令嬢が目を覚ますと、しがらみに縛られていました! ~聖女は、令息を選び放題だと思っていましたが~

甘い秋空

一話完結 私の手のひらに“肉球”ができている



「あれ? 私の手のひらに“肉球”ができている」


 ベッドで目を覚まし、気だるいまま、寝返りを打ちます。


 違和感のある手のひらを見たら、灰色の大きな丸い肉球が一つ、上側に小さな丸い肉球が四つ、いつの間にか、出来ていました。


 私は、女侯爵で銀髪のギンチヨです。幼い頃、大嫌いな男性と婚約が決まり、熱を出して寝込んだ際、胸が大きくならない呪いを受けました。


「ギンチヨお嬢様、お目覚めですか」


「あれ? 貴女は、先日まで私の侍女でしたけど、どこかに転職したはずよね。なぜ、ここに? というか、ここはどこ?」


 だんだんと、目が覚めてきたら、なにか変です。


 ベッドから、上半身を起こすと、少しめまいがしましたが、状況を掴むのが先決です。



「私は、お嬢様の侍女のままですよ。一緒に住むことはできませんが、いつもそばにいます」


 彼女は、いつもの高飛車な態度のままですが、目に涙が滲んでいます。


「心配かけてごめんね。私は、また熱を出して寝込んだの?」


「そうですよ、あの事件から、一週間が経ちました」


 事件? あっ思い出しました。


 私との婚約を破棄した第一王子が、年老いた国王陛下を殴ったため、陛下が息を引き取ったこと。


 私が怒りにまかせて、第一王子を掌底で吹き飛ばしたこと。


 受け止めきれない、大きな悲しみ。


 そして、第二王子から、抱きしめられたのでした。



「事件の後、お嬢様は熱を出して気を失われたので、ここ、王宮の救護室に運び込まれたのです」


 侍女が説明してくれました。


 簡易なベッドと部屋、なるほど、ここは救護室でしたか。


「そうだったのですか。貴女は寝ないで看病してくれたのですね、ありがとう」


「たまに、第二王子様が代わってくれたので、睡眠はとることができましたよ」


 うわ、寝顔を見られたのですか。



「第二王子のクロガネ君は、元気ですか?」


「国王陛下の国葬を無事に執り行い、今は、喪に服されておられます」


 陛下の国葬は、終わっているのですね。


「私も国王陛下を見送りたかったな」


「お嬢様は、クソ第一王子から追放された身なので、参加者の名簿には名前が載らなかったのですよ」


「そうですか。墓前に花を手向けることは、可能ですよね」


「はい、お嬢様が目を覚ましたことは内緒にしますので、体力を回復させて、中庭の墓石に行きましょう」



    ◇



 学園の制服に着替え、黒いレースの短い手袋を着用して、今は、中庭の墓石の前です。


 国王陛下が安らかに眠ることを、私は祈ります。


「国王陛下、私へのご支援、本当にありがとうございました。感謝申し上げます」


 国王陛下は、私の功績を高く評価し、女侯爵を授与してくれた恩人です。


 空は青く澄み渡り、心地よい風が、私の銀髪を優しく撫でました。



「もう起きてよいのか、ギンチヨ」


 後ろから、渋い男性の声、国王陛下の次男である公爵です。


 飾り気のない黒っぽい服です。破天荒と言われる人物ですが、喪に服しているのが分かります。


 カーテシーをとり、体調が戻っていることを、所作で伝えます。


 公爵は、私の横で、国王陛下へ、静かに祈りを捧げました。



「さて、ギンチヨ女侯爵、現在の王国の政情は聞いているか」


 公爵の声には、緊張が感じられます。


「いえ、先ほど目が覚めたばかりで、国葬が行われたことしか、情報を得ていません」


「そうか、これから貴族院から形だけの承認を得るが、兄の王太子が新国王に、俺が王太子になるだろう」


 法に基づき、淡々と手続きが進められるのですね。


「問題は……」

 問題? 第一王子の処罰のことでしょうか。


「貴族院は、ギンチヨ女侯爵がどう動くか決めてもらうまでは、動かないと言っている」


「え?」

 なぜ、ここで私の名前がでてくるのですか?


「ギンチヨが、神に愛された聖女だと、上級貴族の間で噂が広まっている」


「まさか、私が、聖魔法を使えることが?」


 私は、治癒の光魔法が呪いで使えなくなりましたが、上位の聖魔法が使えるようになっていたのです。


「一部の信頼できる貴族だけしか、この話は知らないはずです」


 家族以外では、国王陛下、王太子、公爵、第二王子、そして隣国の王女、あとは、思い浮かびません。


「どこから漏れたか、調べても判らなかった。もちろん調査は継続する」



「貴族たちの言う、私がどう動くかとは、具体的には何を指すのですか?」


「ギンチヨが、新国王の後妻となるのか、俺の新妻になるのか、そして第二王子の婚約者になるのか……それで、王国の今後が決まる」


「え?」


 選択肢が三つだけなのですか? 聖女は、結婚相手を選び放題だと聞いていますが。


「時間はない。ギンチヨの答えを皆が待っている」



    ◇



 また、誰かが来ました。


「ギン、目が覚めたのか、良かった」

 黒髪の第二王子、クロガネ君が駆け寄ってきました。


 感動の再会の場面ですが、彼の横に女性が付いてきています。


「ギンチヨ嬢、良かったでゴザイマス」


 女性は、留学生である隣国の王女です。これは、嫉妬しても良い場面ですが、私は、なぜか冷静です。


「付き先ほど目覚めまして、真っ先に国王陛下へ挨拶に来たところです」


 カーテシーをとり、王族に挨拶をします。


「ギン、どうしたんだ? 公爵様、ギンチヨに何か吹き込んだのですか!」


 第二王子が、公爵をにらみます。


「政情を説明しただけだ。クロガネが説明したかったのか?」


 公爵は、ひょうひょうと受け流しました。



「ギンチヨ嬢、私を選ぶ道もあるでゴザイマス」


 隣国の王女は、私に好意を持っており、婚姻も考えているようです。彼女の国は、女性同士の婚姻を認めています。


 選択肢は四つ? いや、ないな。



「私は、私をお姫様ダッコしてくれる男性を、ずっと待っています」


 これが、私の一貫した想いです。



「兄の王太子は、腕力が無いから、外れたな」

 公爵が、自慢の力こぶを見せます。


「え~、女性の私は外れなの? お姫様ダッコなら、できるのに」


 隣国の王女は、見た目はスリムなのに、常人の5倍も体重があるので、私程度、片手で持てると思います。


 でも、私が待っているのは、幼い日の、あの男の子なのです。



「隣国の王女様、俺たちは邪魔者のようだ。向こうで、お茶でも楽しみましょう」


 公爵は、察したようです。


「あら、公爵様はお姫様ダッコできるのでしょ。私をダッコして腕力を示して見せるでゴザイマス」


「ご希望とあらば」


「ふむッ」

 公爵は、200キロ近い令嬢をダッコしました。


「きゃ、カッコいいでゴザイマス」


 隣国の王女は興奮しています。

 私も、一瞬、カッコいいと思ってしまいました。


 お姫様ダッコのまま、二人は、墓石の前からガゼボの方へと向かって、離れていきます。



    ◇



「冗談のつもりでも、公爵様が隣国の王女をダッコしたなんて、国同士の問題になりますよ」


 離れたところで、私の侍女、第二王子の護衛兵、隣国の王女の護衛兵、身を潜めて、皆さん見ています。


「意外とお似合いのカップルになるかな」

 クロガネ君は、少しうらやましそうです。


「良いのですか、隣国の王女は、クロガネ君にも好意をもっていますよ」


「俺は、彼女を良い友人だと思っている。それよりも……」



「いいのか俺で」


 少し沈黙が流れます。


「幼い頃、お姫様ダッコしてくれると約束したでしょ」


「気を失った私を、救護室へ運んでくれたのは、クロガネ君なんでしょ」


「そうだ。でも、約束のダッコとは意味が違う」



「実は、私、また呪いを受けたようなんです」

 両手の手袋を外し、手のひらを彼に見せます。


「こ、これは肉球?」


「肉球って、意外と固いんだな」


 両手で、包み込んでくれました。彼の優しい温もりが伝わってきます。



 彼は、片膝をつき、肉球にキスをしてくれました。


 私は、手のひらへのキスが、婚約の申し込みを受けて欲しいという意味であることを知っています。


 緊張が体を走り抜けました。



「私が、クロガネ君の婚約者という道を選んだら、王国はどうなるんですか」


「俺が国王に指名され、父と叔父は、第一線から離れることになる」


「恨まれそうですね」


「あぁ、叔父は王位に興味が無い人なのだが、父は自分が新しい国王になるのが当然だと考えている人だ」



「結婚って、自分たちの気持ちだけでは、決められないのですね」



「私、天国の国王陛下に、王国の平和を祈ります」

 墓石に祈りを捧げ、願い事を伝えます。


「俺も、祈る」



(国王陛下、ギンチヨです。国の平和と共に、私たちが幸せに結ばれますよう、お力添えをお願いします)


 心地よい風が、私の銀髪を優しく撫でてくれました。




 ━━ FIN ━━



【後書き】

お読みいただきありがとうございました。

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令嬢が目を覚ますと、しがらみに縛られていました! ~聖女は、令息を選び放題だと思っていましたが~ 甘い秋空 @Amai-Akisora

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