02:方針

 先日貰った報告にもあったように、西の町は活気づいていて出だしは好調だ。

 最初に移住してきた住人は良く働いてくれて、二週間ほどで幾つかの畑を造ってくれた。概ねひと家族で四つ。四つ造った彼らには約束通り馬か牛一頭をお祝いに贈った。

 それを支えたのはズーザン率いる教会の修道女たちだ。

 教会には最初にあった三つの建物のうち一つを貸した。次の一つも教会に貸したがこちらは食事を受け取り食べる場所で、住民からは共同食堂と呼ばれているらしい。

 最後の一つには折り機を入れて、女たちに布を作らせた。麻の糸ならば比較的楽に作れるらしく、それは城下町にあった仕立て屋が技術を教えてくれた。

 出来上がった布は服になり、作物同様、それもすべて私が買い上げた。

 買い上げた衣服は月に一度、共同食堂に持ち込んで安く売った。数に限りがあるので、一家に二着までと条件を付けさせて貰っている。


 王都に向かうに当たって私とフィリベルト様は今後の方針を話し合っていた。

「春の終わりに蒔いた作物が王都に行っている間に収穫されるでしょう。

 それも約束通りすべてこちらで買い上げます」

「分かった」

「その食糧を頼りにして家を建てる職人を入れます」

 ついでに煉瓦を焼く窯を作る職人もだ。

「うむそれも問題ない」

 秋が終わって冬が来る。いくらここらが暖かく、冬は厳しくないとは言え、天幕で暮らして問題ないほどではない。家がないまま過ごさせて、病が流行ればそれこそ街道どころでは無くなる。

 先ほどからフィリベルト様が頷くだけの物体になっているが、長年領地の管理をロッホスに任せっきりだったことが災いし、彼は的確な指示がまだできなかった。

 だからいまは勉強中、私はさしずめ女教師ってやつかしら?


「王都から帰った頃には家が建ち並んでいるといいな」

「それはどうでしょうね」

「何か懸念があるのか?」

「いえ平民の家がどのくらいで建つのか私には見当が付きませんので」

「ハハハッ俺の妻にも分からないことがあったらしいな」

「もう茶化さないでください」

 これで三つ、ついに衣食住が整う。


 中央部から北西に向かう街道の整備。

 西の町の初めての収穫と職人の受け入れ。

 やることは沢山あってこっちには暇がないというのに、こんな時期に呼びつけるなんて迷惑な話だと言うのが本音だ。しかし貴族に生まれたからには国王陛下の命令は絶対。

 ここはお爺様に留守をお願いするしかないだろう。


 後は執事の問題だが、

「残念ですが今から人を呼んでも選定する時間もありません。

 いまいる者から候補者を出しませんか?」

「ふむ……」

「何か問題がございましたか?」

「実は折角王都に行くのだから、俺はそちらで探そうと思っていた」

「ですが、以前に伝手は無いとおっしゃっていましたよね」

「執事の伝手は無い。だがこれから教育するというのならば話は違う。貴族省や元上官から良い者を推薦して貰うつもりだ」

「分かりました、旦那様・・・にお任せいたします」

「ちょっと待てベアトリクス」

「なんでしょうか?」

「俺は鈍いのだ。不満ならば不満とちゃんと言ってほしい」

「あら私は不満そうにしていましたか?」

「君が俺の事を『閣下』や『旦那様』と呼ぶ度に、いつもビクッとさせられている」

「左様でしたか、でしたら言わせて頂きますわ。

 案として旦那様・・・のおっしゃることはごもっともです。しかし王都から連れ帰った者がまたダメと言うこともございます。

 そうなると二ヶ月ほどの時間をまた無駄にします。

 だったら今いる慣れた従者の配置を変えるというのが、私は良いと思いました」

「確かにそうか、これは俺が浅はかだった。すまん」

「こちらこそ失礼な物言いをいたしました、申し訳ございませんフィリベルト様・・・・・・・

 フィリベルト様はホッと安堵の息を漏らした。

 ええっそんなに私って怖いの!?

「ではベアトリクス、君の考えてきた候補者の名前を教えてくれるか?」

「まだ本人の意思は確認しておりませんが、ライナーは如何でしょうか?」

「ライナー? あいつは根っからの兵士で事務仕事には役に立たんぞ」

「ふふっフィリベルト様の様にですね」

「それを言われると辛いな。分かった、ライナーには聞いてみよう。

 では俺の推薦と言うことでエーベルハルトに声を掛けさせて貰おうか」

「あらエーベルハルトですか?」

 それを聞いて私は堪えきれずにクスクスと笑った。

「何か可笑しかったか?」

「エーベルハルトは私に甘いからと、姉のエーディトが候補から除外していましたわ」

「逆に聞く。ベアトリクスの暴走を止められる者がこの城の中に居るのならば、ぜひ俺に教えて貰えないだろうか」

「もうっ! それは酷いおっしゃり様ですわ」

「はははっ、俺も貴女に振り回されている一人だからな。このくらいは許せよ」

「そっくりそのままお返しいたします」

 手厳しいなとフィリベルト様はいつも通りの笑顔を見せて笑っていた。



 王都に向かう前にやるべきことは多々ある。

 家を建てる木を伐る場所に、煉瓦になる土を掘る場所、さらに石を切り出す山の選定。平時になって暇になるはずだった私兵が忙しそうに領地内を走り回っていく。

 孤児や避難民を運ぶ馬車はすでに止めていたが、ここに来ると仕事が貰えるという噂が流れたようで、仕事を求める者たちが町に入ろうと列を作っていた。

 仕事を求めてやってきた者は大歓迎だ。

 しかしそれに混じって、私が提案しお爺様とムスタファが却下した様な、身分が怪しい者が入り始めて幾度か揉め事が起きた。

 それを防いだのはフィリベルト様によって先んじて組織されていた、元軍人の警備隊だった。

 そこで上がってきた何ともしょぼい報告が、

「ハァ? 無銭飲食」

「ええ町に入ってから働くことなく、共同食堂で食事を食べ続けていたそうです」

 捕まった男は、「無料で提供している食堂で食事をして何が悪い!」と無罪を言い張っているとか。

 確かに無料だが、働かざる者食うべからずだ。

「皿洗いでも何でもいいわ、食べた分はきっちり働かせなさい」

 その後、ムスタファの提案を受けて、住民だけに木札を発行して身分を証明させる。木札を持たぬ者からは一定額の金銭を貰うように改めた。

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