15:結婚式
純白のドレスに袖を通すと、まさか自分がこれを着ることがあるなんてと、柄にもなく感慨深く思った。
実家を出てクラハト領に引き籠ってから、領主代行としてこの地でずっと生きるのだろうと思っていたのに、降ってわいた
気づけばこんな辺境まで来ていた。
結婚してからも大変だった。
最初に頂いたのが愛の台詞や口づけではなく、離縁届。
ほんと馬鹿じゃないの!?
「ベリー。いったい何をニコニコとしているんだ」
「最初の時のことを思い出していましたわ」
「うっ……それを言われると辛いな」
「ふふっ今なら口づけで許して差し上げますわ」
「お安い御用だ」
「駄目ですよ! 紅が移ります」
「だそうだ」
「ちぇっディートの意地悪!」
「なんとでも言ってください。これがわたしの仕事です」
「明日はそちらの結婚式だな」
「はい。お陰さまで」
彼女たちの式は城の大ホールを使った盛大な物ではなく、町の教会を使う普通の式。
ここを使ってもいいのにと言ったのだが、『そんな前例を作っちゃだめよ』とお姉ちゃん口調でやんわりと断られた。
「絶対に行くから! ね?」
「ああ俺も何とか時間を作るつもりだ」
「ありがとうございます」
私たちには無いけれど、結婚式の後はライナーとエーディトは休暇に入る予定だ。私が心配だとすいぶんと渋っていたが、それこそ悪例になるからと無理に取らせた。
この機会に加えて子供も生まれることだから、私の侍女の数も見直しになった。新しく入った侍女はヴァルラお姉さまの紹介で、なぜかやたらと数字に強い商人の娘だった。
お爺様が拗ねるので面と向かって人手が貸せないからと、手を変えて送り込んでくれた貴重な戦力だ。
でもこれ侍女じゃないわよね……?
まぁその若く可愛らしい侍女を見て、エーベルハルトがやる気を出しているのは嬉しい誤算かしら。でもお金に厳しいあの子の夫になると色々と苦労しそうだけど。
そもそもエーベルハルトは
フィリベルト様と別れて、私は会場へ至る大扉の前で待つお父様の元へ向かった。
「お父様」
「綺麗だよベリー」
「お母様とどっちが綺麗ですか?」
「そりゃあベリーのお母さんだよ。残念だけどベリーはわたしの一番じゃないからね」
「ふふっお世辞も言えないなんて嫌われますよ」
「わたしがお世辞を言う必要はもう無いだろう。さあ扉が開くよ」
お父様が腕を構えた。私は手をその腕に掛けて待つ。
そして、会場に入る扉が開いた。
左右の参列者からワァァと盛大な声援が聞こえる。
その列の先には白いスーツを着込んだフィリベルト様が立っている。生憎見たことは無いけれどこの姿で歩いていたら皆は白熊とでも言い出すのかしら?
お父様と一緒にゆっくりと赤い天鵞絨の上を歩いていく。
段が上がる前にお父様の手を離し、今度はフィリベルト様の手を取った。
「とても綺麗だ」
ぷぅと頬が膨らむ。
「もぅさっき見たときは言って下さらなかったのに」
「俺は本番まで取っておくタイプなんだ」
「嘘ばっかり」
「悪かった。ベリーが最初の頃の話をするからタイミングがなかったんだ」
「つまり私が悪いと仰るのですね」
「むぅ」
「ふふっ今なら口づけで許して上げますよ」
「まだ早いだろう」
二人の前で神父が前口上を長々と話している。
誓いの言葉はまだまだ先だろう。でも……
「構わないでしょ」
「それもそうか」
フィリベルト様は勝手にベールを外してそっと触れる様なキスをした。すると参列者からさらに大きな歓声が湧いた。
ちなみに神父だけは困ったように大きなため息を吐いていた。
※
私のお腹はみるみるうちに大きくなっていった。
その大きさを見て、産婆は双子でしょうと判断している。本当に大きくて歩くのも苦労するようになったが、適度な運動をするために侍女の手を借りて歩いた。
借りている手がエーディトじゃないのが残念だが、彼女は彼女で同じく身重な妊婦なので仕方がない。二ヶ月ほど遅れて生まれるそうなので、この子たちの良い遊び相手になってくれるに違いない。
そしていよいよ出産の日。
朝、食堂に向かっているときに陣痛が始まり、そこから長い長い闘いが始まった。
赤子の泣き声が部屋に響き渡り、やっと終わった~と安堵の息を吐いた所で、
「おめでとうございます奥様、男の子でございましたよ!」
「二人とも男の子?」
「それが……」
双子だと思われていた大きなお腹から出てきたのは、とても大きな男の子一人きりだったそうだ。
産婆は「未熟児で生まれるよりは……」と言葉を濁す。
「つまりふてぶてしいと言いたいのね」
普通の赤ちゃんより一回りも二回りも大きい赤ちゃんは、父親そっくりの四角い顔で間違いなくフィリベルト様似だった。
ドアの外で待っていたフィリベルト様が入ってきた。
赤ちゃんと旦那の顔を交互に見る。四角い顔に大きな体格、うん間違いなし。
「男の子一人と聞いたが……、うむぅこれは随分とでかいな」
「そりゃあフィリベルト様の子供ですもの」
「そうだな……」
「あら何か言いたいことでも?」
ちょっと不満そうなので口を尖らせて聞いてみると、
「俺ではなくベリーに似れば将来苦労しなかっただろうにと思ってな」
「そうでしょうか。顔と財産しか見ないお馬鹿な令嬢が寄ってこないと思えば、私はフィリベルト様に似て良かったと思いますわ」
この子が大きくなる頃には、シュリンゲンジーフ伯爵領はさらに栄えているはず。金あり顔良しでどちらも持つよりは、片方無いくらいが丁度いい。
「だがな俺のような幸運は二度とないぞ」
「いいえ国中を探せばきっと一人くらい、この子を好きだと言ってくれる娘がいます」
「なるほどな。では武勲を立てて立派な褒賞品が貰えるように、俺がしっかり鍛え上げよう」
英雄が鍛えた子がどうなるのか、とても楽しみよね!
─ 完 ─
伯爵の褒賞品 夏菜しの @midcd5
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます