第七話 魔障

「脱いでよ」


「それって色っぽいお誘いだったりします?」


「馬鹿言ってないで。分かっているんでしょ。早く」


 私はレニーのシャツのボタンに指をかけた。


「ああっと、自分でやりますから。変に煽らないでくださいよ」


「だから、ふざけないで」


「はいはい」


「目眩しの術とかも無しよ」


 そう言うと彼は片眉をあげた。

 絶対誤魔化そうとしていた顔だ。


 レニーのシャツがパサリと床に落ちた。

 いつもかっちり着込んでおり、細いとばかり思っていたレニーが、実は細マッチョだったという発見を除けば予想通り。

 私は彼の身体を睨みつけるように眺める。

 


「……ズボンも?」


「脱いで」


「マジです?」


「マジよ。下着は履いているんでしょ」


「それでもちょっと支障があると思うんだけど色々と……カメリア意外と暴君ですよ」


「軽口はいいから早く見せて」


「怖いなぁ」


 下着一枚になったレニーの身体は実に痛々しい有様だった。

 レニーの首から下は傷だらけ。

 つま先まで魔障痕がびっしりだったのだ。

 再会してから決して手袋を外さないからおかしいと思っていたのよ。


 予想よりも酷い。

 赤と黒の筋が紋様のように折り重なっている。孔雀が闇落ちしたらこんな柄なるんじゃないだろうか。という不気味な目のような丸い傷が身体中にある。

 背中の傷にそっと触れると指先に血が付いた。

 どうりでいつも黒いシャツばかり着ていたはずだ。


「こんなになるまで、なんで黙っていたのよ」


「言ってもどうにもならないでしょう。魔王復活に近づくにつれ、魔障は増えてしまいますから。僕は小さい頃に運命を受け入れました。その時悲観したより遥かに幸せな人生でしたよ。君に会えたし」


 レニーは微笑んだ。


「私達のルートが当たりなのね。そして貴方が……」


「はい」


「馬鹿、何で笑うのよ」


 彼は「贄」だ。

 討伐隊は魔王を殺して、再び封印する。

 魔王は実体を持たないため、復活の際には乗り移るための実体を求める。

 魔王の思念は魔力の多い身体を探し、これぞという身体に巡りあった時にその証を刻む。それが魔障だ。


「他でもない、僕で良かったと思います。大切な人がいますし、その人を救う術を僕が持っているということですから」


「これずっと痛かったわよね。今まで何もしてあげられなかった……ごめん」

 

 背中の傷に触れ、回復魔法で彼を包む。気休めにしかならないだろうけれど。


「ギリギリまで隠し通すつもりだったんですけれどね。大丈夫、痛みは随分昔に慣れました。……魔障が出たのは7つの時です。出たというより、父の研究によってワザと僕に出現させたんです。『贄』が協力的な存在であれば魔宮も見つけやすいですし、封じる事も比較的容易に出来ますから」


 彼の背中を思わず抱きしめる。そして出来るだけ優しく癒しの魔法を注ぎ込んだ。


「気持ちいい……でもですね、この体勢は何というかまずいなと。あのちょっと今、本能的に非常事態というか、ごめん今はそっち向けなくて……シャツとズボン取ってくれますか」


 レニーは真っ赤になっている。

 私も慌てて彼の方はあまり見ないようにして衣類を手渡す。


「魔障の件、ジェラルドは知ってるの?」


 気を取り直して訊ねる。


「言っていませんが、勘づいてはいるでしょうね。そして、いざという時、きっと彼は迷わない」


「そうね」


 良くも悪くもジェラルドは真面目な男だ。


「でも僕はそれで良いんです。君はジェラルドを煙たがるけれど僕は嫌いじゃない。強くて、するべき事を完遂できる男ですから」


「そうでしょうね。でもそれは彼のエゴでもあるのよ。レニー、お願いだから早まらないでね、私が絶対に何とかするから」


 私はレニーの手を取った。

 彼の瞳は満足げに潤み、そして一方で諦めの気配を漂わせていた。


「無理しないで。世界がかかっているんです。その前で……みんなの平和の前では僕の命なんて軽いものですよ」


「命に重いも軽いもないわ」


「綺麗事はいりません。僕は今ほっとしているんです。君だったかもしれない。君は魔力が強いから、放っておけば君に魔障が出る可能性だってあった。僕で良かったんです」

 

「レニー…… その逆を考えた事あるの? それと、逆だった場合貴方ならどうする?」


「……何とかします……ね」


「でしょ。私が3年間、ただ貴方の傍にいたと思う? 卒業後の1年を無為に過ごしたと思う?」


「えっと……カメリア?」


「私を信じて。魔王の力は暴力で封じ込めても、また数十年後に復活してしまわ。レニーが受けた痛みを短期間で繰り返す事になる。そんなのみんなにとっても良くないでしょ。その負の連鎖を止める。私、すっごく才能あるのよ」


 私は胸を張ってみせる。

 彼の目に光が灯った。


「分かりました。信じます」


「よろしい。私、頑張るから、無事に終わったら、ご褒美にキスして」


「それは……絶対に死ねませんね」

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