17:進展と新たな問題
私たちは応接室から執務室へ場所を移していた。
なお私がこの部屋にじっくり入るのは初めてだったりする。
ロッホスが棚から領地管理の資料を取り出してテーブルに並べていき、フィリベルト様がそれらをざっと説明していく感じかしら。
地図を広げて町や村の位置を確認。
大体の人口とその税収など、他には災害や戦争などで被害があった場所の対策状況、さらに住民の上げてきた要望書など。
すべてに目を通すと一日ではとても終わらない量。
お爺様は要点を絞って資料を見ているようだ。私もお爺様からそれらを習ってはいたが、そこまで早く見ることは出来そうにない。
一領地なんて、国を任されていた
一時間掛からず、お爺様は顔を上げた。
「大体の問題点は分かったぞ」
「問題点ですか?」
「そうじゃな。フィリベルトはこの領地のどこに問題があると思っておる?」
「そもそも治安が悪いことでしょう。
最近は改善しておりますが、まだまだ野盗は多く、住人は不安に思っております」
お爺様は何も言わず、隣にいた私に視線を向けてきた。
どうやら『お前はどうだ?』と問うているらしい。
「私は土地の広さに比べて、人口が圧倒的に少ないことの方が問題だと思っています」
クラハト領は小さいながらに、豊かだから住みたい、移住したいと思う人が多く、人口は多かった。人が多いと税が増えるし、人が多いから荷が回って活気が増す。そして活気があるから人が移住したがると言う循環だ。
「それはここの治安が悪いから住んでいる人が去っていくのだろう」
「いいえ違います。いまの状況は食べ物が無いから去っていくのですわ」
「畑を作っても野盗に荒らされるのでは意味が無い」
「お言葉ですが、割のよい交易商人を狙っている野盗が、果たして実入りの少ない畑を荒らすでしょうか?」
「これ熱くなるでない」
おっと……確かに危なかったわ。
絶妙なタイミングでお爺様が割って入ってくれたみたいね。
「まぁそうじゃな。旦那を立てると言うことでまず治安を改善しようかの」
お茶でも飲むか~と言う様な軽い口調だったせいで、フィリベルト様の顔が一層険しくなった。
そりゃあそうだろう。
野盗を追っても、国境を越えて逃げていくから、こちらはそれ以上手を出せずに困っているのだ。それをなんでもない風に軽く言われればイラッと来るわよね。
「部下のアイデアで兵士を商人に偽装してある程度の実績は上げています。
しかし根絶には至らず、今一歩足りておりません」
「上手く逃げ延びた野盗が国境を超えるからじゃな」
「はい」
「儂は先日、王都に寄った時にこれを貰って来た。
結婚祝いと言うことでお前たちに譲ってやろうぞ」
「これは……」
差し出されたのは御名御璽の入った許可書だった。
『アルッフテル王国とゲプフェルト王国間に住まう賊の処分について
両国は賊の討伐に置いて協定を結ぶこととし、両国の協力により賊の掃討戦を行う
掃討戦の後、賊の討伐時に置いては兵が国境を超えるのを止む無しと判断する』
「凄い……」
「今回の不名誉の代償に宰相のケツをひっぱたいて書かせたわ」
「その不名誉と言うのは?」
「なんじゃ噂を聞いとらんのか。
儂の孫娘のベリーがお主の為に急きょ養子に召し上げた平民の子と言う噂じゃよ」
「ああ、それでしたら聞き及んでおりました。
しかし俺はベアトリクスとクラハト領のお屋敷で会っておりますから、戯言だと一笑していましたよ」
フィリベルト様は噂に惑わされなかったのかと、私は胸をほっと撫で下ろした。
なお視線の端では、先ほどからロッホスが青い顔を見せている。きっとお爺様の圧倒的なパワーに気圧されているのだろう。
どうやら良い薬になったようで何よりね。
これで今後は私の身分を疑う様な発言は減るでしょう。
「この許可証を得るのにあちらから二つほど条件があっての、儂はそれを伝える為に来たんじゃ」
「なんでしょうか?」
「まず近日中に兵を組織して、アルッフテル王国と協力して国境の野盗討伐を行う」
「なんと! それは願ってもない事です!」
「まぁお主はそうじゃろうな。
儂も
「えっ俺がですか」
「ああ宰相が面倒がってな、現場責任者に任すそうじゃ。
お主は根っからの軍人ゆえ、交渉事は苦手だろうが、こればっかりは領主のお主にやって貰うしかない」
「……分かりました」
出来ればフォローしたいけれど、女の私が軍に関わることに口を出すことは出来ないからやはりフィリベルト様に頑張って貰うしかなさそうだ。
「もう一つは、それぞれの資金で、シュリンゲンジーフ領中央部及び西部に街道を引くことじゃな。そして街道ができた暁には、アルッフテル王国と関税を低くして交易することが条件となっておる」
「それは良い。
両国の交易が栄えれば領地が潤いますね」
「いいえ、関税が安いと言うことは領地に入る税が減りますから手放しに良い事とは言えませんわ。それに今のこの領地に、アルッフテル王国まで二本の街道を引く力はございません。
お爺様、国からの援助は?」
「うむベリーが正解じゃ」
「そ、そうですか……」
「国からは『領地に関わる事ゆえに、アデナウアー子爵領から補てんされる資金で賄うように』と打診されておるのぉ」
「そうですか。
お爺様、工事の期日は如何ほどでしょう?」
「通算で三年。ただし最初の一本は二年以内じゃ」
「厳しいですね」
アデナウアー子爵領から補てんされる資金は五年間ある。それが今すぐに全額手に入るならば容易いが、期限までにはその半分の年数しか収入が見込めない。
「うむ、まずは資金繰りからじゃろうな」
お爺様は本当にこの領地に住むらしく、城の適当な空き部屋をフィリベルト様から貰っていた。だがしばしの間は引き継ぎの為にクラハト領との行き来が必要らしく、本格的に住むのはもう少し後らしい。
私にとってはとても頼もしい援軍であるけど……
せめて荷物くらいは先に送って欲しかったわ。
今日着る服さえも持ってきていないとか、本当に元侯爵なのかと頭を疑う。
背丈が近そうな兵士から平民の服を借りたお爺様。
「おおこの服は着易くていいな、今度からこういうのを頼むかのぉ」
「止めてください、仮にも侯爵だったお方が着る服ではございません」
「うん? 見栄えなんてどうでも良かろう。
問題は中身じゃと、ペーリヒ領のお屋敷で言っておったのはベリーではないか」
「そ、それは……」
きっと父に今回の縁談を持ち掛けた時の話に違いない。
私がフィリベルト様と婚姻を結びたいと言ったら、父は、「あの熊の様な男と結婚するなど正気か?」と猛反対した。
その時に、「人は見た目ではございませんわ。それに彼はとても優しいお方です!」と食って掛かったのだ。
確かに言ったけど、この場合はそうじゃない!
しかしお爺様が私の言葉を素直に聞いて下さるはずはなく、それどころか、
「ああ~あの時、ベリーに味方したのは儂だけじゃったが……
そうかベリーはこの服装は反対か。残念じゃのぉ」
「うっ……」
確かにお爺様が助力してくれなかったら婚姻の許可は下りなかったと思うけども!!
「どうやら奥様の負けでございますね」
「ううぅ~。分かりました!
どうぞご自由になさってください!!」
結局いつもの通りエーディトに慰められて終わった……
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