閑話休題─ディートの独り語り─
二日目の朝。
この旅の間は、わたしが奥様と旦那様のお世話を一手にする予定です。
いつもは奥様お一人のところが、旦那様まで。
頑張らなければなりませんね。
ニコニコ顔を通り越して、ニッコニコの奥様が鏡の前に座っています。
ねぇねぇ昨日の事聞いてよ! と眼でアピールしているご様子。しかしごめんなさい。この後に旦那様のお世話もありますから時間がありません。
奥様が上機嫌で素直な間にパパッと終わらせます。
とても素直に協力して頂けたお陰で支度はすぐに終わりました。
すると、『よし終わったわよね、じゃあ聞いてくれる!?』と奥様の目がきらっと光りました。
しかし、
「これから旦那様の準備がございますので失礼します」
わたしの可愛い奥様の口が、不機嫌そうにぶぅと尖りました。
可愛さが二割増しになりましたが、ごめんなさい。
今日は本当にそんな暇もないのです。
機嫌が悪くなった奥様をほっぽいて旦那様を探します。
やっと見つけてみれば、護衛の騎士たちと何やら打ち合わせをされていらっしゃるご様子です。おや? 旦那様はすっかりご自分で着替えを終えられていて、御髪にも寝癖なんてございません。
どう見ても何もすることがなさそうですが、わたしの判断で勝手に仕事を放棄するわけにも参りません。
わたしは念のために確認します。
「お話中に失礼します。
旦那様、支度は如何いたしますか?」
「いや不要だ」
どうやら旦那様は軍人時代からお一人で支度されていたそうです。確かに戦場に侍女を連れている騎士さんなんて想像できません。
夜襲が合ったらどうするんですか?
しかし残念です。
事前に言って頂けたら奥様のお話を聞いて差し上げたのに。
過ぎたことは仕方がありません、明日はちゃんとお話を聞くことにしましょう。
三日目の朝。
旦那様のご許可を頂きましたので、今日からわたしは奥様を綺麗にすることだけに力を注ぐことにします。
なお鏡の前の奥様は昨日よりもさらにキラッキラの目をされておりました。
さぞかし……
と、思いましたがちょっと待って。先ほどシーツを整えましたが、昨日も今日も残念ながら初めての証は無かったはず。
じゃあ何かしら?
「あのねあのね!」
「はい聞いておりますよ。ですからちょっと上を向いてくださいね」
上機嫌な奥様はとても素直、やりやすいですね。
そこへ旦那様が入ってきます。
「申し訳ございません、まだ奥様の準備中でございますので!」
少しだけ声に怒りが混じります。
この様な中途半端な姿を見られるのは女性の恥になると言うのに、この朴念仁の旦那様は分かっていないようです。
「いやすまん。後でいいから今日は俺の支度も頼めるだろうか」
おや、昨日は要らないと仰ったのに……一体?
しかし主人の命令ですから、
「分かりましたすぐに伺いますね」
旦那様が部屋を後にすると、鏡越しの奥様はしょぼんとされています。
この変わりよう一体どうしたのでしょうか。
「また私のお話しを聞いてくれないのね」
どうやらお仕事があるからと我慢してしょぼくれていたみたい。
相変わらず可愛い妹ね。
「ふふっ大丈夫よベリー、休憩の時間にまとめて聞いてあげるわ」
「うん! ありがとうお姉ちゃん」
奥様の支度を終えて旦那様の方へ向かいます。
しかし呼ばれた部屋に入ってみると、すでに服は着替えておられるし御髪に寝癖はございません。なぜ呼んだ? と、ちょっぴり怒りが湧きました。
失礼……
こほんと咳を挟み、
「旦那様の身支度は既に終えられているように思います。わたしは何をすればよろしいですか?」
「済まない、身支度は不要だ。
少しだけ話を聞いてくれないだろうか?」
とても真剣な表情です。
使用人のわたしに向ける表情とは思えません。
「ええ、それは構いませんが、わたしでよろしいのでしょうか?」
「ああ一番適任だ」
「はぁ」
「実は……」
一日目の夜の事、お二人は手を繋いで眠ったそうです。
手を繋いで、ふむむ、同じベッドの上ですし確かに進歩です。それにしても我が妹はその程度でニッコニコしていたとは、あの子も大概抜けている様ですね。
そして二日目の夜。つまり昨日ですね。
「ベアトリクスはその、寝相が悪いのだろうか?」
初日はベッドの真ん中に
すると朝目が覚めると奥様が腕を抱いてぐっすりと眠っていたとか。
わたしの知る限り、ベリーは寝相がとても良い。
昼の間に活発に動く所為か、夜はぐっすりなのだ。
と言うことは……
「お城ではそれほどではございませんが、今は慣れない旅の間ですからきっとお疲れなのでしょう」
「そうだったか」
不思議なことに旦那様は手のひらをじっと見ながら呟いた。
はっは~ん。
「ところで旦那様。奥様は華奢に見えますが実はすごいでしょう?」
「ああ、っではなく、一体なにを聞いているのだ!?」
「失言です。申し訳ございません」
「あ、い、いや俺の方こそ怒鳴って悪かった。
また相談に乗ってくれるだろうか?」
「ええもちろん構いませんわ」
失言をうやむやにして誤魔化すかのように話を一気に畳まれてしまった。
しかし。ふぅんなるほどねぇ~
ベリーが旦那様を溺愛している理由はなんとなくわかった気がしたわ。
その後もちょくちょく旦那様に呼ばれる日が増えた。
例えばある日の事、奥様が
すぅすぅと気持ちよさそうな寝息を立てる妻を邪険に起こすことも出来ず、かといってそのような状態で二度寝も出来るはずなく、旦那様は朝まで悶々と過ごしていたとか。
これで手を出さない旦那様の意思も凄いけれど、我が妹も容赦ないわね。
また別の日は寝着が乱れて肌色一色だったとか。
素肌にその……と、言葉を濁す旦那様は思わず弄りたくなるほどだった。もちろん我慢したけれどね。
本当に寝相が悪くて困っていると切実に言われましても、実はベリーは起きていますよなんて言える訳はない。
「夫婦なのですから気になさらなければよろしいのでは?」
「いや、う~ん」
しかそすぐに難色を示す声が返ってきた。
何がここまで頑なにさせるのか、今度ライナーに聞いてみようかしら?
そして、本日。
鏡越しの奥様は過去最高に上機嫌だ。
と言うことは……
ノックが聞こえて旦那様が入って来た。
「エーディト、今日は支度を頼んでいいだろうか?」
やっぱりね。
「はい畏まりました、後ほど伺います」
さあ今日はどんな話が聞けるのかしら?
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