第三話 デビュー

 1か月後、私は王宮にいた。


 口から心臓が飛び出しそうなのをなんとか堪え、お姉様との特訓の成果を十分に発揮して国王皇后両陛下への謁見を無事に乗り切った。

 あとは、パーティをやり過ごせばうちに帰れる。


 王立楽団による生演奏で始まったガーデンパーティーは、カジュアルとはいえ、かなり贅沢なものだ。

 庭園には長いテーブルが設置され、紅茶と色とりどりのケーキにタルト、サンドイッチにスコーンなどの軽食ずらりとが並べられていて、参加者はビュッフェスタイルでそれを自由に楽しむことができる。

 

 今日の招待者は20歳以下の年若い貴族の子女ばかり。

 婚活も兼ねているのだろう。お嬢様方の闘志、舌戦が激しくて怖い。

 参加者の中で最も若く子供っぽい私は、取るに足らないと思われたのか、そこまで攻撃をされなかったのが幸いだ。

 

 壁の花ならぬ庭の草のつもりで目立たぬよう耐えていると、遂に第2王子のジェラルドが登場した。

 令嬢たちが色めき立つ。


 ひとり一人と挨拶を交わしながら進む王子。

 そして私の番が来た。


「王子殿下にご挨拶申し上げます」


「君は?」


「カメリア・ウェルスリーでございます」


「カメリア…… 美しい名前だね。今日は楽しんでいって」


「ありがとうございます」


 何とはない会話だが、強烈な既視感を覚える。

 

『椿子、美しい名前だね』


『ありがとうございます』


 前世で初めて夫と交わした会話だ。

 背筋がぞくりとする。

 

 まさか、ね……。


 嫌な予感を払拭したくて、非の打ち所のない美少年を改めて遠くから観察してみた。

 が、歩き方、笑い方、髪の整える仕草……。

 

 これは、やはり夫かもしれない。


 冷や汗が背を伝う。

 絶対に関わり合いになりたくない私は、庭園の隅にある王室自慢の温室へ逃げ込んだ。

 

 ガラス張りの温室の中は、ほわっと暖かく、色とりどりの花々や見たことのない植物に溢れていて花好きには堪らない空間だった。

 想像以上に充実した時間潰しができそうで、私は嬉々として温室内を回っていた。


 奥に進んでいくと…… 先客がいたようで、変な声がする。

 話し声? 


「……イヤ、あ、んんっ」


 悲鳴?

 心配になり、シダの葉々の裏を覗こうとすると、急に目の前が暗くなった。


「子どもは見ちゃダメですよ」


 耳元で囁く声。

 息がかかってくすぐったくて、私も変な声を出しそうになった。

 ふわりと体が浮く感覚があっった後、目を覆っていた手が外された。

 温室の中にいたはずなのに、一瞬で外に出ていた。


「凄い、転移魔法⁈」


「はい。驚かせてすみません。大人の方が刺激的な遊びをなさっていたので、勝手ながら避難させて頂きました」


 アッシュブロンドの長髪を一本の三つ編みにした眼鏡の男の子そう言って軽くお辞儀をした。


「迷子…… ではなさそうですね。貴方も殿下のパーティーの招待者でした?」


 彼は私の格好を見て軽く首を傾げる。

 令嬢ならば垂涎もののパーティーを向け出すはずがない……不審者と思われたのだろうか。


「はい参加者です。でも、私には何だか場違いな気がしてちょっと散歩を……」


 私がモゴモゴと言い訳をしていると、彼はふっと笑った。


「分かります。実は僕も避難組です。品定めと牽制の応酬で居るだけで疲れてしまって。あ、自己紹介が遅れましたね。僕はレニー・ヘルフォート申します」


「私はカメリア・ウェルスリーです」


 挨拶を返しつつ、脳内でお姉様との特訓で覚えた貴族名鑑をめくる。

 ヘルフォート……えっと、子爵位で……魔術博士を多く輩出している家だったかな?

 丸眼鏡、確かに博士っぽい。

 

「カメリア嬢、もし散歩を続行されるのですと、ご一緒しませんか? 向こうに別の温室があるんです」


 元夫疑惑のある第2王子がいる会場に戻るのが怖い私は、レニーさんの申出を受けた。

 

 もうひとつの温室では、ブルーロータスやオオオニバスなど珍しい水生植物が楽しめる場所だった。

 レニーさんは若いのに物知りで、それらの植物たちを解説付きで教えてくれた。


「よく色々知っていますね」


「いえ、学校では『植物学』を選択していますので基本しか知りませんよ」


「学生さんですか?」


「はい、今年エクラン王立学園入学しました」


 レニーさん、大人っぽいけれど、年は私とひとつしか違わないんだ。しかもエクランは国一番の学校で前から憧れがあった。


「エクランですか、いいなぁ羨ましいです」


「君は魔力が強いでしょう。向いていると思いますよ」


「女が学校って無理ですよ。それにしても、魔力の事、何で分かったんです?」


「先程から時折、精霊を目で追っていますよね」


「よく見ていますね。でもレニーさんも相当強いでしょ? 弱い精霊達は少し怯えた様子を見せてたもの」


「へぇ本当にやりますね。確かに学園に貴族令嬢はおりませんが、女子生徒はそこまで珍しくありません。エクランの門は開かれていますよ。貴女にも」


 学校……とても心惹かれる。

 将来は手に職を持って世界を回れたら……という夢へ向けた最適解な気がしてきた。


「受験、今からでも間に合うでしょうか」


「学力と魔力の測定はありますが、最も重きが置かれるのがエッセイとインタビューです。貴女の想いを熱くしっかり伝えられれば合格できますよ。自分の道を見つけに是非いらしてください」


 レニーさんに、にっこり励まされ、胸の奥がドキンとした。

 これはきっと、将来が拓かれた興奮……だよね?

 



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