第八話 決戦
霧の森深く、魔宮は遂にその姿を現した。
時は満ちた、という事なのだろう。
涼しい顔をしたレニーの苦痛、シャツの下の有り様を思うとやり切れない。
大理石製の魔宮は神殿のような厳かな佇まいだったが、辺りの瘴気は猛毒という程濃くなっていた。
そして強い魔物が次々と襲いかかってくる。
私達はそれらを退け、奥へ奥へと進んでいった。
やがて、玉座が置かれた広間に行き当たった。
しかしそこに倒すべき魔王の姿はない。
「何処かに潜んでいるのか? それとも我々が早く来すぎか?」
「復活前って事?」
「ええ〜、ここで待つの〜」
討伐隊がザワつく。
レニーと目が合うと彼は軽く頷いた。
「あの、皆さん、黙っていてすみません。今回の『贄』実は僕なんです」
レニーの告白に、辺りは静まりかえった。
「おい、嘘だろ……」
シシーが呆然と呟いた。
レニーは手袋をとって、赤黒く刻まれた贄の証を見せた。
「父の策です。贄となる人間を手元に置き、魔王復活をギリギリまで抑えれば、被害は最小限で済みますから。……という訳で魔宮出現まで何とか耐えましたが、流石に僕も限界です。後は皆さんに委ねます」
「それでね……」
私が、これまでの封印とは違うやり方を提案しようと話始めた所、ジェラルドが遮った。
「レニー、これまでご苦労だった。安心しろ、魔王に変わった瞬間に終わらせる。直ぐに楽にしてやるから」
彼は剣を抜き指示を出す。
「復活した時に逃げられないように、拘束させてもらう」
ちょっと、ジェラルドったら早くも殺る気満々なんだけど……私の話を聞きなさいよ。
「待って! 魔王を殺さなくても浄化魔法で解決する方法があるわ。この方がきっと平和が長く保たれるから」
私はジェラルドに訴えた。
「どういう事だ」
「魔王の力というのは、魔王の思念に人間の怒りや恨みが同調して大きくなるものと言われているわよね。ここの所、魔王復活のスパンってだんだん短くなっているでしょ。これって力で抑えつける封印に限界が来ているって事なのよ。今こそ方法を変えなきゃ、魔王を切るのではなく癒すの」
「その方法は確実なのか?」
「たぶん、大丈夫よ」
「カメリア……君の誰も傷つけたくないという優しさは美徳だし、そういう所が俺は好きだよ。でもね、世の中はそう甘くない。人々を守るには責任を伴うんだ。俺たちは多少血を流そうがより確実な方法で皆を守らなくてはならない」
彼は幼子を諭すように私を見た。
「それでは何も変わらないわ、毎回大きな犠牲が出てしまう」
「確実に魔王を倒すことが大事なんだ。それにヘルフォート子爵が贄を人為的に作り出す術を開発したのだろう。進歩しているじゃないか。それで十分だ」
「駄目よ!」
「カメリア、落ち着け。仲間が贄という事で動揺しているんだ……君は直接見ない方がいい」
ジェラルドは気遣わしげな視線を私に送ると、何とこのタイミングで私に鎮静魔法(眠りの魔法)をかけた。
慌てて解呪魔法を発動させたが、タイミングがずれて一瞬気が遠くなった私はジェラルドの胸に倒れこんでしまった。
これが拙かった。
レニーの本能が、私が攻撃を受けたとでも勘違いしたのだろう。
珍しく冷静さを欠いて、怒りの感情を増幅させた。
魔王の思念はレニーの心の乱れ見逃すはずも無く、一気にレニーを取り込んでいく。
危険を察知した私は咄嗟に自分の回復ではなく、レニーへの守護魔法の発動を優先させた。
彼の魂が魔王の持つ悪意や憎悪に飲み込まれて……そして遂に、レニーの気配は感じ取れなくなった。
「……それじゃあ、早めに頼むよ」
レニー(?)は笑みを浮かべ、剣を掲げるジェラルドにスタスタと近づいた。
—— ギンッ
金属がぶつかり合うような音が響く。
私は何とか覚醒し、ギリギリで張った
レニーの笑みが凶悪なものへと変わる。
「ジェラルドっ」
「分かってる!」
ジェラルドも剣を構えて闘気を漲らせた。
「中々に使い勝手の良いカラダだ」
クククと魔王は笑い声を立てた。
その背中には背中に黒い羽根が、頭には金の角が生えた。
そして、温かみのある茶色だった瞳は真っ赤な血の色に変わっていた。
ゾクゾクするほどの魔力が迸っている。
全員が戦闘体制に入る。
魔王戦は持久戦。
魔王の体力や魔力を削って削って、ある程度弱らせたところで宝剣で首を切って封じ込めるのがセオリーだ。
ジェラルドはそうなる前に首を落とそうとしたのだろうが、タイミングを逸して悔しげだ。
私としては望みが繋がったので幸いだが。
シシーの矢が雷を纏って飛んでいく。
タナの双剣が炎と氷を纏い唸る。
ジェラルドの大剣が光の刃を繰り出す。
一斉に攻撃が始まり、魔王の体を傷つける。
しかし傷は瞬く間に治り、魔王も攻撃に転じた。
速い!
魔王を中心に時空の歪みが発生し、光速で衝撃波が襲ってきた。
私は瞬時に
そして、衝撃に耐えられずに柱や壁が壊れ、天井が崩れ落ちてきた。
「重力魔法かよ……厄介だな」
シシーが舌を鳴らして魔王を睨んだ。
重力魔法は超上位魔法。
攻撃力は高いが魔力消費は少ない。
これまで魔王が使ったという記録は無かったはずだが、レニーのせいか。
「長引かせると不利、早く終わらせなきゃ」
私は覚悟を決めると地面を蹴って跳躍し、
「よせっカメリア、死ぬぞ」
「死なないわ」
焦った声を出すジェラルドに笑顔で応える。
笑顔のまま、右手を魔王の左胸に当て、私の魔力を最大出力で注ぎ込む。
「う、動けぬ……小娘、お前……」
「万一に備えてこの身体に直接仕込んだ術よ。彼にすら気づかれないようにね」
「そんな簡単にできるはずが……」
「私と彼が出会ってから何年経ったと思っているの? さぁ、貴方も怖がらないで」
ジェラルドの覚悟と私の覚悟は違う。
そしてジェラルドが正しい。
でも正しいだけでは救えないものがきっとある。
例え、魔力が枯れ果てても。
ここで使わなきゃいつ使うのよ。
才能も知識も。力は使うべき時に使う。
これまで出会った沢山の精霊達、私に力を貸してちょうだい。
「我が身を 我が心を 我が幸いを
此の願いのために捧ぐ
暴力と憎悪の刃を溶かし
信頼と仁慈の衣で包め
鎮まれ恐怖に震える数多の魂よ
憎しみの鎖を断ち慈悲で応えよ」
「ひゃー、すっごい魔法圧。シンプルなようで術式も複雑、これは解呪は無理だね」
「S級魔術師が幾数年をかけてコツコツと施した術なんだろ。最強さ」
「浄化魔法の最終形態ってカンジね。これはいくね」
「ほら、あんたもぼーっとしてないで」
仲間たちは攻撃魔法から補助魔法に切り替えて、私の負担を軽くしてくれる。
魔王の中にある怒り悲しみ、苦しみが伝わってくる。
認めていいの、受け入れていいの。
許していいの、愛していいの。
「許されるのか」
「ええ」
光に包まれ、魔王は姿を消した。
同時に大気の澱みが消えた。
雲間から光が差す。
後は……レニーを……と思っていたらジェラルドが駆け寄ってきた。
「カメリア、流石だよ。惚れ直した。やはり俺には君しかいない」
彼はうっとりとした表情を少し改まったように整え直し、地面に片膝をついた。
「カメリア・ウェルスリー、俺と結婚してくれ」
はい⁈ 今?
※この後のお話がプロローグになります。
次話のエピローグは時系列的にはプロローグの後に続くお話になります。
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