13:一矢報いる
一週間後、天候の崩れなどがなかったことで予定通りフィリベルト様が帰ってきた。
ただしそれは深夜遅くの事である。
先触れでその時刻まで伝えられていると言うのに、執事のロッホスからその話はなく、危うく知らずに寝入ってしまう所だった。
なお私がそれに気づけたのは、ライナーのお陰だ。
そのことを伝令に来た兵がライナーに撤収支援の要請を伝えた。
ライナーは疲れた兵と交代するための新たな兵と、荷物の回収運搬の人員を組織していく。そしていよいよ出発と言う所で、
「本日の深夜にフィリベルト閣下が戻っていらっしゃいますが、奥様はお聞きになっておられますか?」
と、エーディトを通じて教えてくれた。
「いいえ奥様は何も聞いておりません」
「やはりですか……
お伝えできて良かった」
「わざわざありがとうございます。奥様に変わってお礼を申し上げます。
道中気を付けて行ってくださいね」
「はっでは失礼いたします」
それを後ほどエーディトから聞いた私はロッホスに食って掛かった。
すると彼は平然と、
「夜遅くの事ですから、ベアトリクス様は無理をなさらないようにと旦那さまから言伝を頂きました。ですからわたしの判断ではございません。
それよりもベアトリクス様には、旦那様よりもご懇意にされている若い騎士がいらっしゃるご様子。
旦那様が不在の間にそのような事をなさるとは、とても淑女とは思えない行いです」
「何が言いたいの……?」
私とライナーの関係を疑うなんて!!
頭に血が上り思わず叱りつけそうになったが、ここで頭ごなしに言えばすべて台無しだと思い必死に我慢した。
「いえ最近王都の方から噂が流れきておりましてね。
もちろんわたしは信じておりませんが、このような事があると噂は真実ではないかと疑う者も出てくるやもしれません。
わたしはそれを心配しているのです」
先日、ムスタファから聞いた〝私が平民の出〟と言う噂の事を言っているのだろう。
それよりも……
「貴方は私が若い騎士に懸想していると言いたいのかしら?」
自分でも驚くほど低い声が出た。
「いいえ滅相もない。
ただ他の者がそう思っても仕方がないと申しております」
「貴方は思っていない、でも誤解されるから止めろと言いたいのね」
「ご理解いただけたようで感謝いたします」
次の言葉を出そうとしたが口を噛んで我慢する。
自分は言っていない、思っていないと言いつつ、他者に責任をかぶせるのだ。
今回も最初からそうだった。
フィリベルト様が私に気を使った一言を引っ張り出して自分を正当化した。
そしてライナーとの話になれば、王都の噂を持ち出してきて、自分は信じていないが他の者はどう思うかと問う。
狡猾な狐。
何かで体を隠していないと落ち着かない小物。
絶対にあなたの行いを暴いてやるわ!
※
幸いながらロッホスへの怒りで眠気は吹き飛び、フィリベルト様が戻られるまで無事に起きていることが出来た。
夜の静けさの中、城の門が降りたのが分かり、玄関ホールへ降りていく。
私がまだ起きていたと言うことに使用人らが驚いていた。最前列に立つロッホスは唇を引き締めて不満げな表情を見せている。
ふんっどんなもんよ!
玄関の外が慌ただしくなり、ついに玄関が開いた。
「帰ったぞ」
「お「お帰りなさいませ旦那様」」
私はロッホスを押しのけるように台詞を被せてフィリベルト様の前に歩み出た。
最初にロッホスと同じ位置に居なかったのは、動きを見せる方がアピールの度合いが高いだろうと思ってのこと。
そしてこれは、例え執事のロッホスであっても使用人には絶対に使えない手。フィリベルト様の妻である私だからこそ、このタイミングで動くことが出来た。
だって旦那様が帰って来た時に定位置に居ない使用人なんてクビよクビ!
「おやベアトリクス?
こんな時間まで、すまない無理をさせたか」
目論見通りフィリベルト様の視線は
私はよしよしと内心でほくそ笑む。
「いいえ旦那様が領地の為に働いていらっしゃるのですから、
ロッホスを通して無理をしないようにとご伝言を頂戴しましたが、そのようなお気遣いは不要です。今後は気兼ねなく仰ってくださいませ」
「そうか。しかしもう夜は遅い、早く休むといい」
「はい、もちろんそうさせて頂きますわ。
ですから
「ああそうさせて貰おう」
「コリンナ、旦那様はお疲れです。
手早く就寝の準備を、よろしく頼むわね」
侍女長のコリンナから「畏まりました」と返事が返ってくる。
さてすっかり私に場を仕切られて、ロッホスはとても悔しそうな表情を見せている。
でもね?
悪いけどまだ許すつもりはないわよ!
「ロッホス、聞こえたわね。旦那様は遠征でお疲れです。
早急に報告しなければならない大事は無いのでしょう?
貴方も報告は明日になさい、いいわね」
ロッホスが唇を噛みしめて「分かりました」と平伏する。
表情やら態度は兎も角、素直に肯定の返事が返ってきた。
だって、貴方のいつもの手口を使わせて貰ったのだもの、反論する余地なんてないわよね?
旦那様を引き合いに出して相手の言動を封じる。
珍しい事でもなんでもない。こんな物は話術の初歩の初歩、少しかじったことがある者ならば誰にでも出来るわよ。
普通は
何が起きているのかさえも分からないまま、フィリベルト様は侍女長に連れられて自室に引き取って行った。
部屋に帰り、
「やったー!!」
「奥様お声が……」
「おっと。(やったー)」
「おめでとうございます。わたしも胸がスカッとしましたわ」
「ふふん! まだまだよ、これからガンガンやってやるんだから」
「ふふふ、奥様はやっぱり奥様でした」
「それ、前も言ったけれど褒め言葉じゃないわよね?」
「いいえ褒めていますよ」
「じゃあ良いのかな?」
「はい奥様はそれで良いんです」
そう言うとエーディトはずっとクスクスと笑っていた。
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