23:夏の終わりに

 ムスタファが去ってから一ヶ月ほど、ついに最初の馬車団が領地に入ってきた。

 まず孤児とセットでやってきたのは教会の修道女たち。新たな町が増えるから目敏く入ってきたのだろうが、彼女たちが居なければ幼い孤児の面倒を見る者もいないから、ここは持ちつ持たれつの関係だろう。

 私は新たな教会を束ねる修道長を呼んで貰った。

 ほどなくしてやせ形の中年の修道女、ズーザンがやってきた。

「シュリンゲンジーフ伯爵夫人、新しい町の建設おめでとうございます」

「町の様子は見たでしょう、お世辞はいらないわ」

 町と言って案内した場所にあったのは、大きめの木の家が三軒と、開墾の終わった畑が八つきり。町を囲う柵さえも完成していない。

「貴女にはこれからの事を話しておきます」

「はい、お伺いいたします」

「我が領地は隣国に街道を引きます。そのために工夫を雇うのだけど、その前段階で食糧の確保が必要なの。その食糧を確保するために、これからあの町では戦争の避難民を受け入れます。もちろん彼らには畑を造って貰うつもりよ。

 そしてその前の話。貴女たちには避難民の彼らに食べさせる食事をお願いしたいわ」

「お話は分かりましたが、教会の蓄えではとても足りません」

「教会が建つまで、今ある建物を一つ貸します。

 そして畑には芋と玉蜀黍を植えてあるからそれを引き継いで頂戴。できた作物は私がすべて買い上げます。それを使って炊き出しを作って欲しいの」

 ズーザンは驚きで目を見開いた。

「つまりシュリンゲンジーフ伯爵閣下は、ここでの食事をすべて提供するとおっしゃるのですか?」

「ええそうよ。最初の作物が採れるまでは伯爵閣下が支援を約束なさっておられます」

「ありがとうございます、シュリンゲンジーフ伯爵閣下に感謝を。

 ところでシュリンゲンジーフ伯爵夫人、おひとつお願いがございます」

「なにかしら?」

「これから入ってくる避難民にも子供がおりましょう。

 その子供たちにも、わたしから仕事を与える許可を頂けませんか?」

「どういうこと?」

「教会の孤児の中には年端のいかない幼い子もおります。

 しかし教会では例外は無く、彼らにも出来る仕事を割り振ります。今回シュリンゲンジーフ伯爵閣下が施しを行われるのでしたら、その子供らも平等に働くべきだとわたしは考えます」

「へぇ興味深いわね、いったいどういう仕事を任せるの?」

「洗濯は出来なくとも干した服をたたむことは出来ましょう。畑は耕せなくとも雑草は抜けます。それに馬や牛の居ない厩舎の掃除だって、きっと出来ることはいくらでもございます」

 仕事と言うよりはお手伝いの範疇だが、言われたことは確かに大切なことで、私には到底考え付かないことばかりだった。

「分かりました。移住民への説明でそのように伝えます。

 有用な意見をくれてありがとう、これからも是非教えて頂戴。それから、私の事は奥様でいいわ」

 貴族相手に自分から意見を出せる者は中々いない。それが有用な意見だとさらに貴重だ。そのような者にいつまでも他人行儀に名を呼ばせるのは一利もない。

「わたしなどに勿体ないお言葉です、奥様に神のご加護がありますように」

 子供を働かせるなんて、長年孤児を受け入れている教会ならではの発想よね。




 続いて一週間ほど遅れでやってきたのは避難民だ。

 予想よりも人数が多くて喜んだのも束の間の事。実際に働ける人は予想よりも少なかった。なぜなら彼らは、家族ぐるみで移住してきたからだ。

 働き手一人に対してその家族が数人、そりゃあ比率も下がる。


 やってきた避難民らが町と言われて案内されたのは、大きな木の家が三軒建っただけの殺風景な荒野。井戸は掘られているが、ここで生活するのかと大きく落胆していた。

 しかし、

「この土地はすでに領主様によって区画の整理が行われています。

 畑を四つ造っていただいたら、その畑と土地は差し上げますし、お祝い品として領主さまから農馬か農牛を一頭贈って頂けるそうです。

 また移住した今年度に限り税を免除します」

 役人がそう説明した所でワァ~と歓声が上がった。

「おい四つと言わず八つ造ったら馬と牛は二頭貰えるのか?」

「はい伯爵閣下からそのように伺っております」

「よし俺はやるぞ!」

「俺もだ」

 その歓声の中で一層沈んだ顔を見せた集団が居た。

 それは戦争で働き手を失った家族だった。夫を殺されて子だけを連れた母、両親を失い老夫婦に連れられた子など、税金免除は有難くとも、彼らには畑を四つ造ることなどできない。


 案内を終えた役人からそのように報告を受けて、私は頭を悩ませていた。

 女性でも出来ることは何か?

 修道長のズーザンに相談しようかと思っていた矢先、

「奥様、お茶のお代り入りましたよ」

「ありがとうディート」

 彼女らを侍女として雇えればどれほど楽か。しかし今の人数でも上手く回っているのだから、必要のない雇用は無駄でしかない。

「何をお悩みですか?」

「女性にできる仕事は何があるかなと思ってね~」

「そんなの簡単ではないですか」

「あらディートには何か案があるの?」

「糸を紡ぎ布を織って服を作らせれば良いのですわ」

「えっと裁縫でも私には無理なのだけど、世の中の女性はすべて、糸があるだけで服が造れるのかしら?」

「そりゃあ奥様には無理でしょうね」

「ディート?」

 明らかに馬鹿にされているような気がする。

「適材適所の結果ですから奥様にその技術は不要です。

 すべての者がとは言いません、ですがいずれ衣服の問題は出ます。ならば技術を学ばせれば良いではありませんか」

「それもそうね。

 糸かぁ、絹に麻、それから綿に毛よね。

 毛は動物で、麻は亜麻に綿は綿花よね。えっとそう言えば絹って何からできているのかしら?」

「虫です」

「へ?」

「虫ですと言いました」

「ほんと……?」

「ええ。絹は蚕と言う幼虫が吐く糸から作られています」

「芋虫……?」

「まあしいて言うならそうですね」

 いま着ている下着はまさに絹製。材料が虫の糸だと分かると途端に背筋に寒気を覚えたわ……



 そして最後にやって来たのは退役軍人。

 私の予定には無かったのだけど、フィリベルト様に報告を上げた時に『彼らはどうだろう』と提案されたのだ。

 年を取り体力が落ちた者、そして戦争で負傷し手や足を傷つけた者たちで、日常生活には問題ないが軍人として続けるのは困難な人たちだ。

 英雄の元でまた働けるとは! と、志願者はかなり多かったそうだが、残念ながら本当に動けない者を雇う余裕は無いのでこちらは具合を見て選別させて貰っている。

 彼らの仕事は衛兵に交じって町の警備と治安の維持。

 木を伐り町の周りに柵が造られ始めているのも、軍人時代に培った技術だそうだ。



 町は徐々に回り始めた。

 修道長のズーザンは避難民の子らを集めて雑用などをやらせている。

 お駄賃に蒸かした小さなお芋が貰えるそうで、飴と鞭を上手く使っているようだ。子供たちまでこの様に働いていると思えば、大人たちが頑張らないわけがない。

 町は当然の様に活気付いていく。

 それを見越して私に許可を貰ったのかと思えば、あの修道長はアタリだわ。

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