16:襲来!!
新年の頃に婚姻が決まり、移動に半月。そしてここにきて三ヶ月になった。
季節はすっかり春。
もともと寒くない土地だからあまり変わった様子はないけれど、それでも春の日差しと言うのはぽかぽかしていて、なんだか気持ちが良いものだ。
私はそんな日差しを浴びながら、中庭が見えるテラスでお茶を飲んでいた。
「奥様失礼します」
訪ねてきたのは、先日同盟関係となった侍女長のコリンナだ。
「あら何か用?」
「お客様がお見えだそうです」
なぜそれを貴女が言う?
と言うか、真っ先に来客に応対するはずの
言いたいこと、気付くことはいくらでも有るが、不味い……
ここで私が何かを言うと
私は視線を上げてやや後ろに控えていたエーディトをチラリと見た。エーディトは当然の様に私を見ていたから、すぐにコクリと頷いてくれた。
「奥様、少々失礼します。
コリンナ。わたしの常識ではそれは執事の業務だと思いますが、このお城の侍女長にはそのような仕事も含まれるのでしょうか?」
「いいえ含まれません。
執事のロッホスは執務中で手が離せないそうで、わたしに言伝を頼んだのです」
「そうですか。
奥様、話の腰を折りました申し訳ございません」
「次回からは気を付けなさい」
と心の籠らない定型文を返してエーディトを叱っておき、
「ロッホスの話はあとにしましょう。
お客様をお待たせするわけには参りません。案内をお願いします」
ちなみに相手は名前を名乗らなかったそうで、どうやら前回にそれで嫌味を言ったから根に持っているのかもしれないな~と、相手の小物っぷりに改めて苦笑した。
お客様が通されたという応接室にノックをして入った。
ソファに座っていたのは、
「ええっ!? お爺様!?」
「おおベリー、久しいのぉ」
後ろに控えていたエーディトは、やや驚きつつもペコリと礼を返していた。
エーディトがお茶を淹れている間……
「いや~もう少し早く来る予定じゃったんだがの。
あの馬鹿息子とダメ宰相のお陰で王都に寄っておったから遅れてしもうたわ」
「ああ、私が平民の出だと言うお馬鹿な噂の件ですか。
お爺様に出向いて頂いて消えたそうで、その節はありがとうございました」
「なぁに孫娘の不名誉を晴らすなんてじじぃとして当たり前のことじゃよ」
「それで、そのぉ~一体何をしにこちらに?」
「これからここで厄介になろうかと思ってな、ちょっと荷物をまとめてきたわい」
「は?」
「えっ?」
最初が私ので、二つ目はエーディトの声だ。
「ここに住むって、えっクラハト領はどうなさるんですか」
「あそこはもう良いじゃろ」
「もういいって、そんな無責任な……」
結婚するからと領主の地位を返した私が言う台詞ではないけれど、領主の言っていいセリフじゃない。
「なぁにあれだけ安定しとるんじゃから後は馬鹿息子でも管理できる。
それよりもこっちじゃ。お主が嫁いだと言うのにまだどこも手を付けておらんとは、一体ここ三ヶ月何をしておったのじゃ」
「それはお手紙にしたためた通りですが、もしやムスタファから受け取っておりませんか?」
「これのことじゃな。
ここに来る前にざっと領地を見回ってみたが手紙に書いてある事はなんも無し、どこも手が付いておらんかった」
「残念ながら、私にはまだその権限がありませんので……」
「ほぉ噂の執事か。どれちょっとここに呼んでみよ」
「残念ながら忙しいそうですわ」
「エーディト呼んでまいれ」
「は、はい。畏まりました旦那様!」
「ちょっとディート!」
「あっ失礼しました。ヴェンデル様」
「そっちじゃなくて!!」
クラハト領での旦那様呼びが癖になっているから、間違えたのを指摘したと思われたらしいが、私が言いたいのはそこじゃない。
屋敷の事情にお爺様が入ると確実にもめるからやめて欲しいのよ!
「はよう行かんか」
「はいっ! ただちに!」
慌てて部屋を出ていくエーディト。きっと条件反射の様な物だ。
この屋敷の事情も知らないのに、相変わらずこのお爺様は強引だ。
五分後、不機嫌な様子のロッホスが部屋に入ってきた。
「お呼びとお聞きしましたが、如何いたしましたか?」
「お主がここの執事か。玄関で出会ったきり引きこもったから、用事聞きの下男かと思ったぞ」
「それは……失礼しました。執事のロッホスと申します」
「ふんっ。
おい執事、まずはこの領地の帳簿を見せよ、お主の名前を覚えるかはそれを見て決めることにする」
はあっ?
突然の台詞に私だけではなくロッホスも唖然としていた。
「申し訳ございませんが旦那様のご許可が無いとお見せできません」
「そうか。
じゃあ許可を取って参れ」
「は?」
今度は堪えきれずに声が出たらしい。
「何を呆けとるか、はよう行って許可を取って参れ」
「わたしがですか?」
「今はお主が執事でこの屋敷を取り仕切っておるのだろう。他に誰がおるんじゃ」
「いやしかし……
その様なこと、旦那様にお聞き出来る訳が……」
「ブツブツと煩いのぉ
何がダメなのかはっきり言わんか!」
「領地の事ですから部外者に見せる訳には参りません」
「ほぉお主のその言い方じゃと、ベアトリクスなら見ても構わんと言うことじゃな?
なら儂は後ほど孫娘から教えて貰うことにするわい。さっさと持ってまいれ」
「い、いえそう言う意味では……」
「またお前は愚だ愚だと!
ハキハキ話せと言うとろうが!」
「領地の事は旦那様からわたしが一任されております。
例えベアトリクス様であってもお見せするわけには参りません」
「じゃからそれを決めるのはお主ではなかろう?
理解したらさっさと許可を貰って参れ」
一向に動こうとしないロッホスにしびれを切らすお爺様。
「もしや使用人風情が儂から直接伯爵に言わせるつもりか?」
流石は先代宰相閣下、その威圧感は健在だ。
声色に不味い物を感じたのだろう、ロッホスは青い顔で、
「い、いえすぐにお聞きして参ります」
と言って部屋から走り出て行った。
「ふんっ役に立たなさそうな若造じゃな」
確かロッホスは四十代前半だったはずだけど、それでも若造なのかしら?
「アデナウアー子爵領の頃から十数年領地の管理をしているそうですわ」
「ほうれみよ言う通り役立たずの無能だったではないか」
胸の前で腕を組み勝ち誇るお爺様。
ロッホスの手腕は〝並〟だ。
領地を管理し普通に運営するのならば、卒なくこなすだろう。しかしお爺様の物差しは、領地を繁栄させることでしか測らない。
だからお爺様にとっては、アデナウアー子爵領を繁栄させることなく、横ばいに維持し続けたロッホスは無能と言うことになる。
一時間ほど経過した頃、応接室にフィリベルト様が入ってきた。かなり慌てていらっしゃる様子で、旦那様のとても珍しい顔が見れて私は満足だ。
「失礼します。
わたしはシュリンゲンジーフ伯爵でございます。先代の宰相閣下でいらした元ペーリヒ侯爵閣下とお見受けします。
当家の執事がご迷惑をお掛けしました。非礼をお詫びいたします」
「伯爵閣下よ、儂はとっくに隠居しておる身じゃ。
ただの〝じじぃ〟か、ヴェンデルと呼べば良い」
「はっではヴェンデル様とお呼びします」
「屋敷の主人がそのように下手にでて敬われるのは好かんなぁ
様を付けるなら、お爺様くらいで勘弁してくれんかの?」
「えっと」
どうするよ~とばかりに彷徨う視線は私に向かっていた。
いつもの綺麗で穏やかな瞳から穏やかさがすっかり引かれて、焦りの色が濃い。これはこれで新鮮で良いけれど私の好みはやはりいつもの瞳の方ね。
「旦那様、私のお爺様なのですからお気になさらず、気安くお呼びください」
「そ、そうか。では俺もお義爺様と呼ばせて頂こう。
義理ですがベアトリクスと同じくいまは俺も孫です、どうぞフィリベルトをお呼びください」
「うむ、お主はなかなかに良い目をしておる。
なるほどな、ベリーが惚れたのも分かるぞ」
「お、お爺様!」
なにを言い出すんだと慌てる私。
自分で言うのは良いけれど人に、それも身内に言われるのは照れるわよ!
そしてそれを聞いた旦那様は、珍しい事に赤面していた。
おおっ!?
とても珍しくて二度見したわ。
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