第一話 常世

 天上でも地上でも光の粒が瞬いている。


 なるほど、死ぬとこうなるのか。

 私を乗せた金色の舟は、ぐんぐんと空に向かっていく。

 

 「飛行機に乗る」という夢は、生きているうちには叶えられなかったけれど、ここからの眺めは飛行機からのそれに近い気がして、なんだか嬉しい気持ちになる。

 むしろジェットエンジンの音がしない分、こっち方が素敵かもしれない。

 

 良かった良かった。

 漕ぎ手の方も丁寧で感じが良いし、とりあえずこの舟は「地獄行き」という雰囲気では無いわよね。

 

「ここからが常世とこよでございます」


 着いた先には瓦屋根の門があり、それを潜って進むと、老舗旅館然とした雰囲気の建物が現れた。

 中は憧れていた和テイストのお洒落ホテルのラウンジのようで、思わず興奮してしまう。

 私は着物姿の上品なお兄さんに小さな部屋に案内された。


「担当が参りますまで、少々お待ちください」


 とても香りの良いお茶が淹れてもらったので、それを啜りながら窓の外の薄紅色の蓮の花を眺めていた。


 このまま極楽浄土でのんびりできると良いわね。


 そんな風に考えているとノック音がして、淡い紫色の可愛いらしい鮫小紋を着た女の子が入ってきた。


「お待たせしました〜。水口椿子みずぐち ちこさんですね。私、今回ご案内を担当いたします、ミチと申します。まだ新米でして、至らない点もあるかと存じますが、来世に向けてのご案内を精一杯努めさせて頂きます。よろしくお願い致します!」


 彼女は元気いっぱい挨拶をした。

 

「こちらこそ、お世話になります」


 私も挨拶を返すと彼女はニコニコして向かいの席に座わり、机上に書類を並べた。

 

「まずは長い人生お疲れさまでしたぁ」


「いえいえ、お粗末さまでした」


「粗末なものですか、椿子さん、凄いですよ! 文句無しの『徳』レベルSランクです! 特典として、次の転生先は選び放題、オプションも付け放題ですよ〜。ご案内のしがいがありますぅ」


「転生? あの、極楽に行けるんじゃないんですか?」


「えっと、非常に申し訳ありませんが、世間で言われているような極楽や地獄って無いんです。魂というのは常に巡っていまして、ひとつの命が終わるとその方が積んだ『徳』ポイントに応じて、また次の何処かに生まれ変わるだけなんです」


「永遠に終わる事なく?」


「はい。ずっとぐるぐるしています。そしてここは次の命への案内所ですね〜」


「徳ですか……思い返しても後悔の多い人生ですよ。何処に徳なんてあったのでしょう」


 何も成さない人生だった。

 ひとり息子が優しい人間に育ってくれたのは人生最大の喜びだが、それは彼の出会った様々な人達のお陰であって私の力ではない。


「そうですねぇ。徳は自分のためではなく他の人や世のためになるよい行いをすると貯まるので、きっと椿子さんが知らないうちに良い種を蒔いたって事ですよ」


「うーん、そうかしら」


 ミチさんはポジティブな言葉をかけてくれるが、思い返しても褒められるような人生ではなかったと思う。

 徳ポイントではなく、残念ポイントの間違いではないだろうか。


「自信持ってください。我々には神さまも仏さまも付いています。リサーチは完璧ですから! えっとそれでですね、話を戻しますと、次の転生先ですが、徳を積まれた方ほど選択肢があるんです。先程『後悔』というお言葉がありましたので、提案ですが……新メニューの『ざまぁ』プランなんかもオススメですよ」


「『ざまぁ』? なんでしょうそれは」


「はい、こちらは前世の恨みを次の世で晴らしてすっきりするプランです! 復讐は通常ですと徳ポイントがマイナスになっちゃうんです。けれど、『ざまぁ』プランなら大丈夫! なんと復讐しても徳が減らないんです! つまり復讐オッケールートが設定された人生プランです。凄くないですか?」


「それは……『仇討ち赦免状』みたいなものがある人生ってことですか?」


「まあ、そんな感じです。『ざまぁ』プランは、前世で徳ポイントがAランク以上の方しかご利用になれない特別なプランなんです。しかも、プランの特性上もれなく前世の記憶付きです。ですので前世で得た知識を活用しての商売や事業も可能ですよ。履歴をみると、夫さんでご苦労されたようなので使い勝手がありますよ。いかがでしょう!」


「私は結構です」


「早っ! 何でですか? 勿体無いですよ。夫さんをギャフンと言わせるチャンスですよ〜」


 ミチさんは手をバタバタさせて訴える。


「確かに恨めしい気持ちはあるけれど、過ぎた事です。だって、せっかく生まれ変わるのに改めてそんな事に煩わされたく無いじゃないですか」

 

「そうですかぁ……。 では椿子さんは、生まれ変わるならどんなシチュエーションが良いんですか?」


 唇を少し尖らせた後、ミチさんはヒアリングシートのようなページを開くと、ペンをくるりと回した。


「私、海外旅行に行ってみたかったんです。日本ではないどこかの国、美しい景色に出会える国でのんびり過ごしたいです」


「分かりました。え〜っと、カナダやオーストラリアなんかは自然も豊かで美しいです。都市の面白さですとモロッコやベトナムなんかもオススメですよ」


 BSのゆるい旅番組を好んで見ていた私は、憧れの都市を色々思い浮かべる。


「綺麗な街並みも良いですね、プラハとかドブロブニクとか。わぁ、どこにしましょう……本当に海外旅行先を探しているみたいでワクワクしてきました」


「実際旅行みたいなものですよ、我々は舞台は用意しますが、そこでどう行動し、何を感じるかは人それぞれですから。そうだ、椿子さん、西洋の旧市街系がお好きなら『異世界』はどうでしょうか」


 ミチさんは、資料をペラペラ捲ってあるページを指差した。


「『アダマント王国』はヨーロッパ系の異世界の国ですが、ゴシック様式の宮殿、聖堂もたくさんあっての幻想的な雰囲気の街並みが素敵です。透明度の高い海もあるんです」


「ふふっ、そういうのも楽しいかも」


 アダマントはミチさんの説明通り魅力的な景色が揃っている国だった。そして、次の人生はもっと冒険してみたいと思った私はその案に乗った。


 出来上がったのは


◯プラン:異世界転生

◯コース:伯爵令嬢

◯オプション:旅三昧、絶景、魔法学園


 という、地味な前の人生とは一味違ったプラン。

 来世の私には、ぜひこの舞台で人生を満喫してほしい。

 

 プランが無事組み上がって満足げなミチさんに連れられて、来世に旅立つ門にやってきた。

 

「じゃあ椿子さん、素敵な一生を!」


「はい、行ってきます」


 私は、心を躍らせて現世うつしよの門をくぐる。


「水口椿子、あんた結構頑張ったよ」


 今世の自分にも最後に労いの言葉をかける。 


 そして、最後の挨拶と思って振り返りミチさんに対し、もう一度頭を下げた。

 笑顔で手を振っていた彼女だが、一瞬手元の書類に目を落とした後、青ざめて何かを叫んでいる。


「椿子さーん、ごめんなさーい。なんか、『ざまぁ』オプション間違ってつけちゃいました〜」


「ええっ⁈」


 一旦常世サイドに戻ろうかと思った時は既に、転生は始まっていた。

 光の粒が私に集まり体の自由が効かない。

 次第に意識も曖昧になり、深々と頭をさげるミチさんを遠くに見ながら、私は心地よい眠りに落ちていった。


 

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