第3話

○7月18日金曜日 21:00

新宿某ビル内


ユナ

「──へぇ」

「カクレキリシタンっていうんだ」

「あの男の子」


ナンパ男(人狼)

「……」


ユナ

「人狼に変身しても」

「食い殺すどころか」

「返り討ちに遭ったんだね」

「すごいね」

「あのメガネくん」

「あたしファンになりそう」


ナンパ男(人狼)

「……この傷を見てくれ」

「ただの傷なら俺の能力で回復できたはず」

「だがこの傷は──」

「治すことができない」


ユナ

「うわぁ」

「痛そう」


ケイコ

「『聖傷』ね」

「祝福儀礼を施された『聖水』や『武器』で受けた時にできる傷……」

「かなり深いわね」

「人狼の治癒能力では治せない深さね」


ユナ

「えー」

「怖いなぁ」

「そんな危ないの?」


ナンパ男(人狼)

「──半端ねぇよ」

「あのメガネのガキ……」

「強すぎる…」

「俺とはまるで格が違う相手だ」


ユナ

「ふーん」

「で?」

「リベンジできそう?」


ナンパ男(人狼)

「──な⁉︎」

「勘弁してくれ⁉︎」

「もう二度とやりたくねぇよ!」


ユナ

「そうじゃなくて」

「月夜ちゃん」

「もう一回ナンパできない?」


ナンパ男(人狼)

「あ」

「いや……」

「それは……」


ケイコ

「ダメだな」

「こいつの顔はすでに割れている」

「同じ人間を使って標的に近づくことはもうできない」


ユナ

「あー」

「そっかー」

「まー」

「バレたんなら仕方がないね」

「他の方法考えるかー」


ナンパ男(人狼)

「……ああ」

「すまない」

「力になれなくて」


ユナ

「あ」

「ごめんごめん」

「そうだ」

「うっかり忘れてた」

「このまま終わりじゃなかった」

「『お仕置き』しなくちゃ」


ナンパ男(人狼)

「⁉︎」

「な⁉︎」


ユナ

「──いや」

「こういう悪の秘密結社とかだとさ」

「先陣切って失敗した雑魚キャラが」

「幹部クラスに見せしめに処刑にされたりするじゃん」

「魔法少女ものとか戦隊モノとかでさー」

「ニチアサでよくやるじゃん」

「ま」

「つまりそういうこと」


ナンパ男(人狼)

「なぜだ⁉︎」

「俺はあんたらに言われた通り」

「写真の女の子をナンパしたんだ‼︎」

「ちゃんと仕事はしたんだ⁉︎」

「それなのにどうして⁉︎」


ユナ

「んー」

「だってさー」

「お願いしたお仕事」

「失敗しちゃったじゃん」

「結局」

「月夜ちゃんはこっちにいないしさー」

「余計に相手に警戒させちゃったし」

「結果最悪って感じ」


ケイコ

「……当然の処罰よ」


ナンパ男(人狼)

「い」

「いやだぁあああああ!」

「誰か助けてぇ!!!!」


革靴で床を走る音


ユナ

「──死死死死死死死死」


犬が床を駆け回る音


ナンパ男(人狼)

「きゃんきゃんきゃん!!」


ケイコ

「……」


ユナ

「きゃー!!」

「可愛い!!」

「トイプードルだ!!」

「こっちおいで!!」

「よーしよーし!!」


ケイコ

「……どうするの?」

「これから」


ユナ

「んー」

「たしかこの子」

「闇金に戸籍売ったんだっけ」

「捜索願も出ないだろうし」


ナンパ男(人狼)

「きゃんきゃん!!」


ユナ

「とりまー」

「保健所かなぁー」

「うちだともうワンちゃんがいっぱいだから飼えないし」

「運が良かったら優しい飼い主さんが見つかると思うよ」


ケイコ

「白鷺月夜のことよ」


ユナ

「…あー」

「どうしよう」

「せっかくもっと仲良くなれると思ったのに」

「失敗しちゃったね」


ケイコ

「あの黒翼とかいうカクレキリシタン──」

「おそらく」

「こちらの正体に気づいている」

「油断はできないわ」


ユナ

「まー」

「しばらくは様子見かな」

「別にこっちから手を出さない限り」

「攻撃はしてこないんじゃない?」

「正面からバチバチやりあったってお互いメリットはないわけだし」


ケイコ

「──だったらいいんだけど」


ユナ

「でもさ」

「すごいよねー」

「神太郎くんだっけ?」

「イケメンだし」

「強いし」

「あたしファンになっちゃいそう」


ケイコ

「……」


ユナ

「もっともっとあの二人とは仲良くなれたらいいなぁ」

「そしたらさー」

「──東京がさー」

「『悪魔』のみんなにとって」

「もっと住みやすい街になると思うんだよね──」


○7月21日月曜日 07:50

地下鉄銀座線車両内


車内アナウンス

虎ノ門駅に降りる乗車客の歩く音


月夜

「……」


自動ドアが閉じる音

地下鉄の走行音


月夜

(この土日は……)

(家にこもって考え事ばかりしてた…)

(──あたしの親戚と名乗る男の子)

(──目の前で化け物に変身した人間)

(誰にも相談できないまま)

(今日になってしまった…)

(まるで夢の中にいるみたいで)

(現実感がない…)


新聞のページが捲れる音


優先座席に座る中年サラリーマン

「……」


重い荷物を背負う老婆

「……はぁ」


月夜

「……」


優先座席に座る中年サラリーマン

「……ごほん」


月夜

「……あの」


優先座席に座る中年サラリーマン

「……」


月夜

「……あの」

「すみません」


優先座席に座る中年サラリーマン

「……ん?」


月夜

「……お席」

「代わってもらうことって」

「できますか?」


優先座席に座る中年サラリーマン

「はぁ?」


月夜

「えっと」

「いや」

「おばあさんにお席を……」


重い荷物を背負う老婆

「ああ」

「いいのよ」

「別に私は」


月夜

「でも…」


優先座席に座る中年サラリーマン

「……」


新聞のページが捲れる音


月夜

「──っ!?」

(なんなのこの人!?)


神太郎

「よぉ」

「どうした?」


月夜

「あ」

「いや」

「大丈夫」

「なんでもない」


神太郎

「──よぉ」

「おっさん」

「そこのばあさんに席譲ってくれないか?」


優先座席に座る中年サラリーマン

「……」


神太郎

「シカトこくんじゃねーよ」

「あんたに言ってるんだ」


優先座席に座る中年サラリーマン

「……私に言ってるのか?」


神太郎

「他に誰がいる?」


優先座席に座る中年サラリーマン

「なぜ私にいう」

「席は他にもあるだろ」


神太郎

「──頼むぜおっさん」

「俺の顔を立ててくれよ」

「ここで揉めたくないだろ?」

「ん?」


優先座席に座る中年サラリーマン

「……ちっ」

「ふんっ」


月夜の肩にサラリーマンの肩がぶつかる音


重い荷物を背負う老婆

「──ありがとう」

「助かったよ」


神太郎

「礼を言うならこいつだ」

「よかったな月夜──」

「ってどこに行く?」


自動ドアが開く音


神太郎

「おい」

「待てよ」

「なんで逃げる?」


月夜

「ついてこないで」

「親戚なんでしょ?」

「あたしと君は」

「一緒に歩いていると恥ずかしいの」


神太郎

「なんだそりゃ」

「何が恥ずかしい?」


月夜

「……」


神太郎

「おい」

「シカトするな」

「月夜」


月夜

「馴れ馴れしく名前呼ばないでよ」

「──君はとにかく怪しいの」

「正直信用できない」

「──それに」

「あたし」

「朝は一人で過ごしたいの」


神太郎

「は?」

「んだよそれ」

「そんなつれねーこというなよ」

「親戚だろ?」


月夜

「──っ!?」

「だから!!」

「嫌だっていってるでしょ!?」


駅構内のざわつく声


月夜

「──あ」


神太郎

「…おめーよー」

「いい加減」

「ムカついたら叫ぶ癖」

「よくないぜ?」

「気をつけろ」

「周りの目もあるんだしよ」


月夜

「……ごめん」


神太郎

「さっきのばあさんもそうだ」

「俺は田舎育ちだからわからねぇが」

「東京じゃよくあることなんだろ?」

「てめぇの正義心でいちいち人に噛みつくと」

「いつか痛い目に遭うぜ?」


月夜

「……ほっといてよ」

「あんたには関係なかったの」

「余計なお節介なの」


神太郎

「ほっとけるかよ」

「この前のこと忘れたわけじゃないだろ?」


月夜

「……」


神太郎

「東京は怖ぇからな」

「いつどこでバケモノが出てくるかわからねぇ」

「辰彦も心配してるしよ」

「しばらくは俺がお前を守ってやらねぇとよぉ」


月夜

「いいから」

「あたしにこれ以上関わらないで」


早足でアスファルトを歩く音


神太郎

「……ふぅ」

「すっかり嫌われちまったな」

「俺」


着信音


神太郎

「もしもし」


円斎

「首尾はどうじゃ」


神太郎

「ん?」

「ああ」

「問題ないぜ」

「金曜日に人狼とやり合ったが」

「土日はあいつ家にずっと引きこもっていたようだから」

「とくに大丈夫だったぜ」


円斎

「なに?」

「今」

「人狼といったか?」


神太郎

「ああ」

「真昼間に変身できる人狼だ」

「ちっとばかし根性が足りないヘタレだったがな」


円斎

「バカモン!?」

「なぜすぐにわしらに報告せん!?」


神太郎

「──っ」

「うるせーな」

「電話口で怒鳴るんじゃねーよ」

「くそじじい」

「ぶちのめしてやったんだから問題ねーだろ」


円斎

「問題大アリじゃ!!」

「『人狼』が現れたんじゃぞ!?」

「近くに人狼を操る『悪魔』がいるということじゃろうが……」

「まさかこんなに早く狙われることになるとは……」


神太郎

「……」

「ああ」

「俺も驚いてるぜ」

「まさか本物の人狼と一戦するとはな」


円斎

「じいさん」

「遅かれ早かれ」

「お前と月夜は狙われる運命じゃ」

「月夜の体から漂う『悪魔の匂い』は」

「ただの『悪魔の匂い』じゃない」

「この世をひっくり返す──」

「とんでもない大悪魔の匂いじゃ」


神太郎

「……」


円斎

「あの子が街中を歩くだけで」

「あらゆる『魔』が引き寄せられる」

「逢魔のブラックホールなんじゃぞ」

「それをお前……」


神太郎

「わかってる」

「だから四六時中」

「ちゃんとあいつを見張っている」

「ガミガミ小言がうるせーんだよ」


円斎

「……うまく月夜とは付き合えておるんじゃろうな?」

「乱暴な方法で忘却針を使ったせいで」

「記憶が混乱しておるはずじゃ…」

「お前のことも警戒しておるんじゃなかろうかと思って……」


神太郎

「──心配するな」

「うまくやってるよ」

「一筋縄じゃいかねぇが」

「おもしれー女だからな」

「月夜は」


○7月21日月曜日 08:10

皐月高校 正面口下駄箱


ユナ

「おっはよー」

「月夜ちゃん」


ケイコ

「……」


月夜

「……あ」

「おはようございます」

「新垣先輩」


ユナ

「えー?」

「どうしたどうした?」

「敬語?」

「あたしと月夜ちゃんは敬語なしの仲でしょ?」


月夜

「ごめん」

「そうだよね」

「ちょっと慣れてなくて……」


ユナ

「浮かない顔だね」

「すきぴはどうしたの?」


月夜

「すきぴ……?」

「…………」

「あ!」

「いやいやいやいや!」

「ちがうちがう!」

「ちがいますから!」

「あいつは彼氏とかそんなんじゃないですから!」


ユナ

「あ」

「そっか」

「兄弟だっけ?」


月夜

「えとまぁ」

「親戚らしいんですけど……」

「あたしは認めてないっていうかその…」


ユナ

「うん?」


月夜

「いや」

「……あいつのことはいいんです」

「どうでもいいんで」


ユナ

「どうしたの?」

「喧嘩?」


月夜

「……そんなところです」


ユナ

「へぇ」

「そうなんだ」

「大変だね」


月夜

「──ケイコ先輩」

「おはようございます」


ケイコ

「…ん」

「おはよう」


ユナ

「ねぇねぇ月夜ちゃん!」

「月夜ちゃんって服飾デザイン科の大学って興味あったりする?」


月夜

「服飾デザイン科?」


ユナ

「そうそう!」

「あたしらの志望校の大学でさ」

「学祭みたいなパーティーやるみたいなの!!」

「卒業した有名デザイナーとかも来るみたいなんだけど」

「月夜ちゃんも来ない?」


月夜

「有名デザイナー…」

「へぇ」


ユナ

「参加者限定のオリジナルデザインのお洋服とかも販売するみたいでさ」

「ちょっと待ってて」

「スマホ見せるね」

「──これこれ!!」

「このワンピースとか可愛くない?」


月夜

「あ」

「可愛い」

「しかも安い……」


ユナ

「でしょ!?」


月夜

「でも」

「このパーティー」

「参加条件が」

「2人1組のペアって書いてますね」

「これってどういう意味ですか?」


ユナ

「そうそう‼︎」

「このパーティーがカップルパーティーらしくてさ」

「パートナー連れて来るのが必須条件らしいんだよね」

「恋人なら異性も同性もOKだよ」


月夜

「へぇ」

「そうなんですね」


ユナ

「ちなみにあたしはねー」

「ケイコちゃんと行くよ!」


月夜

「え⁉︎」


ケイコ

「いやいや」

「驚きすぎ」

「別に本当に付き合ってるパートナーじゃなくても大丈夫だって」


月夜

「そうなの?」


ユナ

「フリで全然大丈夫だよ」

「外から見ればわからないし」

「全然よゆー!」

「月夜ちゃんは神太郎くん誘う感じ?」


月夜

「いや」

「それはないです」


ユナ

「お」

「おん……」

「そうなの?」

「はっきりいうんだね」


ケイコ

「喧嘩中だし」

「そりゃそうでしょ」


月夜

「ええ」

「まぁ……」

「でも」

「どうしよう」

「友達がアリなら」

「美奈子に声かけてみようかな」


ユナ

「もしかして」

「相方募集する流れ?」


月夜

「そうだね」

「服に興味ある子に声かけようかなって思いまして…」


ユナ

「それならさー!」

「お願いがあるんだけど!」


月夜

「お願い?」


ユナ

「うちの服飾部の男子メンバーの」

「タイラくんも行きたいって言ってるの‼︎」

「月夜ちゃん」

「タイラくんの彼女ってことで」

「参加してもらうことできる?」


月夜

「え?」


ユナ

「本当はケイコちゃんとのカップルの予定だったんだけど」

「あたしが取っちゃったからさー」

「別に本当に付き合うわけじゃないし」

「会場に入っちゃえば別行動OKだからさ」

「最初だけいい?」


月夜

「あぁ」

「ええ」

「いいですよ」


ユナ

「やった!」

「じゃタイラくんに声かけておくね!」


月夜

(タイラくん……)

(名前だけは聞いたことあるけど)

(会ったことない人だ)

(どんな人なんだろ……)


ユナ

「お!」

「噂をすればだね」

「タイラくーん!」


タイラ

「──おぅ」

「おはよう」


月夜

(あの人がタイラくん)

(ベレー帽かぶってる……)

(ユナ先輩たちもそうだけど服飾部の人たちってみんな帽子かぶってるのはどうしてだろう)


ユナ

「今ね」

「月夜ちゃんに今週催される学祭の話してたんだけどさ」

「月夜ちゃん行ってもいいって!」


タイラ

「お?」

「マジ?」

「いいの?」


月夜

「あ」

「はい」


タイラ

「ありがとう」

「ちゃんと自己紹介してなかったね」

「僕は平良ジャック」

「ユナたちと三年の服飾部の部員だ」


月夜

「ジャック?」


タイラ

「ああ」

「僕ダブルなんだ」

「お父さんがアメリカ人」


月夜

「そうなんですね」

「へぇ!」

(だからか)

(なんか感じいい人だな)

(爽やかっていうか)

(どっかのメガネとは全然違うな)


タイラ

「……」

「ごめん」

「実は僕」

「こう見えて人見知りでさ」

「年下の女の子と話すと緊張しちゃうんだ」


月夜

「え」

「そうなんですか?」

「意外」


タイラ

「せっかくパーティーに参加するのなら」

「君のこと少し知りたいな」

「親睦も兼ねて今日の放課後」

「カラオケとかボーリングはどう?」


月夜

「へ?」


ユナ

「なになに?」

「ナンパ?」

「ウケるんだけど」


タイラ

「待て待て」

「違うよ」

「もちろんみんなで行くんだよ」


ユナ

「いやぁー」

「若い二人を邪魔するのはいささか申し訳ないなぁ」


ケイコ

「タメでしょあんた」


ユナ

「よーしわかった!」

「じゃ今日放課後は月夜ちゃんとタイラくんの親睦会で学祭パーティーの前夜祭やろう!」

「月夜ちゃんそれでいい?」


月夜

「は」

「はい!」

「ありがとうございます!」


ユナ

「まーた敬語になってるよー」


月夜

「ごめん」


談笑


神太郎

「……」


美奈子

「おはよう」

「どうしたの神太郎くん」

「怖い顔して何みてるの?」


神太郎

「……なぁ美奈子」


美奈子

「え?」

(急に呼び捨て?)


神太郎

「今日の放課後」

「時間あるか?」

「──ちょっと付き合ってほしいことがある」


3話完

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