03:領地

01:援助と投資と

 朝食の席は何とも気まずい空気が流れていた。

 見張りを置いたことから、昨晩何もなかった事は母には知られている。その証拠に母は挨拶と共にフィリベルト様をキッと睨みつけてきた。

 朝食の席で、話すことではないと自重してくれたのは有難かったが、そのような状態から始まれば場の空気が良いわけがない。

「フィリベルト君、今日は一緒に酒でもどうかね」

 あえて読まなかったのか、それとも天然か。空気をまったく読んでいない父の発言に、フィリベルト様とお母様が苦笑いを見せた。

 母ともども済みません!!

「申し訳ございません。あまり領地を開ける訳にもいきませんので、朝食を頂いたら領地へ帰ろうと思っています」

「それほど急ぐこともあるまい、そもそも一日くらいで変わることは無いよ」

 三週間のうちの一日となると確かにその通り、行きと同じく馬車を急がせればすぐにも取り返せるだろう。

 反論を諦めたのか、どうするとフィリベルト様がこちらを見つめてきた。

「そうですね、お父様とお話したいこともございますので、もう一日だけお世話になりませんか」

「分かった。

 失礼しました、ベアトリクスがそう申しております。ベーリヒ侯爵閣下、わたしからも是非にお願いします」

「わたしは堅苦しいのは嫌いだ、家で閣下呼びは勘弁してくれるといいね。

 そうだな、気軽にパパと呼んでくれていいよ」

「あらやだお父様・・・ったら、ご冗談はやめてください。

 フィリベルト様が困っておいでですわ」

「そ、そうか、ハハハハ」

 馬鹿なことを言うなとばかりに睨みつければ、お父様は所在なさげに視線を彷徨わせて苦笑を漏らした。



 朝食の後、私はお父様に時間をとって頂いた。

 借りた客室に戻ると、私はフィリベルト様に、父に街道を造る資金の援助をお願いする旨を伝えた。

「うちの領地の資金繰りが厳しいのは理解していたがそれほどか」

「人口が増えていますので、期間さえ定められていなければ問題はありません。ですが今回は期限が切られています。

 いま必要なのは将来入る収入の額ではなく即金ですわ」

「援助をお願いするのは簡単だが、いささか信頼を失うな」

「でしたら借金になります」

 言っておいてなんだが、たぶんそういう話にはならないだろうとは思う。

「不満か?」

「い、いえそんなことはございません」

「ではお借りするということで、俺から侯爵閣下にお願いしてみよう」

「いえ私が言い出したのですから私がお話しますわ」

「ベアトリクス、それは駄目だ。シュリンゲンジーフの領主は俺で、すべての責任は俺が負うべきだ」

「済みません、出過ぎた発言でした。

 すべて旦那様にお任せします」

「任されたと言いたいが、先に助言を貰ってもいいか?」

「ふふふっでしたらこの後の話について、大まかな流れをお伝えしておきますわ」

 本来ならば聞く必要もない話だが、お優しいフィリベルト様の事だ、きっと私の顔を立ててくれたのね。


 フィリベルト様と二人、応接室に通されて父を待つ。

 しばし待って、着替えた父が入ってきた。先ほどののほほんとした顔はそこになく、きりっとした表情へと変わっていた。

 どれだけ普段ぼぅとしていようが、今代の宰相の座をあのヴュルツナー家と競ったお方だ、仕事の話になれば本来の切れ者に戻るのは当たり前だ。

「ベーリヒ侯爵閣下、お時間をとって頂いてありがとうございます」

「ああ構わないよ。それで?

 大方予想は付くがなんだろうか」

 緊張からかゴクリと喉を鳴らしてからフィリベルト様が話し始めた。

「閣下、わたしたちはシュリンゲンジーフ伯爵領とアルッフテル王国の間に、街道を二本引かなければなりません。それはご存知でしょうか?」

「もちろんだ。宰相閣下から聞いているよ」

「つきましてはその資金をお貸し頂けないでしょうか?」

 フィリベルト様からそう言われて、お父様は意外そうに私の方を見つめてきた。

 お父様は私が言うと思っていたはずで、私もそのつもりだった。今回は私を諭したフィリベルト様が一枚上手だったということだ。

「ほぉ援助ではなく借りたいか。立場を利用して気安く援助して欲しいと言わなかった事は評価しよう。だが借金か……、返す当てはあるのかい」

「わが領地ではいままさにお金を必要としております。

 ですが時間さえあれば、アデナウアー子爵領の収入と合わせて、お借りした額は十分に返せると思っております」

「悪いがわたしはそう言って没落していった貴族を何人も見てきたよ。天候の所為、疫病の所為、理由は様々だ。

 娘婿の頼みだ、聞いてあげたいとは思うが、君に借金を背負わせるのは反対するよ」

「そうですか……」

「だが投資ならば考えてもいい。

 君たちの領地にわたしがお金を出すと、いかほどの利益があるのだろう。それを教えてくれないかな?」

 お爺様から教えを受けた父なら、きっとそう言うだろうと予想していた。なんせ私が言ったくらいだものね。だからここまでは筋書き通りだ。


 さてシュリンゲンジーフの領地がベーリヒ侯爵家と隣続きならば、その利益を提示するのは容易い。しかしベーリヒの本領地は王都の近くだし、飛び地のクラハト領でさえ二週間の距離にある。つまり引いた街道の恩恵がお父様には全くない。

 この様に街道が増えたことによる利益は提示できないので、街道以外から分かりやすい利益を提示するしかない。

「通行税を一定の期間融通するという方向でどうでしょうか」

「思い切った案だね、しかしそれしかないだろう。

 ところで聞いてよいかな、これはベリーの案かな?」

「元はそうです。しかし妻から提案を受けてわたしが決めました」

「ならば良い。喜んで投資させていただくよ」

「ありがとうございます」


 あとは配分と期間の話になるのだが、その前にとお父様が口を挟んできた。

「ああ身構える必要はないよ、ここからは仕事の話ではないからね。

 まず、あれ・・が勘違いしたようで悪かった。思い込みが激しくて稀に暴走することがある、許してほしい」

 あれとはお母様の事だろう。

「ベアトリクスとは血が繋がっていないと聞きましたが、そういうところはそっくりですね」

「えー、それは酷い物言いですわ」

「このように当人はどちらも否定するけれど、フィリベルト君、わたしもそう思うよ」

「ええっお父様まで!?」

「今回はあれが暴走した結果だったが、わたしはベリーに逢えて良かったと思っている。君に出会ったからか、この子は精神はとても良い方向に成長したようだ。

 フィリベルト君に感謝するよ」

「いえ俺は何もしていませんよ」

「はははっそうだったね。確かに何もしていないな・・・・・・・・

 だが、次に来るときは間違いなく、孫を見せてくれると思ってよいのかな?」

「えっと、それは」

「ええ、お約束します」

 言葉を濁した私と違って、フィリベルト様ははっきりと口にした。

 それが気恥ずかしくて、私は耳まで真っ赤にして顔を伏せた。

「そうか」

 感慨深く一人で頷くお父様。しばしその余韻を楽しむと、お父様は執事に「おい」と声を掛けた。執事は「畏まりました」と返事をしてテーブルに封書を置いた。

「あれに話を聞いて祝い金を準備させておいた。随分と前祝いとなるがまあ良かろう。

 持っていきなさい」

 促されたので封書を手に取り─裏に蝋印は無く封をされていなかった─フィリベルト様が中を改めた。

 中に入っていたのは銀行の小切手のようでその桁は……

「こんなに……」

「それは祝い金だから返却はもちろん不要だよ。

 さてと、それでわたしはいかほど投資すればよいかな?」

 これほどの額があれば、アデナウアー子爵領の収入を見込めば投資は必要ない。それこそ天災や疫病が流行らなければだ。

 言葉を失う私たちを見て、してやったりとほくそ笑むお父様。最初からそのつもりだったのか、すっかりお父様に手玉に取られてしまった。


 やられっぱなしは悔しい。

「……そうですわね。

 恥ずかしながら私たちの領地は王都へ向かう街道も整備されていません。このお金で街道を整備して、子供が生まれたらすぐにこちらに来れるように備えますわ」

「ほぉそれは興味深い。

 ところでべりー、そう言った利点・・があるのならば、そちらの街道に限っては新たに資金を援助しても・・・・・よいが、どうするかね?」

 やり返してみたらお父様はさらに一枚上手だった。

 折角あちらが勝手に利益を見出してくれたのだ、資金繰りに困っているこちらがそれを断る理由はない。

「お父様、重ね重ねありがとうございます」

「なあに放任していた罪滅ぼしの様な物だ、ベリーが気にするようなことではないよ」

 しかしその台詞が照れ隠しなのは、はにかむ顔を見れば一目瞭然だった。

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