魔王とキス

碧月 葉

プロローグ:傲慢な勇者のプロポーズ

「カメリア・ウェルスリー、俺と結婚してくれ」


 私を見上げるサファイアブルーの瞳。

 陽光とそよぐ風を受け、キラキラと彼の髪先が揺れる。

 跪きながらも、背筋はピンと伸びた堂々とした姿は、さすが王子様だ。

 返事を促すように極上の微笑みを浮かべた彼は、私の手をそっと握った。


 仲間達が固唾を飲んで見守っている。


 魔王討伐隊が結成されて半年、私たちの状況は逐一王宮に報告され、新聞各紙でも戦況等が伝えられていた。

 魔王を討つという戦いに国民の多くが熱狂し、第2王子が勇者として活躍していることから、王家への支持も大いに高まっているという。

 また、この間、何とも厄介なことに勇者と聖女(私)のロマンスというネタが度々各紙を賑わせていたらしい。

 真偽はさておき、発行部数を押し上げる話題に記者たちは飛びつき、本人達は置いてきぼりで大いに盛り上がっているというのだ。

 魔王討伐は娯楽じゃないのに……と溜息が止まらないのは私が狭量だからだろうか。

 

 そして先ほど、ついに魔王は倒れた。

 世界を覆っていた瘴気はすっかり消え去り、喜びに湧くこの日に華を添える慶事、ドラマチックなハッピーエンドを民衆は待ち望んでいた。

 そして、目の前の男はその期待を裏切るつもりは無いみたい。


「カメリア……」


 勇者は甘い声で私の名を呼ぶと、手の甲に唇を寄せた。

 イケメンにこんな風にされたら、殆どの乙女は頬を染めるのだろう。


 が、私はサッと手を引き抜いた。

 ほんの一瞬、勇者の眉が歪む。


「ジェラルド、貴方とは無理よ」

 

 私はきっぱりと告げた。

 しかし王子のメンタルは鋼だ。


「俺は君を愛してる」


 彼は怯まず微笑んだ。


「私は同じ気持ちを返せないわ」


 私は出来るだけ冷たい声を作って応える。

 彼はゆっくりと立ち上がった。


「直ぐに好きになってくれなくて良い。少しづつ歩み寄っていけるはずだよ。お願いだ、君の一生を俺にくれないか? 君と出会ってからずっと君を見ていた。俺には君しかいない。この命ある限り、君を守り支えていくから」


 王子というのはメンタル強者な上、羞恥心はないらしい。ジェラルドの熱い告白は続く。 


「私と貴方では合わないと思うの。ごめんなさい」


 私は改めて断る。

 彼は一瞬目を閉じて天を仰いだ。


「カメリア、君は分かっていない。俺たちは運命で結ばれている、ソウルメイトなんだよ。…………これは本当は一生胸にしまっておこうと思ったけれど—— 」


 ジェラルドは腕を組んで一瞬言い淀んだ。

 ——それなら、永遠に胸にしまったままでいてくれて構わないのに。


「君には前世の記憶があると言ったね。実は俺にもあるんだ。『比翼の鳥』俺たちはそういう間柄だろう? なぁ、椿子ちこ


 彼は、満ち足りた表情で私を見つめ、前世むかしの名前を読んだ。

 だから「そういうところだよ」と言ってやりたい。

 私は首を横に振った。


「気づいていたわ。ジェラルドの前世が『貴方』だってこと」


 ジェラルドは眉を寄せる。


「だったら何故? 俺たちは完璧な理想の夫婦だっただろう。この世界でも一緒に幸せになろう」


 そうね。

 でもね、前世でそう思って貴方が死んでいけたのは、私のお陰だと思うのよ。

 私だって、言うつもりは無かった。でもこれを言わなきゃ「貴方」は納得しないわよね。


「『経理課の藤原さん』」


 私の放った一言にジェラルドは、顔色を変えて数歩後ずさった。

 

「嘘……だろ。お前、そんな事これまで一言だって……なんで黙っていたんだ」


 王子の仮面が剥がれる。


「子どものため、生きるためよ」


「どうして……知っていたなら言ってくれれば良かったのに。そうすれば俺があれ程悩むことには……」


「なに身勝手を言っているんです? とにかく私は相性がいいなんて思っていないんです。いいですか?」


「待ってくれ、あれには事情が。それに、そもそも前世なんて関係ない。俺は今はジェラルドだ」


「男の『事情』は、都合のいい言い訳でしょう。きっとどこかに藤原さんもいるんじゃないかしら。今度こそ彼女を完璧に幸せにしてあげてください」


「違うっ、お前を愛しているんだ!」


 私は、縋ろうと近寄る彼を無視して、スタスタと奥に進み、残り少ない魔力を使って瓦礫を幾つかどかした。


 太い柱と柱の合間に血塗れの男が横たわっていた。

 私は彼のそばにしゃがみ込むと、最後の魔力を振り絞り回復魔法を施した。


 それを見たジェラルドが血相をかけて飛んできた。


「よせっ。魔王が蘇る!」


「大丈夫。魔王は鎮まったわ。私は瀕死の仲間を助けるだけ」


「そんな法に触れる勝手は……反逆になりかねないぞ」


「心配無用よ。国王陛下とは取引済だから。魔王討伐隊ってとってもお金がかかるのよ。『私のやり方ならば、少なくともあと100年は魔王復活は無いと保証します』と言ったら喜んでお認めくださったわ」


 激しい瞬きを繰り返すジェラルドは放っておいて、うつ伏せに倒れていた男に声をかけた。


「レニー、大丈夫? 立てる?」


「ううっ、キツかったです。死ぬ一歩手前でしたよ」


 アッシュブロンドの青年がヨロヨロと起き上がる。


「眼鏡無いけど平気?」


「ええ。どうせ伊達でしたから」


 レニーは服の汚れを払いながら答えた。


「行きましょう」


「はい」


 私はレニー(元魔王)と連れ立って歩き出した。

 ジェラルドは蒼白だ。本当にショックを受けているみたい。


 他の仲間は……ポカンと口を開けている者もいれば、目尻を抑えて微笑んでいる者もいる。


 

「カメリア」


 レニーが手を差し出してきた。

 その手を取ると、思ったよりもしっかりと握り返された。

 

「カメリアっ」


 ジェラルドが悲鳴のような声をあげる。

 傲慢なはずの彼の瞳は潤んでいるようにも見えた。


 



 


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