14:二つの褒賞品
翌朝。
死ぬほど眠い……
定刻になってもベッドから起きるのが億劫で、私は憎たらしい朝日を避けるためにシーツを頭から被っていた。
「本日は朝食をお部屋にお持ちしますか?」
「ねぇディートは私より後に寝ていて私より先に起きているわよね。
なんで平気なの?」
「心構えが違うから、でしょうか?」
「心構え?」
「ええわたしが手を抜けば、わたしの大切な奥様が侮辱され、さらには悪い噂が上がるでしょう。そんなことはさせる物かと思えば、自然に目は覚めます」
「ふぅん」
分かったような、分からないようなふわっとした感じだわ。
ふわっと繋がりか、私の口からふわぁぁ~と欠伸が出た。
「そうですね。奥様が一発で目が覚める方法がございますが……
試してみますか?」
「痛くなーい?」
「ええまったく」
即答。実に怪しい……
「あら残念だわ。ベリーはお姉ちゃんを信じてくれないのね」
「ズルい言い方しないでよ!」
「くすくす。冗談ですよ。
そうですね、わたしと同じく、きっと執事のロッホス氏も独自の心構えを持って起きていらっしゃるでしょう。
ロッホス氏が起きているのに、奥様はまだベッドで眠られますか?」
ガバッ!
シーツを跳ね除けて起き上がる。
「おや効果覿面ですね」
「分かったわ。これが心構えね!」
「う~ん奥様の場合は負けん気だと思いますが……
まあいいでしょう。時間も押してます早くこちらへ、手早く済ませます」
「はーい」
※
廊下をやや小走り気味に移動したのは内緒だが、エーディトのお陰で何とかギリギリ間に合った。
食堂でロッホスと目が合い、〝チッ〟と〝ふふん〟とやり合う。
どっちがどっちかは言うまでもないわよね?
五分後、フィリベルト様が食堂に入ってきた。
「おはようございます旦那様」
「ああおはよう。
昨夜は遅かったが、ベアトリクスは眠くないか?」
「心構えが違いますので!」
覚えたての言葉を使ってえへんと胸を張ってみたら、後ろに立つエーディトから小さな溜め息が聞こえた。
なんか違ったかしら?
「心構えか、
俺の……妻!?
初めて言われた台詞に舞い上がる。
やだっ顔が真っ赤かも!?
「(奥様席にお座りください)」
エーディトから背を小突かれて我に返る。
いつの間にかフィリベルト様はとっくに自分の席に座っていらして、まだ立ち尽くしている私を不思議そうに見つめていた。
「し、失礼しました。
ふわふわっとしてなんだか立ったまま眠っていたようです」
言った後に何言ってんだと自分でツッコむ。
先ほどのと二つ合わせて、今度は耳まで真っ赤だろう。
「ははは、ベアトリクスは面白い冗談を言うな」
ほっと安堵の息。良かったー冗談だと思って笑ってくれたわ。
食事が始まった。
生活リズムが狂っている私は食欲がほとんどなく、それでも義務感の様な物でスプーンとフォークを動かしていた。対してフィリベルト様は、バクバクといつものペースで私の数倍の量の食事を平らげていく。
まぁあれがいつもの量なんだけどね……
「ジッとこちらを見てどうかしたか?」
「昨夜は遅くお戻りでしたのに、よくお食べになられるなと思って見ておりましたわ」
「ああそうか。俺は軍属の経験があるから、食べられるときに食べる癖が付いている。
ベアトリクスは無理せず、後ほどお腹が空いたときにでも食べるといい」
「いえ皆に迷惑が掛かりますのでそう言う訳にもいきません。頑張って食べます」
「そうか。頑張る物ではないと思うがまぁ頑張れ」
「フフッ確かにそうですね」
仰る通り、無理に食べて気分が悪くなるよりは止めておく方が良さそうね。
私はスープやサラダなど軽い物だけに手を付けることに決めて、使用人に他の皿を引いて貰った。品数が減ったことで、私はフィリベルト様をほぼ同じ時間で食事を終えた。
食後には以前の習慣の通り、フィリベルト様には珈琲が、私にはデザートと紅茶が運ばれてくる。さて少し前から始まった朝のお話会の始まりだ。
ただし本日は少し殺伐とした話になるだろうけどね。
まずはフィリベルト様からここ一週間のお話を聞いた。
より国境に近い西の方だけあって、野盗と幾度も戦ったのだろうと思っていたが、そんなことは無いそうで、そもそも西にある町は、ここから馬車でゆったり一日の距離に、とても小さな町がひとつきり。
小さい町だから当然人口が少ないこともあり、ここ中央部を抜けてさらに西に向かう商人はほとんどいない。
向かう商人の数が減るのだから襲われる数も必然と減る。つまり住人は、野盗よりもむしろ、品や食料が届かないことの方に困っていたらしい。
「西方で開墾は可能ですか?」
国境からその町までは馬車で二日、平坦で広大な土地を使用しない手は無い。
「いや無理だな。
「でしたらまずは
「ああその通りだ」
「伝手を頼って私が仕入れましょうか?」
「伝手? ああベーリヒ侯爵閣下だろうか。大丈夫だ俺の方にも伝手はある。
それで駄目ならば今度はお願いすることにしよう」
申し出を拒否する声色がやや硬かった。
失敗したわ、治世の話に少し出しゃばり過ぎたかしらね?
「政治の話に口を出し過ぎたようです、申し訳ございません」
尻切れの様な風だが、これ以上政治の話に口を出すのは良くないと考えて、私はさっさと話をたたんだ。
「いやこちらこそ悪かった」
あちらも形ばかりの謝罪を終えて、これで線引き完了。
続いて今度は私の方の一週間を話した。
と言っても何も変わり映えも無い話だけどね。
家の中が変わりないことは良いことだとお世辞を貰った後、改めて、
「実は閣下に一つお願いがございます」と切り出した。
「なんだろうか」
「馬屋にいる軍馬の件です」
「軍馬がどうした」
それを聞いたフィリベルト様は口を真一文字にして顔を顰めた。おまけに返答の口調が少し荒くなり苛立ちの様な物が混じった気がする。
この態度を見れば『乗ってくれ』は完全に禁句だと判る。
だったら、
「実は私は馬が大好きでクラハト領ではよく遠乗りに行っておりましたの。
とても立派な馬なのでぜひ乗ってみたかったのですが、聞けば国王陛下からの賜り物と言うではありませんか。
勝手に乗る訳にも参りませんので、ぜひ旦那様にそのご許可を頂きたかったのです」
さぁこれでどうかしら?
「ほぉベアトリクスは馬に乗れるのか?」
令嬢が教わるただ歩かせるだけの横乗りではなくて? と言う意味だろう。
「普通には走らせることができますが、所詮は貴婦人の嗜み程度です。きっと旦那様が見たらお笑いになりますわ」
「そうか暇があれば俺が教えてやりたが、今はその暇さえも惜しいのでな。すまない」
「いえお忙しい旦那様の手を煩わせるなんて恐れ多い事です」
フィリベルト様は顎に手を当てて「ふむ」と考える素振りを見せた。そして、
「城下の町とは言え未だ治安が心配だ。
城の外に出るのはまだ許可できないが、中であれば自由に乗ってくれて構わない」
「まぁありがとうございます!」
「失礼します。
旦那様そろそろお時間が……」
またも主人同士の会話に割って入ったのはロッホス。
「ああすまんもうそんな時間か。分かった執務室へ行こう。
すまんなベアトリクス、そう言う訳だ。とても楽しい時間だったよ」
「こちらこそありがとうございます。楽しかったですわ」
フィリベルト様が食堂を出て行くのを見送る。
その終わり際、勝ち誇ったようにロッホスが振り返ったように見えたのは、私の僻みが見せた妄想か、それとも本物か。
いずれにせよ、
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