第二話 転生
フリージアかしら?
花束みたいな香りがする。
誰かが優しく私を揺すっていて、混濁した意識が少しづつ現実に引き戻された。
「……リア……カメリア、カメリアったら。起きて、夜になっちゃうわよ」
漸く声が耳に入ってきて、あらゆる感覚が目を覚ました。
重い瞼を開くと、目に飛び込んできたのは、紅色の雲がたなびく菫色の空。
ここはどこだっけ?
あの世? この世? 私は誰?
夢の感覚が残っていて一瞬混乱する。
「カメリア! やっと目を覚ましたわね。花畑で寝てしまうなんて……風邪をひいたらどうするの」
やれやれという様子でブルネットの美女が覗き込んできた。
「…… お姉様……よね?」
「やだ、大丈夫? 寝ぼけているの?」
彼女にクスクス笑われながらゆっくり体を起こす。
黄色にピンク、赤にオレンジ、そして白。色とりどりの花が揺れており、その奥には赤レンガ造りの壮麗な屋敷が見える。
そうだ、あれが私の家。
私はカメリア・ウェルスリー。今日13歳になったばかりの伯爵家の娘だ。
……本当に「転生」したんだ。
先ほど夢をみて、私は前世をはっきりと思い出した。
常世での出来事も……。
『もれなく前世の記憶付』というワードが蘇る。
思い出したという事は、ひょっとして期せずして『ざまぁ』という仇討ちコースに突入してしまったのだろうか。
「カメリア? ホントに大丈夫?」
「うん。なんだかすごく濃い夢を見ていて、ぼーっとしちゃった」
「あら、どんな夢を見ていたのかしら? 後で教えてね。大丈夫ならそろそろ帰りましょうか。今日は貴女のお誕生日ですもの。料理長がとても張り切ってきたから、遅れないようにしましょうね」
***
料理長は最高の仕事をしてくれていた。
さすがは私の離乳食から、作り続けてくれたシェフ、私の好みを知り尽くしている。
前菜もスープもメインディッシュも素晴らしかったが、デザートが絶品。
口の中にふんわり広がるはちみつの風味に思わず表情も蕩ける。
「このヌガーグラッセ、美味しい」
前世の記憶が蘇った今、これまでの当たり前がいかに贅沢なものだったか分かる。
伯爵であるお父様の堅実な領地経営により経済的に安定している我が家。
歳の離れた兄は王宮で官僚として働き、王太子殿下から厚い信頼を得ている。
姉に至っては侯爵家との縁談がまとまっている未来の侯爵夫人である。
順風満帆な一家の末娘、恵まれてるなぁ。
なんて思っていたら、お父様が私のほんわか幸せ気分を消失させる一言を放った。
「そういえばカメリア。両陛下が今度お前に会いたいそうだ」
「え、社交界デビューを早めると言う事ですか? ど、どうして?」
私のデビューは来年以降で良いと話していたはずだ。
私が青くなっていると兄が口を挟んだ。
「……父上、話してもよろしいですか?」
「ああ」
「第2王子殿下の婚約者選びが始まっているんだ。候補者としてカメリアの名前も上がっている」
兄が仕事モードの表情で、とんでもない報告をしてきた。
「現在殿下は14歳。王族としては年頃だ。婚約者の不在は何かと不都合があるらしく。早めに婚約者を定めたいとのことだ。ひと月後、謁見後には簡単な催しをして、そこで絞り込みを行うらしい」
つまり、お妃選びの会に出席するために、デビューを早めるって事? しかも一ヶ月後⁈
「無理です!」
「大丈夫だカメリア、候補者は全部で10名。公爵家、侯爵家が半数以上だ。我が家は……まあ数合わせのようなものだから、無難にやり過ごせばいい」
お父様は穏やかに返すだけ。
「催しはガーデンパーティー、そんなに肩肘張らなくて大丈夫さ。お茶や庭園を楽しむつもりで行っておいで。王宮のパティシエは優秀だよ」
お兄様はお菓子で釣ってくる。
お姉さまは……
「ひと月……」
未来の侯爵夫人の目は戦闘モードになっていた。
脳内では私をデビューさせるまでの計画が綿密に練られているに違いない。
だめた。これはもう逃げられない。
あと1ヶ月で私は子ども時代を卒業する運命らしい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます