03:一路、王都へ─新婚旅行(仮)─①

 私たちは城を出て王都に向けて旅立っていた。


 ちなみに。

 いざ出掛けるという段階で初めて気づいたのだが、驚くことに我が家の馬車は、私が普段使いしていた、つまりクラハト領から乗ってきたやや小ぶりの物しかなかった。

 確かに嫁いでからこっち、フィリベルト様が馬車を使っている様子は見たことがない。兵を連れるから馬に乗るのが当然だと思っていたし、まさかそれが実は馬車がないからだとは思わなかった。

「そもそもどうやって行くおつもりだったのですか?」

「俺が馬に乗り、ベアトリクスは馬車だな」

「伯爵閣下ともあろうお方が護衛に交じって馬で行くなど言語道断です!」

「そ、そうか。ならば馬車を借りるか」

「残念ですがこの領地で、貴族が使う様な馬車を借りられる所はございません」

 辺境の領地でそんな店を開いても、当の貴族が領主しかいないのだから商売になるわけがない。

「ならば俺とベアトリクスはそれに乗り、従者用に普通の馬車を一つ借りるのはどうだろう」

「そうですね……」

 馬車の中でフィリベルト様と二人きり。

 とても魅力的な話だ。

 一瞬その誘惑に流されそうになったが、私の冷静な部分がパパッと頭の中で計算を始めてしまった。

「とっても残念ですが……、馬車の借用費と随員の人数を考えれば、従者は極力減らし、王都で臨時の従者を雇う方が安いですわ。

 この馬車でも私とフィリベルト様に加えて、もう一人なら何とか乗れます。ですから馬車はこれを、連れて行く従者を一人としましょう」

「そこまでしなくて良いだろう?」

「いいえ、これから街道を二本も引くのです。節約できるところはしないといけませんわ」

「分かった、苦労をかけるな」

 そんな訳で少々狭い馬車の中では、私を含めて三人が窮屈そうに座っていた。

 進行方向を向いて私とエーディトが、その向かい側にフィリベルト様が一人で座っている。本来ならば主人である私とフィリベルト様が並ぶのだけど、残念ながらフィリベルト様の隣は狭すぎて、どう頑張っても座りようがなかった。

 決して私のお尻が大きかったわけではない!

 エーディトも無理だった、つまり本当に狭かったのよ!



 馬車は王都に向かう街道を走っていた。

 街道と呼ばれているが、石で補強もされていない野道だ。王都に繋がる道だというのにこの有様かとため息が漏れた。

 こっちはこっちで補強作業を進めないとダメね。

 石で補強されれば雨で道が崩れることも無くなるし、馬車の走る速度も上がる。天候に関わらず迂回の必要のない道がある。そして速度が上がれば荷が早く届くから、掛かる人件費は減る。それらはすべて品物の値段に反映される。こうして道の違いで市場は栄えていく。


 お昼になると近くの町に立ち寄ってお昼ご飯を食べた。

 中央部から西の国境まで町が二つしかない我が領地では、このような融通は利かないから羨ましく思った。

朝から馬車や馬に乗りっぱなしだ、ここで少し休憩を挟むかと思ったが、時間が惜しいとばかりにフィリベルト様は早々に出発して隊を先に進めていた。

 馬車は走り続け夕刻前の程よい時間に次の町が見えてきた。

 城のある中央部から西の国境まで、丁度一日置きに町が二つしかない我が領地では、このような融通は利かない。たった二つしかない町だから、その町を過ぎれば次の町に入ることなく野宿が確定だ。

 羨ましいと思いつつ、今後の改題ねと頭の隅に書き留めておく。

 これで休めると思った所で、なんと馬車はその町も素通りした。いくら融通が利くからって次の町はあるのかしら?

 日が落ち始めて、さらに次の町が見える。

「どうやら日が落ちる前には次の町には入れそうだな」

「あのぉ少しばかりペースが速いように思いますが、お急ぎなのですか?」

 早く着いても収穫祭の日は変わらない、むしろ物価の高い王都で滞在するのはお金の無駄だ。領地が心配で早く帰りたいのならば、急ぐのは行きではなく帰りよね?

「今回は知らせが急であったからな、貴女は夜会用のドレスを持っていないだろう」

 確かに妾の子で、飛び領地のクラハト領に引き籠っていた私にそんな機会は無かった。それでも二着だけ吊るしのドレス、つまりレディメイドの品であれば持っていた。

 しかしそれを着れば済むはずだったのは昨日までの話。

 馬車が小型なので、無駄に場所を食うドレス積むような隙間は無く領地に置いてくるしかなかった。

 だから現地おうとで借りる必要があるのは確かだ。

 しかし私にはそれが急ぐ理由になるとは思えなくて、先ほどの質問を再びすることになった。


「確かに着られるドレスを持っておりませんが、王都なのですからすぐに手に入りましょう?」

 貴族が居なくて需要がないからと、そのような店がどこにも無い、辺境で田舎のシュリンゲンジーフ領と違って、今回の行先は国の中心地である王都なのだ。つまり店が無くて困ることは無い。

 大通りにある適当な店に入って吊るしのドレスをパッと選んで終わりよね?


「その、だな。俺から貴女に初めて贈る品なのだ。

 だからその。出来れば時間を掛けて、貴女に似合う品を贈りたいと思っている」

 顔を真っ赤にしてそんなことを言われれば、私に不満なんてあろうはずはなく。

「ありがとうございます。とても嬉しいですわ」

 にっこりと満面の笑みを浮かべてお礼を言った。


 しかし一瞬で嫌な考えが過る。

 あの旦那様が本当にそう思ったのかしら……?

 コリンナ辺りから指摘されたってのが、ああ何考えてるの。素直に喜んでおけばいいじゃない。

「ど、どうした?」

 首を横にぶんぶんと振っていたら心配そうな声が聞こえてきてしまった。

「いえ何でもございません。王都、楽しみですね!」

「ああそうだな。そう言えばベアトリクスは王都は初めてか?」

「そうですね。幼い頃に一度と、最近では年始に一度行っておりますわ」

「そうか……」

 短い返事。どうやら年始と聞いて事情を悟ったらしい。

 態度に続き今度は失言してしまった。年始、つまり〝褒賞品としての品定め〟として、お父様に連れられて宰相とお会いしたのだ。

 失敗した……


 それにしても今後は使うからと言われてその時にお父様から贈って頂いたドレスは、荷物の都合で領地に残したまま。

 やっぱり着る機会は無かったわね。




 夕日が半分ほど沈むころ、馬車は何とか宿場町へたどり着いた。

 この様な町の場合、貴族が泊まるような高価な宿は大抵一つしかない。

 迷うことなく馬車はそこへ進み、そこで部屋を借りることとなった。これらの交渉をするのは今回護衛隊長に任命された女性騎士のビルギットだ。

 あまり大きな声では言えないことだが、護られる側であるフィリベルト様より強い騎士が居ないことから、今回の護衛は主に私用と言う頃で随伴は女性騎士が多いらしい。


「主人の部屋を一つと、従者用に部屋を二つ取りますがよろしいでしょうか?」

「いや駄目だ」

 予想外の否定に少々驚く。

 私たちと護衛の男女、普通の分け方だと思ったが何がダメなのか?

「主人の部屋は二つにしてくれ」

「畏まりました。主人の部屋を二つ、従者用の部屋を二つ取って参ります」

「ちょっと待って」

 ええっまさかのそっちのダメ出し!?

 私は慌ててビルギットを止めた。


「なんでしょう奥様?」

「旦那様、なぜ主人の部屋が二つなのですか!?」

 よし止まった~と安堵もつかの間、私はすぐにフィリベルト様に食って掛かった。

「もちろん俺と貴女の部屋だ。

 貴女の方はエーディトも一緒で構わないぞ」

 何が悪い、当然だろうとしたり顔だ。

「いいえ、私と旦那様は既に結婚している夫婦でございます。

 それが別の部屋などあり得ませんわ」

「し、しかし……」

 まだそう言う関係が無い・・・・・・・・・と言いたいのだろう。

 ふふん、望むところよ。

「良いですか、私は構いません・・・・・と言っています」

「ぐぅ……」

 言葉に詰まったがまだ不満そう。

 むむっもう一押しかしら?


「王都でドレスを買って頂くのですから、このくらいの節約はすべきです。

 なにせ我が領地は資金繰りに苦労していますからね」

 街道を引けばもっとお金が要るよ~と、追加アピールして置く。

 市民の節約ならば高が知れるが、貴族の節約は結構影響でかいでしょ。


「分かった。確かにこれは節約すべきところの様だ。

 ビルギット、主人の部屋は一つで良い」

「畏まりました。主人の部屋一つと従者の部屋を二つ取って参ります」

「ああ頼んだ」

 この時、よっし! よっし! と、私が内心小躍りしていたのは言うまでもないだろう。

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