24:夏の終わりに②
二ヶ月掛かって両国は国境付近の野盗の討伐を終えた。
今後、同じように賊が現れてもこの条約がある限りは、国境を越えて討伐することが可能となる。
その事は近隣の町や村で声を大にして触れ回ったから、野盗らがここらに巣食う頻度は大きく減るだろう。
さらにそれはムスタファを通じて商人にも流された。お陰でシュリンゲンジーフ伯爵領にやってくる行商人が徐々に増え始めていた。
人口が増え仕事がある。さらに城下の町に流れる品も増えたから、住人は自ずと活気づく。半年前とは大違い、すっかり彼らの表情は明るくなっていた。
作戦はすべて終わったと言う報告を受けてから二日。
今日は二ヶ月ぶりにフィリベルト様がお城に帰っていらっしゃる。
怪我もなく無事に帰っていらしゃることも嬉しいけれど、久しぶりに会えることに私は朝からニコニコ笑顔を見せていた。
私の満面の笑みを見て、鏡越しに「奥様可愛い~」とエーディトが茶々を入れる。
「ふ~んだ、なんとでも言いなさい。
恋人が護衛で城に残ってた人とは違うのよ」
「誰の事かしら?」
エーディトの声のトーンがちょっと下がったが、今日の私はそんなの気にしない。
「決まってるわ。お姉ちゃんとライナーの事よ」
「あらわたしたちはお付き合いしてないわよ」
「あれだけ一緒に居て、まだお付き合いしていないことの方が驚いたわ。
ちょっとライナーを呼んで頂戴、私が代わりに叱ってあげる」
ロッホスが居なくなってから私専用に新たな侍女が増えていた。非番の日など二人で談笑している姿をたびたび見ていたというのに、あの男は一体なにしてんだ!?
「そう言うことは望んでおりません。
どうか奥様は首を突っ込まないでください」
その口調がすっかり他人行儀に変わる。
これは本気で嫌がっている証拠だわ。
そこへタイミング良くノックの音が聞こえてきた。
「失礼します奥様、旦那様がもうすぐお戻りになられます。
お迎えの準備をお願いいたします」
お父様から紹介された新たな執事エルマーが部屋まで呼びにやって来た。五十台半ば過ぎの初老、隠居した所を無理に頼み込み急きょこちらに来て貰ったのだ。
「はい今行きます!」
「ちょ、ちょっとまだ髪が」
「えっ早く早く。何やってるのよ」
「もうベリーが馬鹿なこと言ってるから、早く座って手早く済ますわ」
「はーい」
ああ良かった、お姉ちゃんの機嫌も直ったみたい。
玄関に駆け下りてフィリベルト様を待つ。
危ない間に合った~と言っているうちに玄関が開き、フィリベルト様が帰っていらした。
「お帰りなさいませ旦那様」
「いま帰った」
慣れていないエルマーが一瞬顔を引き攣らせたが、あの魅力は私だけわかってりゃ良いのよとばかりに微笑み返す。
しかし微笑み合ったのは一瞬のこと。フィリベルト様は続いて明らかに困り果てた表情を浮かべて、おまけにため息まで吐いた。
「どうかされましたか?」
「ベアトリクス落ち着いて聞いて欲しい」
「はい?」
「実はロッホスが見つかって捕らえられた」
「……ええっ!? ど、どういうことですか!」
「奴は単騎で国境の方へ逃げたが、どうやら野盗に襲われたらしく、野盗に捕まって彼らのアジトでこき使われていたそうだ。
生憎俺の部隊が行った場所ではなかったのだが、フリアス子爵閣下が、『手配している男と人相が同じ者がいた』とこちらに護送してくださったのだ」
「そう、ですか」
「中庭に連れ帰っている、どうする会っておくか?」
どうしよう……
会っても良いことは無そうだけど。
「この後どうなりますか?」
「法によって裁かれるであろう」
貴族を相手に横領しおまけに逃亡したのだ、良くて自決、悪ければ処刑だろうか?
「解りました最後に一目だけ」
「そうか」
フィリベルト様について玄関を出ると、騎士二人に挟まれてみずぼらしい身なりの男が後ろ手に縛られて跪いていた。
私たちの足音が聞こえたのか、男が顔を上げる。
間違いない。髭が生えてすっかり痩せているが確かにロッホスだ。
「ロッホス……」
「チッ、お前さえ来なければわたしはぁ!」
「いいえ。遅かれ早かれ不正はバレるものです」
「いいやお前さえ来なければ絶対にバレなかった。忌々しい女! それにあの爺ぃ!」
聞くに堪えない暴言。
人間とはここまで荒む者なのか……
ロッホスは突然「うわぁぁ!」と大声を上げて叫んだ。
声に驚いた一瞬の隙。ロッホスは一気に立ち上がり、二人の騎士を振り切ってこちらに向かって駆けこんできた。
私の方へ、目を血走らせたロッホスが迫ってくる。
「キャァァ」
悲鳴を上げた瞬間、グシャッ!
嫌な音が聞こえロッホスの頬に大きな拳がめり込む。
フィリベルト様の裏拳。
その威力は大の大人の進行方向が変わるほど、縦から横へ。顔に大きな拳がめり込み、ロッホスは横なぎにふわりと浮いた。
遅れてドシャ! と言う音が聞こえると、壊れた人形の様にロッホスは不思議な格好で横たわっていた。
「ヒッ」
私の口から短い悲鳴が漏れた。
「あっ! ……す、すまない」
私がフィリベルト様に怯えていると言う風にとらえたのか、彼は自信なさげに頭を垂れて謝罪した。
違う、そうじゃない!
死んでしまったのかと思うほどの勢いだったから驚いただけで、私を助けてくれたことはとても嬉しかった。
しかし私の口は情けなく、カチカチと歯を振るわせるばかりで、それを声に出すことは出来なかった。
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