21:内政開始

 初夏となる頃に、ついに念願の野盗討伐作戦が開始される。

 大規模な作戦ゆえにシュリンゲンジーフ伯爵の持つ私兵では数が足りず、かといって元から居た国軍は町の警備から外せない。

 そのため今回の作戦ではゲプフェルト王国から新たな国軍を借りている。

 その辺りの交渉はお爺様が買って出てくれた。たぶんそうなるのを見越して王都により近いクラハト領の方へ移動されていたのだと思う。

 まだまだお爺様には敵いそうにない。


 さて作戦の数週間前、国軍がシュリンゲンジーフ伯爵領に入ってきた。

 本来ならば国軍の指揮官は自らの隊を率いるのだけど、

「先の戦争の英雄フィリベルト閣下とご一緒出来るとは武人の誉れです!

 ぜひお隣でその手腕を拝見させて頂きたい」

 こんな所で旦那様の名声の高さを知るとは思わなかった。



 ある日の朝食の後の事、私とフィリベルト様は執務室で話をしていた。最初は普通、しかし次第にヒートアップして、今やお互いに譲らぬ状態にまで興奮していた。

「フィリベルト様は今や領主でございます。

 最前線に立って戦うなど許されませんわ」

「しかし俺は今までも領主で、ずっと最前線で槍を振るってきた。

 さらにこれは今までとは違い、我が領地の戦いである。それを国軍だけに任せて後ろにいるなど、俺のプライドが許さん」

「フィリベルト様はすでに軍人ではございません」

「どうしても駄目だと言うのか!?」

「もちろんです。何かあったらどうされますか」

「貴女は俺が野盗に後れを取ると思っているのだろうか?」

閣下・・! その物言いは卑怯ですわ!」

「むっすまん」

「解りました、私も少しばかり譲歩いたします。

 隊の指揮は認めますが絶対に最前線には立たないこと、それから、ただの馬ではなく軍馬ゲルルフにお乗りください」

「最前線でないのならば馬はなんでもよかろう?」

「いいえこれ以上の譲歩はいたしません!」

「やれやれベアトリクス、貴女はとても強情だな」

「そうでしょうか?

 私ほど従順な妻はなかなか居ないと思いますわよ。

 だってお預かりした〝離縁届〟を、今すぐ破り捨てたいのを我慢して、一年の約束を守ってずっと保管しているのですもの」

 どうよとばかりにふふんと笑って見つめてやれば、フィリベルト様は何とも困ったような表情を見せていた。


「いったい俺のどこが良いのだ……」

「前からお伝えしている通り、フィリベルト様は私の初恋の相手です」

「初恋か、それが一番分からんな。俺には初見で好かれる要素が無い」

「えと、お話すれば良いですか、ね?」

 初恋相手に面と向かってその話をするのは流石に恥ずかしくて、私は悶絶する思いで何とか口を開いた。

 きっと耳まで真っ赤だと言う自覚ありだ!

「いや止めておく」

「そう、ですか」

 ちょっと安心、ちょっと残念な気分だ。

「初恋も俺が好かれる理由も分からん。しかしいま俺を心配してくれる貴女の気持ちは理解した。

 最前線には出ない、馬も軍馬ゲルルフを使おう」

「フィリベルト様!! ありがとうございます」

 感極まって私はフィリベルト様に抱き着いた。

 こういう勢いって大事だと思うのよ!

 結構な勢いで行ったと思うのだけどその大きな体躯はびくともせず、むしろ……とても痛かった。

 次はもっと加減しよう。

「お、おいエーディトが見ている」

 確かに痛かったけれど私は慌てるフィリベルト様が可笑しくて、彼の胸の中でくすくすと笑っていた。

「おーいエーディトも! 二人で笑ってないでどうにかしてくれ」







 フィリベルト様が出立した翌日、城にふらっとやって来たのはお爺様と、

「あらムスタファ? 久しぶりね」

「よお、そこで爺さんに会ってな。目的地が一緒だからはぐれない様に連れてきてやったぞ」

「ふんっ何を言いおるか。儂が連れてきてやったんじゃ」

「はいはい、二人が仲が良い事は分かったから。お茶は如何?」

 二人は口を揃えて「貰おう」と返してきた。

 やはり仲が良いわね~と私がくすくすと笑うと、二人は揃って不満気な顔を見せた。

 そう言うところが仲が良いのだけど~とはもちろん言わないわ。



「野盗の討伐が終わればいよいよ街道を引かねばならんな」

「はい、石や木を切る工夫にそれを運ぶ馬と牛。煉瓦も焼かなければなりませんし、道を引く人足も沢山必要になりますわ」

「いいやその前にやることがあろう?」

「町ですね」

 西に街道を引けと言われても、ここ中央部から西に進むと一日の距離に小さな町があるだけだ。そこを拠点に街道を伸ばせば、間に宿場町も何もない道を何日も進まなければならない。

 そのような寂れた道を誰が使うのか?

 道を造るのならばその間に体を休める町の存在は必須だ。

「馬鹿者! もっと先にやることがあるわ!」

「済みません、何か忘れていますか?」

 またも私は目先の事を見ていなかったのだろうか?」

「それをお前は一人でやるつもりか?」

「いいえ、私とお爺様の二人ですわ」

「おいベリー、もしやじじぃを過労で殺す気か?」

「いいえそんなつもりはございませんわ。だってお爺様なら余裕でしょう?」

「馬鹿もん! そう言う話をしとるのではない。

 儂とベリー、二人だけでこの先やって行けるわけが無かろう! いいか、シュリンゲンジーフ領には決定的に文官が足りておらん」

 前のアデナウアー子爵領の時代は、領地の財産管理はすべて執事ロッホスに丸投げだった。何も発展させることなく横ばいにするのを前提とした場合、前の領地程度の大きさならば一人でも足りた。

 しかしいまは領地も広がったし、私兵も雇い入れている。おまけに街道まで引けと言うのだから、人が不足するのは目に見えていた。


 文官と言われてパッと思いつく顔は無し。

「彼らはフィリベルト様を慕って来ていますから仕方ないですよ」

「じゃがな、少し考えてみよ。今回野盗の討伐が終わったとすれば、あれほどの武官は必要あるまい。従って儂らがやるのは文官の確保と育成じゃ」

「確かにその通りですね、分かりました。

 しかし私には伝手がありませんので……」

 そう言ってからじぃーとお爺様を見つめた。

「ふん。辛うじて片手だけクラハト領の奴に声を掛けておいたわ。で、あとは領主の採用許可が必要なのじゃがな」

「まあクラハト領からですか! でしたら領主代理の権をお預かりしていますので私が許可しますわ!」

「ならば良い、一週間も待たずにやってくるはずじゃ」

 クラハト領からここまで二週間、それがあと一週間で来るということはかなり前から声を掛けておいて下さったのだろう。

「ありがとうございますお爺様!」

 素直にお礼を言うとお爺様は不機嫌を装いながらニヤける口元を手で隠していた。

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