22:新たな町
私とお爺様、そしてムスタファの三人で執務室に入った。
「それで町を造ると言ったが訳を聞こうかの」
「西の国境からここ、シュリンゲンジーフの町まで馬車で三日掛かります。
国境側で治安が荒れていたことから、ここより西には町が一つしかありません。小さな町で確かビヒラーと言います。その町がここから約一日の距離ですね」
「ふん。そんなことは地図を見ればわかる」
「ビヒラーから国境までは二日、やってきた旅人や商隊は一日野宿をする必要に迫られます。そのような道を誰が通りたいと思うでしょう?」
「まあ俺なら西のルートは避けて北西の道を使うだろうな」
「でしょう! だから丁度一日の距離に町を造ります」
どうでしょうとお爺様を見つめると、
「ギリギリ及第点じゃ」
「えー。相変わらず厳しいですね」
私の不満の声など知ったことかと、お爺様はこちらを睨みつけて、
「ベリーよ。町を造るにあたって必要な物を申してみよ」と、問うて来た。
「一番は人です」
他にも土地や建物、そして食糧やら職業など、人々が生活するのに必要なものが数多にあるが、そもそも人が居なければどうしようもない。
「ふむその算段次第で合格点をやろうかの」
「まぁお爺様、その言葉に二言はありませんね!?」
孫には甘いお爺様だが、こと政においてはなかなか合格点を頂けないので、少しばかり声のトーンが上がってしまった。
「ほほぉ随分と自信があるようじゃな」
「もちろんですわ。
まずムスタファにお願い。色々な町で噂を流して貰えるかしら?」
「どういう噂だ」
「西方のシュリンゲンジーフ伯爵領は治安が回復した。そこに行けば土地が貰えると、そして教会に行けばそこに行くための馬車が準備されていると」
「ほぉ大判ぶるまいだな」
「まぁね」
やって来た人には土地を渡す。ただし渡すのは仕切っただけのただの荒地だ。しかしその土地を畑にすれば、今後はそれを自分の土地にして良いと言えば、平民は喜んで働くだろう。
最初こそマイナスだが、町が増えれば税収も増えるから、未来は安泰。先行投資としては悪くないはず。
「どこにでも噂を流すのは止めておけ、下手に流民ばかりが集まれば治安が落ちる。
町としてそれは致命的だ」
すぐにこちらにやって来れる様な流民の中には、運悪く土地や財産を失った者の他に、根っからの犯罪者が混じっている。
当然、それらが集まれば治安が悪くなるだろう。
言われるまでもない、そんなことはとっくに考えている。
「でも今回与える土地は農地ではなくてただの荒地よ。
犯罪者などはまず楽をすることを考えるでしょう。そもそもやって来ないか、畑を造ることをせずにサボるから、すぐに露見すると思うわ」
「お嬢さんの悪い癖だな。いいか犯罪者でもないお嬢さんに、
むぅと不満気にお爺様はどう思うとばかりに視線を向けると、お爺様も止めておけとばかりに首を横に振った。
私は二人が揃ってダメと言うのに意見を通すほど愚かじゃない。ならばこの意見は取り下げるべきだろう。
私がぶぅ垂れていると、
「そうだな、呼びつける方法と土地を割り振る方法は悪くない。
問題は呼ぶ民の方だから、戦争の避難民や孤児に限定するというのはどうだ?」
「ええっ孤児を?」
「ああ昨年末に戦争が終わった東の方では避難民や孤児の数がまだまだ多い。さっきと同じ条件で彼らをこちらに呼び込めば、かなりの数が見込めそうだがどうだ?」
「ねぇ孤児だと年端が行かない子もいるのではなくて?」
年端が行かない子を残して、働ける子だけ引っ張れば受け入れている教会が立ち行かなくなってしまうから、そんな非常識なことが許されるわけはないのだが……
「そこは一緒くたになるだろうが、考えてみろ。
いまは年端が行かない子供であっても、街道を引くまでの年数を差っ引けば、いずれガキも成長して大人になる。後々役に立つぞ」
「つまり先行投資と言う訳ね」
「ああ子供が居れば町の活気もいくばくかは向上する、悪くなかろう?」
「提案してくれたと言うことはムスタファ、貴方が取り仕切ってくれるのかしら」
「依頼なら受けよう」
「大型受注になりそうだし、十分に割り引いて頂戴ね?」
「まったく、ちゃっかりしているな」
「して、体よく人を集めたとして住居と食糧はどうするんじゃ」
また私が先を見過ぎていないかと、お爺様が忠告混じりの質問をしてくれた。
「まずすぐに育つ芋と玉蜀黍を使います。
住居の方ですが、これから夏に入りますしここらの気温は高いので、国軍が使う様な天幕を考えています」
「ふむ、食糧はまあそれで良かろう。じゃが住居は長くは持たんぞ」
「ええ樹を切って小屋を建てるのも急がせないと……」
「その為の工夫と金がまた必要じゃなぁ」
「はい……」
ざっと考えても資金は間違いなく足りていなかった。足りない分はどこかから借りるか、援助して貰うか以外にない。
パッと顔が思い浮かぶのはお父様一人っきり。
もしも私が社交界に出ていればもう少し別の手が打てただろう。だがそんな
何にしろ早いうちに
「ベリーよ」
「はい?」
「合格じゃ」
「やった!」
「じゃが資金繰りの話がなかったからこれは机上の空論じゃ。
合格にはしてやったがギリギリだと思えよ」
「分かりました。
その資金の件ですがお父様にお願いしようかと思っています」
「はぁ? あの馬鹿息子に頼るというのか。ええぃ合格は取消じゃ!」
「ああっそんなのずるいです!!」
お父様の話が出るや子供の様に耳を塞ぐお爺様。
お父様も切れ者で、私から見れば似た者同士なのだけど困ったものね。
ちなみにお爺様がお父様をこれほど嫌うのは、先代の国王陛下が退位した時まで遡る。先代国王陛下の退位と共に宰相のお爺様も退任することになっていた。
宰相だったお爺様は当然、息子のお父様に後を継いで欲しかったのだが、お父様のライバルは先々代以前から何度も宰相を務めていた名門ヴュルツナー侯爵閣下。
そして現国王陛下が宰相に指名したのは、お父様ではなく、ヴュルツナー侯爵閣下だった。
よっぽど悔しかったのだろう。それ以来お爺様は、『馬鹿息子』に『ダメ宰相』そして『ボンクラ国王』と呼ぶようになったのだ。
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