4人目 葛西リナ(11歳)
私には生まれつき特殊な能力がある。
瞬間移動とは、離れた場所に瞬間的に移動したり、移動させたりできる超能力の一種である。
生後間もない私は、すでにその能力がどのようなもので、どうすれば使えるのかを理解していた。
その能力を初めて使ったのは、産婦人科から両親と一緒に帰宅した夜のこと。
私はリビングの隣の部屋にある、小さいベッドの上に横にされていた。眠くはなかったので、枕元にあった音が出るおもちゃで遊んでいた。
すると、リビングの方で両親の話し声が聞こえてきた。
母『あれ、おかしいなぁ。ここに入れたと思ったんだけど』
父『どうした?何か探し物?』
母『うん。腕時計が見つからないのよ。病院で会計するとき、腕が苦しくて外して…それから、カバンにしまったはずなんだけど。』
父『ああ、たしかに外してたね。それだけ探してもないなら病院にあるんだろ。明日電話してみたら?』
母『そうね。そうしよー。』
たしかに母は腕時計を会計の際に外しカウンターの上に飾ってある造花の影に置いていた。私は見ていた。父に抱っこされていた私は必死に訴えたが父には伝わらなかった。
母の腕時計はピンクゴールドのリーフ型だった。
置き忘れられたその腕時計の光景をイメージすると、光に包まれたように視界が真っ白になって、次の瞬間、私はつい数時間前までいた産婦人科のロビーの床に裸で転がっていた。
瞬間移動の際、身につけているものは一緒には転送されないようだ。衣類は衣類で別に転送が必要だ。
全裸にはなってしまったが、無事に病院についた。だが、会計カウンターの上には何もない。
落とし物としてすでに回収されたのだろう。
私は腕時計を諦め、母と父の待つ家に戻った。
『パサ』
ベッドの上に戻ったとき薄い掛け布団が少し浮いて音がした。
その音に両親が気付きふりかえり、私を見て驚いている。
ちゃんと服を着させて寝かしつけたはずの赤ん坊が、数分後に服を全部脱ぎその上に裸で寝転んでいるのだから、驚くのは当然の反応だろう。
両親のその表情から、この能力、この現象は、人には見せてはいけないものなのだと思った。
これ以来、私は人前でこの能力を使わないようになった。
私はこの力を人目を忍んで使い続けた。
今ではもうこの力を完全にマスターした。と、自分では思っている。
しかしここで私の脳裏に疑問が浮かぶ。
それはいつも思っていたことなのだが、この力はどこからくるのだろうか。両親も使えるのか。他にも使える人間は居るのか。なぜこの能力を授かったのか。
私が11歳になった夏のある日、悪いニュースが飛び込んできた。
電話は母の実家のご近所さんからだった。
もうすぐ来月の誕生日で喜寿(77歳)を迎える私の祖父が危篤状態とのことだった。
父と母は仕事で留守にしていたので、私だけ先に祖父のところへ行くことになった。
危篤状態ってどういう状態?
こういうときってどんな服装で行けばいいのか分からない。
礼服を着て行くのはなんか違う気がする。
私服?でも、もし急にご
悩んだ末、インナーは無地の白いTシャツ、アウターは黒いダボ目のパーカー。下は黒のレギンスパンツに白いスニーカーを履いた。
着替えは念のため2日分。
…いや、着替えは置いておこう。必要になったら取りに帰って来ればいい。カバンには財布と携帯電話と化粧ポーチだけを入れた。準備万端。
私は子供部屋のベッドに体育座りで、左手を右胸に右手を左胸に当ててカバンを抱えるように持ち、目の前の壁に貼った母の実家の外観と祖父の写真、手書きの住所を眺めたあと、そっと目をつぶり、私の体と着ている服とカバンを転送した。
次の瞬間、私は道の真ん中で体育座りをしていた。
服も着ている。カバンもある。転送成功だ。
…いや失敗だ。下着が転送されなかった。
私はすぐに両手をお腹のあたりで上向きにし、今日身につけた下着の柄を想像した。
パッと両手の上に下着が現れた。
下着をパーカーのポケットに仕舞い、もしやと思いカバンを覗き込むと、やはり中身は転送できていなかった。
すぐに携帯電話だけを転送した。
この原理でいくと、財布と化粧ポーチも転送した場合、
また中身を別に転送しなければならなくなり面倒だからそれはやめた。
カバンに携帯電話を仕舞い立ち上り、目の前にある一軒家の表札に目をやった。『篠崎』母の旧姓だここに間違いない。
目の高さほどのブロック塀のむこうには小ぢんまりとした縁側があり、草木が生い茂っている。私の母が家を出て結婚し祖母も早くに亡くなった為、祖父はずっと一人暮らしだった。年を取り庭の手入などできるはずもない。
私が門を開けて、チャイムを鳴らそうと人差し指を出すと、チャイムを鳴らす前に中から祖父の声が聞こえてきた。
祖父『誰だー?リナかー?』
リナ『は、はーい!リナでーす!』
祖父『入っておいでー!』
リナ『入りまーす!』
玄関を開け中に入ると、懐かしい匂いがした。
木造の木の香りと、お線香の香り、それと何か別の匂いが混ざっている。
奥へ入っていくと介護用ベットに座り粥のようなものを陶器のスプーンで食べている祖父がいた。
リナ『なんだ、おじいちゃん元気そうじゃん。』
私は祖父の隣に座った。
祖父『まあ、ぼちぼちな。お母さんは一緒じゃないのか?』
リナ『お母さんもお父さんも仕事だよ。早く切り上げて向かうようにするって。夜には来ると思うよ。』
祖父『そうかぁ。それまでもつかなぁ。』
リナ『縁起でもない事言わないでよ。』
祖父『ははは、そうだな。でも時間がないのは確かだ。』
少し沈黙があったあと、祖父がゆっくり話し続けた。
祖父『そろそろ、その力について話しておこうか。』
リナ『力って、おじいちゃん私の能力のこと知ってたの?』
祖父『ああ、リナが生まれてすぐ、不思議なことが起こってな、お母さんが不安になって電話してきた事があったんだよ。』
祖父が話しているのは私が産婦人科に瞬間移動したときのことだろう。
祖父『そしていま、リナにもその力があることを確信した。リナの家からこの家まで、どんなに頑張っても2時間はかかる距離なのに、連絡がいってから30分程度で来てしまったのだからね。』
リナ『そうだね…でもさ、てことはおじいちゃんにも同じ能力があるの?』
祖父『ああ、そうだよ。その力を初めて手にしたのは高校生の頃、17歳の夏だった。その日は朝から大雨が振っていた。学校に行く途中に大きな公園があって、そこで彼女と出逢ったんだ。』
リカ『彼女?』
祖父『うん。金色の長い髪で青い瞳の白くて綺麗な人だった。彼女は光の中から現れて力の一部を私の体に入れるとどこかに消えてしまった。』
祖父は縁側の方を向き差し込む光を眺めている。
祖父『そしてその日、初めてその力を使った。この話をするのはリナが初めてだ。』
祖父は高校の卒業アルバムを取り出し、パラパラとめくり始めた。
祖父『これだ、この人が森下くんだ。彼には申し訳ない事をした。いつか、彼にあったら謝りたい。』
リナ『なにやったの?』
祖父『うん…森下くんとは仲が悪かったんだよ。その日の体育の授業は水泳だった。少し驚かそうと思っただけなんだ。』
リナ『え、まさか死なせちゃったとか?』
祖父『いやいやいや、違う!死なせてない!水着を少しずらしてやるつもりだったんだ。だけど、能力をコントロール出来ていない私は彼の水着を何処かへ消してしまったんだ。彼は意外と真面目な正確だったから、辛かったろうなぁ。周りには女子も沢山いたしな。』
祖父の顔が少しニコニコして見えた。
リナ『しょーもな。そんな昔ばなしはいいからさぁ。この能力のこと、お、し、え、て、よ!』
祖父『ああ、そうだな。この力のことな。リナももう使ってる瞬間移動。別の使い方があるんだよ。それは時空移動。いわゆるタイムトラベルってやつだな。』
リナ『うそ。まじ?すごいじゃん!どうやってやるの?見せて見せて!』
祖父『残念だがもう、私にはできないんだ。体力が保たなくて帰ってこられなくなるだろう。』
リナが分かりやすくションボリ顔をしている。
祖父『でもやり方は知っている。それを今から教えてあげるよ。』
リナ『やったー!どうするの?どうするの?』
祖父『瞬間移動と同じさ、行きたい場所をイメージするんだ。ただそれだけだと、その場所には行けるが今の時間の中で移動してしまう。そこで使うのがこのアルバムってわけだ。』
祖父はさっきまで見ていた高校の卒業アルバムをもう一度手に取り、私に渡してきた。
祖父『自分の知っている人の若い頃の写真を見て想像するんだ。それで思い通りの時代へ行ける。私はそれができるようになるまで約20年もかかったが、リナならきっとすぐコツを掴んで出来るようになるだろう。』
リナ『まじ?やば。じゃ、おじいちゃんの若い頃の写真を見て過去に行って、その森下って人に謝って来てあげるよ。』
祖父『そうか。ありがとう。私も何度も謝りに行こうとしたが、うまく飛べなくて結局謝れずじまいだったからな。』
祖父と私お互いの目を見て一度うなずき合った。
リナ『じゃ、いくよ。』
私はアルバムを開き高校生の祖父と森下という人が写っている写真を見つけ、それをじっと見つめた。
後ろに写っているのは駅のホーム?
その場所に自分もいるイメージをしながら、目を閉じた。
いつものように光に包まれたように視界が白くなった。
次の瞬間、今度は視界が真っ暗になり強烈な耳鳴りがした後、また光が戻ってきた。その光はうっすら虹色に輝いていた。
目を開けるとそこは、まさにアルバムに写っていた駅のホームだった。
反対側のホームに、森下誠人がホームから線路の方を覗き込んでいた。何を覗き込んでいるのかと森下誠人の視線の先に私も目を向けた。そこには一匹の猫が歩いていた。
猫の背後から電車が近づいてくるのが見えた。
運転手は猫に気づいていないのか、電車はブレーキをかける様子はない。
もう間に合わないと思った瞬間、電車がブレーキをかけ始めた。と同時に、一瞬猫が消えたように見えた。
パラパラ漫画の一コマがなくなったみたいに、ほんの一瞬だった。
猫はいつの間にか線路の外にでていた。
猫は一度線路の方をちらっと見るとトコトコ歩いて駅の外に歩いていった。
私は驚きホームに立ち尽くしていた。
ふと、前方から視線を感じ顔をあげると、森下誠人が驚いた顔で私を見ていた。
私はジェスチャーを送りながら話しかけた。
リナ『今のすごかったですね!瞬間移動!さっきのはあなたがしたんですか?猫助かって良かったですねー!』
森下誠人は何も反応しない。
私の声は聞こえていないようだ。
しばらくして電車が到着した。
森下誠人が電車に乗り、電車の窓から私に会釈をしてきた。
ドアが閉まり電車が動き出した。
私も会釈を返し、遠ざかる電車に向かって手を振り叫び続けた。
リナ『おじい…篠崎シンヤがぁーごめんってー言っていましたー!!いつか会いに行ってあげてくださーい!!』
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