治るんだよ」


神太郎

「──へぇ」

「そいつは」

「すげぇな」

「っと‼︎」


神太郎のハイキックを片手で受ける音


ナンパ男(人狼)

「言っただろ」

「回復力は1000倍だ」

「骨密度も筋力も」

「1000倍になるんだよ」


人狼のら平手打ちを受ける音


神太郎

「くっ⁉︎」


月夜

「神太郎くん⁉︎」


ナンパ男(人狼)

「どうやら魔物退治の訓練を受けているようだが」

「所詮は対人用の近接戦闘術」

「お前がどんなに喧嘩が強かろうと」

「悪魔様には勝てねぇよ!」


神太郎の顔面を蹴り上げる音


神太郎

「がはっ!」


月夜

「神太郎くん⁉︎」

「逃げて‼︎」

「いいから逃げて‼︎」

「このままじゃ殺されちゃう⁉︎」


ナンパ男(人狼)

「祈れよ人間」

「お前らの神様に助けてくれって」

「祈ってみろ」


神太郎

「……勘違いするんじゃねぇぞ」

「バケモノ」


ナンパ男(人狼)

「あ?」


神太郎

「──神様はなぁ」

「忙しいんだ」

「貧しい人たちを」

「死にかけてる人たちを」

「助けるのに時間を追われてるんだ」

「テメェごとき格下バケモノを相手にさるほど」

「暇じゃねぇんだ」


ナンパ男(人狼)

「なんだとぉ?」


神太郎

「──神様は」

「俺を信じているんだ」

「何があっても」

「テメェごとき雑魚を」

「ぶちのめすってことをッッッ!」


地面を蹴る音

神太郎の右ストレートを掌で受ける音


ナンパ男(人狼)

「寝言抜かしてるんじゃねぇぞ」

「どう足掻いたって」

「肉弾戦で俺に勝てねぇんだ」


神太郎

「ああ」

「そうだな」

「肉弾戦はな」

「──いんのみねぱとりすえとふぃりぃすぴりちゃすさんちあいめん」


ナンパ男(人狼)

「は?」


神太郎の全身が光る音


月夜

「え⁉︎」

「なにあれ……」


ナンパ男(人狼)

「なんだその青白い光は……」

「文字…」

「これは……」

「刺青か……?」


神太郎

「そうだ」

「経文心体術だ」

「古代中国で開発された退魔術だ」

「全身に経文を刻んで」

「悪霊を浄化する力を見に纏う──」

「『聖なる鎧』だ」


ナンパ男(人狼)

「……はっ!」

「そいつはすげぇが」

「あいにく」

「俺はキョンシーでも妖怪じゃねぇ」

「悪魔様から力を授かった」

「人狼だ」

「仏のお経唱えられたところで」

「効果はねぇんだよ」


神太郎

「そいつはどうかな?」


肉が蒸発する音


ナンパ男(人狼)

「何⁉︎」

「熱い⁉︎」

「体が……」

「溶けていっ⁉︎」

「なぜだ⁉︎」


神太郎

「俺はカクレキリシタンの末裔だ」

「体に刻まれたのは経文じゃねぇ」

「経文に偽装(カモフラージュ)した」

「500年前に伝わったバテレン直伝の退魔呪文」

「──オラショ(聖典)だ」

「テメぇら魔物には効果抜群だぜ」


ナンパ男(人狼)

「があああああ!」

「クソ‼︎」

「熱ィィイイイイイ⁉︎」


地面を蹴る音


ナンパ男(人狼)

「クソガァ‼︎」

「覚えていろクソォ⁉︎」


人狼が走って逃げる音


神太郎

「……んだよぉ」

「尻尾巻いて逃げやがった」

「喧嘩売っておきなら逃げるなんてアリか?」


月夜

「──はは」

「なんなの」

「あれ」


神太郎

「おい」

「大丈夫か」

「顔色悪いぞ」


月夜

「近づかないで‼︎」


神太郎

「あ?」


月夜

「それ以上近づかないで⁉︎」

「なんなの君⁉︎」

「さっきのは何⁉︎」

「ナンパされたと思ったら急にバケモノになるし!」

「バケモノと殴り合ってるし⁉︎」

「何なの⁉︎」


神太郎

「──まぁ」

「アレだよ」

「つまりだ」


月夜

「いい加減なこと言わないで⁉︎」

「神太郎くん‼︎」

「ちゃんと説明して‼︎」

「あたしがわかるようにちゃんと説明して‼︎」


神太郎

「……お前」


月夜

「なに⁉︎」


神太郎

「知らないって言っておきながら」

「俺のことを名前で呼んでくれるんだな」


月夜

「──え?」


神太郎

「さっきからよ」

「神太郎くん」

「って」

「呼んでるぜ?」


月夜

「…………」

「うそ」


神太郎

「家に帰る前によぉ」

「飯でも食いに行こうぜ」


○7月10日火曜日 0:10

海円寺地下墓地


円斎

「本日はお集まり頂き誠にありがとうございます」

「此度に起きた事故について」

「わしから説明させてもらいたい」

「その上で」

「今後の対策について皆の衆に相談させてもらいたいのだが──」


金森 菊

「……のぉ円斎」

「いつ腹を切るか」

「日時を教えてくれんか」

「お前の首を刎ねる道具ならもう用意はできておる」

「はよ日時を教えろ」


陽介(神太郎父)

「お菊ばあさん」

「それは──」


金森 菊

「お前は黙っとれ」

「よそ者を招き入れるから」

「こうなるんじゃ」

「村の人間を殺した貴様ら一族……」

「どう責任を取るつもりじゃ?」


円斎

「お菊……」

「わしが死んで償うことができるなら」

「いくらでもこの首捧げよう」

「じゃが……」

「今はそんな単純な状況じゃない」

「より複雑な状況になっておるんじゃ……」


金森 菊

「何が複雑じゃボケが」

「生臭坊主…」

「そもそも」

「聖域をお前ら黒翼家が明け渡さなかったのが原因じゃろうが」

「マリア様のお顔を治すだ何だと抜かして」

「よそ者を招き入れたことが原因じゃろうが」


円斎

「この墓場はわしら黒翼家が墓守として代々守ってきた者じゃ」

「先代の大主様とも納得してもらっておることじゃ」


金森 菊

「やかましぃぃ‼︎」

「屁理屈こくな‼︎」


円斎

「……」

神太郎

「……」


金森 菊

「クソ坊主」

「半蔵と建人の名前をつけたのは」

「この金森菊じゃ」

「あいつらが鼻垂れの頃から面倒を見ておった」

「可愛い坊やたちじゃ」

「その二人がどう死んだのか……」

「知っておるか?」


円斎

「……」


金森 菊

「草刈鎌で」

「互いの首を」

「同時に刺したんじゃ」

「自分が何をやっとるのかわからぬまま」

「気づいたらお互いを殺し合ったんじゃ」

「なぜそんな目に遭わないといかん?」

「誰が半蔵と建人を殺し合わせた?」

「あ?」

「答えろ円斎」

「誰が我らが聖域に」

「不吉の風を呼び寄せた」

「『悪魔の匂い』を招き入れた?」


神太郎

「ネチネチうるせぇな」

「ばばぁ」


円斎

「!?」

「神太郎!!」

「貴様何を!?」


金森 菊

「──神太郎」

「今何といった?」

「もう一度言うてみろ」


神太郎

「ああ言ってやるよ」

「じいさんたちイジメて楽しいかよ」

「クソババア」

「終わったことを責めたところで」

「半蔵と建人も戻ってきやしないぜ」


陽介(神太郎父)

「神太郎!!」

「お前!! お菊ばあさんになんて口の利き方を!?」


神太郎

「──遅かれ早かれよ…」

「こうなる運命だったんだ」

「避けようがなかったろうぜ」


金森 菊

「──どういう意味じゃ?」


神太郎

「半年前」

「天井画の修繕のために」

「一度だけ」

「親父たちと一緒に東京に行ったんだ」


神太郎

「その時初めて」

「──俺は東京を感じた」

「あそこはよ」

「まともな人間が住むところじゃねぇ……」

「たとえるなら」

「腐った蛆虫とゴキブリの巣そのものって感じだった」


金森 菊

「──東京の人間が」

「みな腐敗しておると?」


神太郎

「人間っていう生き物は」

「好奇心の塊でできている」

「俺たちがいくら上手く世間から隠れても」

「好奇心を持った腐った連中の誰かが」

「俺たちの土地に足を踏み入れただろうぜ」

「それがたまたま」

「あの親子なだけだった」

「それだけだ」


金森 菊

「……そんな言い訳が」

「この金森菊に通用すると?」

「半蔵と建人の落とし前を」

「どうつける気じゃ?」


神太郎

「ああ」

「落とし前なら俺が落とす」


金森 菊

「なに!?」


円斎

「神太郎!?」


神太郎

「この俺が東京に行って」

「根源である『悪魔』どもを」

「一匹残らず始末する」

「それでどうだ?」


円斎

「なんじゃと!?」

「何を言うんじゃ!?」


神太郎

「じいさん」

「あんたも薄々考えていたろ?」

「月夜に取り憑いた悪魔を」

「誰かが斃さないといけないって」

「俺が言い出さなかったら」

「あんたがヤるって言うつもりだっただろ?」


円斎

「……それは」


神太郎

「あんたはもう歳だ」

「ここは村の若者代表の俺に任せてくれないか?」


金森 菊

「──神太郎」

「貴様」

「本気か」


神太郎

「ああ」

「もちろん」


金森 菊

「よもや不埒なことを考えてるまいな」

「噂によれば」

「その月夜という娘…たいそうな別嬪だったとか」


神太郎

「はっ‼︎」

「見くびるなよババア」

「俺が愛するのは女じゃねぇ」

「──神様だけだ」

「女にうつつ抜かしていればご先祖様に叱られるだろうからな」


金森 菊

「──忘れるな」

「貴様がどんなに粗暴で口の利き方を知らぬ世間知らずのガキだとしても」

「お前は金森の娘を嫁としてもらう身じゃ」

「許嫁がいることを忘れるな」


神太郎

「そっちこそ勘違いするな」

「俺は男とも女とも結婚しねぇんだ」

「勝手に決めるんじゃねぇ」

「俺は認めてねぇからな」


円斎

「やめろ神太郎」

「それより」

「今言ったことは」

「本気なのか?」

「東京に行くと言ったのは──」


神太郎

「ああ」

「本気だ」

「幸い知り合いはできたからな」

「忘却針のせいで俺のことは覚えてないだろうから」

「月夜には遠い親戚だって名乗っておくぜ」


円斎

「しかし…」


神太郎

「──じいさんたち」

「時間もあまりないんだぜ?」

「まごまごしていたら」

「この土地だって東京のような悪魔どもの巣になっちまうぜ?」


円斎

「……」


神太郎

「編入届を進めてくれ」

「俺たちカクレキリシタンのコネと力があれば」

「東京に高校に転入するなんてワケないだろ?」


円斎

「──覚悟してるんじゃろうな」

「東京にはお前の想像を絶するバケモノが潜んでおるんじゃぞ」

「お前一人で斃すというのか」


神太郎

「当然だろ」

「神様は俺のことを信じてるからな」

「俺一人で」

「東京の悪魔どもを一掃できるってな」


○7月18日金曜日 19:20

新宿某ファミリーレストラン


ステーキ肉が焼ける音


神太郎

「すげぇな」

「この値段でこんな肉食えるのか」

「東京ってすげぇな」

「俺の地元じゃ肉なんて滅多に食えないからな」

「ありがたいぜ」


月夜

「……」


神太郎

「俺一人だけ頼んだけど」

「お前食わないのか?」


月夜

「……一体」

「何がどうなってるの?」

「わけわかんないんだけど」


神太郎

「ん?」


月夜

「さっきのアレ」

「どういうこと?」


神太郎

「……ああ」

「あれか」

「ありゃちょっとした『威嚇』だな」


月夜

「威嚇?」


神太郎

「あの人狼は」

「ただの使いっ走りだ」

「俺という想定外の人間がいたものだから」

「お前に手を出すなっていう」

「メッセージのつもりでけしかけたんだろう」


月夜

「意味わかんない……」

「どういうこと?」


神太郎

「早い話」

「お前は『悪魔』に惚れられてるんだ」

「比喩でも例え話じゃねぇぞ」

「本物の」

「地獄からやってきた悪魔に」

「ロックオンされてるんだ」


月夜

「悪魔って……」

「何言ってるのあんた」

「いい加減にして」

「本当のこと教えて」


神太郎

「俺は嘘はついてねぇ」

「すべて本当だ」


月夜

「…………」


神太郎

「…………」

「ま」

「疑うのは勝手だ」

「どう受け止めるかは」

「お前の自由だ」

「今さっき起きた出来事について」

「頭の硬い連中が思いつく科学的な説明を求めてるんだろうが」

「俺は俺の知ってることしか話すことは出来ねぇ」

「現実を受け入れられないってなら」

「それはそれであんたの選択だ」

「好きにしな」


月夜

「──君は」

「本当に何者なの?」

「突然あたしの前に現れて……」

「何が目的なの?」


神太郎

「言っただろ」

「俺はお前の親戚だ」

「──そして」

「俺の目的は」

「この東京にいる悪魔どもをすべてぶちのめすことだ」


月夜

「──ッ」

「もう頭がどうにかなりそう……」

「何なの」

「悪魔とか」


神太郎

「最近」

「お前の周りで人がよく死ぬだろ?」


月夜

「…え?」


神太郎

「悪魔が増えると」

「人間が死ぬようにできてる」

「悪魔どもが魔力で人間を自殺に追い込んでいるんだよ」

「あいつらの好物は『人間の魂』だからな」

「東京ら人間が多いから」

「悪魔たちにとっていい餌場なんだろう」


月夜

「…………」

「信じると思う?」

「そんなデタラメな話」


神太郎

「俺を嘘つきと罵るのはお前の自由だ」

「信じないならそれでもいい」

「俺は俺の知っていることを話してるだけだからな」


月夜

「……」


神太郎

「──いずれにしても」

「俺はお前の『味方』であることは変わりない」

「人間だろうとバケモノだろうと」

「お前のことを傷つける奴からは」

「死ぬ気で守るつもりだ」


月夜

「……」

「──ありがとう」

「君が何者で」

「何が目的なのかはまったく理解できないけど」

「さっき」

「あたしのことを助けてくれた」

「そのお礼は言うよ」


神太郎

「……」

「ステーキがよぉ」

「すっかり冷めちまったな」

「温め直すことってできるのかな?」


ユナ

「お?」

「おー!」

「そこに座ってるのは!」

「白鷺月夜ちゃんじゃん!」


ケイコ

「……」


神太郎

「?」

「なんだ」

「お前の知り合いか?」


月夜

「新垣ユナちゃん?」


ユナ

「珍しい!」

「月夜ちゃんがファミレスにいるなんて!」

「しかも男の子と⁉︎」

「え?」

「彼氏?」


月夜

「ち」

「違うよ!」

「この人はその……」


神太郎

「親戚の黒翼神太郎だ」

「先週転校したばかりだ」

「よろしくな」


ユナ

「へぇー!」

「親戚!」

「そうなんだ!」

「月夜ちゃんにこんなかっこいい親戚がいるなんて!」

「さすが美男美女の家系だねー」

「二人が座ってるだけで映えるねー」

「眼福眼福♡」


月夜

「もぉやめてよぉー」

「恥ずかしいから」


ユナ

「初めまして!神太郎くん」

「あたしは皐月高校3年の新垣ユナ!」

「服飾部の部長をやってるよ」


神太郎

「服飾部?」


ユナ

「お洋服とかにもし興味があるなら」

「一度遊びにきてみてよ!」

「あ!」

「こっちの大きい女の子は」

「あたしの親友で服飾部副部長の」

「中条ケイコちゃん!」


ケイコ

「……よろしく」


神太郎

「……ああ」


ユナ

「それじゃお邪魔しちゃったね」

「また学校でー!」

「それじゃー!」


月夜

「うん」

「またー」


神太郎

「…………」

「今のあの帽子をかぶっていた女2人」

「お前の友達か?」


月夜

「まぁ」

「先輩だね」

「あたし美術部だからさ」

「服飾部と美術部って仲良いんだよね」

「それがどうしたの?」


神太郎

「くせぇな」


月夜

「は?」


神太郎

「──気をつけろよ月夜」

「あの女2人がかぶっていた『帽子』……」

「あそこから」

「──『悪魔の匂い』がプンプンしたぜ」


2話完

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