14:街道の到着点

 お兄様の助力はとても助かった。彼は私が抜けた穴など軽々と埋めて、結婚式まであと二日の時点で予定していた仕事を終えてくれた。残り一日まで頑張るはずがその前日に終わり、フィリベルト様以下文官らはとても感謝していた。

「イザーク殿に感謝を」

 久しぶりの食堂。

 フィリベルト様はワインのグラスを手にして乾杯のポーズを取った。ちなみに妊婦の私はただのジュースだ。

「感謝はまだ早いですよ。シュリンゲンジーフ伯爵閣下」

「いくら爵位があるからと言って、ベアトリクスの兄君に敬語を使われるのは恐縮です。気軽にフィリベルトとお呼びください」

「いやそういう訳にはいかないでしょう」

 まだ爵位を持っていない兄が閣下呼びする気持ちも分かるし、妹の旦那なのでフィリベルト様が敬語をやめて欲しい気持ちも分かる。

 ついでに言うと兄は二十五歳、フィリベルト様はこの間三十歳になったので年上、兄の気持ちがさらによく分かった。

「でしたらお互いに敬語を辞めるというのはどうでしょう?」

「まあそれが妥当か」

「分かりました、ではそのように」

 まだ少々堅苦しいがあとは時間が解決するだろう。



 この日の昼下がり、王都に行っていたお爺様がやっと帰っていらした。

 これほどギリギリになったのは、シュリンゲンジーフ領の南部にある領地を回っていたからだそうだ

 戻ってしばし休むのかと思いきや、フィリベルト様と私、それから挨拶にきた兄にも声を掛けてそのまま執務室へ向かった。

「王都からの帰りにシュペングラー公爵の話を聞いたのでな、儂の情報はもう古かろうと思って南部を回って帰って来たぞい」

「その節は、シュペングラー公爵閣下に口を効いて頂きましてありがとうございます」

「いいやあれは儂ではなく、ボンクラ国王が話した様じゃぞ」

「そうでしたか」

「じゃが公爵が手を貸したのはフィリベルトよ。お前の行いの成果じゃ、もっと自信を持つが良いぞ」

「はっ。ありがとうございます」

「えーと、それは分かりましたが、お爺様が南部を回ったのはどういった理由でしょうか?」

「ベーア子爵、パラディース子爵、シュテイラー男爵の三家じゃが。どう見る?」

 そう言うとお爺様はニィと口角を上げて嗤った。

 これをヒントに自分で考えてみろってことね。

 懐かしい、クラハト領で師事していた時にも良くやったわ。お兄様が来ているから、もしかしてお爺様も懐かしさを覚えたのかしら?


 さていま上がった三家は、いずれもシュリンゲンジーフ領の南側に隣接する領地だ。位置関係も言った順、西からの様ね……

「フィリベルト卿、この辺りの地図はあるか?」

「ああ持って来よう」

 机の上に地図が広げられた。

 記憶通りの位置。うちの領地は西に居た蛮族を平定した事で、特に西に突き出ているから、先ほどの三家は中央やや西から東に向かって並んでいる。

 おかしいなと思うのは、一番東のシュテイラー男爵よりもさらに東にある領地の名が上がらなかったことだろうか?

「ああなるほど、分かりました」

 兄に先にそう言われて思わず「くっ」と声が漏れた。

 元よりあちらの方が実力は上。しかしシュリンゲンジーフ領ここならば地の利があると思ったのにやられてしまった。

 こうなったら是が非でも正解を見つけないと!


「フィリベルト、いまこの領地にある仕事を言ってみよ」

「は! まず中央部の街道です。続いて西の街道、鉄を掘るための町と治水、あとは王都側の街道です」

 いま上がった中で関係あるのは中央部の街道のみ。それを伸ばせば南部まで届くが、工事する距離は倍になる。

 いまの家にそんな人手があるわけがないのはお爺様も承知だろう。

 じゃあそれを除外すると……、うーん駄目ね。分からないわ。

「その通りじゃな。

 ではイザークよ。お主の考えを聞こうか」

「はい」

「あの、もうちょっとだけ待ってください……」

「残念ながらベリーは時間切れじゃ」

 くぅ……


「南部にある三家、それも東に行きすぎない所までに声を掛けています。

 つまり中央部の街道を、さらに南部まで伸ばすということでは無いでしょうか?」

「ほほぉその意味は?」

「街道があることにより南部にアルッフテル王国の品が流れて栄えます。

 従って南部の三家に恩が売れる」

 そこまでは私も考えた。

「ですがその為には街道をさらに倍伸ばさないといけません。そしてその余力が、恥ずかしながら我が領地にはございません」

「ベリーの言う通りじゃ。

 しかしイザークはこの案を出したのぉ、さてどう対処する?」

「この領地に街道を造る許可を、南部の三家に出したのではないかと考えました」

「ほぉ」

 お爺様は楽しそうに兄を見つめていた。

 なるほど、街道は当たり前に上から引くつもりだったが、別に南から伸ばしても良かったのだ。それも伸ばしてもらうのだから、うちから人員を割く必要はない。

「そうかぁ~。くぅ~っ!!」

 シュリンゲンジーフ領ここにはもう余力がないと知っていたことが、逆に考えを狭めていたらしい。

「そこまでかの?」

「はい」

「ならばイザークの案は七〇点じゃ」

「「ええっ!?」」

 これには二人の声が重なった。

「儂の考えは中央の街道をすべてあの三家に任せるつもりじゃ」

「それは流石に都合が良すぎるのではないでしょうか?」

「いいや違うぞ、フィリベルトよ。お主の目から見て、いまこの領地に無いものはなんじゃと思う」

 フィリベルト様は一瞬だけ私の方へ視線を送り、「人手ですか?」と言った。私が仕事に出られなくなったから実体験に違いない。

「うむそうじゃ。金はあるがそれを上手く回せる者がおらん。

 じゃが金があるということは仕事に出来るということでもある。じゃから三家の領地から人を雇い、工事をさせるのじゃよ」

「そのようなことが可能でしょうか?」

「国が維持管理している領地は基本こんな風じゃがの、むしろ何が不安じゃ」

「国の領地と領主の領地が同じですか?」

「金と仕事が同じであるならば、そこに違いはないと儂は思っておるよ」

 私はフィリベルト様に視線を送った。

 フィリベルト様は首肯し、

「ご助力頂き感謝いたします。

 三家との交渉はわたしが必ず纏めて見せます」

「ほほほっ随分と逞しくなったのぉ。では爺はさっさと休ませてもらうとするかの」

 楽しげに笑うお爺様に、

「あらお爺様、お休みは明後日までですわ。

 その後は山ほど仕事がありますのでご覚悟くださいね」

「そ、そうか……」

 目が笑っていない私を見て、お爺様と兄は口元を引き攣らせていたが知るもんか!

 なんせうちの領地は人手が足りないのだ!!

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