十字架を背負ったばけもの

有本博親

第1話

○7月18日金曜日 15:20

皐月高校 2年A組教室


美奈子

「ねぇ駅前で人が死んだって聞いた?」


月夜

「え?」

「そうなの?」


美奈子

「飛び降りだって」

「駅周り今警察官がいっぱいいて」

「めちゃくちゃやばいらしいよ」

「テレビも来てるとか」


月夜

「うっそ」

「やば…」


美奈子

「さっき友達から聞いたんだけどさ」

「その自殺した人」

「なんか死ぬ間際に大声で意味わからないこと叫んでたらしいよ」


月夜

「叫んでた?」

「何を?」


美奈子

「さぁ」

「わかんない」

「この世は終わりだー的な?」

「友達もよくは知らないって」


月夜

「……そうなんだ」


美奈子

「でもさ」

「最近うちの周りでさ」

「事件増えたよね」


美奈子

「先週の木曜日はコンビニにトラックが突っ込んだらしいし」

「三日前には駅前のデパートで強盗事件」

「昨日も殺人事件あったよね?」


月夜

「……うん」

「あったらしいね」

「おばあさんが自分の息子殺した事件だよね」


美奈子

「殺された息子って」

「うちの高校のOBなんだって」


月夜

「マジで?」


美奈子

「うん」

「部活の先輩が言ってた」


月夜

「……えぇ…」

「こわぁ」


美奈子

「やばいよね」

「普通に」


美奈子

「呪われてるのかな?」

「うちらの周りって」


月夜

「……」


 学校のチャイム


美奈子

「あ」

「終礼だ」

「席座んなきゃ」

「じゃまた後で」


月夜

「うん」


学級委員長

「起立」

「礼!」


先生

「えー」

「知ってる人もいるとは思うが」

「今日の昼頃に駅前で…」


月夜

「……」


月夜

(──呪われてる……)

(たしかに最近)

(周りで人が死ぬ事件が増えた気がする……)

(コンビニも駅前のデパートの強盗も)

(人が死んだって)

(ニュースでいっていたし……)


 終礼のチャイム


月夜

(おかしい)

(ここ数ヶ月)

(自分の周りで人がたくさん死ぬなんて)

(普通じゃないと思う)

(なんだろう)

(なんか嫌な感じがする)


月夜

(不幸の前触れというか)

(うまくいえないけど)

(ずっと胸がザワザワするっていうか)

(これからもっと嫌なことが)

(なにか『良くないこと』が起ころうとしてる)

(そんな気がする)


美奈子

「月夜」

「ちょっと」


月夜

「え?」


美奈子

「先生呼んでるよ」


月夜

「へ?」


先生

「ありがとう飯島」

「お前このあと部活か?」


美奈子

「はい!」

「試合近いんで」


先生

「最近物騒だからな」

「一人で帰るなよ」

「あと寄り道も禁止だぞ」


美奈子

「はーい」

「じゃまた明日ね月夜」


月夜

「あ」

「うん」

「おつかれ」


先生

「白鷺ぃ…」

「ぼーっとしすぎだぞ」


月夜

「すみません」


先生

「すまないが」

「ちょっと職員室来てくれないか」

「ちょっと話があるんだ」


月夜

「あ」

「はい」


○ 7月18日金曜日 15:40

皐月高校 2年生職員室 放課後


先生

「……お前に直接話すことでもないんだが」

「学費が入金されてないそうだ」


月夜

「──え?」

「どういうことですか?」


先生

「こっちが聞きたい」

「何度もお前の保護者には電話しているんだが……」

「お前の親父さん」

「電話に出てくれないんだ」


月夜

「……すみません」

「また父の悪い癖が……」


先生

「親父さん」

「画家だっけ?」

「ちょっと先生」

「そっちの世界には明るくないんだが」

「創作期間中は連絡取れないもんなのか」

「集中するために電話の電源を切っているとかか?」


月夜

「いえ」

「そんなことないはずです」

「あと父は」

「画家じゃなくて」

「保存修復師です」


先生

「保存修復師?」


月夜

「美術修復師とも呼ばれることもあります」

「簡単にいえば」

「破損した彫刻や絵画を修復する仕事です」

「父は仏像や曼荼羅など」

「仏教美術の修復を専門としています」


先生

「あー」

「すまん」

「そうだっけな」

「悪い」

「忘れてたわ」


月夜

「……父とは連絡は取ってます」

「週に一回ほど」

「向こうから電話をくれます」


先生

「たしか今」

「親父さん家にいないんだったよな?」


月夜

「……ええ」


先生

「行き先は聞いてるのか?」


月夜

「……すみません」

「わからないです」


先生

「わからない?」


月夜

「父がいうには」

「今回の依頼主から場所を知られたくないとの要望があって」

「家族のあたしにも教えられないそうで」


先生

「場所を教えられない?」

「んん?」

「そんなことあるか?」


月夜

「そうですね」

「今回は珍しいケースでした」


先生

「お前のところたしか」

「父子家庭だったよな」

「お母さんは二年前に亡くなったんだっけ?」


月夜

「……はい」


先生

「大丈夫か」

「それ」

「心配じゃないのか?」


月夜

「……」


月夜

「心配ではありますが……」

「宗教法人が依頼主だと」

「割とよくあることだって父は言ってました」


月夜

「重要文化財を狙った犯罪を防ぐために」

「家族にも重要情報を話さない契約を結ぶとかあるそうです」

「どこで何をしてるか私が知らないことはよくあります」


先生

「ふーん」

「そういうものか」


月夜

「……」


先生

「あー」

「うん」

「事情はわかったようでわからんような…」

「まぁ」

「なんでもいいが」

「白鷺」

「とりあえず」

「お前の父親はLINEやってないだろ?」


月夜

「…はい」


先生

「連絡手段は携帯番号だけだったよな」

「その携帯番号に電話して出てくれないんだったら」

「こっちから連絡手段はないんだ」

「それはわかるよな?」


月夜

「……はい」


先生

「すまんが」

「お前の口から親父さんに」

「折り返し学校に電話してくれるよう伝えてくれるか?」


月夜

「わかりました…」

「すみませんでした」


先生

「白鷺」


月夜

「はい」


先生

「親父さん」

「家を空けてどれくらい経った?」


先生

「先生の記憶違いならいいんだが」

「出張に行って半年ぐらい経ってないか?」

「行き先もいわずに半年って……」

「やっぱり心配じゃないか?」

「どうなんだ?」


月夜

「……失礼します」


○7月18日金曜日 16:10

皐月高校 下駄箱


月夜

「……」

「はぁ」

「いいから出てよ……」

「お父さん……」


「もしもし?」

「月夜か?」


月夜

「やっと出た」

「もしもし」


「どうした?」

「お前から電話なんて珍しいな」


月夜

「どうしたもないよ」

「さっき先生から聞いたよ」

「あたしの学費払ってないって」


「え?」


月夜

「え」

「じゃないって」

「なんであたしの電話は取れて」

「学校の電話には出ないの?」

「おかげで恥かいたんだよ」

「あたし」


「すまん…」

「今はたまたま手が空いたから」

「出れたんだ」


月夜

「そんな言い訳いいよ」

「学費」

「払えないの?」


「……いや大丈夫だ」

「入金」

「もう少し待っててほしいと先生に伝えてくれないか」

「金は今月もらえるはずだから」


月夜

「ちょっと何言ってるの?」

「嫌だよ」

「なんであたしがお金のこと自分で言わなきゃいけないの?」

「そういうのお父さんが自分の口で言ってよ」


「……そうだよな」

「悪かった」


月夜

「……ねぇお父さん」

「いつ帰ってくるの?」

「出張に行くって言ったきり」

「もう半年になるよ?」

「奈良のお寺で仕事した時も」

「月一で帰ってきてたじゃん」

「今回さすがに長すぎない?」


「……」


月夜

「せめて理由を教えてよ」


「……すまん」

「落ち着いたら帰ることができるから」

「もう少し待ってて欲しい」


月夜

「いやだから……」

「あたしの話聞いてた?」

「どうして帰ってくることができないの?」

「理由を教えてって」

「居場所もどうして教えられないの?」

「どうしてあたしに隠すの?」


「…………すまん」

「言えないんだ」


月夜

「だから」

「どうして?」


「──すまん」

「もう戻らないと」

「金はもう少し待ってくれ」


月夜

「は?」

「待って!」

「お父さん!」


 通話が切れる音


月夜

(……なんか)

(お父さんの様子おかしかった……)

(あんな説明しないお父さん)

(初めてだ)


月夜

「……」

「えっとこれか」


コール音


受付嬢

「はい」

「ヤマギ美術館です」


月夜

「すみません」

「私」

「白鷺辰彦の娘の白鷺月夜と申します」

「ヤマギ館長にお取り継ぎ頂けますでしょうか?」

「父のことで伺いたいことがあります」


受付嬢

「……わかりました」

「少々お待ちください」


保留音


ヤマギ館長

「もしもし月夜ちゃん?」


月夜

「お久しぶりですヤマギ館長」


ヤマギ館長

「久しぶりだね」

「どうしたの?」

「元気してる?」


ヤマギ館長

「突然のご連絡すみません」

「父の行方について教えてもらいたくてお電話させていただきました」


ヤマギ館長

「お父さんの行方?」


月夜

「はい」

「半年前にご紹介してもらったお仕事」

「予定だと二週間で終わると聞きました」

「ヤマギ館長なら何か知ってかると思って」

「お電話させていただきました」


ヤマギ館長

「……月夜ちゃん」

「心配しなくても大丈夫」

「お父さんは帰ってくるから」

「もう君もこの業界についてなんとなくわかっていると思うが」

「納期が伸びるのはよくあることなんだよ」

「君のお父さんは個人の絵画を修復しているわけではない」

「国の重要文化財を扱っているんだ」

「中途半端な修復は許されない」

「わかるよね?」


月夜

「それは理解しているつもりです」

「仕事にのめり込んで帰ってこないこと自体はよくあったので」

「それ自体が問題だと思っていません」


ヤマギ館長

「だったらなぜ…?」


月夜

「問題は」

「父が行き先を家族に告げず」

「半年帰ってこないことです」


ヤマギ館長

「……いや」

「宗教法人の場合よくあることだが……」


月夜

「もういいです」


月夜

「お父さんが半年も帰ってこないんです」

「居場所を教えなくて半年です」

「父がどこで何をやってるのかわからないんです」

「半年の間ずっと」

「これ」

「冷静に考えて普通じゃないですよ」

「普通じゃないことぐらいわかりますよね?」


ヤマギ館長

「……いや」

「まぁ……」

「これには事情があるんだよ」


月夜

「どんな事情ですか?」

「教えてください」

「半年間」

「娘に居場所を教えないで」

「家に帰ってこない事情って何ですか?」

「場合によっては」

「犯罪に巻き込まれてる可能性だってありえますよね?」

「考えたくないですけど」


ヤマギ館長

「……」


月夜

「……ヤマギさん」

「どうして黙ってるんですか」


ヤマギ館長

「……いや」

「まいったな……」


ヤマギ館長

「どういえば君が納得できるか」

「考えていてさ……」


月夜

「……」

「ヤマギさん」

「すみません」

「警察に通報します」


ヤマギ館長

「え⁉︎」


月夜

「どんな事情があるかわからないですが」

「あたしになにかを隠していることは確かなようですので」

「家族の失踪として」

「通報します」

「警察も動いてくれると思います」


ヤマギ館長

「ま!」

「待ってくれ!」

「そんな大事にしなくても……」


月夜

「お時間いただきありがとうございました」

「それじゃ」


ヤマギ館長

「わかった!」

「わかったよ!」

「居場所を教える!」

「それでいいだろ?」

「頼むから警察はやめてくれ!」


月夜

「……父はどこですか?」


ヤマギ館長

「居場所を教える前に頼みがある」

「このことは私から聞いたと誰にも言わないでほしい」

「誰にも」


月夜

「なぜですか?」


ヤマギ

「電話だとそれは言えない……」

「とにかく約束してくれ…」


月夜

「……わかりました」


ヤマギ館長

「もう一つ頼みがあるんだ」


月夜

「なんですか?」


ヤマギ館長

「場所はいうが」

「絶対に君は行かないでくれ」


月夜

「どうして?」


ヤマギ館長

「──カルト集団がいるんだ」

「最悪」

「君が殺されるかもしれない……」


○7月18日金曜日 16:30

皐月駅付近 喫茶店 夕方


ヤマギ館長

「ああ来た来た」

「こっちだ月夜ちゃん」


月夜

「……」

「どうして電話で場所を教えてくれなかったんですか?」


ヤマギ館長

「周りにスタッフがいたもんでな」

「聞かれるとまずいんだ」

「それに直接会って話したかったというのもあるし」

「いやぁ」

「それにしても大きくなったね」

「お母さんにそっくりだね」

「美人だね」


月夜

「……いいから」

「本題に入ってください」

「なんですかカルト集団って」


ウェイター

「いらっしゃいませ」

「何になさいますか?」


ヤマギ館長

「……とりあえず座って」

「好きなの頼んで」

「あと声は小さく頼む」


月夜

「……ブレンドください」


ウェイター

「かしこまりました」


ヤマギ館長

「……しかし久しぶりだね」

「直接会うのはお母さんのお葬式以来か」


月夜

「ヤマギさん」

「家族の緊急事態なんです」

「世間話をしに来たわけじゃありません」

「いいから教えてください」

「もったいぶらないで」


ヤマギ館長

「……わかったよ」

「そんな怖い顔で睨まないでくれよ」


月夜

「……」


ヤマギ館長

「えっと…」

「月夜ちゃん」

「──東北地方にあるT県の」

「海円山を知ってるかな」


月夜

「海円山?」


ヤマギ館長

「T県のH山脈にある高山だ」

「飛騨山脈の剱岳よりも登頂難易度の高い」

「危険な山だよ」


ヤマギ館長

「その山の中部に」

「海円寺という密教のお寺がある」


月夜

「そこに父がいるんですか?」


ヤマギ館長

「ああ」

「お父さんはそこで住職をしている円斎さんのところで」

「修復の仕事をしているはずだ」


月夜

「あの」

「さっき剱岳より登頂が難しいって聞こえたのですが」

「父はどうやって登ったんですか?」

「自慢じゃないですが」

「父は運動が苦手で」

「山登りなんてとてもできないはずです」


ヤマギ館長

「そうなんだよね」

「そこがわからないんだ」

「今度君のお父さんが帰って来たら聞こうと思ったんだが」

「うーんしかし」

「もう半年も経ったのか……」

「時間が経つのが早いなぁ」


月夜

「……」

「……あの」

「父はその海円寺で」

「なんの仕事をしてるのですか?」


ヤマギ館長

「ああそうだな」

「どこから話そうか……」

「そうだ」


ヤマギ館長

「月夜ちゃん」

「カクレキリシタンって」

「知ってるかい?」


月夜

「かくれ?」

「なんですか?」


ヤマギ館長

「潜伏キリシタンともいわれるんだけど」

「歴史の授業で」

「江戸時代の慶長17年……1612年に」

「キリスト教の禁教令があったのを知ってるかな」


月夜

「えっと」

「ええ」

「はい」

「豊臣秀吉と徳川家康がキリスト教を弾圧したっていう」

「あの?」


ヤマギ館長

「そうだね」

「天正57年」

「1587年から行われたバテレン追放令で」

「多くのキリシタンたちが強制改宗」

「あるいは殉死…つまり殺された出来事だ」


月夜

「はぁ……」


ヤマギ館長

「キリシタンは幕府の目から逃れ」

「隠れて信仰を続けていたということは」

「高校の日本史の授業で習ったと思われるだろうけど…」



ヤマギ館長

「──キリシタンたちは」

「今も『隠れている』のを知っているかい?」


月夜

「……?」

「どういうことですか?」


ヤマギ館長

「明治維新によって宗教の自由が認められた」

「だが」

「一部の潜伏キリシタンは」

「カクレキリシタンとして」

「今この現代でも」

「信仰を続けているんだ」

「250年前から続く『隠れて信仰する』ことを続けている」


月夜

「……あの」

「それと父とどう関係があるのですか?」


ヤマギ館長

「今回の依頼人が」

「そのカクレキリシタンの末裔だ」


月夜

「……」


ヤマギ館長

「……彼らは250年間」

「世間からその存在を隠し続けている」

「外部の人間に対して」

「異常ともいえる排他的な思考の集団だ」


ヤマギ館長

「海円寺は幕府から逃げ延びたカクレキリシタンたちを匿う『キリシタン寺』でもあったそうだ」

「カクレキリシタン の教義は『隠れて信仰』すること」

「家族にも信仰を隠している信者も未だにいる」

「それゆえ」

「彼らの教義に則った君の父親は」

「どこにいるのか」

「何をしているのか」

「秘密にしなきゃいけない『掟』があるんだ」


月夜

「──そのカクレキリシタンというのが」

「カルト集団ってことですか?」


ヤマギ館長

「……ああ」


月夜

「……あの」

「質問いいですか?」


ヤマギ館長

「いいよ」


月夜

「さっき排他的な思考の集団っていいましたよね」

「排他的ってことは」

「外部を受け付けないってことですよね?」

「よそ者は信用しない人たちなら」

「よく父のような外部の人間を招聘しようと思いましたね」

「よっぽどの事情があるのでしょうか?」


ヤマギ館長

「おそらく……そうだろう」

「何を修復させたいのかは詳しくは教えてくれなかったよ」

「たしか『天井画』かなにかといっていたような気が…」


月夜

「──ヤマギさん」

「よく引き受けましたね」

「というか」

「よく父にそんな危ない人たちの仕事を紹介しましたね」

「断らずに引き受けた父も父ですが……」

(何考えてるのこのデブ)

(ふざけんなよ)


ヤマギ

「いやまぁ」

「金払いがよかったんだよ」

「怪しい連中だったから」

「お断りするつもりで」

「相場の10倍の金額の見積もりを出したら」

「あっさりOKもらっちゃったんだよね」

「はははは」

「引くに引けなくなったというかね」

「ははは」


月夜

「……」


ヤマギ館長

「……すまない」

「まさかこんなことになるなんて想像もしてなかったよ」


ヤマギ館長

「僕も紹介するか悩んだんだ」

「本当は家族持ちじゃない修復師に依頼したかったんだけど」

「仕事にマッチする人が見つからなくてね」

「君のお父さんは技術力が高いし」

「何より誠実だ」

「──それに」

「君のお父さんは仕事が欲しいと僕に相談していた」

「僕も誰かに相談しないと行けないと思っていたから……」

「タイミングが良すぎたんだよ」


月夜

「……」


ヤマギ館長

「君のお父さん」

「娘の学費のために」

「働かないといけない」

「そう言っていたよ」


ヤマギ館長

「たとえ新興宗教のテロリストだったとしても」

「関係ない」

「自分を求める人間がいるなら仕事をする」

「君のお父さんはそういう男だ」


月夜

「……そうですか」


ヤマギ館長

「……なぁ」

「差し出がましいこといって申し訳ないんだけど」

「もう少し待っててみるのはどうかな?」

「連絡は取れてるし」

「生きていることがわかるなら」

「待っててもいいと思うんだ」

「わざわざ君が危険な目に遭う必要はないよ」


月夜

「……」


ヤマギ館長

「どうかな?」

「な?」


月夜

「……そうですね」

「もう少し待とうと思います」

「居場所もわかりましたし」


ヤマギ館長

「……ほっ」

「よかった」

「わかってくれて嬉しいよ!」


ヤマギ館長

「さ」

「話も終わったし」

「僕はお腹が減って来たよ」

「月夜ちゃん」

「何か食べるかい?」


月夜

「……じゃ」

「サンドイッチを」


ヤマギ館長

「よし! 今日は僕の奢りだ!」

「すみません!」

「サンドイッチとビールお願いします!」


月夜

「……」


○ 7月19日土曜日 13:12

T県墳穂村 黒翼駅


電車アナウンス

「黒翼ぅー黒翼ぅー」

「足元お気をつけくださいませ」


蝉の鳴き声

電車が停車する音


月夜

(……暑い)

(盆地だからかな)

(蝉の鳴き声えぐいなぁ)


月夜

(一枚羽織ってたけど)

(これなら脱いだ方がいいかな)

(日焼け止め塗ってるし)

(いやでもまずいか……)

(焼けたくないからちゃんと上着着よう)

(とりあえずスマホでバスの時間とか調べよう)


月夜

「えーっと」

「え?」


月夜

(なにこれ)

(道路以外何もない……)

(こんな状態の地図)

(初めて見るかも)


月夜

「うぅ……」

(マジ?)

(自販機もないし)

(無人駅だし)

(どんだけ田舎なの)


月夜

「暑い」

「無理」

「店探そ」

(っていうか店あるのかな)

(Googleマップ見た時には何も建物の表示なかったけど……)

(マジで田んぼと畑ばっかじゃんここ)


○7月19日土曜日 14:11

墳穂村国道沿線 お食事処『水谷』


店主

「いらっしゃい」


月夜

「こんにちわ」

(やっと見つけた)

(駅から1時間歩いてようやくお店が一軒……)

(地図に唯一載ってたお店……)

(もう足がきっつい)


店主

「ん?」

「見かけない子だね」

「高校生かい?」


月夜

「あ」

「はい」

(──うわっ)

(いきなり話しかけて来た)

(でもそうか)

(田舎だから顔見知りじゃない人は珍しいとかあるのかな)


店主

「どこから来たんだい」


月夜

「えっと」

「東京から」


店主

「え⁉︎」

「一人で⁉︎」

「本当かい⁉︎」


月夜

「ええまぁ」

「ちょっと用事がありまして……」


店主

「用事…はぁ」

「こんな何もないところに用事ねぇ」

「誰かの知り合いかい?」


月夜

「えっとそのぉ」

「ご飯注文していいですか?」

(あれ?)

(今の表情……)

(ちょっと怪しまれた?)

(あたし)


店主

「…………はいよ」

「メニューはそこだ」


月夜

「──ありがとうございます」

(とりあえずスルーしてくれたけど……)

(なんかモヤるな)

(今の反応)

(面倒くさいことにならなければいいけど)

(って嘘でしょ)

(電波途切れたんだけど…)


田舎ヤンキーA

「なぁなぁ」

「あの女の子可愛くない?」


田舎ヤンキーB

「ああ」

「あのポニーテールの子だろ?」

「めちゃ色白だよな」


田舎ヤンキーA

「都会の子だよな」

「声かけようぜ」


田舎ヤンキーB

「そだな」

「俺から行くわ」


田舎ヤンキーA

「あ」

「待てよ!」


田舎ヤンキーB

「よっ」

「君一人?」


月夜

「……」


田舎ヤンキーB

「電波通ってないスマホ見て楽しかったりする?」

「ここらへん電波すげー悪いんだ」

「フリーWi-Fiあるんだけど」

「パスワード教えようか?」


月夜

「え?」

「本当ですか?」


田舎ヤンキーA

「うわ」

「やば」

「近くで見るとすげー可愛い」

「アイドルみたいだな」

「芸能人?」


月夜

「……違います」

(こんな田舎でナンパとか…)

(嫌だなぁ)


田舎ヤンキーB

「ねぇねぇ何しに来たの?」

「自慢じゃないがここらへんマジで何もないぜ」

「ホテルどころか旅館もないから」

「観光客は10駅先のK駅ホテルに泊まるらしいぜ」


田舎ヤンキーA

「電車も夕方の一本過ごしたら帰れなくなるよ」

「どうする?」

「うちだったらここから近いよ」


田舎ヤンキーB

「あ!」

「テメェ抜け駆けするな」


田舎ヤンキーA

「うるせぇ」

「お前のところのばあちゃん」

「よそ者嫌いだろうが」


田舎ヤンキーB

「お前のところ親父もそうだろうが!」


月夜

「あの」

「海円寺の行き方わかる人いますか」


店主

「え?」

田舎ヤンキーA

「…え?」

田舎ヤンキーB

「は?」


月夜

「………」

店主

「………」

田舎ヤンキーA

「………」

田舎ヤンキーB

「………」


月夜

(え?)

(なんで黙るの?)

(なんかまずいこと言った?)


店主

「……あんた」

「どこで海円寺のこと知った?」


月夜

「あ……えっと」

「知り合いから」


店主

「知り合いって誰だ」

「名前教えろ」


月夜

(え)

(なに?)

(雰囲気変わった?)

(どういうこと?)


田舎ヤンキーA

「……マジかよ」

「よそ者がバケモン寺を知ってるなんて」


月夜

「バケモン寺?」


扉が閉まる音


月夜

「え?」


田舎ヤンキーA

「気が重いなぁ」

「こんな可愛い女の子に」


月夜

「⁉︎」

「なに?」

「なんなの?」


店主

「……すまんな」

「本当にすまん」

「あんたの口から海円寺っていう名前を聞かなければ」

「うまいレバニラを作ってやったんだがなぁ」


月夜

「だ」

「誰か助けて!」


田舎ヤンキーA

「ジタバタ動くな!」

「この!」

「おい」

「テーブルのモノをどけろ」

「俺が口を抑えとくから」

「お前がやれ」


田舎ヤンキーB

「気が重いな」

「すげぇやだなぁ」

「できればもう少しお近づきになりたかったんだけどなぁ」

「だってこんなに可愛いんだぜ?」


月夜

「んんんん!」

(なになになになに?)

(どういう状況?)

(あの変な道具なに?)

(あたし殺されるの?)

(嘘でしょ⁉︎)


田舎ヤンキーA

「なるだけ一瞬で終わらすつもりだ」

「恨まないでくれ」


月夜

「んんんん!」

「んんんんん!」


月夜

(嫌だ!)

(死にたくない!)

(助けて!)

(誰か!)

(助けて‼︎)


ドアを開ける音


神太郎

「……」

「てめぇら何してる」


店主

「神太郎…」


田舎ヤンキーB

「……神太郎さん?」


田舎ヤンキーA

「これはその……」


神太郎

「……」

「手」

「離せよ」


田舎ヤンキーB

「……」


神太郎

「聞こえただろ」

「いいから」

「手を離せ」

「息できないだろ」

「そいつ」


田舎ヤンキーB

「………」


月夜

「ぷは!」

「はぁはぁはぁ」


神太郎

「……お前ら」

「外出てろ」


田舎ヤンキーA

「神太郎くん!」

「俺ら別にこの女の子に手出すとか」

「そんなつもりじゃなかったんすよ!」


田舎ヤンキーB

「そうそう!」

「こいつ!」

「海円寺のこと知ってて」

「それで……」


神太郎

「そうか」

「そいつは感謝だな」

「だけど」

「……いいんだ」

「手」

「離してやれ」


田舎ヤンキーA

「いや」

「でもこの女の子……」


神太郎

「聞こえただろ?」

「俺がいいっていってるんだ」

「いいんだ」


田舎ヤンキーB

「………」


田舎ヤンキーA

「………」


神太郎

「水谷のオヤジ」

「あんたも席外してくれ」

「今日は店仕舞いだ」

「だろ?」


店主

「……神太郎」

「後悔するなよ」


神太郎

「しねぇよ」

「いいから消えろ」


ドアが閉まる音


月夜

「………」


神太郎

「………大丈夫か?」


月夜

「近づかないで!」


月夜

「なんなんですか⁉︎」

「あの人たちは⁉︎」


神太郎

「別に」

「ただの敬虔な信者だ」


神太郎

「あいつらが持っていたのは『忘却針』っいうやつで」

「頭のこめかみあたりを刺せば」

「ここ一週間の出来事をきれいさっぱり忘れさせることができるんだ」

「晩飯で何食ったとか」

「誰と会ったのか」

「どこに行ったのかも」

「何もかも忘れちまう」

「そういう道具だ」

「すげぇだろ?」

「400年前に開発されたらしい道具らしいぜ」

「ご先祖様はとんでもねぇものを作ったよな」


月夜

「……」


神太郎

「あいつらはうちの寺のことを守ろうとしてくれただけだ」

「あんたのことを傷つけるつもりはない」

「普段はいい奴らなんだ」

「バカだけどな」


月夜

「あなた」

「誰ですか…?」


神太郎

「……お前」

「白鷺辰彦の娘だろ」


月夜

「……⁉︎」

「お父さんを知ってるの⁉︎」


神太郎

「──俺は神太郎」

「海円寺の黒翼神太郎」

「ついて来いよ」

「父親のところに案内してやる」


○7月19日土曜日 14:17

墳穂村国道沿線 お食事処『水谷』駐車場


神太郎

「乗れよ」


月夜

「軽トラック…」

「すごい年季入ってますね」


神太郎

「うるせぇな」

「田舎だから買い替えがなかなかできねぇんだよ」


軽トラックのドアが閉まる音


月夜

「……あの」

「失礼ですけど」

「黒翼さんって……」


神太郎

「神太郎でいい」

「このあたりじゃ苗字で俺を呼ぶ奴はいない」


月夜

「……あの」

「神太郎さんって」

「おいくつですか?」


神太郎

「17」


車のエンジンがつく音

走行音


月夜

「え⁉︎」

「あたしとタメ⁉︎」

「なんで車運転してるの⁉︎」


神太郎

「かたいこと言うな」

「田舎だったら17で運転していいんだよ」


月夜

「はぁ⁉︎ なに言ってるの?」

「無免許運転でしょ⁉︎」

「立派な犯罪だよ!」


神太郎

「うるせぇな」

「こっから歩きだと4時間もかかるんだぞ」

「このクソ暑い中歩きたいのか?」


月夜

「……」


神太郎

「そんなサンダルみてぇな靴履いて」

「田舎なめんな」

「送ってやってんだから文句いうんじゃねぇ」


月夜

「いや……」

「すみません……」

(文句じゃなくて)

(無免許運転は法律違反だっつーの)


神太郎

「このあたりの駐在は50のじいさん一人だけだ」

「悪さできる場所もなければ」

「人もいない」

「都会ならいざ知らず」

「ここじゃ免許もクソも関係ねぇよ」


月夜

「……」

(そんなわけないでしょ)

(何言ってるのこいつ)

(田舎ってこんなやばい人ばっかなの?)


神太郎

「……」


月夜

「……」


神太郎

「お前」

「名前は?」


月夜

「え?」


神太郎

「名前だよ名前」

「さっき俺が名乗ったんだからお前も名乗れよ」


月夜

「……月夜」


神太郎

「つきよ?」


神太郎

「……変わった名前だな」


月夜

「……神太郎くんだってそうじゃん」


月夜

「黒翼なんて苗字」

「初めて聞いたよ」


神太郎

「……うちのこと」

「誰に聞いた?」


月夜

「あ」

「え?」

「あ……えっと」

「それは……」


神太郎

「なんだ」

「言えないのか」


月夜

「…………」


神太郎

「当ててやるよ」

「ヤマギのハゲだろ」


月夜

「!」

「それは……」


神太郎

「わかりやすいな」

「あんた」


神太郎

「──ま」

「相当脅しといたからな」

「あのハゲは」

「うちのことを誰かにバラしたら」

「家族全員皆殺しにする」

「ってな」


月夜

「……え?」

「まさか」


神太郎

「バーカ」

「冗談だよ」

「俺たちのことを簡単に言いふらさないよう釘刺しただけだ」

「だけど」

「笑えるよな」

「行くなってヤマギから言われたのを無視して」

「お前来たもんな」

「なんのための忠告だっつーの」


月夜

「……」


神太郎

「あのハゲ」

「お前が海円寺にいると聞いたら」

「卒倒するだろうぜ」

「くくく」


月夜

「笑えないよ」


月夜

「海円寺のこと話してる時」

「ヤマギさん完全に青ざめてたんだから」

「手もすごい震えてたし」

「カルト集団っていってたし」


神太郎

「カルトか……くく」

「散々な言われようだな」


神太郎

「──なら」

「だったらどうしてお前は来た?」

「危険な場所だっていわれて」

「行くなっていわれたのに」

「どうしてだ?」

「カルト集団の俺たちから親父を助け出すつもりだったのか?」


月夜

「…………」

「……ねぇ」

「お父さん元気なの?」


神太郎

「ああ」

「元気だ」


神太郎

「──悪かったな」

「うちの仕事のせいでお前の親父を拘束してしまって」


月夜

「え?」


神太郎

「……そろそろ」

「もしかしたらと思っていた」

「娘のあんたがこっちに来るかもなって」

「予感はしていたんだ」


月夜

「……どうしてそう思ったの?」


神太郎

「俺がそうするからかな」

「いくら電話で連絡つくっていっても」

「半年も帰らなければ」

「自分から探しに行くだろ」

「でなければ警察だ」


月夜

「……うん」


神太郎

「さすがにカルト集団って聞けば俺はヒヨっちまうけどな」

「おまえすげぇわ」

「ははは」


月夜

「……」

(うるさいバカ)


神太郎

「辰彦には電話は必ずさせていたんだ」

「家族には心配かけさせるなって」

「うちのことも話していいっても伝えた」

「俺もじいさんも辰彦のことは信用しているからな」


神太郎

「でも」

「あのおっさん」

「終わるまで家に帰らないとかいいやがったんだ」

「うちのことも娘にも他言しないって意地張りやがってよ……」

「約束は約束だって」

「俺たちのことを気遣ってくれたんだ」


月夜

「……お父さんらしい」


神太郎

「カクレキリシタンの教義は『隠れる』ことだ」

「だけど」

「家族に心配かけさせることはしねぇし」

「させたくねぇ」


神太郎

「ヤマギだけだ」

「金儲け至上主義のハゲにだけきつく釘を刺すだけだ」

「そこんところは誤解しないでくれ」

「あのハゲは俺たちのことを舐めてるからな」


月夜

「……そうなんだ」


神太郎

「──辰彦の奴」

「お前の話もよくしてたぞ」

「一人娘なんだろう?」


月夜

「……うん」


月夜

「お父さん」

「あたしについて何か言ってた?」


神太郎

「『娘には迷惑をかけてる』って」

「いつも『俺が甲斐性がないばかりに娘に負担をかけてる』とか」

「辰彦から聞いたぞ」

「家賃払えなくて消費者金融駆け込もうとしたことあったんだろ?」


月夜

「……うわぁ」

「そんな恥ずかしいことまで……」

「笑い話じゃないんだよ」


神太郎

「不器用な奴だけど」

「いい奴だよな」

「お前の親父」

「ヤマギのハゲは約束は守らなかったが」

「あんたの親父は信用ができる」

「マジで俺たちは感謝してる」


月夜

「……ありがとう」

「そういってくれて……」


神太郎

「………」

月夜

「………」


神太郎

「泣いてるのか」

「お前」


月夜

「泣いてない」

「ほっとしてるの」


月夜

「………正直」

「怖かったの」

「電話のお父さん」

「様子がおかしかったから」


神太郎

「……」


月夜

「……」


月夜

「……うち」

「二年前にお母さん死んだの」

「居場所も教えてくれなかったし」

「お父さんにもしものことがあったかと思うと……」

「……あたし」


神太郎

「……」


月夜

「ごめんね」

「気を遣わせちゃったね」


車が止まる音


月夜

「え?」

「どうしたの?」


神太郎

「悪いが」

「ちょっと付き合ってほしいんだ」

「俺たちのことについて」

「あんたに話しておきたいことがある」


○7月19日土曜日 14:50

簾山墳穂墓地 階段


神太郎

「足元」

「気をつけろ」

「割れてる石も混じってるから」

「気をつけて歩かないと怪我するぞ」


月夜

「はぁはぁはぁ」


月夜

「ちょっと」

「なんなの?」

「いきなりこんなところに登らせて……」

「この上に海円寺があるの?」


神太郎

「いや」

「ここは俺たちの祖先」

「カクレキリシタンの先祖たちが眠る墓がある」


月夜

「はぁー⁉︎」

「お墓⁉︎」

「……えぇ…」


神太郎

「なんだ」

「文句あるのか?」


月夜

「……あるよ」

「なんで今なの」


神太郎

「なに?」


月夜

「──普通さ」

「いや」

「あたしの感覚っていうか」

「一般常識的な話だと思うけど」

「お墓って自分と関係ある人のところに行くもんじゃない?」

「普通は」


月夜

「どうしてこのタイミングで」

「神太郎くんところのご先祖さまのお墓に行くの?」

「あたしの感覚だと理解ができなくて」

「だって他人のあたしには関係ないじゃない」


神太郎

「おい」

「滅多なこというな」


月夜

「え?」

(ちょ)

(びっくりした)

(いきなり大きい声出さないでよ)


神太郎

「てめぇと繋がりが薄い先祖の前だからって」

「関係ないって言葉は使うな」

「お前の先祖と俺の先祖が他人だって」

「どうして決めつけられる?」


月夜

「あ……」

「えっと」

(いや繋がりあるともいえないじゃん)

(いきなり何言ってるの?)

(急にキレないでよ)

(怖いんですけど)


神太郎

「血の繋がりがなくても先祖は先祖だ」

「先祖がいたから」

「俺たち子孫がこの世にいるんだ」

「先祖は敬え」

「今の自分がいるのは先祖のおかげだ」

「いいな」

「たとえ関係が薄い先祖だろうと」

「侮辱するのは俺が許さねぇ」

「わかったか」


月夜

「う」

「うん」

「わかった」

「ごめん」

(……うわぁー面倒くさい)

(なんかさっき一瞬だけ好感度上がったけど)

(また嫌いになったかも)

(なんなのこいつ)

(マジ意味わかんない)


神太郎

「──あと少しで頂上だ」


月夜

「ちょっと待って」

「休憩させて……」

「喉乾いちゃった」


神太郎

「……」

「お前」

「水筒はどうした?」


月夜

「自販機で買おうと思ったから」

「持ってきてない……」


神太郎

「………」


階段を登る音


月夜

「ちょっと!」

「シカトしないでよ!」


○7月19日土曜日 14:50

簾山墳穂墓地(通称:カクレキリシタン墓地)


神太郎

「ここだ」

「ついたぞ」


月夜

「はぁはぁはぁ」

「マジで無理」

(ミュールなんて履いてくるんじゃなかった)

(足痛い…)

(絆創膏足りるかな)


神太郎

「そこに湧き水出てるから」

「顔洗え」


月夜

「……これ」

「飲める水なの?」


神太郎

「山の湧き水だ」

「飲めるよ」


水で顔を洗う音


月夜

「はぁー」

「冷たい!」

「水美味しい!」


神太郎

「そいつはよかった」


月夜

「ああもう!」

「疲れた!」

「てか」

「こんな高い場所に連れてきて」

「何なの?」

「何が目的?」


神太郎

「ここの墓」

「見てみろよ」


月夜

「どれ?」


神太郎

「これだ」

「来いよ」


月夜

「……?」

「これがどうしたの」

「普通のお墓じゃない」


神太郎

「そうだな」

「見た目は普通の仏式の墓石だ」

「でも見ろよこれ」

「ここ」


月夜

「え?」

「なに?」


神太郎

「ここ」

「この墓の壁」

「よく見たら取っ手があるだろ?」


月夜

「あ」

「本当だ」


神太郎

「これはつけ外しができるだ」

「この取っ手を掴んで横に引けば」

「ほら」


墓石のパーツがスライドする音


月夜

「あ」

「十字架だ」


神太郎

「カクレキリシタンたちは」

「人が来ない時は」

「ここの取っ手を外して」

「手をこうして拝んで祈っているんだ」


月夜

「……?」

「普通に手を合わせてるだけ?」


神太郎

「ここ見てみな」

「親指と親指をクロスさせてるだろ?」

「これで十字を切ってるんだ」


月夜

「へぇ」

「そうなんだ」

(早く降りたいな……)

(足痛い)

(しばらく歩きたくないかも)


神太郎

「白鷺月夜」

「お前は死んだら」

「天国に行くと思うか?」


月夜

「え?」

(急に何なの?)


月夜

「……わかんない」

「考えたこともないかも」


神太郎

「──バテレン(宣教師)たちが来る前」

「俺の先祖たちは『地獄に落ちる』と坊主に言われたそうだ」


月夜

「……地獄に?」


神太郎

「随分な決めつけだろ?」

「だけどよ」

「理由はあったんだ」


神太郎

「俺の先祖の先祖は」

「山賊だったか盗賊だったか」

「人を殺してその日を生きていた」

「野蛮人だったらしい」

「武士でもなく」

「バケモノともモノノケとも呼ばれていたそうだ」


月夜

「……そうなんだ」


神太郎

「先祖の先祖が犯した罪のせいで」

「仏様は許してくれない」

「罪っていうのは必ず自分に返ってくる」

「因果応報ってやつだ」

「子々孫々末代先まで」

「死んで地獄行きなのは確定だと」

「坊主は言ったそうだ」


神太郎

「けどよ」

「先祖の先祖が犯した罪のせいで」

「子孫全員が」

「地獄行きまっしぐらっていうのは」

「あまりに救いがないだろ」


神太郎

「戦国時代のあの頃」

「飢えや病で死ぬことは当たり前」

「散々この世で嫌な目に遭ってるのに」

「死んでまた地獄なんてよぉ」

「理不尽すぎる」


月夜

「……」


神太郎

「そんな時」

「先祖が出会ったのが」

「バテレン(宣教師)だった」


神太郎

「バテレン(宣教師)は」

「先祖の心を救ったんだ」

「仏様が許さなくとも」

「神様は赦してくれる」

「神様を信じていれば」

「天国(パライソ)に行くことができる」

「そう言ったんだ」


月夜

「……」


神太郎

「月夜」

「お前」

「何を信じている?」


月夜

「……家は何も」

「無宗派だよ」

「仏壇もないし」


神太郎

「神仏は信じない家柄か」


月夜

「わからない」

「お父さんが仏教芸術の仕事に関わってるけど」

「そういうお話は一度もしたことないかも」


神太郎

「……」


神太郎

「──この墓」

「当時四歳だった子供も入っているそうだ」


月夜

「……え?」


神太郎

「禁教令で多くの宣教師や信者が殉死した」

「キリシタンを弾圧する役人たちに殺されたんだ」

「三百とか四百とか」

「正確な数はわからねぇが」

「たくさん死んだんだ」

「うちの村の人間もたくさん死んだ」

「大人も子供も関係ない」

「見せしめにたくさん殺されたんだ」


神太郎

「この墓は」

「役人に殺されたキリシタンたちの墓だ」

「ただ自分たちを救ってくれた神様を信じているだけなのに」

「殺された人たちの墓だ」


月夜

「……」


神太郎

「合理主義の現代の人間には」

「理解されにくい価値観だろうぜ」


神太郎

「先祖たちは“地獄に落ちる”って言われたんだ」

「坊主たちから一生救われないとも突き放された」

「ばけものは地獄行きまっしぐらだって」

「──だけど」

「死んで地獄行きっていわれた俺たちを」

「パライソ(天国)に行くことができると教えてくれた奴がいたんだ」

「信じれば救われると言ってくれたんだ」

「赦してくれる神様がいるって」

「教えてくれた奴がいた」


月夜

「……」


神太郎

「誰からも見離された人間が」

「唯一救ってくれた人間に出会った」

「バテレンは先祖に生きる希望を与えてくれた」

「恩人だ」


神太郎

「たとえどんなに傷つけられようと……」

「恩人の教えを」

「心を」

「守り続けたい」

「それが『人間』だって俺は信じている」

「今の俺たちがいるのは」

「先祖のおかげだ」


神太郎

「カルトだろうと何といわれようと構わない」

「俺たちが250年間」

「頑なに外部の人間に存在を隠すのは」

「先祖を救ってくれたバテレンたちの」

「『恩義』のためだ」

「心を救ってくれた恩義のため」

「キリシタンの教えを絶やさないように」

「世間から隠して」

「守ってきた」


神太郎

「──それが俺たち」

「カクレキリシタンだ」


月夜

「……」


神太郎

「──ふっ」

「バカみたいに熱くなっちまったな」


砂利を踏む音


月夜

「え?」

「なに?」


神太郎

「足」

「見せてみろ」

「絆創膏」

「これぐらいしかないけど貼らせてくれ」


月夜

「あ!」

「いや!」

「いいよ!」

「自分で貼るから大丈夫!」

「ありがとう…」


神太郎

「悪かったな」

「こんなところに付き合わせて」

「あんたのさっきの顔を見て」

「先祖を紹介したくなったんだ」

「外から来たあんたには理解しにくいことかもしれないが」

「俺たち」

「いや」

「俺にとって大切な存在なんだ」

「ご先祖様っていうのは」


月夜

「……ごめん」

「あたし」

「宗教とか正直よくわからない」


月夜

「けど」

「神太郎くんが」

「ご先祖様のことを」

「家族のことを」

「とても大切にしてるっていうのだけは」

「よくわかったよ」


神太郎

「……」

「──なぁ」

「よかったら」

「拝んでくれないか?」

「カクレキリシタンじゃないけど」

「あんたがただのよそ者じゃないことを」

「ご先祖様に報告したいんだ」


神太郎

「お前の親父は」

「俺の先祖のために仕事をしてくれている」

「先祖も」

「お前の親父とお前には感謝してるはずだから」


月夜

「──ありがとう」

「お祈りは」

「こうでいいの?」


神太郎

「ああ」

「それでいい」

「その指の組み方でいい」


セミの鳴き声


○7月19日土曜日 17:34

墳穂村黒翼家 正面玄関


神太郎

「着いたぞ」

「起きろ」


月夜

「…へ?」

「着いたの?」


神太郎

「爆睡してたなお前」


月夜

「へぷちっ」

「うう」

「寒ッ」

「なに急に冷えた?」


神太郎

「このあたりは寒暖差激しいんだ」

「夜になると結構冷えるぞ」

「もう日も沈むしな」

「ほら」

「おふくろのブランケットだ」

「薄手だがないよりマシだろ」


月夜

「……あの」

「これから登るの?」


神太郎

「はぁ?」

「何言ってる?」

「この時間で登山したら死ぬぞ」


月夜

「え」

「でも」

「海円寺は海円山の中腹にあるって」

「剱岳よりも難しいって…」


神太郎

「いや何言って──」

「……………」

「あー」

「そういうことか」

「わかった」

「お前の言ってるのは『本堂』の方か」


月夜

「本堂?」

「ここが本堂じゃないの?」


神太郎

「いや」

「ここはただの──」


円斎

「こら神太郎!」

「貴様どこほっつき歩いておった!」


神太郎

「げ」

「じいちゃん」


円斎

「また勝手にわしの軽トラ使いおって!」

「今度勝手に乗ったら」

「無免許運転で通報してやる!」


神太郎

「うるせぇな」

「自転車ぶっ壊れてどこにも行けねぇじゃんか」

「ガタガタうるせぇんだよクソじじいが」


円斎

「なんじゃとぉ!」

「──って」

「誰じゃこの女の子は」


神太郎

「ああ」

「辰彦の娘の」

「月夜だ」


月夜

「あ」

「あの!」

「ご挨拶遅れてすみません!」

「白鷺辰彦の娘の」

「白鷺月夜です!」

「この度は事前のお約束もないまま訪問してしまい申し訳ありません!」


円斎

「──な!」

「辰彦くんの娘!?」

「まさか東京から一人で来たのか!?」


月夜

「…は」

「はい」

(ここの人たち)

(なんか東京から一人で来ることに驚く人多いな)

(そんなに珍しいことなのかな?)


円斎

「なんと…」

「こちらこそ申し訳ない……」

「辰彦くんが大丈夫というものだからつい甘えてしまったが」

「そうじゃよな…」

「いくらなんでも半年は引き留めすぎたな…」


月夜

「いえ」

「ちゃんと事情を説明しなかった父が悪いので」

「むしろ半年間も図々しく海円寺さんにご迷惑をおかけしてしまって…」

「すみませんでした」


円斎

「……なんと立派な娘さんだ」

「さぁさぁ」

「立ち話もなんですから」

「とりあえず中に入ってくれ」

「今日はもう遅いし家に泊まってくれ」


月夜

「ありがとうございます!」


○7月19日土曜日 17:45

墳穂村黒翼家 客間


神太郎の母

「あら〜」

「わざわざ東京から一人で来たの!?」

「まぁそれは申し訳ないことをしたわね」

「さぁ座って座って」


神太郎の父

「いやー本当にすまなかったね」

「辰彦くんとは気が合ってね」

「君の話もちょくちょく聞いていたんだけど」

「そうだな」

「半年も帰らなければ心配するよね」

「本当に悪かったよ」


月夜

「あ」

「いえいえ」

「そんな大丈夫ですよ」


神太郎の母

「その格好だと冷えたでしょ」

「薄着だとこのあたりは夜は冷えるわよ」

「お風呂沸くまで待っててちょうだい」


神太郎の父

「僕は辰彦くんを呼んでくるよ」

「すぐに来るからお茶でも飲んで待ってて」


月夜

「ありがとうございます」


お茶を飲む音


月夜

(ああ)

(美味しい)

(生き返る……)

(やっと安心したかも)


円斎

「──おい」

「神太郎」

「お前」

「月夜さんに粗相をしてないだろうな」


神太郎

「してねぇよ」

「むしろ助けたんだよ」

「半蔵と建人が勘違いして」

「忘却針を使おうとしてたんだ」


円斎

「なに!?」

「本当か!?」


月夜

(半蔵と建人…?)

(あのご飯屋さんにいたチンピラ二人のことかな)


神太郎

「ああ」

「あいつら『金森の家』だからな」

「近々話し合うことになりそうだな」


円斎

「──そうじゃな」

「こちらの落ち度もあったわけだし」

「難儀なことになりそうじゃのぉ」


月夜

「……あの」

「もしかしてあたしなにかご迷惑を…?」


円斎

「いや」

「こちらの問題じゃ」

「心配しなくてもいい」

「よくある田舎の人間特有の揉め事ってやつじゃ」


月夜

「……そうですか」


辰彦

「……月夜?」


月夜

「⁉︎」

「お父さん‼︎」


辰彦

「お前なんでここに……」


月夜

「……お父さん」


辰彦

「え?」


平手音


月夜

「……」


月夜

「……うう」

「ううううううう」

「うううう」

「よかった…」

「無事で良かった……」


辰彦

「……月夜」

「人前だぞ」

「そんな抱きつくな」


月夜

「……すっごい怖かったんだよ」

「ヤマギさんがカルト集団とかいうから」

「お父さん死んだんじゃないかって…」


辰彦

「カルト集団って」

「お前」

「なんて失礼な」


円斎

「──いや」

「そういわれても仕方がない」

「よそ者から見れば」

「カルト集団みたいなもんですからのぉ」

「わしらは」


辰彦

「ですが」


円斎

「それよりも」

「あなたの誠意に甘えて」

「ご家族にご迷惑をおかけしたことを」

「詫びさせてほしい」

「本当にすまなかった」


辰彦

「円斎さん」

「やめてください」

「頭を上げてください」

「僕が決めたことです」

「あなたたちのことを誰にも話さない」

「あなたたちの文化や想いを尊重したかっただけです」

「娘に理解するように説明できなかった僕の責任です」


円斎

「──とにかく」

「月夜ちゃんが無事でよかった」


円斎

「積もる話もあるじゃろうが」

「まずは風呂に入ってもらうのはどうじゃ」


○7月19日土曜日 18:10

墳穂村黒翼家 浴場前


神太郎母

「月夜ちゃん」

「ごめんね」

「パジャマ」

「あたしのお下がりだけどいいかしら?」


月夜

「はい」

「ありがとうございます」


神太郎母

「うちのお風呂は都会と違って」

「ちょっと離れた場所にあってね」

「そこの廊下渡った先にあるから」

「神太郎に案内させるわ」


神太郎母

「神太郎」

「ちゃんと案内するのよ」

「あと離れちゃダメだからね!」


神太郎

「うるせぇな」

「わかってるよ」

「行くぞ月夜」


神太郎母

「あんた!」

「月夜ちゃんになんて口の利き方!」


月夜

「あの」

「神太郎くんのお母さん」

「大丈夫ですよ」

「あたし気にしてないんで」


神太郎

「だそうだ」

「本人がそう言ってるんだ」

「いいじゃねぇか」


拳骨の音


神太郎

「っ痛ぇ」


神太郎母

「月夜ちゃん」

「本当にこんな口の悪い息子でごめんなさいね」


月夜

「あ…」

「いえいえ」

「お風呂いただきます」

(振りかぶってたよね?)

(パンチすっごい振りかぶってた……)

(神太郎くんのお母さんすごい)

(めちゃ容赦ない…)


神太郎母

「ゆっくり浸かってちょうだいね」

「……神太郎」

「くれぐれもバカなことはしないように」

「大事なお客様なのよ」


神太郎

「わーってるよ」

「痛いなぁ」


廊下を歩く音


神太郎

「……」


月夜

「……広いね」

「お家」


神太郎

「まぁ田舎の家だからな」


月夜

「……あの」

「まさかお風呂入ってる間」

「ずっと近くにいるの?」


神太郎

「なんだ」

「文句あるのか?」


月夜

「あるよ」

「落ち着いて入りたいしこっちは」


神太郎

「俺も自分の部屋に戻りてぇーよ」

「けどおめーは大事な客人だろ?」

「このあたりは熊と猪が出るんでな」


月夜

「は?」

「熊?」

「猪?」


神太郎

「先々月ぐらいに」

「猪が間違って風呂場に突進したことがあってな」

「いつもは金網電流流してるんだが」

「たまたまぶっ壊れたみたいでよ」

「今まだ修理中なんだ」


月夜

「……」

「お風呂やめとこうかな」

「1日くらい入らなくても死なないだろうし」


神太郎

「へぇ」

「都会育ちは不潔なんだな」

「汗まみれの体で布団に入るつもりなんだな」


月夜

「……」


○海円寺 浴場


月夜

「うひゃー!」

「気持ちいい!」


神太郎

「……そいつはよかった」


月夜

「覗いてないよね?」

「イノシシ来てないよね?」


神太郎

「覗いてねぇし」

「イノシシ来てねぇよ」


月夜

「これ温泉?」

「檜のお風呂ってあたし初めて!」

「めちゃ広いし気持ちいい!」


神太郎

「気に入ってくれてなによりだ」

「地下に温泉があるんだ」

「じいさんと親父が作った風呂場だ」

「5年前くらいに村興しで観光地化させようって話も出たんだけど」

「いろいろあって頓挫しちまったんだ」


月夜

「へぇ」

「そうなんだ」

「もし温泉宿とかできたら」

「お客さんいっぱい来るんだろね」


神太郎

「……そうかもな」


鈴虫の鳴き声


神太郎

「……」

「なぁ」

「東京は長いのか」

「お前」


月夜

「え?」

「まぁ」

「生まれも育ちもそうだから」

「そうだね」


神太郎

「東京にはよ」

「チーズドックっていうのがあるのか?」


月夜

「チーズ…?」

「ああ」

「新大久保の」

「そうだね」

「ちょっと流行りじゃないかもだけど」

「まだ売ってると思うよ」


神太郎

「わたあめもあるのか」

「トルコアイスとか」


月夜

「?」

「あるよ?」

「なに?」

「食べに行きたいの?」

(へぇ)

(厳つい見た目と違って意外に可愛いのが好きなんだ)

(神太郎って)


神太郎

「ネット通販を使えば大概のモノは買えるが」

「焼きたてのチーズドックは買えない」

「チーズドックってどんな味がするのか」

「一度食ってみてぇ」


月夜

「……」

「──神太郎くんは」

「学校には行ってるの?」


神太郎

「いいや」

「中学卒業してからは」

「ここで修行してる」

「カクレキリシタンで寺の息子だからな」

「俺」


月夜

「そうなんだ」


神太郎

「……」


月夜

「……」


月夜

「……ねぇ」

「神太郎くんは将来やりたいこととかあるの?」


神太郎

「しっ」

「──ちょっと待て」


月夜

「え?」

「どうしたの?」


神太郎

「何か匂わないか?」


月夜

「え?」


神太郎

「血の匂い……」

「しかも」

「人間じゃない」

「動物の『血の匂い』だ」


月夜

「うそ…」

「熊が出たの?」


神太郎

「そこから動くなよ」

「今様子見てくるから」


月夜

「ちょ!」

「行かないでよ!」


草を踏む足音


月夜

(嘘でしょ…)

(一人にしないでよ)


フクロウの鳴き声


月夜

「うわぁ!」

「ちょっ」

(無理!)

(出る!)

(こんなところ一人でいられない!)


お湯の飛沫の音


月夜

(ってあれ)

(バスタオルどこ)

(さっき着替えと一緒に入れてたのに…)


枝が折れる音


月夜

「きゃぁああ!」


神太郎

「……おい」

「なに裸でうろちょろしてるんだお前」


バスタオルを投げる音


月夜

「へ?」


神太郎

「風でタオルが吹っ飛んでいたぞ」

「屋外の温泉場だって忘れるな」

「ここは」

「カゴ置く時はもう少し風で飛ばされない場所においておけ」


月夜

「……見てないよね?」


神太郎

「……見てねぇよ」

「早く着替えろ」

「前向けねぇだろうが」


月夜

「ちょっとしばらくそっち向いてて」


神太郎

「……わかった」


月夜

「──血の匂いがどうとかっていってたけど」

「なんだったの?」


神太郎

「ああ」

「こいつだ」


月夜

「──?」

「そのビニール袋に入ってるのは何?」


神太郎

「カラスの死体だ」


月夜

「!?」

「え?」


神太郎

「一羽だけじゃなかった」

「俺が見つけただけでも」

「一五」

「いや…二〇羽はいた」

「そのまま放置してると虫が集るから」

「ビニールに包み込んだ」

「親父とじいさんに報告してこのあと」

「埋めに行く予定だ」


月夜

「どうして…」

「カラスの死体が?」


神太郎

「さぁな」

「わからねぇ」

「俺が知りてぇよ」


○海円寺 住居スペース 居間


円斎

「…カラスの死体じゃと?」


月夜

「はい」

「お風呂場から少し離れた敷地内で」

「血まみれのカラスの死体が二〇羽かたまって死んでいたそうです」


円斎

「……」

「そうか」


辰彦(月夜父)

「円斎さん」

「なにか心当たりでもあるのでしょうか?」


円斎

「──陽介くん(神太郎父)」

「神太郎はどこじゃ?」


陽介(神太郎父)

「カラスの死体には直接触らないよう伝えています」

「トングとゴム手袋」

「念の為にマスクをつけるよう指示しています」

「私の知り合いに鳥インフルエンザの研究をしている人間がいるので」

「明日来てもらうよう連絡しようと思います」


円斎

「うむ」

「そうじゃな……」


腹の虫が鳴る音


月夜

「……」

(うう)

(めっちゃ恥ずかしい)


円斎

「はは」


神太郎母

「心配してもしょうがないわね」

「もう日も暮れたし」

「お食事にしましょう」


陽介(神太郎父)

「今日の夜は何かな?」


神太郎母

「お隣さんから山菜とキノコをどっさりもらったから」

「山菜とキノコのてんぷらとお吸い物よ」


円斎

「おお」

「いいのぉ」

「月夜ちゃん」

「うちはこう見えても寺だから」

「肉と魚はないが」

「山菜とキノコはかなり美味いぞぉ」


月夜

「本当ですか!」

(やったぁ!)

(お昼からずっと食べられなかったから)

(やっとご飯食べられる!)

(嬉しい!)


辰彦(月夜父)

「すみません」

「うちの娘まで厄介になりまして…」


円斎

「いや本当じゃよ」


辰彦(月夜父)

「う…」


円斎

「っていうのは冗談だが」

「辰彦くん」

「明日一度家に帰りなさい」

「聞くところによると」

「娘さんの学費入金手続きをきっちりせずに」

「うちの仕事をしていたそうじゃないか」


辰彦(月夜父)

「あ」

「いや…」

「まぁ」


円斎

「そういうのはきっちりやってから」

「仕事をやるように」

「じゃないと娘さんに迷惑をかけることになるからのぉ」


月夜

「本当ですよ」

「もっと言ってやってください」


辰彦(月夜父)

「はは」

「まいったなぁ」


神太郎母

「みなさーん」

「ご飯の準備できましたよー」


円斎

「おおそうじゃったのぉ」

「行くか」


月夜

「はい!」

「あ」

「でも神太郎くんが」


陽介(神太郎父)

「あいつはすぐに来るから大丈夫だよ」

「さ」

「行こう」


戸が開く音


店主(水谷)

「──ごめんください」


神太郎母

「はーい」

「あら」

「水谷さん」

「こんな時間にどうかされたのですか?」


店主(水谷)

「……そちらに女の子一人」

「来ていませんかね?」


神太郎母

「え?」

「あ」

「ちょっと」


床を乱暴に歩く音


円斎

「…水谷くん」

「どうしたんじゃそんな神妙な面をして」

「ん?」

「その腰に差しているのは……」


店主(水谷)

「いんのみねぱとりすえとふぃりぃすぴりちゃすさんちあいめん」


月夜

「…え?」


鞘から刀を抜く音


店主(水谷)

「──悪霊め」

「成敗してくれる」


辰彦(月夜父)

「な!」


神太郎母

「きゃぁあああ!」


陽介(神太郎父)

「うわぁああ!!」


円斎

「何をやっとるんじゃ!」

「気は確かか⁉︎」


店主(水谷)

「ぬううううう!」

「離せ!!」

「こいつは殺さないと」

「俺たちが全員死ぬぞ!」


円斎

「陽介くん!」

「辰彦くん!」

「わしが押さえつけている間に」

「はやく刀を!」


陽介(神太郎父)

「離せ!」

「このぉ!」


床に転がる水谷


店主(水谷)

「はぁはぁはぁ」


円斎

「はぁはぁはぁはぁはぁ」

「こんな夜中に」

「はぁはぁ」

「突然来たと思ったら」

「はぁはぁはぁはぁはぁはぁ」

「何を考えておるんじゃ」

「この馬鹿たれが」


神太郎母

「月夜ちゃん大丈夫?」


月夜

「だ」

「大丈夫です…」

(この人)

(昼間のお食事処にいた)

(店主さん?)


店主(水谷)

「はぁはぁはぁ馬鹿野郎は」

「お前たちだ」

「このガキが『何なのか』知ってるくせに」

「寺に入れやがって……」

「金森の一族は黙っていないぞ」


円斎

「そんなのわかっておる」

「明日わしの方から説明するつもりじゃ」


店主(水谷)

「もう遅いんだよッッッ!!!!!」

「半蔵と建人が死んだんだ!」

「さっき!」


円斎

「──なに?」


神太郎母

「うそ」

「ハンくんとタケちゃんが?」


店主(水谷)

「畑にあった鎌で」

「首を掻っ切ったんだ」

「自殺なんて考えたことがねぇようなバカだぞ」

「なんで死んだかわかるか?」


店主(水谷)

「そのガキが!」

「全身から『悪魔の匂い』を発してるからだよ‼︎」


月夜

「え?」


月夜

(悪魔の匂い…?)

(なに?)

(どういうこと?)


店主(水谷)

「こいつは悪魔に魅入られた『餌』なんだ」

「気づかなかったか?」

「自分の周りで『死人』が多いことに……」

「悪魔に魅入られた『餌』は」

「周りにいる生き物を『死』に追いやる習性があるんだ」

「おかしいと思わなかったか?」

「自分の周りであまりにも『死』が近くに感じるってことに」


月夜

「……??」

「なんの話ですか?」


円斎

「やめろ水谷」

「この娘を混乱させるな」


店主(水谷)

「クソじじい」

「視えてるのはわかってるんだよ」

「さっきからそのガキの背中から」

「黒い『モヤ』が出ていることに!!」


円斎

「……」


月夜

「……モヤ?」


神太郎

「おいおい」

「騒がしいと思ったら」

「水谷のおやじ」

「来てたんだな」


店主(水谷)

「──神太郎…」

「後悔しないと言ったはずだよな……」

「半蔵と建人が死んだ」

「どう落とし前つける気だ?」


神太郎

「……」

「落とし前つってもなぁ」

「別に月夜があいつらを殺したわけじゃねぇだろ」


店主(水谷)

「殺したも同然だ」

「悪魔に魅入られた女は」

「この世を地獄に落とす『魔女』になるんだ」


店主(水谷)

「魔女は」

「殺すしかない」


店主(水谷)

「この土地の人間を守るためには」

「殺すしかないんだ」


神太郎

「……」

「なんつーか」

「悪いけど水谷のおやじ」

「今日は帰ってくれ」


店主(水谷)

「なに?」


神太郎

「殺したところで」

「何の解決になる?」

「殺しても『匂い』が消えるわけじゃねーぞ」

「余計な面倒が増えるだけだぞ」

「むしろ『匂い』が残留する」

「その理屈ぐらいわかるだろ?」


店主(水谷)

「……」


円斎

「神太郎の言うとおりじゃ」

「今その娘を殺したところで」

「この土地に匂いが染みつくだけじゃ」

「神聖なこの土地に『悪魔そのもの』を招きたくはないじゃろ?」


店主(水谷)

「……」


円斎

「半蔵と建人には申し訳ないことをした」

「神太郎の無礼もわしが謝る」

「だがな」

「ご先祖様がおっしゃった通りに」

「いつまでも」

「隠れ続けることはできん」

「ということじゃ」


円斎

「水谷くん」

「いずれは覚悟をせんとあかんことじゃ」

「わかるじゃろ」

「お前にも」


円斎

「落とし前について」

「金森の婆さんとわしが話し合うことにしよう」

「今日のところはわしの顔に免じて」

「容赦してくれぬかのぉ」


店主(水谷)

「……円斎さん」

「あんたに免じて今日のところは帰ってやる」

「だが」

「約束しろ」

「その女を近いうちに」

「あんたらの手で殺すんだ……」

「でなければ俺が殺す」

「いいな」


円斎

「……」


戸が閉まる音


円斎

「……やれやれ」

「肝を冷やしたぞ」


陽介(神太郎父)

「すみません」

「お義父さんがいて助かりました」


円斎

「神太郎!」

「金森の相談役と揉めていたことを」

「どうして隠していた!」


神太郎

「うるせぇな」

「隠してねぇよ」

「別に揉めたつもりもねぇよ」

「あいつが勝手に逆恨みしてるだけだ」


月夜

「……」


辰彦(月夜父)

「月夜」

「大丈夫か」


月夜

「……ごめん」

「びっくりしすぎて腰が抜けちゃった…」

「しばらく座らせて……」


円斎

「……月夜ちゃん」

「すまんかったな」

「妙なことに巻き込んでしまったようで」


月夜

「いえ」

「あの……」

「すみません……」

「いきなりだったものだから」

「あたし混乱しちゃって……」


円斎

「……そうじゃろうな」

「悪いな辰彦くん」

「少し月夜ちゃんを借りるよ」

「例の場所に彼女を案内しようと思う」


辰彦

「円斎さん」

「いいのですか?」


円斎

「致し方ないことじゃ」

「神太郎」

「お前も来い」


神太郎

「……ああ」


月夜

「あの」

「どこに行くんですか?」

「例の場所って?」


円斎

「『聖域』じゃ」

「月夜ちゃん」

「すまんが君に見せたい物がある」

「わしについて来てくれんか」


○海円寺 物置部屋


月夜

「あの」

「ここは?」


円斎

「表向きは物置部屋じゃが」

「用があるのはここではない」

「神太郎」


神太郎

「ん」


地下通路の扉が開く音


月夜

「え」

「階段?」


円斎

「ほれ」

「懐中電灯じゃ」

「それに登山靴」

「わしの婆さんが使っていた靴じゃ」

「多少サイズは違うだろうが」

「我慢してくれ」


月夜

「あ」

「ありがとうございます」


円斎

「ここから先は部外者完全に立ち入り禁止じゃ」

「くれぐれも他言無用じゃぞ」


○海円寺 地下墓地


月夜

「すごい……」

「……このお寺の下に」

「こんな地下があるなんて」

「まるで鍾乳洞みたい」


神太郎

「………」


水滴


月夜

「きゃ!」


神太郎

「うるせぇぞ」

「ただの水滴だ」

「いちいち騒ぐな」


月夜

(……神太郎くん)

(ここに入ってからすごいピリついてる……)

(円斎さんもずっと黙ってるし)

(さっきから二人ともすごい怖い)


円斎

「着いたぞ」


月夜

「ここは……」


円斎

「カタコンベ(地下墓地)じゃ」

「気をつけろ」

「うっかり壁には触るなよ」


月夜

「……壁?」

「ひ!」

「骸骨⁉︎」

「骸骨が壁に埋まってる⁉︎」


円斎

「ここに埋葬された遺体は」

「わしらの先祖」

「禁教令時代のカクレキリシタンたちじゃ」

「仏式で葬儀を済ませたあと」

「遺体を掘り返してこの地下墓地に埋葬し直すという習わしがあったそうじゃ」

「この地下墓地にはカクレキリシタンたちの遺体が」

「埋葬されている」


月夜

「なんでそんなことを……」


円斎

「パライソ(天国)に行くためじゃ」

「わしらカクレキリシタンは」

「仏様がおる極楽浄土は行けないからな」


円斎

「ここでオラショ(聖典)を読んでもらえれば」

「パライソに行けるとみんな信じておったのじゃ……」

「月夜ちゃん」

「この上を見なさい」


月夜

「……上?」

「え⁉︎」


月夜

「……これ」

「女の人…?」


円斎

「そうじゃ」

「『聖母マリア様』じゃ」

「わしの先祖がバテレンから受け継いだ聖母マリアの絵図を元に」

「この地下墓地の天井に描き上げたとされている」

「まだ世の中には公表していない」

「わしら黒翼の一族のみが知る秘密の天井画じゃ」


月夜

(……すごい)

(描かれてるのは聖母マリアだけじゃない)

(良く見たら天使や悪魔、最後の審判のモチーフみたいなのも描かれている)

(システィーナ礼拝堂にある天井画なみの人体描写と画力だ……)

(これが江戸時代後期から描かれた作品って…)

(国宝級すぎる…)


円斎

「神太郎」

「持ってきたか」


神太郎

「ああ」


月夜

「?」

「あの」

「円斎さん」

「神太郎くんが持ってるそれはなんですか?」

「鏡?」


円斎

「切支丹鏡じゃ」

「一般的には『魔鏡』とも呼ばれている」

「わしらカクレキリシタンが」

「世間から隠れて信仰するために」

「鏡の中にキリスト様の像を仕込んだ特殊な鏡じゃ」


円斎

「この鏡は光を当てればキリスト様が映るようになっているが」

「同時に『この世ならざる者』も映すことができるんじゃ」


月夜

「……この世ならざる者?」


円斎

「月夜ちゃん」

「わしらの信仰形態は世間一般じゃ受け入れられないものじゃ」


神太郎

「……」


円斎

「わしらは新興宗教団体ではない」

「かといって表の世界で認識されている伝統宗教でもない」

「カトリックでもプロテスタントでも」

「仏教でもない」

「仏教の一派に身を隠した」

「カクレキリシタンという宗教じゃ」

「ゆえに」

「わしらの存在は大きな誤解を生むことも多々ある」

「カルト集団と揶揄されることもある」

「それをわかってほしい」


円斎

「これから見せるものは」

「ただの『事実』じゃ」

「決して君に不安を煽るつもりはないということを」

「先に伝えたかった」

「わしらは詐欺師でもペテン師でもないことを」

「理解してほしい」


月夜

(なに?)

(どういう意味?)


円斎

「神太郎」

「鏡を月夜ちゃんに」


神太郎

「わかった」

「よぉ」

「月夜」

「これからお前に鏡を見せるけどよ」

「絶対に叫ぶなよ」


月夜

(え?)

(なに??)

(どういうこと?)


月夜

「……」

「?」

「なにも映ってないよ?」


神太郎

「まぁ黙って見てろよ」


月夜

(……あれ?)

(なにこれ)

(あたしの背中あたりに)

(この黒いモヤみたいなのが見える?)

(ゆらゆらなんか浮いて……)

(──いや)

(待って)

(これって…)


尻餅をつく音


月夜

「……い」

「今」

「モヤの中に人の顔が…」


円斎

「人ではない」

「こいつらはただの『亡者』じゃ」

「悪魔の匂いにつられてついてきただけで」

「害はない」

「直接君に攻撃することも触ることもできん存在じゃ」


月夜

(害はないって…)

(嘘でしょ?)

(めっちゃ見てるんですけど…)

(しかも一人だけじゃなくて)

(二人……)

(いやもっといる?)


神太郎

「言っとくが」

「こいつらが原因でお前の周りで不幸が続いてるわけじゃねーからな」

「こいつらはただお前に引き寄せられただけの」

「ゴミとかホコリみたいなものだ」

「祓ってもまた別の亡者どもがくっついてくるだけだ」


月夜

「……」

「あの」

「ごめんなさい」

「もう少しわかる言葉で説明を……」

「…………」

「うぐっ!」


円斎

「⁉︎」

「なに⁉︎」


神太郎

「おい冗談だろ…」

「『実体化』していやがるだと?」


月夜の首を絞める音


円斎

「ばかタレ‼︎」

「なに悠長なことをいうてる⁉︎」

「はよう鏡を伏せろ‼︎」


神太郎

「見ればわかるだろ」

「とっくに伏せてる!」


円斎

「なんじゃと……」


神太郎

「どうやら鏡に布を被せた後に」

「亡者が実体化してるようだ」

「こいつらただの亡者じゃねぇぞ」


月夜

「あぐぐっ…」

「た…たすけて」


神太郎

「……じいさん」

「悪いが『アレ』使うぞ」


円斎

「なに⁉︎」

「ならん‼︎」

「人前でアレを使うのは危険じゃ!」


神太郎

「悠長なこと言ってる場合かよジジイ!」

「いんのみねぱとりすえとふぃりぃすぴりちゃすさんちあいめん」


円斎

「神太郎!」

「やめろ!」


破壊音


月夜

「かはっ!」

「げほっ!」


神太郎

「はぁはぁはぁ」


円斎

「……このばかタレが」


月夜

(なに?)

(何が起こったの?)


神太郎

「うぐっ……」

「まだ慣れねぇな畜生…」


月夜

「…し」

「神太郎くん⁉︎」

「右手から血が……」


神太郎

「来るな!」

「それ以上は近づくな!」


月夜

「で」

「でも!」


月夜の手首の骨が軋む音


月夜

「い⁉︎」

「痛い⁉︎」

「円斎さん⁉︎」

「何するんですか?」


円斎

「──よもや現世がここまで穢れていたとは…」

「これは由々しき事態じゃ」


月夜

「え?」


円斎

「……許してくれ月夜ちゃん」

「あんたに憑いたその匂いは」

「もはやただの匂いではない……」

「亡者が『悪魔そのもの』に変容しようとしていた」


月夜

「変容?」

「どういうことですか?」


円斎

「バテレンがはるばる海を渡ってイエズス教(キリスト教)を布教した理由は──」


円斎

「ただ信者を増やすことではない……」


円斎

「欧州から追われた“穢れたち”が」

「海を渡って」

「この国に根を下ろしたからなんじゃ」


月夜

「穢れたち?」

「あの」

「さっきから何の話を?」


円斎

「250年間」

「わしら一族が隠れるのは」

「バテレンたちが教えてくれた“術”を使って」

「奴らに気づかれぬよう」

「奴ら──悪魔たちを斃すことじゃ」


月夜

「悪魔……」

「い!」

「痛い!!」

「離して⁉︎」

(どうして?)

(手首を強く握られてるだけなのに)

(膝から力が抜けて……)

(立つことができない……)


円斎

「月夜ちゃん」

「すまない」

「君に憑いた匂いの正体を知るだけのつもりが」

「そうは言ってられなくなった」

「あんたに憑いた悪魔は小物じゃない」

「巨大な──」

「わしらの想像を絶する恐ろしく強い存在じゃ」

「あんたをつけ狙う奴を斃さないと」

「多くの犠牲を生むことになる」


金属音


月夜

「──嘘」

「神太郎くん」

「その手に持ってるのって……」

「まさか忘却針?」


神太郎

「悪いな月夜」

「戦争になっちまった」

「人間と悪魔との戦争だ」

「俺たち流の戦い方であいつらを斃さないといけない」

「無関係のあんたを巻き込むワケにはいかないんだ」


月夜

「いや!」

「やめて!?」

「お願──」


骨に針が通る音


月夜

「────」


耳鳴り


○7月25日金曜日 15:20

皐月高校 2年A組教室


美奈子

「──ってことがあったんだけどさ」

「聞いてる月夜?」


月夜

「……え?」


美奈子

「ちょっとどうしたの?」

「ぼーっとしちゃって」


月夜

「あ……」

「ごめん」

「何だったけ」


美奈子

「大丈夫?」

「今週ちょっと調子悪くない?」

「月曜から3日連続休んでたし」


月夜

「あ」

「えと」

「うん」


美奈子

「何そのリアクション」

「マジで大丈夫?」


月夜

「いや……」

「えと」

「ごめん」

「何だっけ」


美奈子

「ちょ!」

「ちょっとマジで大丈夫?」

「先週からずっと上の空だし」

「病院行った?」


月夜

「………あのさ」

「ちょっと変なこと聞くけど」

「あたし先週どっか出かけるとか」

「言ってなかった?」


美奈子

「は?」


月夜

「いや」

「ちょっと疲れてるのかな?」

「先週から記憶が曖昧っていうか」

「なんか夢の中歩いてるみたいで」

「ふわふわしてるんだよね」


美奈子

「マジで大丈夫?」


月夜

「リアルにダメかも……」


美奈子

「先週はカラオケ誘ったけど」

「あんたお父さんところ行くから無理って断ったじゃん」


月夜

「……お父さん」

「そうだ」

「学費が未納だったからお父さんに直談判しようとしたんだ」

「──でも」

「お父さんどこにいたんだっけ?」


美奈子

「知らないよ」

「LINEで聞いたけど教えてくれなかったじゃん」


月夜

「えと……」

「たしかヤマギさんに場所聞いた気がするんだけど……」

「え?」

「思い出せない……」

「なんで?」


美奈子

「なんかよくわからないけどさ」

「すぐ帰った方がいいよ」


月夜

「うん」

「そうする」


美奈子

「ねぇ黒翼くん」

「家近所なんでしょ?」

「連れ帰ってもらっていい?」

「あたしこのあと部活だから」


神太郎

「……ああ」

「わかった」


月夜

「クロ……ヨク?」

「え?」

「え? え?」

「誰?」


美奈子

「ちょっと」

「ワザとなら失礼だよ」

「あんたの親戚でしょ?」


月夜

「親戚?」


美奈子

「今週の月曜日くらいに」

「編入したあんたのところの遠い親戚でしょ?」

「てか」

「なんで黒翼ってうちの高校に編入したんだっけ?」


神太郎

「話しただろ?」

「どうせ東京の学校に編入するなら」

「知り合いがいるところだったら安心するんだよ」

「なんせ俺は田舎者だからな」


美奈子

「ふーん」

「そういうもんなの?」

「変わってるね」

「あたしなら知り合いがいない学校選ぶけどね」


神太郎

「俺は寂しがり屋なんだよ」


月夜

「????」

(親戚?)

(知らない)

(マジで誰?)

(美奈子も普通に話してる?)

(どういうこと?)


神太郎

「さてと」

「行くか月夜」


月夜

「え?」

「どこに?」


神太郎

「どこって」

「原宿だよ」

「チーズドック食いに行くんだ」

「ずっと楽しみにしてたからな」



1話 完

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